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旅立ち

 レヌアイ子爵家は族滅した。

 レヌアイ子爵とヨハンは毒薬を、ソフィーは王族に仇なす行為があったとして斬首を言い渡され、その日のうちに処刑された。


 グラベルはというと陛下から暫く頭を冷やせと言われ北の領地への謹慎処分となった。


「こんな所にいていいのですか?」


 シャーリーは薬草畑の雑草を取っていた、その隣で今日、領地へ向かうはずのグラベルが座り込んで雑草を抜いている。


「情けない男だよな」


 弱々しく呟くグラベルになんと言っていいのか迷う。


「王宮にいれば、落ち着くと思ったんだ」


 そういうことかとシャーリーはため息をつく。


「グラベル様はソフィー様に楽しい記憶を持って眠っていただきたかったのでは?」


 ソフィーの命が永くないと薬室長から聞いていた。多分、グラベルも残りの時間を幸せに暮らしてほしいと思っていたはずだ。


「やめると思っていた」


 ソフィーはグラベルに縁談が持ち上がる度、その相手に例の毒草入りのお茶や菓子を届けていた。幸い、その行動はグラベルや薬室長が早い段階で気がついていたので、届けられた先で口に入ることはなかった。

 それをやめさせる為にグラベルはソフィーとの婚約を陛下に頼み込んだらしい。ただ、陛下はソフィーとの結婚は断じて認めるわけにはいかないとグラベルにソフィーが送っていた毒入りの菓子などの詳細を調べさせていた。


「毒入りのお菓子はどうしていたのですか?」


 シャーリーはソフィーがあの毒草の存在を知っていたことを疑問に思った。病気で外出もままならない者が毒草を入手する手段は限られる。


「旅行者から買ったと言っていた。それを少しずつ増やして臭いを誤魔化すために香辛料を大量に使った菓子に混入していた」

「被害に遭われた方はいないのですよね」

「私が間に合わなくて少し口にした者がいたが、味の異変に気付いてすぐ吐き出したため影響は出なかった」

「良かったです」

「シャーリーの名を騙って、陛下に毒を盛るとは思わなかった」

「心が壊れていたのでしょう。陛下からの許しがないのにしきりにグラベル様と結婚できるのが楽しみだと言っていましたから」

「シャーリーにもそんなことを言っていたのか」


 膝を抱えながらブチブチと雑草を抜くグラベルはとんでもなく情けない男だ。


「でも、グラベル様の姿を見ているソフィー様は幸せそうでしたよ」


 グラベルも嬉しそうな顔をしていたなとシャーリーは隣のグラベルを見るが、その笑顔の片鱗すらない顔をしている。


「シャーリーに被害が及ばないように気をつけていたんだが」


 グラベルが居住区に来ればソフィーが何かすると考えたグラベルは極力シャーリーに近づくことをやめていた。


「いろんな方に守ってもらいました」

「シャーリーのファンは多いからな」


 イザベラが薬室によく来ていたのもソフィーから守る為だと聞かされた。

 グラベルが研究していた薬草をシャーリーが世話をしていてため、ソフィーが勘違いをして薬草畑を荒らしているのをカルロが偶然見かけた。その時、ソフィーの気性に気がついたようだ。

 ローレンスは薬室長から聞いていてシャーリーの身辺に注意していたらしい。


 ケンテル領でソフィーが淹れたコーヒーにヒ素が入れられていたが、それ以外にも薬室で口にする物に毒が入れられていることや毒入り菓子もシャーリーに届けられていたらしいがそれはサラとメアリーが見つけて捨てていた。

 何より驚いたのはアンヌとエレノアはシャーリーの護衛を買って出ていたとイザベラから聞いた。


「ヴォルクス領に来ないか?」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声がした。シャーリーは一息つく。


「やめておきます」

「情けない男は駄目か」


 項垂れるグラベルを見ると笑いが込み上げてくるがなんとか留めた。


「今、グラベル様とヴォルスク領に行っても何もできないと思います。それに私はここで成すべきことがありますから」

「成すべきことか」

「ブランデン様に爵位を渡せるようにするのですよね。薬草園もまだ足りません。ここを離れるわけにはいかないのです」


 シャーリーは自分で言ったことを忘れたのかとグラベルを見た。


「そうだった。ブランデンに爵位を渡せるようにしないといけなかった」


 やっと思い出したようだ。


「私はここでブランデン様が爵位をいただけるように力を尽くします。グラベル様も北で薬草畑に出来そうなところを探しておいてくださいね」

「そうだな、うん。そうしよう。いいところが見つかったら連絡する」


 少し笑顔が出てきた。まだあの時見た笑顔には程遠いがまた見られたらいいと思う。


「楽しみにしています」


 アーリシュが出立の時間だと呼びにきた。

 グラベルが立ち上がったので、シャーリーもスカートの裾の土を払いながら立ち上がる。


「北はまだ寒いので陛下のいう頭を冷やすのにちょうどいいと思いますが、体を冷やさないようにしてくださいね。それと風邪もひかないように」

「薬剤師が風邪をひいたら笑いものだ」


 少しは元気が出てきただろうか、変えてくる返事の声が明るくなった。


「待ってますから、ここで」


 シャーリーは自分が今、約束できる精一杯の言葉を伝える。

 グラベルは恥ずかしそうに、頬を指で描いている。


「えっと、……待っていてほしい」


 どういう意味だろうかと一瞬考えたが、待っていたらその答えは聞けるはずだ。今はその言葉だけで十分だ。


「はい」


 シャーリーは笑顔でグラベルを送り出した。

 遠くで馬車に乗り込むグラベルを見ていると、アーリシュが深々とお辞儀をしてきた。

 シャーリーも同じようにお辞儀をする。

 ヨハンが居なくなった今、グラベルを守る側近はアーリシュだけとなった。

 シャーリーは馬車が見えなくなるまで見届けた。



 皇太后が父に約束してくれたらしい。


(シャーリーを王弟の妃にすると)


 グラベルにもその意向を確認済みだと父に話した。それを聞いた父は安心したのかシャーリーの好きにしていいと言っていた。


 グラベルと結婚か。あまり遅くならないといいけど。一年先?二年? 十年後とかないわよね。シャーリーはほんの少し心配になる。


 その前にやらないといけないことは沢山ある。シャーリーはよし!と気合を入れた。

 まずはブランデンの爵位だ。

 その次は薬草畑に出来そうなところを探すこと。

候補地になっていたケンテル領はソフィーが毒草を育てていたため、すぐには薬草畑に出来ないと判明した。また一から探さないといけない。

 どこか良いところはないかな。シャーリーは薬室に戻るために歩き出した。

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