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初めての大仕事 前編

「お待ちしておりました」


 ローレンスがトルン領主に挨拶をする。その少し後ろに控えたシャーリーとアンヌも同様に挨拶をした。トルン領主は半信半疑といった様子で三人に挨拶を返す。


「薬室の管理官をしているリズバルクです」


 リズバルク伯爵が挨拶をするとトルン領主の表情が変わるのが分かった。きっと自分が呼ばれた理由を疑っていたのだろう。しかし、管理官が出てきたことで信用してもらえたみたいだ。


「もうすぐ、薬室長が辞めることが決まっていましてね、こちらのローレンスが新しい薬室長になることが決まっているのですよ。トルンでの薬草畑を作るのが彼の薬室長として初めての仕事になりまして、その挨拶もかねてこちらに来ていただきました」

「そうでしたか。それは光栄ですな。先日もあのお二人が調査に来られましてわが領地では大いに期待していたのです」


 リズバルク伯爵とトルン領主が薬室までの道を歩きながら話している。そのすぐ後ろをローレンス、さらに後ろにシャーリーとアンヌがついて歩く。


 ローレンスとシャーリーはこの日の為にトルン領主へ見せる偽の計画書を作成していた。そしてアンヌは薬室長とサイモン医師に言われてある薬を作っていた。

 薬室につくと早速、ローレンスはトルン領主に計画書を見せた。そこにはトルン領主が止めると言えない、いや、言わないような内容を書き出していた。

 薬草畑の整備にかかる費用から倉庫などの建築費用はすべて国庫から出ることや、収穫した薬草は破格の値段で買い取ると言った内容だ。これで断ると言ったら別の理由で怪しくなる。


 計画書を見たトルン領主の顔が笑みを必死にこらえながらもそれを隠せないニヤけた顔になっていくのをシャーリーとローレンスも必死に笑いを堪えながら見ていた。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 アンヌがトルン領主にお茶を出す。

 緊張をほぐすためか出されたお茶を一気に飲み干した。アンヌはすかさずお茶を注いだ。


「本当にこの計画通りになるのですか?」

「これは重要な国家事業の一環です。失敗は出来ません。十分な準備をする必要があります。この計画書は管理官であるリズバルク伯爵の許可をいただいて作成しております」


 トルン領主はローレンスの話を聞きながらリズバルク伯爵を見る。


「陛下からの勅命でこの事業を進めています。その意味をご理解いただいていると思っていますが、なにかご不明な点はありますか?」


 リズバルク伯爵がトルン領主に問いかけた。シャーリーとローレンスは笑みを絶やさずトルン領主を見ていた。


「えぇ、申し分ないです。ここまでしてもらえるとは思ってもいなかったのですこし驚いていますが。本当によろしいのですか」

「陛下の許可もいただいております。問題ないようでしたら、こちらの契約書にサインを」


 ローレンスがトルン領主の前に二通の契約書を出す。シャーリーがトルン領主にペンを渡そうとした。


「ペンはこちらで」


 トルン領主は胸元から一本のペンを取り出した。


「このペンは縁起がいいのです。このペンを持つようになってからいいことが続けて起こりましてね。大事なサインはいつもこれを使うようにしています」

「いいことがあったと仰っていましたがどんなことがあったのですか」


 トルン領主がサインをしたのを見計らって、シャーリーはさりげなくペンを見ながらトルン領主に話を振る。その間にローレンスは契約書を確認していた。


「いい商売の話が舞い込んできましてね。これはその謝礼としてもらったのですよ。さらに今回のように薬草畑の話も、領地は極々普通の農地ばかりで名産と呼ばれるものもありませんでした。これで少しは胸を張って薬草が名産だと言えますな」

 

 両手でペンを持ちうっとりと眺めながらトルン領主は話しているがシャーリーはトルン領主の手元のペンに釘付けになっていた。

 トルン領主はペンを胸元のポケットにしまい、薬草茶を飲んだ。それを見届けてローレンスが告げる。


「これで、トルンでの薬草畑を作ることが決まりました。この後、陛下へ謁見が許されています。もうすぐ連絡が来ますので、どうぞおくつろぎください」

「陛下への謁見ですか?」

 トルン領主が歓喜ともとれる表情を見せた。トルン領主の立場では陛下の謁見はもとより、陛下と直接言葉を交わすことすらなかったのだろう。先ほどよりさらに浮足立った様子になっていた。

アンヌは別のお茶を用意してトルン領主の前に置く。


「薬草茶です。緊張が解れるお茶です」

「私のような下級貴族では陛下の謁見はそう出来るものではないですからな。緊張しますな」


 無事契約が出来たことで気が緩んだのと陛下への謁見が叶うことへの緊張からかアンヌが入れたお茶を二杯もお代わりしていた。

 そんなに飲んで大丈夫なのかと心配したが、トルン領主はお茶を飲んでからしばらくボーっとしていたが十を数えるころにはトルン領主はテーブルに突っ伏して眠ってしまった。もう十数えてローレンスが動き出しトルン領主の脈を診る。


「大丈夫、寝ているよ」

 シャーリーたちは大きく息を吐いた。

「サインはどうだ」

 リズバルク伯爵がローレンスに聞く、ローレンスは手元の契約書をリズバルク伯爵に見せた。

「ローレンス、でかした」

「名産がないと言っていましたね。それで取引をしようと考えたのでしょうか」

 アンヌが先ほどのトルン領主の言葉が引っかかっていたようだ。

「名産がない領地は沢山ある。それにトルンは私の領地より明らかに気候も土地も恵まれている。それでも他の領主は地道に自分たちの領地で出来るものを考えて暮らしているのだ。何もトルンだけが大変ではない」


 リズバルク伯爵の語気が荒くなる。確かにリズバルク伯爵の領地は、一年の半分近くを雪に覆われている、それでも温室などを利用して作物や薬草を育てている。大変なのはトルンだけではないのはアンヌにも理解できたのだろう。


「多くを求めようとした結果が、国を売るようなことに手を出してしまったのだ。愚かだ」

 そういうと、リズバルク伯爵は薬室の外に控えていた兵士を呼んでトルン領主を運びだす。

「ちょっと待って!」

 シャーリーは兵士を呼び止めてトルン領主の胸元に入っていたペンを取り出した。

「これは証拠になりますよね」

 リズバルク伯爵に確認する。

「よく気が付いたな」

「家に出入りしていた商団がモージェルのペンを使っていましたから」


「上手くいったみたいね」

 薬室長が部屋から顔を出した。

「陛下の謁見が諮問会議の場だとは思わないでしょうね」

 運び出されるトルン領主を見ながら薬室長は両手を腰に当てて呆れる。

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