北の薬草園 前編
地図を広げて丸をつけていく。ここ数日、ロベルトと一緒に回った領主のところだ。
色良い返事はまだもらえていない。
グラベルは北の地に領地を構える領主に毎日会いに行っている。
「グラベル様が帰ってこられるとは」
「そうですね」
グラベルは苦笑いで受け流す。
目の前に座るのは大きな体格で長い黒髪を後ろで一つに結んでいるヴァルミア領の領主、リズバルク伯爵。
先代の時代に戦で貢献した一人で北の地では最年長の領主だ。
リズバルク伯爵は紅茶を口に運びながら言うのはグラベルが王都で婚姻をあげてそのまま陛下の補佐をするとの考えがこの地方に住まう領主たちの共通認識だった。
それが、婚約者は謀反人として斬首され、その一族も皆処刑され、グラベルは王都から遠く離れたこの地に戻ってきたのだから驚くのも無理はない。
領地に帰ってきて、シャーリーとの約束を果たすため領主たちを訪れるたびに同じことを言われる。
外に出ればヴォルスク領に帰ってきたことに驚かれ、屋敷に帰ればロベルトにシャーリーのことで揶揄われ、情けない男継続中のグラベルだが仕方がないと腹を括る。
今まで、自分の命と周囲の者たちを守るため王弟としての立場を極力出さないようにしてきたが、それもやめた。
ロベルトやアーリシュからもそろそろ立場を思い出せと散々言われたから。だが、長年染み付いた臣下としての振る舞いをそんなに簡単に変えることも出来ずにいる。
「陛下の補佐をするのはどこにいても出来ますから」
「グラベル様がそのようにお考えならそれもよろしいかと」
グラベルよりも二十は年上のリズバルク伯爵はにこやかに言うが、目が笑っていない。
王弟として言えば分かってくれるか?
いや、絶対無理だ。鼻で笑われるのがオチだ。
今、グラベルはなんとしてもこの領地で薬草畑を作りたいと考えていた。
ロベルトと屋敷内の温室の管理をしているベルナルドが声を揃えて、ヴァルミアの土は良いと言っていた。
グラベル自身も調べてみたが領内の管理は行き届いていて水路から田畑の管理、生活区域の管理もしっかりされている。グラベルにとって魅力的でも当の領主からしたらグラベルの話は魅力的に映るとは限らない。
実際、他の領主を訪ねたとき、リズバルク伯爵は難しいだろうと言われていた。
「それで、今日はお願いがありまして」
グラベルは恐るおそる話を進めようとした。
「最近、貴方がこの地方の領主にお願いして回っているとかいう薬草畑ですか」
「このヴァルミア領でお願いできないかと思いまして」
「反対です」
はっ?
グラベルは口を開けて愕然とした。速攻反対された。
「薬草畑をこのヴァルミア領で作ることは反対します」
念を押された。
「どうして反対なのですか」
ここで引き下がるわけにはいかない、理由を聞いてみる。
「まず、一つ目はきちんとした結果は出せていませんよね。貴方の領地で何をしようと関係はありませんが、結果も出せていないことに私の領民を巻き込まないでください。二つ目は、薬を国が管理すると言っているようですが、地方によって扱う薬も薬草も、更には病も違ってきます。それはどうお考えですか。今まで薬剤師としてこの領内の者が世話になったのに許可制になったため何人かが廃業になりました。試験に受からなかった者も悪いのですが、地方によっては薬の扱い方は違います。そのことを考慮していただきたかった」
グラベルは自分の考えを推し進めるために地方のことまで深く考えていなかった。確かに試験は王都で使われる薬草などが出題されていたはずだ。北の地では王都の薬草は半分ほども使われていない。
「申し訳ございません」
グラベルは素直に頭を下げる。
一つ目は確実な結果は出せていない。二つ目も良かれと思ってしたことが、思わぬ弊害が出ていた。
「あの、その廃業になったかたたちは今」
職を失ったのだ、どのように生活しているのだろうか。
「領内に薬草畑を作りそこの管理をしてもらっています。管理だけなら許可がなくても出来るでしょうから」
廃業になった薬剤師たちが作った薬草を領内の薬剤師たちに売って生計を立てている。
既に領内で取り組まれていることにグラベルが口を出せるものではない。それに、グラベルがやろうとしていることそのものをこのリズバルク伯爵はやっていたので何も言えなかった。
諦めて帰ろうとした時、リズバルク伯爵に呼び止められた。
「良かったら見ていきませんか?私どもの薬草畑を」
思っても見なかった申し出にグラベルは感謝した。
「ぜひ!」
ヴァルミア領でも北に位置するところで薬草畑は作られていた。
季節柄、畑ではなく温室で育てている。
「領主様」
首に布を巻いた年配の男が温室から出てきた。
グラベルはリズバルク伯爵の後ろをついていく。
温室に近づくと同じような姿の老人たちが三人出てきた。
「客人に温室を見せたいがいいかな」
「どちら様でしょうか」
一番初めに出てきた男が尋ねてくる。
「ヴォルスク領のグラベル様だ」
男が一瞬、硬い表情になった。
「そう、緊張するな。ここの薬草畑に興味があるようだ、見せてほしい」
「分かりました。どうぞ」
温室のドアが開けられる。
ヤンと名乗った薬草畑の管理者はグラベルを温室の中へと招き入れた。
温室に入ってすぐに気がついたが、ここはグラベルの屋敷にある温室よりも室温が高かった。
目の前に広がる薬草を見てその理由がわかった。
「すごいですね」
思わず感嘆の声が出た。
生育が難しいのと気候が温暖なところでしか生育しないとされている薬草が生い茂っていた。
グラベルはしゃがんで薬草の葉を見る。そうか、元は薬剤師を生業にしていたのだからこれくらいは当然か。
「すみませんでした」
ふと口からでた言葉にグラベル自身が驚いていた。
「もういいですよ。私たちは歳を取りすぎた。今更、試験を受けてまで薬剤師を続けることも出来ませんから」
グラベルは自分のやってきたことに迷いが生じた。
「王都で冬風邪の薬を全て薬室で作ったものを配ったんです。冬風邪は重症化する人が例年よりも少なかった」
「そうでしょうとも、薬が一定の基準で作られたものであれば効果も同じです。ただ、人により体質などで変わる場合を除いてです。しかし、薬剤師の中には基準に満たない薬を売るものもいます」
グラベルは顔を上げヤンを見た。
「シャーリー様でしたか、ホルック領の薬草園の管理をされているのは、あの方に教えをいただきました」
リズバルク伯爵がシャーリーの名前を出してきた。どうしてここにシャーリーの名前が出てくるのか。
「以前、王宮に行ったときに薬室に寄ってみたんです。そこで薬草畑の作り方を聞いたら手紙をくれまして」
リズバルク伯爵の話は初めて聞くものだ。
「シャーリーが?」
「薬草の管理なども教えてくださいましたので、この薬草畑を作ることが出来ました」
「リズバルク伯では!」
グラベルは期待を込めた。
「まだ、駄目です。今は領内の薬を作る分だけで精一杯です。それ以上はまだ作ることは出来ないので協力は難しいでしょう」
グラベルは肩を落とした。




