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領主

 グラベルは書類に目を通していた。

 思っていたよりヴォルスク領は寒くて、陛下に言われた頭を冷やせという言葉そのままの現実が訪れていた。

 寒い。

 とにかく寒い。

 謹慎を言い渡されて領地に帰ってきて一番にしたことは気持ちを引き締めるため長い髪を切った。以前は腰まであった髪が肩までしかない。


 上着をもう一枚羽織る。髪を切ったのは早まったか。


「シャーリーは来なかったのか」


 従弟のロベルトは残念そうにいうが、自分を揶揄っているだけだ。その証拠に既に何回も聞いた言葉だ。

 グラベルは睨みつける。

 傷口に塩を塗るようにロベルトは毎日グラベルを揶揄うために来る。


「来ないと言われた」


 これも何度目かの言葉だ。 


「振られたんだ」

「振られていない!」


 グラベルは必死に否定する。


「でも誘ったのに来なかったんだろ」


 ロベルトは両手を広げてシャーリーがいないことを確認する。


「やることがあるから残ると言った。それに待つと言ってくれたんだ」


 待つと言ったが、それがどんな意味を持つかまでは聞いていない。グラベルが勝手に自分を待ってくれていると思っているだけだ。


 グラベルもシャーリーに気持ちを伝えていないからどう思われているのかさえわからない。


 好きな女性一人も守れない、陛下には謹慎を言い渡された情けない男としか見られていなかったらと思うとさらに情けなくなってくるが、謹慎が解けたらシャーリーに気持ちを伝えようと思う。

 それよりも、シャーリーの父は好きにしていいとシャーリーに言ったらしいが、シャーリーはどうするつもりだろうか。


 皇太后がシャーリーの父に話をしてくれたと聞いた。ソフィーにこれ以上、手を汚して欲しくないのとシャーリーが狙われているとわかってそれを阻止するために陛下に頼み込んで婚約をすることに決めた。

 ソフィーが永くないとわかっていて出来たことだ。狡いと思われるかもしれないが自分が出来ることはそれしかないと思っていたのだが陛下や皇太后の思惑通りになった。


 ソフィーはグラベルに縁談が持ち上がる度に毒入りのお茶や菓子を相手の女性に送っていた。一見親しい者からの贈り物のように偽装されたそれらは一部の貴族たちが口にしていた。

 グラベルは陛下や薬室長から言われて視察という名目でその証拠集めをさせられていた。きっと、それはグラベルに気づかせるために仕向けたものだ。


 ソフィーはグラベルの婚約者になってもそれをやめなかった。

 シャーリーに王妃、皇太后まで狙っていた。

 王妃はいずれ陛下まで狙うと予測してその対策までしていた。シャーリーが疑われることがないように、薬室長やローレンス、カルロに頼んでシャーリーができるだけ一人にならないようにしていた。

 薬室ではローレンスやカルロが常に一緒にいて、部屋に帰ればサラやメアリーがシャーリーを守っていた。

 止めてくれると信じたかったが王妃の睨んだ通り、ソフィーはシャーリーの名を騙って陛下暗殺を企てた。どうすることも出来なかった自分を恥じた。


 以前からシャーリーのことを気に入っていた皇太后はソフィーとの婚約をシャーリーの父が知ったら、シャーリーを誰かに嫁がせようとするはずだと考え、グラベルの気持ちを聞かせてほしいと言われ伝えたのは本当の気持ちだ。

 他の人と婚約までして、シャーリーとの結婚を望むなんてシャーリーにどう思われたのかと不安になる。しかし、皇太后から聞いたシャーリーの父の反応はグラベルの希望的観測を明るくした。


「ロベルト、明日から他の領主のところへ挨拶に行く」

「謹慎するんじゃなかったのか」


 ロベルトはわざわざ謹慎を強調して言う。


「出歩くなとは言われていない。それにシャーリーに頼まれた、北の地で薬草畑に出来そうなところを探してほしいと」


 グラベルはシャーリーに早く連絡をしたくてその口実が欲しかった、下心満載の内容にロベルトは気づいたのだろう。


「シャーリーにね……」

「いいだろ!それしか今は連絡する口実がないんだから」


 もう認めよう。シャーリーに会いたい。手紙でもいいからシャーリーの近況が知りたい。

 グラベルは机に突っ伏した。

 シャーリーに男らしいと思われたい、が、グラベルはあることを思い出した。


「そうだ、アーリシュ、剣術の練習をするぞ」


 突然の宣言にアーリシュは怪訝そうにする。


「ああ?どうした突然」


 ロベルトはまたグラベルが変なことを言い出した訝しむ。


「シャーリーの剣術に勝てないのだ。これでは駄目だろう」


 必死に訴えるグラベルにアーリシュは笑いを堪えている。


「グラベル様、シャーリー様に勝とうと思わない方がよろしいかと」

「アーリシュまで」


 グラベルは叫んだ。そんなに自分は駄目なのか?


「シャーリー様に勝つにはかなり練習が必要かと思いますが、出来ないことではありません。しかし、グラベル様が勝てなくてもシャーリー様は気になさらないかと思いますよ」

「いや、それでは駄目だろう。いつもシャーリーに守ってもらっては」

「えっ?グラベル、シャーリーに守ってもらっていたのか」


 呆れたロベルトが言う。


「違う!いつもではない」


 グラベルは必死に訂正するが、アーリシュは笑ったままでロベルトはグラベルの言葉を信じていない。


「剣術サボっていましたからね。シャーリー様はそのことを陛下から聞いてご存知ですよ」


 アーリシュは爆弾を投下した。


「グラベル、格好つけるのはやめたほうがいい」


 ロベルトもお腹を抱えて笑い出す。

 次にシャーリーにあった時、男らしい自分でいたかった。格好いいと思われたかったが既に情けない姿を晒した後なので無駄だと諦めた。


「なあ、シャーリーに好かれるにはどうしたらいい?」


 急に弱気になる。


「そのままのグラベル様でいいかと」


 アーリシュが真面目な顔で言った。


「そのままでも、シャーリーのことを思い悩むのもいいけど、領主としての仕事はしろよ」


 なんのために帰ってきたのだとロベルトはグラベルを睨んだ。

 そうだった。

 シャーリーはグラベルが考えていたブランデンに爵位を渡せるようにと動いてくれている。それなのに自分が何も出来ていないのはシャーリーに合わせる顔がない。

 領主としてしっかりとした働きを見せないと謹慎すら解いてもらえないだろう。


「ロベルト、北の地図を」


 グラベルはシャーリーとの約束を守るため、薬草畑に適した場所を探す。

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