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残党 後編

 翌日、シャーリーはいつもより早く薬室に行った。グラベルとレノックス伯爵に滋養の薬を渡すために。


「どうしたのですか?」


 薬剤師たち数人が調薬室で薬つくりの準備を始めていた。


「シャーリー様、こちらへ」


 アンヌがシャーリーに近づいてきた。シャーリーはアンヌの後ろについて調薬室を出て、薬室がある建物の外まで行く。


「シャーリー様、これをグラベル様とレノックス伯爵に」

「これは?」

 アンヌが紙袋を渡してきた。


「以前、カタリーナ様にお渡しした滋養の薬です。夜眠れなくて薬草畑を見に来ていた時にグラベル様とレノックス伯爵にお会いしたのです。その時、かなり疲れた顔をされていて」

「夜、一人で薬草畑に行ったのですか?」


 シャーリーが作ろうと思っていた薬だ。しかし、いくら王宮内だとしても夜遅くに出歩くのは危険だ。


「マース様も寝られないと言っていたので二人で薬草を見に行きました。その時、グラベル様とレノックス伯爵も薬草の在庫が気になっていて見に来たと仰っていて」

「薬草の在庫を確認に来られていたのですね」


 グラベルが心配するのは分かる。今、薬室のみんながそのことを心配している。グラベルが確認に来たということは診療所の患者はまだ増えているのだろう。


「在庫は足りると思うのだけど」

「グラベル様も在庫を確認して安心されていました」


 アンヌとマースも心配で眠れなかったようで、自分を安心させるために薬草の在庫を確認しに行ったと言う。


「私たちが帰った後も薬室長やシャーリー様が遅くまで薬つくりをしているのを見て、自分たちも出来ることからやろうと話し合って、交代で早朝に薬つくりを始めることにしました」

「それで……。でも大丈夫ですか。日中もかなり忙しいのにこんなに早くから出てきて」


 シャーリーは過労で誰かが倒れるのではないかと心配になる。


「大丈夫ですよ。交代制にしていますから。みんな心配しているのです。診療所へ患者がつめかけていると聞いて、薬が間に合わなくならないかと。だからみんなで相談して決めました」


 アンヌはシャーリーたちが夜に薬つくりをしているのなら自分たちは早朝に薬つくりをしようと考えたらしい。


「ルーカス様はまだ、良くならないのでしょうか」

「少し動けるようになったようですが、サイモン医師からはまだ無理をしないようにと言われています」


 シャーリーは昨日のサイモン医師の言葉を伝えた。体力がないルーカスは冬風邪がおさまりきっていない今、外に出ることは止めたほうがいいと言われている。今、冬風邪にかかれば重症化する恐れがあるという。その他、シャーリーの部屋がある一画に与えられた部屋にとどまっている。そのほうが、サラやメアリーがいるので世話も頼めるのと、何かあったときにサイモン医師が駆け付けやすいという理由から。


 ルーカスは今、サイモン医師から言われたリハビリを始めている。少しずつでも身体を動かしたほうがいいと言われてだが、それなら薬つくりをしたいと言っていた。

 ルーカスが怪我をして抜けたのでリンゲル領では薬つくりがかなり困難になっているようで、ルーカスはそのことも気にしていた。だが、領地の薬剤師たちとエレノアが頑張って薬つくりをしていると聞いた。


「実はルーカス様が運び込まれたときにうわ言を聞いてしまったのです」


 アンヌは不安そうな表情で話す。シャーリーは何を聞いたのか心配になる。


「どうして今更とかオルガって」

「オルガって言ったのですか?」


 どうしてルーカスがその名前を言ったのか。あの時、その名前は知らなかったはずだ。

「確かにそう聞こえたの。ずっと考えていたけど間違いないです」


 シャーリーはルーカスとの関りが気になっていた。


「シャーリー様、私思い出したことがあるのです」

「思い出したこと?」

「ずっと以前、陛下が王位を継いですぐのころグラベル様の立場が不安定な時にグラベル様の婚姻が決まりそうだと父が話していたことがありました」

「ソフィーのことですね」

 確かそのころグラベルはソフィーと内々で婚約したと聞いていた。

「違うんです」

「違う?」

「その時、父が言っていたのは別の貴族の名前でした。しかし、その後その貴族に問題があって爵位を取り上げられたと、その変わりにレヌアイ子爵の令嬢がグラベル様と婚約したようだと」

