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北の収穫量

 ふうっ。

 部屋を出て一息ついた。


 これはカルロの役目ではないかと感じた。

 この半年、シャーリーとカルロは国内を渡り歩いていた。

 その理由が、ベスキドから肥料として鉱物を送られてきたことから始まり、カルロが大学で研究をした結果、その効果が証明されたため、他の領地で使用してもらえるように回っていた。

 今日は陛下のその結果報告をしてきたのだが、本来ならカルロがするべきことだとシャーリーは思っていた。

 が、当のカルロは大学の仕事が忙しいという理由でシャーリーに託してきた。


 グラベルがカルロのことで何か考えていたようだがそれを聞きそびれていた。どうやら今日の報告はグラベルが考えていたことにつながるのだと陛下の反応を見ていて分かった。


 失敗した。


 こんなことなら何としてもカルロを連れて来るのだった。でも、報告は終わってしまったので既に遅い。報告の途中で気がつき、何とか挽回しようと必死になるあまり、行動がおかしかったのか陛下や陛下の側近のベルク侯爵やレノックス伯爵にまで笑われた。


 陛下からは「薬室に褒美を考えないといけないな。特に今回の件で貢献したカルロに」とカルロの部分を強調して言われた。


 そこでもう一つ気づいた。どうやらこの報告はグラベルが仕組んだことだということを。


 ベスキドから鉱物と肥料の話を聞いたカルトは北の地でも効果があるかを試していた。

 その結果をもとにベスキドには北の地でよく栽培される薬草や作物の種と共にその生育方法を送っていいた。

 ベスキドでその種を植えたところ環境があっていたのか薬草も作物も想像以上の収穫が出来て、栽培範囲を広げる予定であると連絡が入った。そしてベスキドの国王から感謝の手紙も届けられたと聞かされた。


 カルロの研究結果によって、北の地での収穫量は格段に増え、更に他の領地でも三割増しの収穫量になり、ベスキドからは感謝の言葉が送られた。

 カルロが望めば陛下からカタリーナの父、ラウエン伯爵に話をつけてくれそうな勢いだった。

 王宮を歩きながら、カルロは既に諦めようとしているのにどうしたらいいのかと悩む。


 北の地へ行く途中、シャーリーはカルロに聞いた。カルロから返ってきたのは身分が違いすぎるという言葉。いずれ忘れなければいけない想いなら最初からなかったことにしたいと言ったカルロの言葉に何も言えずにいた。


 カルロは平民。カタリーナは伯爵家の令嬢だ。カルロの言う通り身分が違いすぎる。しかし、カタリーナは待つと言っていた。グラベルも何か案があるようなことを言っていた。

 カルロには諦めないでほしいと願いながらどこか無理じゃないかと思っていた節がある。上手くいかないものだと痛感した。


 薬室に向かう通路を歩いていると向かい側からラウエン伯爵が歩いてきた。

 今、一番会いたくない人物の一人だ。しかし、ここで引き返すにはあまりにも露骨すぎる。仕方なくそのまま通り過ぎようとしたら呼び止められた。


「陛下への報告ですか?」


 ラウエン伯爵はシャーリーの手元の書類の束を見て聞いてきた。


「はい。今、報告をしてきました」

「カルロ殿は一緒ではないのですか?」

「カルロ様は大学の仕事が忙しく、代わりに私が報告をしてきました」


 ラウエン伯爵がため息をついた。


「一度、カルロ殿と話をしたいと思っていましたが、今回もお会いできませんでしたね。残念です」


 独り言のように言うとその場を去っていった。

 後姿を見ながらカルロに何を言うつもりなのだろうかと心配になってきた。


 薬室に戻るとローレンスが待ち構えていた。


「陛下への報告はどうだった?」

「褒美をくださるそうです」


 カルロのことが気になって、素っ気なく答えたのが気になったのかローレンスが心配してくれる。


「何かあったのか?」

「ここに戻る途中、ラウエン伯爵にお会いしたのですが、カルロ様と話がしたいとおっしゃって」

「あぁ。そのことか。さっき、ここにも来たよ」

「えっ?どうして」

「カルロのことを聞きにきたみたいだね」

「それで、何と?」

「そのままだよ。薬草と薬つくりが大好きな真面目な男だと言っておいた。間違いないだろ」

「間違い…ないです」


 そう、間違いない。それでも身分が違いすぎる問題は解決しない。


「王妃様や皇太后様からもカルロのことを聞いたみたいだ。とても評判がいいと褒めていらした」


 カタリーナかグラベルが何か言ったのだろか。

 周囲の評判が良くても伯爵様が認めるとは思えない。やはり、カルロは諦めるしかないのだろうか。


 シャーリーは報告が無事終わったことをカルロに伝えに大学に行った。


 研究室でベスキドへ送る種の選別をしていたカルロに報告が無事に終わったと告げると安心していた。そして、別の資料を見せてくれた。


「北の収穫量が三割以上になりそうなんだ。これを見て」


 手渡された資料には昨年の収穫量と今年の見込み収穫量が書かれていた。ざっと見て五割増しくらいになりそうな勢いだ。あの肥料が北の地に合っていたのか、それとも薬草や作物の種類が肥料と相性が良かったのか。これでいくとベスキドもかなりの収穫量になったに違いない。


 あぁ、それでか。国王自ら感謝の手紙を寄こしたのは。

 食料不足に悩むベスキドにとって、ここまでの収穫量が増えることは想定外だったはずだ。この国でもベスキドから送られた鉱物で作った肥料で作物を作っているが、どこも収穫量が増えている。その為、このままいけば食料不足は解消されると予想されている。なにより、北の収穫量が格段に増えることで備蓄も出来るだろう。


