それぞれの役割
王都へ戻ったシャーリーとアンヌは薬室へ行くとオロオロしたアランとマースがいた。
「どうしましたか」
シャーリーが声をかけると振り返る先にビクッと体が飛び跳ねていた。
アランとマースがゆっくり振り返る。
「なんだ、シャーリー様とアンヌ様ですか。驚かさないでくださいよ」
マースがほっと肩を下ろし情けない顔を見せる。
アランに至っては声も出ない様子だ。本当に何があったのか気になってくる。
「なにがあったのですか?」
アンヌが気遣う。
「これからあるんだ」
アランはいつもの自信にあふれた声でなく弱弱しい声に不思議に思った。
二人の様子にさらに謎を深めるシャーリーとアンヌ。
「これから何があるのですか?」
今度はシャーリーが聞く。一体、何があるのか。
シャーリーとアンヌが息を飲んでアランとマースの答えを待つ。
「失礼しますよ」
「うわぁー、出たーーー」
薬室に入ってきたのはベルク諸侯でその姿を見てアランとマースは薬室の端で机に隠れながら震えていた。
シャーリーとアンヌはベルク諸侯とアラン、マースを順番に見てもう一度ベルク諸侯に視線を戻す。
「失礼ですね。私は幽霊ですか」
大きなため息をつきながら項垂れている。傍に立つ護衛の二人の目つきはアランとマースを冷ややかに見ていた。
「ベルク諸侯、何か御用がおありではないのですか」
シャーリーが聞くと陛下と王妃の薬を作ってほしいと言ってきた。先触れでサイモン医師から連絡が入っているはずだとも言った。
「アラン様、マース様、何をなさっているのですか!」
アンヌが腰に手を当ててアランたちを睨みつけている。
「分かっている。分かっているけど、見張られながら薬を作るのはどうも苦手で」
マースがモゴモゴと言い訳をしている。その横で頷くアラン。
どうやらシャーリーたちが北の領地に言っている間に陛下の薬つくりの頻度がかなりあったらしい。そのたびにアランとマースが交代で作っていたらしい。陛下は先日の怪我が悪化して急に高熱が出たという。急いで薬を作らなければいけないのに緊張のあまり失敗をして何度も作り直していたらベルク諸侯に付添っていた護衛に睨まれたという。
ベルク諸侯や陛下から特段何か言われたわけではないがそれ以来、薬を作ることに恐怖心を覚えるようになったらしい。慣れてもらわないといけないのに先がやられる。
仕方なくシャーリーが薬に必要な材料をベルク諸侯に確認してもらいながら出していく。アンヌも器材を準備してくれた。
「作ってください」
シャーリーがアランとマースに言うと諦めたようでそろそろと机の陰から出てきて薬つくりを始めた。
シャーリーとアンヌが少し離れたところから見ていると、二人は落ち着いて薬つくりをしていた。問題ないように見えるがマースの手が小刻みに震えているのが見えた。
緊張しているのだろうな。自分も最初のころはとても緊張したものだと懐かしんだ。
なんとか薬を作ってベルク諸侯に渡すと二人はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
アンヌが二人の顔を覗き込んだ。
「緊張して手が震えるんだ」
顔が青白くなっているアランが珍しく弱音を吐く。
「あの護衛の視線が怖いよ。少しでも手元が狂うと凄い視線を送ってくるのが分かる」
マースも恐怖心を思い出したのか両手で体を抱え込む。
シャーリーも陛下の薬を作っているときは緊張したが、たいていグラベルが傍にいてくれたから心強かったのを思い出した。
「陛下の薬を作るときは私が傍にいますから頑張ってください」
シャーリーは自分が傍にいても二人が安心できるか分からないがいないよりはマシだろう。
「本当だね!」
二人は縋るようにシャーリーを見ている。拙いと思ったが後戻りは出来ない。シャーリーは諦めて頷いた。
「シャーリー様、いいのですか?」
アンヌが声を潜めて聞いてくる。
「これをどうしろと?」
アンヌは両腕を組んで悩んでいるようだ。
ローレンスとカルロはケンテル領に建設中の大学でそれぞれ教鞭をとることになっている。王宮の薬室と兼務にはなるが薬室を離れることが多くなるからその薬室を任せたいと考えて薬室長は二人に皇族の薬つくりをさせているのだ。