聞いていたことと少し違う。アンヌの記憶違いだろうか。

「シャーリー様、爵位を取り上げられた貴族にはオルガという令嬢がいてその令嬢こそが一番初めにグラベル様と婚約の話があったと」

「アンヌ様、確かめに行きましょう」

 薬室にみんなが来る前に急いで聞いておきたい。シャーリーはアンヌを連れてルーカスの部屋に向かった。


 部屋に続く扉を開けると侍女のメアリーが食事を運んでいた。きっとルーカスのだろう。

「シャーリー様、どうされたのですか?」

 メアリーが驚いている。

「ルーカス様はいる?」

「はい。お部屋に」

 

 シャーリーは二階に上がり、ルーカスの部屋のドアをノックする。少しして返事があった。

 ドアを開けて部屋に入るとルーカスは起きていた。


「シャーリー様、何かありましたか?」

「ルーカス様、オルガ。ソフィーの侍女とお知り合いですか?」

「何のことですか」

「ルーカス様が運び込まれたとき、うわ言のようにオルガと言っているのを聞いてしまったのです」

 アンヌの言葉にルーカスは何かを悟ったようだ。

「昔の知り合いだ。と言っても向こうは貴族様で僕は商家の息子だったからそれ程、親しくはなかったけど」


 ルーカスの話は、幼いころ住んでいたのはケンテル領でその当時はレヌアイ子爵ではなく別の貴族がその領地を治めていたという。

 その貴族の令嬢がオルガだ。

 オルガの両親は濡れ衣を着せられ爵位を奪われた。その貴族の令嬢だったオルガはソフィーの侍女ということになっているが実際は立場が逆でオルガの乳母がソフィーの母だった。

爵位をなくしたオルガの両親は子供たちを連れてオルガの母方の親戚を頼って身を寄せたとルーカスは言った。


「オルガには兄弟がいたのですか?」

 シャーリーはルーカスの話に出てきた子供たちという言葉に疑問を感じた。

「確かご子息がいらっしゃったと記憶しています。名前までは分かりませんが」

 アンヌが言うのを聞いてルーカスはため息をついた。

「ノゲルの部下、ゾルタはオルガの兄です」

「シャーリー様」

 アンヌがシャーリーの腕をつかんできた。

「母方の親戚はどこか分かりますか?」

「記憶が曖昧だけど、北の地、ルブリン領だと言っていたと思う」

 シャーリーはルーカスの部屋を飛び出して走り出していた。

「シャーリー様、どうされたのですか」

 後ろから追いかけてくるアンヌ。

「今、ルブリンにはリズバルク伯爵が向かっているのです」

 シャーリーは走りながらアンヌに言う。

「グラベル様に報告されるのですね」

「はい」

「私も行きます」

 シャーリーとアンヌは必死に走ってグラベルが執務をしている部屋に向かった。部屋の前まで来るとレノックス伯爵がちょうど部屋に入ろうとしていた。

「レノックス伯爵、お話があります」

 シャーリーとアンヌが走ってきたので少し驚いた表情をしていたが、レノックス伯爵はすぐに部屋に入れてくれた。

 グラベルはすでに仕事を始めていたようで机で手紙を読んでいた。

「シャーリーとアンヌ殿、どうかされたか」

「グラベル様、オルガとゾルタは兄妹です。レヌアイ子爵に爵位を奪われた貴族だったと」

「それは本当か?」

 グラベルが立ち上がってシャーリーたちを見た。

「ルーカス様の昔の知り合いだそうです」

「すぐ調べさせます」

 そう言ってレノックス伯爵は部屋を出て行った。

 かなり前のことなのとグラベルも幼かったので知らなかったようだ。ただ、レヌアイ子爵に爵位を奪われた貴族に心当たりがあるようで口元に手を当てて何か呟いていた。


 待っている時間がすごく永く感じる。それはアンヌも同じだったようで、ソワソワしていた。きっとリズバルク伯爵のことが心配なのだろう。


「アーリッシュ、すぐ出かけられるように準備をしておいてくれ」

 控えていたアーリッシュにグラベルが言う。その声に反射的答えたのはシャーリーとアンヌだった。

『私も一緒に』

「シャーリーはともかく、アンヌ殿はここに残っていてほしい」

 グラベルは困惑気味に伝える。納得できないアンヌはグラベルに詰め寄った。

「どうして、シャーリー様はよくて私はダメなのですか?」

「アンヌ殿、シャーリー殿は剣士トマスの弟子だったのです」

 アーリッシュがアンヌに告げる。

「あの国一の剣士トマス様?」

 アンヌはシャーリーを見ている。

 シャーリーは最近忘れていたことを思い出した。

「以前、家を継ぐ予定で習っていました」

 頬を掻きながらアンヌに白状すると呆然と佇んでいた。令嬢が剣士の弟子になることなんてあり得ないのだ。アンヌの反応に納得してしまう自分がいることにシャーリーは当たり前かと独り言ちる。


