第1話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの朝
――ピピピ、ピピピ、ピピピピピ。
「……ん、んん……」
無機質な機械音が、僕の寝ぼけた頭を叩き起こす。
気怠い身体をなんとか動かして、最大限に伸ばした右腕がベッドの上に置いてあった目覚まし時計のスイッチを押し込んだ。
すると、今までやかましく騒いでいた目覚まし時計が鳴りやむ。
まだぼやけている視界が矯正され、目覚まし時計を見ると、針は六時五十分を示していた。
「ふあぁ~、久々に起きたな、こんな時間に……」
1ヶ月前、中学校を卒業した僕は、この3週間ほど自堕落な生活を送っていた。
深夜は動画やゲームをして、お昼を過ぎたあたりで目を覚ます日々との別れを惜しみつつベッドから起き上がろうとする。
今日から僕、天海陸も高校生だ。
だからといって、今までの生活に何か変化があるとは思えないけれど、これでまた1つ、僕は大人になったような気がする。
まぁ、そう思うこと自体が子供っぽいんだけどね。
そんな自分のことを反省したところで、目覚まし時計を止めた右手とは反対の左手が、ベッドの中に存在する何かを触っていることに気が付いた。
……なんだこれ?
指先を少しだけ動かしてみると、柔らかくて心地いい感触が伝わってくる。
とても気持ちよくて、ずっと触っていたいような欲望に駆り立てられる。
――同時に、僕の額に冷や汗が流れる。
……ま、まさか!
眠気など一気に吹っ飛んだ僕は、勢いよく布団を剥ぎ取って、その感触の正体を確かめた。
僕の目の前に映し出された光景。
栗色の髪の毛の女性が僕の隣で幸せそうに眠っている。
そして、僕の手が、その《《彼女の胸のあたりを》》、《《がっしりと掴んでいた》》。
「んんっ、だ、だめだよぅ~、陸くん……」
目を瞑ったまま、むにゃむにゃと溶けるような甘い声色で寝言を呟く彼女。
「う、うわああああああああああああああっ!」
一方、僕はというと、ゾンビに追いかけられた人間のような絶叫を上げてしまう。
明らかにご近所さんに迷惑がかかる行為だった。
だが、今はそんなことを気にしている余裕なんてない。
「ん、んん? どうしたの~」
すると、僕の叫び声を聞いて、ゆっくりと目をあける彼女。
マズい! と思ったときにはすでに時すでに遅し。
「ん~?」
寝ぼけたままの眼で、彼女は自分の胸に触っている手をじっと見つめる。
そして……。
「もう~、陸くん。女の子にそんな《《えっちい》》ことはダ~メ、だからね~」
にこやかに笑いながら、優しい声色で僕にそう告げる。
ピンクのパジャマと同じような色が、彼女の頬にも浮かび上がっている。
ここで、やっと僕は自分の手を彼女の胸から離した。
「ねっ、《《姉さん》》!? なんで僕のベッドの中にいるんだよ!」
僕の姉さん、天海紗愛はにこやかな笑顔を崩さずに、身体を起こす。
とろんとした瞳で、僕を見つめる。
「だって~、陸くん。今日から学校でしょ? 遅刻しちゃダ~メ、かと思って」
「全然答えになってない!」
思わず飛び出たツッコミにも、姉さんは怯むことなく、おっとりとした表情は変わっていなかった。
栗色の髪が、わずかに寝癖がついた無防備な姿。
僕の心臓が、ドクンドクンと高鳴ってしまう。
「陸くん……」
一刻も早く姉さんから離れたい僕に対して、姉さんはベッドの上を這うように近づいてくる。
逃げようとする僕だったが、壁に阻まれてこれ以上後ろに下がれない僕。
追い詰められた僕の顔を見ながら、姉さんがとった行動は……。
「おはようの、ぎゅ~!!」
僕を力いっっぱいに抱きしめることだった。
「あ~、陸くん、いい匂い~! お姉ちゃん、しあわせ~!!」
ほわんほわんした声が、僕の耳元で聴こえてくる。
しかし、僕はというと、頭が沸騰したように汗がびっしりと噴き出していた。
「ね、姉さん! やめて!!」
「え~、やだ~。あとちょっとだけ~」
ますます、僕の身体を抱きしめてくる姉さん。
「お姉ちゃんも、今日から学校だから、陸くんから元気をい~ぱい貰います~」
分からない。
姉さんの行ってることが全然分からない。
「いやー! いやー! 助けてー!! もう許してー!!」
僕は只々《ただただ》、子供のように喚くだけだった。