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北の地の薬草畑

 リズバルク伯爵がゾルタを連れて領地へ行くのと、イザベラに付添っていたアグネスが家に帰るのに合わせてオルガが王宮を出るのをシャーリーとアンヌが見送る。


「お気をつけて」

 シャーリーが言うと二人は深々とお辞儀をする。

「シャーリー様はグラベル様と結婚されるのですよね」

 オルガから聞かれるが、どう答えていいのか分からず黙っていると隣でアンヌがクスクス笑っていた。

「本人以外でそのような話が出ているようですが、何も決まってもいませんしグラベル様から何も言われてもいないので答えようがないのです」

 シャーリーは正直に伝えた。レヌアイがオルガの両親を陥れなかったら、陛下がレヌアイの所業を見破っていたらオルガはグラベルと結婚していたかもしれないのだ。

 何とも複雑な心境だ。

「そうなのですか」

 瞳を伏せて呟くオルガは悪事を働くように見えない。もしかしたらグラベルとの結婚を夢見ていたのはソフィーだけではなかったのかもしれない。

 オルガはレヌアイ子爵とソフィーから脅されてグラベルの見合い相手と言われる令嬢に毒を送っていたと調べで分かった。

「あの時、私たちを切ろうと思えば切れたはずです。そのことに私たちは感謝しているのです」

 ゾルタがオルガの肩を引き寄せシャーリーに言う。

「これ以上、陛下もグラベル様も悲しませたくなかっただけです。それに、お二人は私たちを傷つけようと思っていなかったのではないですか」

「さすがですね。グラベル様が望まれるのが分かります」

 ゾルタがオルガを見る。オルガは恥ずかしそうにシャーリーを見て微笑んだ。やはりそうだったのかと納得する。あの時、ゾルタはグラベルやリズバルク伯爵ではなくアーリッシュへと向かっていた。あの場面で一番隙のあったのはアンヌだ。アンヌを人質にして攻める方法をあったはずなのに、護衛をしていたアーリッシュに向かっていった。そしてオルガも体格差のあるリズバルク伯爵へと向かっていた。二人とも捕まることを前提にしていたのではないかと考えていた。

「そろそろ行きますか」

 リズバルク伯爵から促される。

「ありがとうございます」

 ゾルタとオルガはもう一度深々と頭を下げてきた。

 ゾルタがリズバルク伯爵と一緒に馬車に乗り込む。もう一つの馬車にはアグネスとオルガが乗り込んだ。シャーリーとアンヌは馬車を見送る。


 ゾルタとオルガは名前を変えて生きることを許された。

 一度でも陛下に刃を向けたのがゾルタとオルガだと知っている者がいるため両親の名誉を回復するまでは至らなかったが、ゾルタとオルガは死んだことにされ、新たにハロルドとエマという名を与えられた。

 ゾルタは今までノゲルについてある程度、薬草のことを知っていたためと両親の墓があるルブリン領に近いほうがいいだろうという理由でリズバルク伯爵の領地で薬草畑の管理をしているヤンについてヴァルミア領の薬草畑の管理をすることになった。

 オルガはソフィーの侍女として顔を知られていたので、グラベルの乳母のアグネスの家で暮らすことになった。


「シャーリー様、私、もっともっと勉強して誰かを助けられるようになりたいです」

「アンヌ様……」

 この間からアンヌの表情に変化がみられていた。一つは薬剤師としてこれまで以上に勉強を始めていたことと、リズバルク伯爵への気持ちの変化だ。

「ルブリン領でシャーリー様やリズバルク伯爵の行動を見ていて、私も同じようなことが出来るようになりたいと思うようになりました」

「グラベル様の施設が完成する前に、ルブリン領の薬草畑を見に行きましょうね。約束ですから」

 シャーリーは笑顔で言った。

「忙しいですけど、とても楽しみです」

 アンヌも笑顔で答えた。

 ケンテル領の施設は大学と病院が併設された施設だという。そこでアンヌは講師をするように薬室長から言われている。

 ホルック領で行われていた研究はケンテル領に移されて継続することも決まっていた。

 今は、その準備とフォアボルド領とリンゲル領での新たな薬草つくりの準備も始まっている。


 イザベラが産んだ王女を王位に継げるために陛下が動いていた。反対派は二人だったがそのうちの一人は領地の薬草畑のサポートをすることを交換条件にしてきた。

 それはシャーリーとアンヌが北の地の薬草畑をサポートすることで手を打った。残りは西の要塞を治めるマーシア諸侯だけだ。ダルキス伯爵少が少し前から陛下の代理で説得に当たっているが未だ反対している。その為、グラベルも出向いて説得するというので昨日アーリッシュと出発していた。