 陛下とグラベルが何年も願っていたことだ。少しずつだが以前の暮らしに戻りつつある。それをカルロが成し遂げたのだ。陛下はカルロにどんな褒美を渡すのか気になってきた。


 シャーリーとカルロが回った領地から次々と報告書が届いてくる。それのすべてに目を通す。やはりどこも三割から五割増しの収穫量になっている。

 ベスキドから送られてきた鉱物にそこまでの効果があったかというと少し違っていて、カルロが独自に配合した物がありその相乗効果だと判明している。

 鉱物は高価なので出来るだけ少量で効果が出る肥料を作り出していた。ベスキドではその鉱物は普通に取れるものなのでこれからも同じ量だけ送られてくる。それを見越しての開発だった。


「そういえば、アンリエット様から温室で栽培していた薬草の生育記録と乾燥した薬草が送られてきました」


 シャーリーは先ほど届いた薬草と生育記録をローレンスに渡した。


「これ、待っていたんだよ」

「どうするのですか?」

「シャーリーも知っていると思うけど、北では普段作らない薬草なんだ」


 確かに送られてきた薬草はどちらかというと、温暖な気候の領地で多く栽培されている薬草で、わざわざ北のそれも温室で育てるものではない。


「何かの研究ですか?」

「この薬草も例の肥料を使って作った物だよ。見てごらん」


 ローレンスに言われて薬草をもう一度見る。シャーリーが知っている薬草より茎が太く葉も多く茂っていた。


「かなり生育がいいですね」

「この薬草の効果もいい」


 生育記録に書かれていたのは薬草の効能だった。普段より少量の薬草で効果があったと書いてある。


「これって?」

「うん。ベスキドで栽培出来れば、新しい薬として使えるだろ。あそこは薬草を栽培できる環境が少ないから、温室を作ったらどうかと提案していたんだ」


 温暖な気候でしか育たない薬草とベスキドで摂れる鉱物で作る薬は新薬として効果があるらしい。

 カルロが作った肥料で育てた薬草を使って、ローレンスは診療所のナイジェル医師と研究を重ねて新薬を作っていた。


 自分の知らない間に二人はいろいろなことを始めていた。


「どうして言ってくれなかったのですか?」


 シャーリーは自分も何かしたかったと訴えた。


「シャーリーは結婚式の準備で忙しかっただろう。黙っていてごめん」


 確かに忙しかった。屋敷も完成し内装や結婚式の準備に追われて、薬室の仕事は深夜にまで及んでいることもあった。なにより、グラベルも忙しかったようであまり顔を合わせていない。


 グラベルは皇位継承問題を片付けてから結婚することを考えていたので、連日議会に出て貴族たちの賛同を得るため奔走していた。

 皇太子は王妃、イザベラが産んだマーガレット王女。

 貴族たちは反対することはなかったが、王女が成人する前に陛下が亡くなった時のことを心配していた。そのことは陛下もグラベルも考えていて、その場合のみ王女が成人するまでグラベルが摂政に着くことで合意したと聞かされた。


 その夜、グラベルから陛下からの褒美の準備が出来たので近日中に関係者を呼ばれると言われた。


 ローレンスとカルロは新しい肥料や新薬を開発したが、自分は特に大きなことをしていない。受け取っていいのか不安になった。


「私が受け取っていいのでしょうか」


 出来たばかりの屋敷で過ごし始めたシャーリーはソファーで隣に座るグラベルに聞いた。


「畑でもくれるんじゃないかな。そんなこと言っていた気がする」


 グラベルは大学の書類を見ながら答える。


「畑って、領地ですよね。そんなもの貰っても管理するのが大変じゃないですか」

「誰か雇うか……」


 グラベルは誰が適任かと悩み始める。


「ローレンス様とカルロ様はどんな褒美ですか?」

「爵位と領地みたいだ。シャーリーにも爵位をと考えておられたようだけど、反対しておいた。多分、いらないって言うと思うから」

「爵位は後継者を考えるのが面倒なのでいらないです。それより領地を貰ってもどうしたらいいのですか?」

「大学に貸し出すってのはどうだ? カルロが喜ぶぞ」

「大学は畑が足りないのですか?かなり多めに土地は用意していたはずですよね」

「足りないというより学生たちが意欲的で余っている畑を割り振ったら通常の薬草を作る畑が足りなくなったとカルロが嘆いていた」


 何となくわかる気がする。

 通常の薬草を育てる畑と研究用に使う畑を分けるとなると……確かに少ない。


「それでは私の領地はすべて大学へ寄付します」


 グラベルがシャーリーを見つめる。


「全部か?」


 少し驚いているようだ。


「全部です。そしたらカルロ様に管理を任せられますよね、ね」

「確かに大丈夫だろうな」


 うんうん。と頷きながら納得しているグラベル。

 薬室の仕事だけでもかなり大変だが、グラベルと結婚したら公爵夫人としての仕事もある。そのうえ領地管理までは手が回らない。

 陛下からもらう領地の行き先が決まって安心するシャーリー。だが何か忘れている気がする。


「あれ? ローレンス様とカルロ様には爵位と領地なんですよね」

「うん。議会にもかけて承認ももらったから後で何か言われることはない」


 シャーリーは両手を握りグラベルを見つめた。

 シャーリーの視線に気づいたグラベルは笑顔で向き合った。


「惚れなおした?」

「ますます好きになりました」


 シャーリーはグラベルに抱き着いた。

 カルロの身分が上がる。いくらカルロでも陛下からの褒美を拒むことはしないだろう。これでカルロの恋は上手くいくような気がして嬉しくなった。

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