王女誕生
王宮内が慌ただしく、サイモン医師と助手たちは出産のとして準備された部屋を出たり入ったりしている。
産気づいたと報告があってからすでに九時間。
神経が持たないとシャーリーは薬草を乾燥させながら思う。薬室長は今朝からずっとイザベラに付き添っている。長期戦になると予想した薬室長はアンヌとマースを休ませている。
エレノアとルーカスがサイモン医師から産後に必要になると言われている薬を作っている。そのそばになぜかリズバルク伯爵が仁王立ちでいる。
元軍人で体格のいいリズバルク伯爵なのではっきり言って迫力がある。いつもは薬室のことで話をしているので比較的笑顔も見られるが、今日は口元を緩めることすらない。
クラフ領から帰ってきた薬剤師たちは仁王立ちのリズバルク伯爵を見て顔色を変えながら薬室から逃げ出していく。
「シャーリー、あれはまずいよ」
「ローレンス様、寝ないでくださいね」
ローレンスも薬室長がいない今、暇を持て余し久しぶりに薬草と戯れている。
シャーリーは冷たく言う。少しずつ薬室長からの仕事の指導を受けているローレンスが久々の薬草園で羽を伸ばしすぎるくらい寛いでいた。
「寝ないよ。前に、シャーリーに薬草を窓際に飾るように言ってくれただろ。あれをすると薬室長からの宿題がはかどるんだ」
そういえば言ったなと思い出す。あの時は薬棚の引き出しに顔を突っ込んでいた。呑気に言っているローレンスだが、クラフ領の施設の管理を任されることになっている。準備はいいのかと疑問に見ていると目があった。
「薬室長がいるから、何かあってもなんとかなるよ」
「いいのですか? グラベル様とリズバルク伯爵の行動を見ているとそれだけではないと思いますが」
「薬室長はずっとこのまま薬室長だよ。グラベルが施設を作るからそのための必要な知識を薬室長から受け継いでいる。そういうことじゃないの?」
「そうですかね……」
シャーリーは薬室を見る。リズバルク伯爵はイザベラが生む子供のことを心配しているのだ。この国の現行法では男子しか王位を継げない。もし、女子であれば。また、グラベルに王位を、陛下に新しい王妃をと言ってくる人たちが現れるだろう。
グラベルは王位を継ぐつもりはないが、リズバルク伯爵はグラベルにもっと表舞台に出るように促している。リズバルク伯爵はグラベルに王位を継がせたいのかと勘ぐってしまう。
薬室長が薬室に入っていくのが見えた。
「ローレンス様、薬室長が戻られたみたいです」
半分眠りかけていたローレンスを起こし、シャーリーは薬室へ戻る。
「王女様誕生です。王妃様の体調も問題ありません」
薬室長の言葉に皆が安堵した。
「陛下はどちらに?」
「執務室で報告を受けられているはずです」
リズバルク伯爵が動き出した。薬室長から聞くとすぐに薬室を出ていく。お祝いの言葉を述べに行くのかと見送る。
「エレノア、ルーカス、今すぐできている分の薬を持って王妃様のところへ行って」
「はい」
薬室長に言われて急いで薬を纏めるエレノアとルーカス。
翌日、王室から王女誕生の発表がありお祝いムードが高まった。しかし、王宮ではやはり王子でなかったことで新しい王妃を、グラベルに王位をと言い出す者が現れた。
そのグラベルは、北の地で薬草畑を作ることや新しい領地で施設を作るのに必要な準備をリズバルク伯爵と進めていると聞いていた。それは王位を継ぐ気はないという意思表示になっていた。
「王子を産めなかったわ」
肩を落とすイザベラになんと声をかけていいのか分からなくなる。
「イザベラも王女様もお元気なのですから喜ばしいです」
「イザベラ様、今はお体を休めることを第一にお考え下さい」
薬室長からイザベラが塞ぎこんでいるので様子を見に行くようにと言われてカルロと一緒にイザベラの部屋に来ていた。
「そうよね。サイモン医師からも休むように言われたわ」
「民の中には産後、体調がすぐれず亡くなることもあります。不調があればすぐにサイモン医師に伝えてください」
カルロの心配が通じたのかイザベラはやっと笑顔を見せた。
「シャーリー、私はこの先、また子を産めるかしら」
イザベラの視線が彷徨っている。
「それは分かりませんが、これだけははっきり言えます。グラベル様は王位を望んでいません」
シャーリーもそれを望んでいない。
「グラベル様は新しい領地で薬剤師を育てる施設を作られるとか」
「そうです。私もほぼ毎日クラフ領へ行って薬草畑の準備をしています。春には施設ができますし、薬草畑は今までより大規模になります。グラベルに王位のことを考える余裕などありませんよ」
カルロの言っていることは本当だ。北の地でも領内で作っている薬草を使って冬風邪の薬を作ると薬室に連絡が入っている。それに合わせて、クラフ領の施設の準備などもしている。そして、リズバルク伯爵とのやり取りでグラベルは一家臣としての態度を崩していないのが分かる。それがグラベルの本心だ。
「イザベラ、私はいずれグラベル様に嫁ぐことになるかもしれませんが、国王の妻になりたいわけではありません。グラベル様は薬剤師の仕事が好きだと言っていました」
この言葉で噂を払拭することはできないが、イザベラの不安を少しでも和らげばと思う。
「グラベルは薬つくりが大好きな薬バカです。それを取り上げると、逃亡する恐れがあります」
カルロが面白く話を盛る。イザベラもクスクス笑っていた。
「あっ! シャーリーは知らないの? 昔、グラベルが寝る間も惜しんで一日中薬つくりをしていたから 薬室長が薬と薬草を取り上げたんだ。そしたらどうしたと思う?」
「どうしたの? カルロとローレンス様を見ていると何となく想像できるけど」
イザベラが興味深そうにカルロに聞いた。
「温室に布団を持ち込んで立てこもりました」
さすが、ローレンスとカルロの仲間だと腑に落ちる。イザベラも面白かったのか声を上げて笑っていた。




