それぞれの薬草園 前編
薬室長とローレンスが持ち帰った大量の資料には薬草畑を希望していた領地の情報がびっしりと書かれていた。
「シャーリー、アンヌ。ローレンスと一緒にこの資料の精査をして薬草畑に出来るかの判断とどの薬草を育てるかを検討しておいて」
帰って早々に薬室長から言われたのは兵士たちが運び込んでくる木箱に入った資料を確認することだった。運び込まれる資料は机に乗り切らなくて仕方なく薬室の隅に積まれていく。
「ローレンス様、これはどれくらいの量があるのですか?」
「これで、四分の一くらいかな」
アンヌの問いかけにローレンスは遠い目をして答えていた。シャーリーは顔が引きつる。薬室長は期限を一週間と言ったはずだ。聞き間違いではない。これだけの量をどうしろというのか。
シャーリーは振り返り薬室長を見ると部屋に入っていこうとしていた。傍にいたグラベルに助けを求めたがそのグラベルは薬室長に呼ばれたらしくシャーリーに申し訳なさそうな表情を見せながら薬室長の後について部屋に入っていった。
「アンヌ様、取り敢えず資料を見ましょう」
シャーリーは諦めて椅子に座り、テーブルに乗った資料の一つに手を伸ばすとアランとマースも椅子座り「手伝うよ」と言って資料を手に取った。
アンヌはローレンスを椅子に座らせてその隣に自分も座り資料を読み始める。
三日目になると大体の資料を読み終えていて領地ごとにいい点、悪い点、どの薬草が育てられるかを簡単にまとめ始めた。
「いくつくらい候補を絞ればいい?」
アランがローレンスに聞いているが上の空だ。最近、ローレンスの様子がおかしい。時々大きなため息をついている。シャーリーたちは疲れが溜まっているのだろうと思っていた。
「五つか六つは最低でも欲しい。ただし、土の改良から始めないといけないから順番に増やしていくのが望ましい」
ローレンスの代わりにグラベルが答えている。グラベルも大学の準備に追われているはずだがその合間にこうして手伝ってくれている。
「人手はどうしますか?」
それだけの薬草畑を準備するのならかなりの人手が必要になってくる。それが心配でシャーリーは聞いてみた。
「取り敢えずはホルック領の農民たちとフォアボルド領とリンゲル領担当の薬剤師たちに行ってもらおうと思っている」
「取り敢えず?」
アンヌも疑問に思ったのだろうグラベルに聞いている。
「大学の生徒たちを薬剤師見習いとして教育して、その授業の一環で生徒たちに管理してもらおうと思っている」
「それなら先ずは一つか二つを決めて準備しながら残りを考えてもいいのですよね」
シャーリーは一度に五つの薬草畑の準備は無理だと判断した。
「それでいい。陛下から言われているのは次の冬風邪の薬はすべて王宮が管理している薬草畑の薬草を使えるようにと言われている」
「それは王国中の薬の材料を王宮の薬草畑から出すということですよね」
アランの目が鋭くグラベルを見る。
「そうだ。その為の準備をいまから始める」
グラベルもはっきりと言い切る。
「アンヌ、どれくらいの量が必要かわかるか?」
マースが聞く。必要な量によっては薬草畑を多く準備しなければいけない。アンヌが考え込んでいるとローレンスがふと顔をあげた。
「冬風邪の薬だけだと三つだ。ホルック領は薬草畑を増やしているし、フォアボルド領とリンゲル領の収穫量も増えるとカルロは予想している。だから新しい薬草畑は三つ用意できれば何とか足りると思う。こことこちらと、あと、ここが理想的だけど、ここはちょっと問題がある」
「ローレンス、やはりここはダメか」
グラベルは何か知っているようでローレンスに聞いている。シャーリーたちは顔を見合わせてグラベルとローレンスの様子を見ていた。
「前に、グラベルが言っていたことは当たっていると思う」
ローレンスは呟く。
「グラベル様、何があるのですか?」
シャーリーが聞くとグラベルは周囲を見渡してからシャーリーたちを見た。