「シャーリー、北に行くのならこの苗を持って行ってほしい」

 カルロが鉢植えを抱えてやってきた。手のひらくらいの大きさに育っていて葉も六枚ほどついている。アンヌが覗き込んでいる。

「カルロ様、これは何ですか?」

「先日、陛下からこの国で育てられないかと貰った薬草だけど、もともとの産地は寒い地方のものなんだ、それなら北の地で育てたほうがいいかなと思って」

「いいですね」

 シャーリーも角度を変えながら観察してみた。

「アンヌ様、これをルブリン領でお願いしてみませんか」

 シャーリーはアンヌを見た。アンヌも分かったようだ。

 陛下からの頂き物をルブリン領へ託すということは名誉でもあり周囲の牽制にもなるはずだ。

 最近、よからぬ噂を耳にする。北の地やフォアボルド領、リンゲル領で薬草畑を作り始めたのは陛下やグラベルに恩を売るためだという貴族が出始めた。

 恩を売るためだけに薬草畑を作ろうと言い出す貴族もいるが、そう簡単には必要な量を収穫できるわけではない。その為、薬室長やローレンスが出向いて調査を行っている。

 薬草畑を作ると手を挙げた領地の半分はすでに薬室長とローレンスから却下されている。そのやっかみが現在、薬草畑を作っている領地へと向いているのだが、薬室長はかなり厳しい条件を出している。それをクリア出来るのなら再度検討するというものだ。

 北の地はもとよりフォアボルド領とリンゲル領はその条件を満たしているので文句を言われる筋合いはないのだが、納得できないのだろう。


「シャーリーとアンヌはいつ出立するの」

「準備もありますから、来週くらいには行こうかと」

「僕もしばらくホルック領とケンテル領を行ったり来たりしているから薬室を留守にするけど、アランとマースに任せようと思う。薬室長の許可ももらっているから、何かあったら二人に言ってね」

 シャーリーとアンヌははっとして気が付いた。

 薬室長とローレンスは薬草畑を作りたいと言っている領地へ出向いていてほとんど帰ってこない。そこへシャーリーとアンヌは北の地へ行くことが決まっている。カルロはケンテル領に建設途中の施設の準備を任されている。その留守をアランとマースに任せるのだ。


