冬風邪 後編
「薬草持ってきました」
マースとアンヌが倉庫から薬草を運んできた。それを受け取って薬を作る薬剤師見習いたちの表情は真剣そのものだ。
次々に運び込まれる薬草はすぐ薬に作りかえられ、袋つめにされていく。
「こちらは二百個出来ました」
エレノアが袋つめの終わった薬を籠に詰め込んだ。それを受け取ってケリーとハンスが馬車に詰め込む。ケリーとハンスはホルック領からきた薬草を応援に来てくれた騎士たちと倉庫に運び込むのも手伝ってくれる。
「どんな感じですか」
シャーリーは薬を騎士団へ運んでいる人に状況を聞いてみた。
「増え続けています。普段は町医者に行くのですが、今回は国が治療費の半分を負担してくれると言うので患者が集まってきているようです」
「分かりました、次から薬を多めに用意しましょう」
シャーリーは薬草庫に行き、薬草の確認をする。丁度、管理を任されているマースとアンヌがいた。
「東の騎士団ではまだ患者が増えそうです。薬草は足りてますか?」
「ホルック領からくる薬草が今と変わらないのなら、足りなくなるかもしれません」
マースもいつまで持つだろうかと計算を始めた。
冬風邪が流行する前に二人はローレンスに必要量の計算の仕方を叩き込まれている。そのため、毎日どれくらいの量があればいいのか計算をしていた。
「いつまで続くのでしょうか」
疲労の色が見え始めるアンヌが聞いてきた。
「三週間経ちましたから、そろそろ落ち着いてもいいのですが」
シャーリーも増え続ける依頼の量に困惑していた。
「足りない時は、薬室で準備していた薬草を、それでも足りなければ代替用に切り替えましょう」
シャーリーは二人に指示を出した。二人を手伝い、薬草を運ぶ。薬は依頼分を毎日届けることができている。それを続ければいいだけの話だが、いつまで続くかわからない状態の今、薬室全体の疲労感が漂っている。
薬作りをしているローレンスを見る。手際良く薬を作る姿を見て、考えるのはよそうと思った。
疲れた頭で考えてもいいことはない。とにかく手を動かす。
イザベラの侍女たちが毎日、午前と午後の休憩にお茶とお菓子を差し入れてくれていた。
お昼はサラとメアリーが食事を用意してくれているのでみんなで食事を摂っている。
「そろそろ、折り返しくらいにはなったかな」
薬剤師見習いの誰かが言うと、皆頷く。多分、声を出す気力もないのだろう。
シャーリーもそろそろ終わりが見えてきてもいいのにと考えていたが、いまだ依頼は増え続けている。
ホルック領の薬草は毎日しっかり届けられているので、今のところ足りなくなるということはない。
食事を終えると、ホルック領からの伝言があると呼び出された。薬草園の入り口近くまで行く。
「イダ! どうしたの?」
馬車から薬草が運び出される横にイダが立っていた。
「シャーリー様」
イダはシャーリーに近づき薬草のことで話があると言ってきた。
「どうしたの?」
薬草がそこをついたのか?
