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新しい管理官 後編

 新しい管理官、リズバルク伯爵はグラベルが進めていた薬草畑に永く反対を唱えていた人だ。


 グラベルが領地に赴任してからは態度を軟化させているようだがアーリシュからの連絡には中々一筋縄ではいかない人だと分かっていた。

 その人がグラベルの後任で新しい管理官になり、先日挨拶に来ていた。


 開口一番に言われたのは(早く見習いから正式に薬剤師にする試験を執り行うように)だった。


 今、薬室長とローレンスは試験の準備に追われている。

 シャーリーはというと、カルロと一緒に試験に使う薬草をひっそり準備しているのだがこれがまた厄介で昼間、見習い薬剤師たちはフォアボルド領とリンゲル領に出かけているので夜に試験の勉強をしている。

 シャーリーは昼間、イザベラの体調管理と冬風邪に備えてホルック領の薬草の調整をして、夜には部下たちの勉強を見ている。その合間で試験用の薬草の準備をしているとどうしても時間がないのだ。

 カルロに至っては触れる薬草が限られているので昨日、とうとう気がふれたかのように笑い出していた。薬室長がいち早くカルロの異変に気づきカルロを温室に入れて落ち着いた。


 薬室のみんなはイザベラの出産が終わってからだと思っていたが、新しい管理官は正式な薬剤師でもない者が王室の出産に関わるのはいかがなものかと言ってすぐに試験をするようにと言ってきた。その為、皆が大騒ぎになっている。

 見習いたちの中には寝不足と疲れで体調不良を訴える者もいて、シャーリーたち王室組は別のネヴェルス領やリンゲル領にも応援に駆り出されている状況が続いていた。


「シャーリー様、リンゲル領の薬草ですが、このままだと少し足りないような気がします」


 アンヌが以前、ローレンスから教わった算出方法で計算したところリンゲル領の薬草が領民に対しての量として足りないことが分かった。


「ファビアン、あそこは確か、余っている農地がまだあったはずよね」

「ある!あの場所はカルロ様に言われていつでも薬草畑に出来るように整備だけはしていたんだ。薬草作りますか?」


 せっかちなファビアンは今にもリンゲル領に行こうとするのを止める。


「確かに薬草を作るけど、一応ホルック領とフォアボルド領の薬草のことも聞いてからにしましょう」


 シャーリーはアンヌに残り二つの領地の薬草の計算を頼み、ホルック領担当のアランとフォアボルド領担当のレティクスに状況を聞くため探す。

 薬畑まで来るとアランとレティクス、更にリズバルク伯爵までもがしゃがみこんで何かしている。

 シャーリーは邪魔にならないように近づき様子を伺う。


「ですから、これがホルック領で採れた薬草でこれがフォアボルド領で採れた薬草、更にこれがリンゲル領で採れた薬草です」


 アランが地面に薬草を並べて見せている。それを真剣な眼差しで見ているのがリズバルク伯爵で新しい管理官だ。


「ホルック領の薬草は茎もしっかりしているし、葉も多く青々しているな」


 親子以上、もしくは祖父と孫といってもいいくらいの年の離れた者が話し合っているのはホルック領の薬草の出来具合だった。


「土と肥料が違います。今、ホルック領で何が出来るか調べ始めていますがそれの詳細が分かれば、別の領地で応用が可能です」


 アランが一生懸命に説明している。


「フォアボルド領とリンゲル領でもホルック領での土の改良や肥料を参考にして薬草作りをしています。まだ一年目なのでホルック領よりは弱々しいですが、いずれホルック領と違わない薬草を作るつもりです」


 レティクスもしっかりと話している。

 リズバルク伯爵はそれを聞きながら何か考え込んでいた。


「シャーリー様、何かありましたか?」


 アランが気づき声をかけてきた。


「リンゲル領の薬草が少し足りなくなるそうなの、余っている農地があるからそこで追加の薬草を作ろうと思っているのだけど、ホルック領とフォアボルド領は大丈夫かなと思って」


 アランとレティクスは考えている。


「ホルック領は昨年同様、王都で使用する薬ですよね。フォアボルド領は領内のみと聞いていますが」

「そう。ホルック領は昨年と同じ、王都の分をこの薬室で作ることに決まったわ。フォアボルド領は以前から伝えているように領内で使用する薬を領地で作った薬草を使ってもらうつもりよ」