 どうりで最近の二人は少しピリピリしていた。緊張しているのだろなと思う。先日は薬室長自ら陛下の薬つくりをアランとマースが引き継いでいた。

 ガチガチに固まってぎこちない動きで薬つくりをしている二人を見てベルク諸侯が笑いを堪えながら声をかけ緊張をほぐしていた。


「大丈夫でしょうか」

 アンヌが心配している。

 カルロもこればかりは慣れてもらわなければと放置している。というより忙しすぎてまともに相手になれていない。

 今、薬室は新しい局面に差し掛かっているのだと分かる。グラベルが目標にしていた薬と治療を統一すること。それに向けて動き出していた。



〇〇〇

「ようこそ、お待ちしておりました」

 クオタバ子爵自らシャーリーとアンヌを出迎えてくれた。今日はハンスとケリー、あと数人の兵士たちを連れてきていた。

 先日はよくわからなかったがクオタバ子爵はかなり若い。確か娘を王妃にと言っていたようだが。一体いくつなのだろうとシャーリーは見ていた。

「いくつだと思いますか」

 シャーリーの考えていることが読まれていた。

「すみません。あの、お妃さまにと考えられていたのに、私たちが薬草畑をサポートするだけでいいのでしょうか」

 シャーリーはずっと気になっていたことを聞いた。あの時は、リズバルク伯爵の顔を立ててそういっただけなのかもしれないと。

「娘ですよね。それは……」

 視線を空に向け歯切れが悪い。

「お父様」

 少女が走ってきてクオタバ子爵の足にしがみついた。とてもかわいらしい少女だ。九つか十くらいだろうか。

 クオタバ子爵が抱き上げて声をかけている。

「シャーリー様、こちらの方がクオタバ子爵のご令嬢です」

 アンヌがシャーリーの耳元で囁く。

「お、おう……?」

 言葉にしていいのか迷いそれ以上は口にできなかった。

「すみませんでした、陛下の元へ嫁がせたかったのは私の姉です」

 申し訳なさげに言うクオタバ子爵を見て納得した。


「姉君!」

 クオタバ子爵が声を上げた先を見ると、農民のような恰好をした女性が歩いている。

「シャーリー様、あの方がクオタバ子爵の姉君、へりザ様ですわ」

 アンヌが教えてくれる。

「詳しいのですね」

 遠い北の地の領主一家のことをしっかり覚えているアンヌに関心する。

「リズバルク伯爵と婚姻すると思っていたので一応、北の領主の家族は覚えました」

 シャーリーは薬室に来てから関わることはないと記憶の彼方に押しやっていた。

 クオタバ子爵は姉のへりザと何やら言い争いを始めている。

「薬草畑に行くのでしょうか」

 アンヌが聞いてきた。二人の会話やへりザの服装を見てきっとそうだと思ったが、声をかけていいのか分からずシャーリーとアンヌは立ち尽くしていた。

「とりあえず、行ってみましょうか」

 シャーリーは時間が惜しくてそう言う。

「そうですね。ここで待っていても終わりそうにないですからね」

 アンヌの視線はクオタバ子爵とへりザへと向けられている。

 二人が近づくとクオタバ子爵は気が付き慌てふためく。

「すみません、お見苦しいところを」

「いいです。それより、薬草畑に行かれるのですか?」

 シャーリーは聞いてみた。

「はい。雪も解けましたから、畑を耕さないといけませんでしょう」

「そうですね。私たちもご一緒しても?」

「ぜひ!」

 シャーリーはそのほうが早いと考えるとへりザも同じように考えていたようだ。かなりくだけたご令嬢だと思った。


「先日、いくつかの提案をいただきました。その中から、肥料に関することと畝に幕を張ることなら継続してやれそうだと薬草畑の者たちは言っていました」

 アンヌが言った通りクオタバ子爵の姉君でへりザと名乗った。馬車に揺られながら、へりザの報告を聞くと矢継ぎ早に質問をされた。

 クオタバ子爵が心配して嫁ぎ先を探していたらしいがことごとく断り続けられていると嘆いていた顔が思い浮かぶ。この方自身は王妃になるつもりもないのだと悟った。薬草畑の手入れをするのが楽しいらしく。アンヌが送った今回の提案書を見ながらホルック領やフォアボルド領、リンゲル領での薬草畑の様子なども聞いてきた。

「肥料に関しては提案書に書かせていただいたように現在ホルック領で作っている物を配布することが出来ます。北の地にある薬草畑すべてに送れる量を確保していますので手配をかけておきます」

 シャーリーはすぐに対応できるものを伝えていく。そのうえで今、何をしなければいけないかを見極めていく。


 フォアボルド領とリンゲル領は収穫量を増やすための準備を始めている。北の地でもそろそろ新芽が芽吹くころだ。それに合わせて北の薬草畑でも収穫量を増やすための方法をいくつか提案していた。


 出来れば今年の冬風邪は北の薬草畑とホルック領、フォアボルド領とリンゲル領でとれた薬草で国中の薬を作りたいとグラベルは言っていた。その為の準備を始めるとクオタバ子爵には伝えてある。