「今日収穫した薬草で、一旦終わりになります。あと一週間分くらいです。その後は代替用に作っている薬草に切り替えますがいいでしょうか」
「分かりました、そのようにしてください」
シャーリーはそろそろなくなる頃だと思っていたので、予想通り進んでいる。後は代替用に切り替えていけばいい。
「シャーリー、薬草は届いたか?」
グラベルが覗きにきた。
「一週間後に代替用に切り替えます」
シャーリーはグラベルに伝える。
「なんとか持ちそうだな、ありがとう」
グラベルはイダに礼を言っている。イダを見送り薬室に戻ろうとした時、ソフィーが立っていた。
「シャーリー、先に戻って薬草のことを報告しておいてくれ」
グラベルはシャーリーにそういうとソフィーのそばへ行く。
薬室に戻るとローレンスがグラベルを探していた。
「グラベル見なかった?」
「ソフィー様が来られたので」
シャーリーがいうと、そのうち戻ってくるかと言ってカルロのところへ行ってしまった。
側でルーカスとアランがまた来ているのかと言っていた。
シャーリーは最近見ていないが、そんなに来ているのかと首を傾げた。
「ここ毎日来られています。シャーリー様がいらっしゃらない時です」
エレノアが話しかけてきた。
「毎日?」
シャーリーは驚いた。自分のいない時を見計らってきているのだろうか。それにしてもいつも薬室にいる自分がこの場を離れるのはホルック領の薬草を受け取る時くらいだが、その時間を狙ってきているのだろうか。シャーリーが考え込んでいるとアランが妙なことを言っていた。
「いつもグラベル様が追い返しているよね。この忙しい時に来るのも非常識だよね」
確かにそうだ、忙しいのは分かっているはずだ。それに以前、薬室は許可のない者は立ち入れないと言われていたはずだ。そういえばさっきも薬草園の入り口まで入ってきていた。
グラベルに先に戻るように言われたから忘れていたが。
「婚約したと言ってもまだ、王族ではないのですから、もう少し弁えた方がいいのに。これではグラベル様の評価も落ちてしまします」
エレノアは怒りを隠すことなく言っている。
シャーリーはエレノアの怒りの意味を理解した。
婚約者であるソフィーの行動はグラベルの評価に繋がる。もちろん、王妃の行動も陛下の評価に繋がる、その点、イザベラは弁えていると分かる。
代替の話をしたかったが、ローレンスはカルロと話し込んでいる。仕方がないので薬室長を探して代替の話をした。
「マース、アンヌ、こちらに」
薬草庫担当の二人が呼ばれる。
「今の薬草がもうすぐなくなるそうだ、その後は新しい薬草が届くので代替用の薬に切り替える。その準備を始めて欲しい」
「代替用はどのくらいあるのですか?」
アンヌが確認する。
「一ヶ月分くらいあるはずだ」
「それがなくなったら?」
マースも心配になっているのだろう。
「薬室にある薬草を使う、それも一ヶ月くらいはもつ。その間にホルック領で新しい薬草が育つはずだから大丈夫だよ」
薬室長の言葉に二人は安心したようだ。
「アンヌ、急ごう」
マースがアンヌを連れて、薬草庫へ急ぐ。二人は次の準備に取り掛かるようだ。
シャーリーも調合室へ行き、薬作りを始めた。それから三週間ほど経った日、薬室長から一旦収束したと発表があった。
ただ、第二弾が来る可能性もあるので体調管理と薬草の手配はしっかりとしておくようにと。
エレノアが後片付けをしようと使っていた器具に手をのばすのをシャーリーは止めた。
「報告書を書いて、先に休んでください」
「ですが」
「自分で思っているより疲れが溜まっていると思います。今のうちに少しでも体を休めてください」
「疲れているのはシャーリー様も同じでは」
「私も薬剤師見習いになってすぐの薬作りの後はグラベル様やローレンス様、カルロ様から先に休むように言われました。ですからどうぞ休んでください」
シャーリーがエレノアに言っているとローレンスが横から話しかけてきた。
「ここはいいから、休みなさい」
ローレンスは振り返りみんなに告げる。
「報告書を書いたら、帰っていいよ」
いいんですか?と声が上がる。
「片付けはやっておくから」
カルロもいうとみんなから一斉に歓声が上がる。
「湿布薬も持って帰ってくださいね。薬局のテーブルにみんなの分、用意してありますから」
シャーリーがいうと腕が重いとか疲れたという声が聞こえる。
その二週間後、第二弾がやってきたがみんな慣れてきたのか特に混乱もなく、流行もすぐに落ち着いた。
その後の報告で、今回の風邪では重症化する人たちが飛躍的に減ったことがわかった。