「フォアボルド領も足りないかもしれません」


 レティクスが不安そうに言う。


「向こうでアンヌが計算しているから今の状況を伝えてきて」

「管理官、私たちはこれで失礼します」


 アランとレティクスはそろってリズバルク伯爵に挨拶をして薬草を抱えて薬室に向かう。


「見習いと言ってもみんなそれぞれしっかりと役割を理解している素晴らしいことだ」

「お褒めいただきありがとうございます」


 リズバルク伯爵は髭を揺らしながら緩やかに笑う。


「どうやら誤解をされているようですね」

「誤解ですか?」


 どうやら緊張で表情が強張っていたようだ。もしかして心の中まで読まれているのかもしれないと不安になる。


「確かに以前はグラベル様のされていることに反対はしていましたが、それは爵位を持たない者が領地を任されていることを問題にしていたのです、ですが以前、貴方に話しかけた時、私は自分の間違いに気がついたのです。どういう理由があったにせよ、伯爵令嬢のあなたが土にまみれて薬草を育てているのを見て自分はなんと愚かなことをしているのかと。爵位など問題ではなかったのです」

「爵位が問題ではない?」

「ええ、問題はありません。それに先程見せていただきましたがホルック領の薬草は素晴らしいです」

「あの薬草園はブランデン殿もそうですが、農民たちも協力的で薬草をとても大切に扱ってくれています。その結果が先程見られていた薬草になるのです」


 シャーリーはホルック領の薬草畑が、ブランデンが、農民たちが素晴らしいと分かってほしいと思っている。それは伝わっただろうか。リズバルク伯爵は微笑みをたたえている。


「シャーリー様」


 アンヌが走ってくる。


「どうかしたの?」


 アンヌはシャーリーと一緒にいたリズバルク伯爵を見て一瞬身構えていた。


「それが、やはりフォアボルド領も足りなくなりそうなんです。どうやら土の状態がまだ整っていないとカルロ様が仰っていて」

「リンゲル領の余っている農地で作っても足りないってこと?」

「難しいかもしれないと、今の状態だと出来ても一領地分しか出来ないのではないかという話です」

「それは土の状態が悪いってことだろうか」


 側で聞いていたリズバルク伯爵が聞いてきた。


「そうです。ホルック領の肥料を分けてもらったのですがもともと痩せた土地だったので生育が少し悪いです」


 少し遅れてやって来たカルロが説明する。


「どんな肥料があればいいのだ」


「貝殻です。それも牡蠣の。薬草の種を植える前の土作りで使うもので、牡蠣の貝殻を砕いて土に混ぜ込みます」

「牡蠣の貝殻か……。ちょっと、出かけてくる」


 リズバルク伯爵は考え込んでいたと思ったら急に側にいた侍従に行き先を告げていた。

 その行先は以前、グラベルから聞いていた黒い病の被害が一番大きい領地だ。


「リズバルク伯爵、あの地は今どうなっているのでしょうか」


 シャーリーは気になって訊いてみた。

 確か領主がなくなって未亡人と娘だけになったはずだ。


「ご令嬢が婿を取って領主になりましたよ。その婿はご令嬢の幼馴染の伯爵家の息子です。二人で領地の立て直しをしていますがまだ苦しいようです」


 シャーリーは会ったことはないが、少しだけ安心する。


「あの地で牡蠣の貝殻を仕入れてきます。そうすればあの地も少しは潤うでしょう。それに薬草畑も潤う」

「仕入れると言ってもあまりお金は出せないのですが」


 カルロが心配そうに言う。


「大丈夫ですよ。陛下のヘソクリを頂戴するつもりです」


 リズバルク伯爵は大声で笑いだす。


「ヘソクリって」


 なんだ?とカルロは呟いている。


 シャーリーもどうやって陛下からヘソクリを出させるのか。そもそもヘソクリとは何だと考える。

 シャーリーとカルロが呆然としているとリズバルク伯爵はもう一つ言い放つ。


「アンヌ殿、もしお父上から連れ戻されそうになったら私にいいなさい。追い払ってあげましょう」


アンヌは瞬きを何度も繰り返しながら「はい」と答えていた。


「追い払うって」


 今度はシャーリーが面食らった。


「大事な薬剤師を連れ去ろうなど言語道断だ。管理官の私ならそれをはねのけるだけの権限はあるのだからな」


 先程より更に大きな声で笑いながら侍従とともに去っていく後姿を三人は見つめる。


「シャーリー様、私、ずっとここにいていいのですね」


 アンヌは安堵の表情を見せた。


「そうみたいですね。何かあればリズバルク伯爵に言えば守ってくれると言うことでしょうか」


 何となくそう聞こえた。


「実は父が嫁がせようとした相手はリズバルク伯爵なんです」


 アンヌの突然の告白にシャーリーとカルロは口をパクパクとさせた。


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