新たな領地 前編
薬剤師見習いたちは全員、正式に薬剤師となった。
王宮組はイザベラの出産までを担当しその後は別の担当を任されると言われた。ホルック領とフォアボルド領、リンゲル領の薬草畑担当は新たに別の領地を担当する為再編成された。
その新しい領地はグラベルが陛下から賜った領地で、以前のレヌアイ子爵の領地でクラフ領と名前を変えた。
ホルック領がブランデンの領地になったことでその代わりだと聞かされた。
グラベルの領地となったクラフ領はその半分ほどを薬草畑にすると聞かされたカルロは卒倒した。
「無理だよ、フォアボルド領とリンゲル領だけでも大変なのに……」
珍しく弱音を吐くカルロに周囲の薬剤師たちは心配そうに見つめる。
薬剤師試験の合格発表の時に薬室長は国中の薬を薬剤師が作ることを目標に掲げた。その為の施設や薬草畑の準備もあると。
その時はみんな半信半疑だった。すぐには出来ないだろうとタカを括っていたのも確かだ。
それが今、発表されたのはグラベルの新しい領地でその施設を建設することが決まってすでに工事も始まっていること、そして残りの領地は薬草畑にする許可が出たと言うことだった。
レヌアイ子爵令嬢のソフィーが毒草を作っていたのは別荘があった地でのみで王都に近い領地では作っていないことが分かっていた。それでも確信がなかったため、領内すべてを調べるのに時間がかかっていたことでずれ込んでいた。
施設は既に建設が始まっていると聞かされてカルロは青ざめている。
「これから冬風邪の準備に追われると言うのにこのタイミングですか?」
「いいから行きなさい!」
悲鳴にも近い言葉にやはり周囲の薬剤師たちも不安が募っていく。薬室長からは激が飛ぶ。ざわざわと騒ぎ出した薬剤師たちにエレノアが強い口調で言う。
「やるしかないですよね」
「まあ、そうだな。国中の薬を作るとなるとそれくらい有ってもまだ足りないんじゃないのか?」
アランがどうだろうかとアンヌを見ながら言う。
「その領地がどれだけの広さか分かりませんが、足りないと思います。それに早めに準備した方がいいのではないでしょうか」
アンヌは必要な薬草の計算を簡単に説明する。
「ホルック領の五倍ってとこかしら」
薬室長は笑顔で言う。これだけの広さがあれば薬草が大量に収穫できると。
それを聞いていた薬剤師たちは一堂に頷く。どちらにしてもやらなければいけないのなら早めにやっておこうと。冬風邪は去年経験しているのでその大変さをみんな分かっている。それなら出来ることを早めにやっておこうと気持ちに傾き始めた。
「取り敢えず、みんなで見に行こうか。王宮組、ここ任せていいか?」
アランが皆に賛同を求めた。薬剤師試験主席合格者の二人が言うのなら、と皆は頷く。
「ここは任せて。冬風邪の準備も進めておきますから」
アンヌが答える。
リズバルク伯爵がアンヌとエレノアの両親を説得して薬剤師を続けることを認めてもらってから二人ははっきりと自分たちの考えを口にするようになった。しっかりとした意志が見える。それもあってか、薬室長はアンヌを新しい施設の講師に、エレノアは本人たっての希望でリンゲル領の診療所での勤務が決まっていた。
リンゲル領は先の病で医師や薬剤師が激減していた。その為、冬風邪の時に薬室から数人派遣することが決まっていたのだ。
「一人でも多く救えるように尽力します」
そう言って笑顔を見せたエレノア。
薬剤師を多く採用したのも、試験を早めたのもここに繋がっているのかと改めて思った。それならその先に進むしかない。シャーリーも腹を括る。
大変だけどやるしかないのだ。それ以外の選択肢などない。そう思ったら体が動きたくてうずうずしてくる。
「アランたちで出来るだろう。僕がいかなくてもいいじゃないか」
まだ嫌がるカルロの両腕をフォアボルド領担当のレティクスとリンゲル領担当のファビアンが掴んでいる。
「僕たちではまだ分からないことも多くあります。カルロ様が来てくれないと困るんですよ。もう暫く僕たちの指導をお願いします」
言葉は丁寧だが行動は少し強引で嫌がるカルロをアランが馬車に無理やり押し込む。
薬剤師たちは数台の馬車に分かれて乗り込みグラベルの新しい領地、クラフ領へと向かった。立場が逆転しているような気がしないでもないが、クラフのことはアランたちに任せようと思う。
「カルロ様はどうしてあそこまで嫌がるのでしょうか?」
アンヌが不思議そうに首を傾げる。シャーリーも不思議だった。いつものカルロなら率先して薬草畑に出向きそうなのに。
「今日はカタリーナ様が王妃様のところにご機嫌伺いに来る予定ですから」
ルーカスが言う。シャーリーとアンヌは振り返りルーカスを見る。
「あれ? もしかして気づいていなかったのですか」
「どういうこと?」
エレノアもルーカスを見る。ルーカスはマースを見る。
「シャーリー様たちはいらっしゃらなかったか……」
マースが頭を掻いた。
「王妃様の妹のカタリーナ様がご挨拶に来られていたのです。その時、対応したのがカルロ様と僕たちで多分ですが、カルロ様は一目ぼれをされたのではないかと」
「うそでしょう!」
アンヌが叫ぶ。
アンヌがカルロのことを好きという訳ではない。シャーリーはアンヌの叫びが分かるだけに自分も納得してしまう。ずっとカルロの恋人は薬草だと思っていたのだが、人に恋するのかと。そう言えば、最近薬草に語り掛ける姿を見ていないような。
試験やイザベラのことやリズバルク伯爵のことに気を取られていて気にしていなかったが、確かに以前はよく目にしていたカルロが頬を染めて薬草に語りかける姿を見ていない。
「カタリーナ様が帰られた後、カルロ様の様子が変だったんですよ」
ルーカスがカルロの様子を教えてくれた。
カタリーナが帰ったあとも暫く立ち尽くして「綺麗だ」と呟いていたらしい。
「あ~」
シャーリー、アンヌ、エレノアの声が揃った。
「カルロ様は隠しているからあまり触れない方がいいと思いますよ」
マースの気づかいに感心する。
「では、私たちは知らないことに」
エレノアが言う。シャーリーとアンヌも異存はない。
「じゃ、僕たちも知らないことで」
ルーカスはマースを見て言う。マースも頷く。
「それでは、仕事しましょうか」
アンヌが声をかけると皆、自分の担当の仕事に取り掛かる。
アンヌは早速、ホルック領の薬草の出来具合を確認しだした。
エレノアとマースは依頼のあった薬を作り始め、シャーリーとルーカスは王宮の薬草畑の手入れに出かける。
薬草庫には乾燥させた薬草が増え続けている。ホルック領から冬風邪に使う薬草が毎日届き始めている。
王宮の薬室で作っている薬草もそろそろ収穫時期を迎える。昨年同様、温室では代替の薬草も育てている。去年、カルロが温室で作っていた薬草だ。冬風邪の準備は着々と進められていく。




