陛下の代理 後編
薬室の仕事が終わって部屋に戻る。グラベルはシャーリーが薬室に戻ってしばらく薬室にいたが、レノックス伯爵が来て連れ戻されていった。
ベルク伯爵は陛下の視察について行っている。そのため、陛下の仕事を取り仕切るのがレノックス伯爵ということになる。裁可を待つ仕事は陛下がいなくてもどんどん回ってくる。そのためグラベルが陛下の代理で王宮に戻ってきている。
それがグラベルとイザベラの噂に尾ひれがついているのだが、グラベルからは陛下はイザベラを下賜するつもりはないと聞いていた。
「遅くなった」
久しぶりにグラベルと一緒に夕食を摂ることになっていた。食堂で待っていると疲れて顔をしたグラベルが入ってきた。
「仕事は終わったのですか?」
「まだ、少し残っているけど、今日は帰らせてもらった」
苦笑いで誤魔化すグラベルだが、レノックス伯爵もイザベラのことを心配しているようだ。
サラとメアリーが食事を運んできた。シャーリーとグラベルも席について食べながら話すことにした。
「気を付けるようにしていたのですが、冬風邪のほうに気を取られていて」
シャーリーはグラベルに頼まれていたはずなのに出来なかったことを悔やむ。
「仕方ないさ。薬剤師たちも二年目といっても他の領地へ応援に行っているものもいて去年より人は少なくなっている。それなのにシャーリーに頼むしかなかったことは申し訳ないと思っている」
「あの後、アグネス様に任せてきましたが、大丈夫でしょうか」
グラベルの乳母だった人だ、きっとイザベラの力になってくれると信じて任せた。
「アグネスに任せていい。陛下が戻られるまでは何かあってはいけないからな」
「陛下はその…王妃候補のお屋敷にも行かれているとか」
シャーリーは噂が本当なのか聞きたかった。
「行っているけど、次の王妃を選ぶために行っているのではない」
やはりグラベルの答えは以前聞いたものと同じだ。多分、まだ言えないことがあるのだ。それなら教えてくれるまで待つしかない。
「グラベル様、陛下は本当にイザベラを誰かに下賜するつもりはないということですね」
「そうだ。陛下ははっきり仰っていたから信じていい」
「では、側室を迎えることは?」
グラベルは急に黙り込み腕を組んで天井を見る。
「やはり、側室を迎えるのですか」
「陛下から聞いたわけではないが、俺はそう思っている。それだと王妃様を今の地位のまま残すことが出来る」
「側室が王子を産んだらイザベラはどうなりますか?」
「今までの慣例でいくと側室にきちんとした地位は与えられない。世継ぎを産んでもその子は王妃様が育てることになるし、側室が皇太后になることもない」
「ではイザベラは守られるのですね」
「あくまでも、側室として迎えた場合だから、安心はできない。陛下が新しい王妃候補と名乗りを上げている家に側室としてなら迎え入れると話して、そうですかと納得すると思うか」
「そうですよね」
陛下の帰りを待つしかないのかと落胆する。
イザベラには大丈夫だと言ってあげたい気持ちもあるが、やみくもに伝えてもし違った時のことを考えると、何も言えない。もどかしさばかりが募る。
サラが用意してくれた食後の紅茶を飲む。カップをテーブルに戻し椅子にもたれかかりため息をついた。
失敗できない冬風邪の対応、陛下の視察にイザベラの今後。考えることが多すぎる。
陛下の視察は冬風邪とイザベラのことにも関係している。すべては陛下の考えで決まるのだ。冬風邪はまだ続いている。陛下は視察から戻るのはもう少し先になる。陛下はイザベラを守ろうとしているのだから、グラベルの言うように陛下のいないときにイザベラに何かあってはいけない。
「出来るだけ毎日、イザベラのところに顔を出すようにします」
「そうしてくれると助かる。俺が王妃様のところに顔をだすと噂が本物になりかねないからな」
困った様子のグラベルをみてシャーリーはふと考える。イザベラがもしグラベルに下賜されたら、私はどうなるのだろうか。
ああ、そうか。私の話はなくなるのか。
何となく納得する。それなら私もエレノアのようにどこかの領地で薬を作るのもいい。さすがに、今度こそグラベルとイザベラの住む王宮にいつまでもいる訳にはいかない。
シャーリーは紅茶を一口飲んだ。冷めていてあまり美味しくない。カップに残る紅茶を眺める。まるで残ってしまった自分のようでそれをかき消したくて残りの紅茶を一気に飲み干した。
「陛下は王妃様を下賜するつもりはないからな」
グラベルに念を押された。が、それ以上の言葉がないことは可能性として下賜の話はあるのだと悟った。
「はい」
とりあえず、返事をしてみる。実感のわかないものだ。
誰の幸せが優先順位の上位に来るのだろうか。それが答えになるような気がした。自分のことは一番下になるだろう。
グラベルに行っても困らせるだけだ。それなら陛下にどこかの領地へ行きたいと言ったら叶えてくれるだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていた。