 薬草畑へ着くと馬車を降りて周囲を見渡す。

 かなり広い土地を薬草畑にしているようだ。これなら、色々な薬草を作ることが出来る。


「へりザ様」

 農民たちが集まってくる。領民たちの慕われているのが分かる。

「今日は西のほうを耕すわよ」

 へりザは鍬を持って農民たちと元気よく駆けていく。

「ご令嬢とは少し違いますね」

 アンヌは言うが、自分たちも世の令嬢とはかけ離れた存在だと思う。それがアンヌにも伝わったのかあっと声をあげた。

「私たちも違いましたね」


「領民たちにとても信頼されていますよね」

 農民たちに紛れて薬草畑を耕しているへりザを見ていると、若い男性がへりザの元へ近づいていくのが見えた。

 それに気が付いたへりザは畑を耕すのを止めて二人で畑の端に移動して話し始めた。

 その表情がとても穏やかで幸せそうに見えた。

「シャーリー様」

「アンヌ様、私でも分かります」

 恋人だろうか。もしかしてこのことがあるからクオタバ子爵は嫁ぎ先を探していたのだろうかと思ってしまう。

「あの方はどなたでしょうか、農民には見えないのですが」

「コモロフスキ伯爵です」

 シャーリーとアンヌが離れたところから見ていると声が聞こえて振り返ると頭に布を巻いた老人が立っていた。

「他の領主がわざわざここへ?」

 老人はシャーリーとアンヌを見るとそのまま歩いていってしまった。

 シャーリーは不思議に思った。どう見ても身分を隠しているようだ。薬草畑を視察に来たとは思えない。それに、二人は多分恋人同士だろう。

「シャーリー様、何か理由がありそうですね」

「そうですね」


 シャーリーとアンヌはコモロフスキ伯爵とへりザのことを詮索するのは止めて本来の仕事に専念することにした。


 北の地は少し前までグラベルがいたことでかなり整えられていた。そして今後のことを北の地で薬草畑を作っている領主たちと話し合った結果、北の地の薬は出来るだけ北の薬草畑で作りたいということだった。

 アンヌがすべての薬草畑の土の状態を調べている間にシャーリーは必要な薬草と現在の収穫量を確認して、どこまで収穫量を増やせるかを考えた。


 リズバルク伯爵邸に集まった領主たちとそれぞれの薬草畑の管理人たちを交えてどの薬草畑に何を植えるのかと作量を決めていった。

 とりあえずは今度の冬風邪の薬は北の地で使う分はすべて北の薬草畑で薬草を作るという目標が出来た。


 カルロから頼まれた植木鉢の薬草はクオタバ子爵へ託すことにした。最初は遠慮してリズバルク伯爵が適任だといっていたクオタバ子爵だが、リズバルク伯爵が王都で仕事があるからと辞退し、結局クオタバ子爵が管理することになった。

 シャーリーとアンヌはやっかみが出ないといいと考えていたが、北の地の領主たちは思った以上に連携が取れている。どこかの領地で人が足りないと聞けば、他の領主が自分のところの領民を連れて手伝いに来たりする。その為、今回の視察や今後のことを話し合うのもスムーズにできた。


 王都へ帰る日、クオタバ子爵に見送られる。

「クオタバ子爵様、もし何かお困りのことがありましたらいつでも相談してくださいね」

 アンヌが声をかけている。

 カルロから預かった植木鉢は陛下から賜ったものだ。それの意味することが大きい。クオタバ子爵の嬉しさと何かあったらといった不安が表情に現れていた。

「種はまだ薬室にありますから、うまく育たなかったら言ってくださいね」

 シャーリーも安心させるように言う。

「分かりました。いずれこの薬草も、他の薬草畑で作ることになるのですよね」

「そうです。その為の準備だと思ってください。観察記録は出来るだけ詳細にお願いします」

 シャーリーは薬草畑で会った老人にも頼む。あの老人はルブリン領の薬草畑の管理を任されている者だった。

「頑張ってみるよ。それにへりザ様が張り切っておられるからあの植木鉢の薬草は問題ないだろう」

 どうってことないような口ぶりだが、へりザの様子を見る限りしっかり観察記録をつけてくれるだろう。

「時々、こちらに寄らせていただきます」

 シャーリーが言うと「私も」とアンヌが声をあげた。

 この間も思ったが、アンヌは北の薬草に興味津々だ。別の理由もあるみたいだがシャーリーは気づかないふりをした。

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