「密輸だろうな。それも西のモージェルと繋がっているらしい」
「らしいということはまだ証拠がない?」
アランが聞いている。
「はっきりとした証拠がないのは確かだ」
「それは、この先の未来に悪となりえますか」
アンヌは険しい顔で聞いている。この先の未来とはイザベラが産んだ王女が即位するときのことも考えてだとシャーリーも分かった。
「可能性は高い。現に、西の要塞で軍事費の増額を願い出てきたのはそれが理由でもあった」
「マーシア諸侯は何か掴んでいるのですか?」
シャーリーはその証拠があれば叩けるのではないかと期待したが違っていた。
「手引きしている者がいるとしか分からなかった。その手引きしている者がトルンの者だという証拠が出なかった」
トルンという領地はかなり広範囲で薬草畑にと希望を出してきていた。薬室としてはいくつかの領地に買われるよりは一つの領地での栽培のほうが効率はいい。そのことを考えて言ってきているのは分かっている。
収穫した薬草は国が買い上げる仕組みをグラベルが作った。薬草を作れば必ず売れるという保証付きだ。
「もしかして薬草の管理方法も売ろうとしているのですか?」
アランがグラベルに聞いた。シャーリーとアンヌも驚いてグラベルを見る。
「そのことも考えられる」
「他にも何かあるのですか」
シャーリーは一体何を企んでいるのか気になる。
「もしも、冬風邪の薬が足りなければどうなる? その時に他国から攻め込まれたらどうなる?」
シャーリーは数年前のはやり病を思い出した。治療方法も分からず、症状を抑える薬もなくなって死んでいった者たちが大勢いた。国内がそんな状態のときに攻め込まれたら……。
「グラベル様、このままではダメですよね。何か手を打ちましょう」
シャーリーはことが起こるのを待つのはよくないと思った。
「そうだな」
グラベルは少し考えて、アーリッシュにハンスとケリーを呼んでくるように言う。
「罠を仕掛けよう」
「罠?」
シャーリーたちは声をそろえて言った。
「シャーリーとアンヌ殿はトルンへ調査に行ってくれ、薬草畑の最終選定だと連絡しておく。ハンスとケリーもつけるのであの領地の様子を出来る限り調べてほしい」
「証拠を探せばいいのですね」
アンヌがにっこりと笑った。
「そう、どんな些細なことでもいい。突破口になるものがあれば」
シャーリーとアンヌは頷く。
「アランとマースは別のことを頼みたい」
「僕たちは何をすればいいですか?」
アランとマースは楽しそうに話す。
「シャーリーたちが帰ってきてからトルンの領主を薬室に呼び出す、そこである仕掛けをしてほしい」
「もし、トルンの領主がモージェルと繋がっていたらどうなります?」
アランはトルン領の報告書を見ながらグラベルに聞いている。
「どこまでの情報が流出しているのかにもよるが、もしトルン領主がモージェルを手引きして攻め込まれたら大変なことになるな」
「ふ~ん。シャーリー、アンヌしっかり調べてきてよ。ね、グラベル様」
アランが不敵な笑みを浮かべるとグラベルも同じ顔をしていた。
「いい土だろ。冬風邪の薬草を育てるには一番いいはずだ」
グラベルとアランは何やらよからぬことを考えているようだ。アランは最近カルロに似てきたと思う。
薬草や薬草畑に関して妥協は許さない。そんな気概が感じられる。その隣で苦笑いを浮かべているマースもアランのやろうとしていることに異をとなるつもりはなさそうだ。
薬室長がこの二人に薬室を任せようとしている理由が分かったような気がした。二人はカルロとローレンスの後任なのだろう。
ふと私は今どんな立ち位置なのだろうかと考えたが答えは出なかった。
「シャーリー様、私たちは私たちの守るべきものの為に動きましょう」
シャーリーの気持ちを察したのかアンヌが声をかけてきた。
イザベラとイザベラが産んだ王女マーガレットを守ると決めた自分に今出来ることをしようと思い直した。