 アーリッシュが部屋を出ていくのと同時にレノックス伯爵が入ってきた。

「グラベル様、先ほどの話は本当のようです。レヌアイ子爵の前の領主にオルガとゾルタという兄妹がいました。その領主は贈賄罪で爵位はく奪、その後贈賄の証拠を示したものがレヌアイ子爵で陛下から爵位を渡されたと記録されています」

「だが、どうして爵位を奪われた貴族の令嬢がソフィーの侍女をしていたのだ」


 グラベルは状況を呑み込めないでいるようだ。ルーカスは両親と一緒に母方の親類を頼ったといっていたはずだ。


 そのときに部屋のドアが開いて陛下が入ってきた。

「グラベル、すまない。私の過去の判断に誤りがあったためこんなことになっている」


 レノックス伯爵が陛下のそばに椅子を持ってきた。陛下はギルバートに支えてもらいながら椅子に座った。


「判断を誤ったと分かったのはソフィーが襲われた後だ、刺客を使ってソフィーは自分を襲わせた。自分が婚約することになって襲われたとしたら私もグラベルもこの話を違えることは無いだろうとの目論見だったようだが、デネル諸侯はそれに便乗してソフィーを本当に襲った。デネル諸侯はソフィーの考えを逆手にとってソフィーを排除しようと考えていたらしい」

「違えるって、あの婚約はレヌアイ子爵しか名乗りを上げなかったからだと聞いていましたが」

 グラベルは動揺している。


「レヌアイは元々オルガの父親の従妹だと言っていた。オルガの両親が他国との輸入品で賄賂を受け取っていって、その娘のオルガにはグラベルの婚約者を名乗る資格はないと証拠を持ってきた。帝位を継いだばかりの私にはそれを見抜くだけの力もなく、ましてやそのような疑惑のある娘をグラベルに嫁がせることは出来ないと思って爵位をはく奪した。レヌアイは褒美を要求してきた。爵位と娘をグラベルの婚約者にと」


「それでは脅しではないですか」

 グラベルは声を荒げた。

 シャーリーとアンヌは顔を見合わせる。どう考えてもレヌアイ子爵は最初からそれが目的だとしか思えない。

 シャーリーとアンヌは静かに聞いていた。ルーカスの話だとオルガの両親はかなり古くからの伯爵家でそれなりに力もあったようだ。

 グラベルと婚約すればグラベルに力が付くことを恐れた者がレヌアイ子爵を利用したと考えると辻褄としてあう。それがデネル諸侯だったとしたら。


「当時の私はそれを聞き入れるしかなかった。それくらい力がなかったのだ。だが、レヌアイとソフィーは自分たちを王宮で襲わせることで私に婚約破棄をしないように迫った」

「私を守ろうとしてなさったことですよね。それが陛下を苦しめていたのですか?」

「そうではない。私の地位も守るためでもあった。それがすべて裏目に出てしまった。時間をかけて力をつけた。そしてデネル諸侯を処罰したときにレヌアイ子爵がやっていたことの証拠をつかんだ」

「その時に言っていただければ」


 グラベルは力なく呟く。


「お前にこれ以上背負わせたくなかった。ソフィーの侍女の名前がオルガと聞いてもしやと思った。内密に処理出来ればと考えて囮になったのだ」


「陛下、オルガの両親は爵位をはく奪された後、オルガの母方の親戚を頼ってルブリン領に行ったようです。オルガはそこにいるのでは?」

 グラベルは先ほどシャーリーが伝えたことを話した。

「オルガの両親は爵位をはく奪された翌年、亡くなったはずだ」

「どうして?」

「病だと聞いている」


「グラベル様」

 シャーリーはグラベルを見た。

「陛下、ルブリン領に行く許可をいただきたい」

 グラベルは片膝をつき礼をとる。シャーリーも頭を下げた。

「よい。オルガとゾルタを助けてやってほしい」

「はい」

 グラベルは立ち上がり返事をした。陛下に刃を向けた者を助ける方法は……。シャーリーは頭の中でどんな方法があるのか考える。

「シャーリー、行くぞ」

 シャーリーは声を掛けられ我に返る。グラベルは部屋を出ていく後姿をみて、シャーリーはアンヌと目があった。

「アンヌ様、行きましょう」

 シャーリーはアンヌの手を握ってグラベルの後を追った。

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