この春から王宮の薬室はローレンス、カルロ、シャーリーの他アンヌとアラン、マース、ルーカスの七人になった。
王宮の薬室でアランとマース以外ではローレンスとカルロ、ルーカスの三人は大学と兼務、シャーリーはホルック領と北の薬草畑との兼務、アンヌは大学と北の薬草畑の兼務になっているのでアランとマースにはしっかりと頑張ってもらわないといけないのだがこの調子だと不安しかない。
「シャーリー、アンヌ、陛下が報告を聞きたいと仰っている」
いつの間にかリズバルク伯爵が薬室に入ってきていた。
シャーリーはアンヌの顔を見る。アンヌも拙いといった顔をしていた。二人とも報告を忘れていたのだ。
「アランとマースは何をしているのだ」
リズバルク伯爵が怪訝な顔をしている。シャーリーとアンヌは言葉に詰まる。
「護衛の目が怖くて、薬つくりが……」
アランがリズバルク伯爵に目で訴えている。
「いつもの通り作ればいいだけだろ。何を言っている」
リズバルク伯爵は訳が分からないとため息をついている。
「ですが」
マースも不安そうに訴えていた。
「アランは薬剤師試験の首席合格者だろ、マースは王妃様の出産に関わっていたのだから問題ないはずだ。いつもの通り薬つくりをすればいいだけだ」
まだ何か言いたそうにしているアランとマースを置いてシャーリーとアンヌは陛下へ報告のため薬室を出た。
「リズバルク伯爵に任せましょう」
シャーリーはお手上げだと両手をあげて見せた。
「確かにあの護衛の目は怖かったですね。何かあったのでしょうか。以前、シャーリー様が薬を作るときにはあのような護衛はいなかったと記憶していますが」
アンヌに言われてシャーリーもそうだったと思う。何かあったのかな。
シャーリーがアンヌと陛下の執務室を訪れた時、ちょうどアランの作った薬を陛下が飲んでいるところだった。
「こちらで少しお待ちを」
ギルバートが部屋のドアを開けて入れてくれた。
さっき、薬室に来ていた護衛は部屋の外にいる。以前はここまで厳重ではなかったと記憶しているが、やはりアンヌの言うように何かあったのとしか思えない。
薬を飲み終わるのを待って、陛下の前に歩み出る。
「リズバルク伯爵から聞いた。クオタバ子爵は王妃候補の件を取り下げてくれた。礼を言う」
「とんでもございません」
シャーリーが代表して答える。
「二人が北の薬草畑のサポートをしてくれるおかげだと聞いたのだが」
「アンヌ様が仰ってくださいましたので出来たことです」
シャーリーがアンヌを見ると顔を染めて俯いていた。
「アンヌは大学で教鞭をとるとか、とても楽しみにしている」
「ありがとうございます」
アンヌの表情に喜びがあふれている。
陛下は二人の表情を見て真顔になりベルク諸侯を見る。
「お二人を信頼してお願いがあります」
ベルク諸侯が陛下の隣に立ちシャーリーとアンヌを見た。
「薬草畑に出る幽霊を見つけてください。それも内密に」
シャーリーとアンヌは顔を見合わせる。
ことの発端はシャーリーとアンヌが北に旅立ってすぐのころから噂が出始めたという。夜になると薬室の裏手にある薬草畑や調薬室に幽霊が出るというものだ。
陛下が襲われた直後でもあったため、犯人が見つかっても安心出来なくて護衛の数を増やしたのだがその幽霊の正体を見つけることが出来ないでいるという。
更に、その幽霊をアランとマースも目撃してその時、運悪く護衛と鉢合わせして護衛たちに誤解されたようだ。
シャーリーは、だから二人が薬つくりをしているときの護衛の視線が鋭かったのかと納得する。
陛下もベルク諸侯もこのままだとアランとマースがもっと重大なミスを犯しかねないと心配していた。
陛下の執務室を出て薬室に戻る途中、薬室の裏手にある薬草畑に寄ってみた。
シャーリーたちが北へ行く前に植えた薬草がかなり大きく育っていた。見る限りなんの変哲もない薬草畑だ。
「シャーリー様、私は明日、大学の準備でケンテル領へ行かなければいけません」
「そうでした。私も明日はホルック領へ顔を出す日ですから、戻ってから調べましょうか」
シャーリーは何となくわかった気がした。シャーリーの考えが間違いなければ今夜は何もないはずだ。
二人は明日の準備のため一旦薬室に戻った。




