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荒ぶこころ 前編

「シャーリー様から頼まれてお薬をお持ちしました」


 侍女は陛下の執務室を訪ねて言った。侍女はかなり緊張しているようで俯いたまま盆に乗せた瓶を差し出した。


「ありがとう」


 レノックス伯爵は侍女を部屋に招き入れ盆ごと受け取る。


「少しお待ちください」


 レノックス伯爵に言われ、侍女は扉の前で待つ。

ベルク侯爵が陛下に薬が来たことを伝える。


「たまには褒美をやらないといけないな」


 陛下は話しながら、手元に新しい紙を用意して何かを書いてベルク公爵へ渡す。

 ベルク侯爵はそれを綺麗な装飾が施された長細い箱に丁寧に入れ紐を結ぶと侍女に渡した。


「薬を用意した者へ私からの褒美だと伝えよ」


 陛下は侍女を見て笑う。箱を渡したベルク侯爵もドアの側に立つレノックス伯爵もみんなが優しい笑顔だった。


 侍女は陛下からの褒美の箱を目の前の女性に渡した。


「どうして、陛下からの褒美が貰えるのよ!」


 ソフィーは侍女から陛下からの褒美の箱を取り上げた。

 シャーリーばかり、どうしてなのか。

 シャーリーが使っているあの部屋もそうだ。ソフィーはグラベルの居住区だというあの部屋にシャーリーがいるのが嫌で、王宮に住むようになってすぐに出ていってもらいたいとグラベルに伝えたが聞いてもらえなかった。

 皇太后にも訴えたが、聞き入れてもらえなかった。そしていつの間にかソフィーがいいと言ったとシャーリーに伝わっていた。

 先日は、あの居住区にシャーリーが住むことを陛下が許可したと王妃が言っていた。陛下までシャーリーを庇うのか。


 グラベルが王宮に帰ってきたときによくいる王宮の書庫にもシャーリーは入ることが許されて、自分はまだ許可はおりない。

 グラベルが王宮にいる時間はいつも少なかったから少しでも側にいたいのに、書庫に入ることができればグラベルの側にいられる。どうして自分には許可が出ないのか。

 陛下からの結婚の許しも貰えないままだ。

 私はグラベルの婚約者なのにどうしてみんなシャーリーを庇うのか。

 褒美ってどういうことかと苛立ちながら箱をテーブルに置き、紐を解く。巻かれて入っていた紙を取り出して中を見る。

 ソフィーはやっと陛下も分かったようだと嬉しくなった。褒美の紙を箱に戻し紐を結び直す。


「これをシャーリーに持っていって」


 先程これを持ってきた侍女に渡す。侍女が部屋を出て行くのを確認すると椅子に座った。


「ソフィー様、爪が」


 ソフィーはいつもの癖で爪を噛んでいた。

 実家から連れてきた侍女がソフィーの手を取り、ギザギザになった爪先をヤスリで丁寧に磨いていく。それを見ていたら、心が落ち着いてきた。


「グラベル様のお仕事が落ち着かれましたら、陛下から結婚のお許しもいただけますよ」


 侍女が言う、その言葉にソフィーは酔いしれた。

 そう、婚約者だもの。もう少ししたら、結婚するのよ。グラベルの妻になったら陛下も皇太后も王妃も、シャーリーとは言わなくなるわ。

 気分が良くなってきた。

 ソフィーは磨き終わった爪を見てうっとりする。


「ソフィー様、皇太后様が来られました」


 一瞬で現実に引き戻される。何かあっただろうか。考えを巡らすが思い浮かばない。

 部屋に皇太后が入ってくるのが見えたので椅子から立ち上がる。


「顔色は良さそうね。体調はどうかしら」


 皇太后はソフィーの体調を気にしてくれている。陛下と王妃の間にはまだ御子はいないのでグラベルとソフィーとの子供ができるかは大事なことだろう。


「今日はとてもいいです」

「それは良かっったわ。これから陛下のところへ行きますよ」


 皇太后は侍女たちに準備するように言っていた。


「陛下にそろそろ決めてもらわないといけないでしょう」


 皇太后が言うのはグラベルとの結婚だろうか。やっと分かってくれたとソフィーは嬉しくなった。皇太后が後押しをしてくれるのならきっと大丈夫だ。

 ソフィーは皇太后について、部屋を出た。


「あの、陛下の執務室はここでは?」


 ソフィーは陛下の執務室を通り過ぎようとする皇太后に聞く。


「グラベルが帰ってきたの、この先の部屋でグラベルが陛下に報告しているから、そこに行って話をしましょう」


 皇太后はやはりグラベルとの結婚話を進めてくれるようだ。ソフィーの足取りは軽く、少し前まで悩んでいたことは考えすぎだと思った。

 グラベルがいるという部屋の前につくと衛兵がドアを開ける。

 皇太后の後ろに続いてソフィーが入る。

 最低限の調度品だけがある殺風景な部屋に驚いた。部屋を見渡しても、陛下もグラベルもいない。

 皇太后を見るが、先程までの笑みは消えていた。



○○○

 薬剤師見習いたちが集まって、薬室長の説明を聞いている。薬作りをするための練習だ。

 広間の真ん中にあるテーブルで薬室長がお手本を見せる。それを薬剤師見習いたちはメモを取っていた。


「あの……」


 振り返ると侍女が広間の入り口に立っていた。


「シャーリー様に陛下からの褒美をお届けに来ました」

「シャーリー、届け物だって」


 側にいたカルロが薬室長の補佐をしていたシャーリーを呼ぶ。

 急いで入り口まで行くと侍女から装飾の施された綺麗な箱を渡された。お礼を言おうとすると侍女は帰ろうとしていたがハンスが呼び止めていた。


「陛下からって言っていたよ」


 カルロが不思議そうにシャーリーを見る。


「シャーリー、急ぎの用かもしれないから開けてみて」


 薬室長がシャーリーに言う。


「はい」


 シャーリーは薬室長の隣に戻り、紐を解き中の紙を取り出す。


「薬室長、これはどういうことでしょうか」


 紙には何も書かれていなかった。薬剤師見習いたちも何事かと覗き込む。


「薬室長、シャーリー殿、一緒に来ていただけますか?」


 部屋の入り口に今度はベルク侯爵が来ていた。


「来ましたか?」

「来ました。ああ、貴方もここにいたのですね。一緒に来ていただけますよね」


 ベルク侯爵は有無を言わさないように侍女に言っていた。


「ローレンスも一緒に来て」


 薬室長はシャーリーに先程の箱を持ってくるように言いながら、ローレンスにも声をかけていた。


「カルロ、後を頼んだよ」

「はい、薬室長」


 カルロは元気よく答えている。この状況にシャーリーだけが飲み込めていない。ローレンスも特に驚いていないし、カルロもいつもと同じだ。

 シャーリーは薬室長から言われるまま、陛下からのお届け物という何も書かれていない紙が入った箱を手にベルク侯爵についていく。

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