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陛下の代理 前編

 遠くで騎士たちの掛け声が聞こえる。ここ数日王宮内が慌ただしく人々が動き回っている。


「グラベル様が戻られたのでしょう」


 薬草庫から薬草を運び出しながらアンヌがシャーリーに確認する。


「陛下が視察に行くのでその代理だと言っていました」


 グラベルは仕事が忙しくて来ることが出来ないと先日アーリッシュが挨拶に来てくれた。何か困ったことがあればすぐ連絡するようにと言伝とともに手紙を渡された。


「このタイミングで視察に行かなくてもいいのに」


 アンヌがいうのも納得する。イザベラが出産してひと月も経っていない。そしてこれから冬風邪の本番だというのに出歩くのは陛下の体調を考えるとあまりお勧めできるものでもない。

 二日前グラベルが王宮に戻った日に冬風邪の患者が西の診療所に運び込まれたと連絡があった。翌日から患者は増え続けている。

 フォアボルド領とリンゲル領に数人の薬剤師が行っている。薬室は去年より人数が少ないが二年目とあってみんな比較的余裕でこれから増え続ける患者のための薬つくりを始めていた。


「グラベル様の領地で準備している施設や薬草畑、あとフォアボルド領とリンゲル領も視察先に入っているからこれからのことを確認するためだと思う」

「確か、北の地にもいかれるとか」


 リズバルク伯爵から今回の視察は薬室の今後のことに大きく関わってくると言っていた。フォアボルドとリンゲル、更には北の地でも同様のことを行うと言っていた。

 成功すればいいがもし、問題でも起きたらやっとグラベルに賛同してくれている人たちが離れていくのではないかと心配になる。それもあって、フォアボルドとリンゲルには優秀な薬剤師を送り込んでいた。 北の地はグラベルが陛下の代理をするため王宮に来たため、リズバルク伯爵が陛下とともに北の地へ同行することになっていた。


「成功させないとまた反対する人が出てくるのでしょうか」

「出てくるかもしれません。それはどんなことをしても成功させないといけないのですが」

「どうかされたのですか?」

「実は今回の視察先に王妃候補の家が何件か入っていると言われています」


 シャーリーはケリーが聞いてきた噂が気になっていた。


「それは、イザベラ様を下賜するという噂ですよね」

「以前にもイザベラに懐妊の兆しがなかったことからそんな噂が出ていたけど、その時は陛下も皇太后もそのようなことは一切ないと仰っていたの。それが、今回は二人とも口を噤んでいる」

「下賜先はグラベル様だと言われていますよね。このタイミングで王宮にグラベル様が帰ってきて、陛下は王妃候補の家に行くのって……」


 アンヌはその先を口にするのを躊躇ったようだ。


「どんなことがあってもイザベラの味方でいましょう」


 今はそれしか言えない。アンヌもそれを理解したようで力強く頷いた。


「シャーリー、アンヌ急いで!東の診療所で冬風邪の患者が大勢出た」


 カルロが薬室の窓から顔を出して呼んだ。


「アンヌ様、急ぎましょう」


 シャーリーとアンヌは籠一杯の薬草を抱えて薬室に戻った。

 冬風邪の流行とともにイザベラとグラベルの噂は大きくなっていくが、冬風邪の薬つくりに追われていてイザベラの変化に気づいてあげられなかった。


「シャーリー様」


 薬草庫から薬草を運び出しているときにアーリッシュに呼び止められた。


「すみません、お忙しいところ」


 丁寧に頭を下げる。グラベルに何かあったのかと心配になる。


「もう何日も、王妃様は食事を摂られていません」

「どうして?」


 シャーリーは思い当たる節がある。

 先日、王妃候補と言われる令嬢がグラベルを訪ねてきた。それだけならいいがその令嬢はイザベラの元にもご機嫌伺と称して訪ねていた。


「グラベル様はどうされていますか?」

「グラベル様は極力、王妃様とお会いにならないようにしています」


 その理由もわかっている。これ以上噂をされないようにしているのだ。すぐにでも駆け付けたいが今は薬つくりをしなければいけない。どうしようかと迷っているとグラベルが現れた。


「シャーリー、すまない。王妃様のところに行ってくれないか。薬室は私が入るから」

「シャーリー様、行きましょう」


 グラベルとアーリッシュに促されて、シャーリーは持っていた籠をグラベルに預けた。


「すみません。すぐに戻ります」


 頭を下げて、アーリッシュと一緒に走り出す。


「今、私の母が王妃様についていますが食欲がないと言って食事を残されています」

「マーガレット様は?」


 イザベラの産んだ王女はどうなったのかと心配になる。


「マーガレット様は乳母が見ているので心配はないです」


 安心した。これで子供まで何かあっては陛下が悲しむ。シャーリーは急いでイザベラの部屋に行く。

ちょうど、イザベラの部屋からサラが出てきた。お盆に乗せられたのは昼食のようだ。


「シャーリー様」


 サラが首を振る。お盆に乗せられた食事を見るとほとんど減っていない。


「食べていないのね」

「グラベル様から言われてこちらに来ていますが、すでに三日。ほとんど食事をとられていません」

「入っていい?」

「どうぞ」


 アーリッシュがドアを開けてくれる。


「イザベラ」


 ベッドに横たわるイザベラは空を見つめたままだ。

 シャーリーはベッドのそばまで行く。そこにはグラベルの乳母で薬室長とアーリッシュの母、アグネスがいた。


「イザベラ、体調は気を付けるようにカルロ様からも言われたわよね。マーガレット様もまだ小さいのよ。母親がいないと寂しがるわ」

「シャーリー、ごめんなさい。私はどうやらグラベル様に下賜されるようなの」

「そんなことにはならないわ。陛下はマーガレット様をとても可愛がってくれていたじゃない」


 イザベラには届かないのか。シャーリーはどんな言葉をかけようかと迷う。


「グラベル様とシャーリーの結婚を邪魔してしまうのだけは嫌なの」


 もしかしてそれが理由なのかと驚く。


「イザベラ、決してそんなことにはならないから大丈夫よ。安心して。それに陛下はイザベラを手放すことはしないわ」

「どうして?現に陛下は今王妃候補と言われる家を訪ねているのよ」

「今回の視察は薬草畑よ。グラベル様の新しい領地で施設を作っているの。春になったら薬剤師見習いの募集をすると言っていたわ」


 本当のところ、王妃候補と言われる家に言っているらしいが目的が違う。新しい王妃を迎えるために行くわけではないとグラベルが言っていた。だが、それは決まったわけではないのでまだ言えない。


「薬剤師見習い?」

「そう。アンヌやエレノアたちが正式に薬剤師になったでしょう。新しい薬剤師見習いを募集して育てないと、グラベル様が考えていることを成せないのよ」


 シャーリーは努めて明るく言う。


「そうだったんだ」


 納得してくれただろうか。


「さあ、少しは召し上がってください」


 アグネスがいいタイミングで食事を持ってきた。イザベラが全部食べ終わるのをシャーリーは見届けてから薬室に戻った。

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