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冬風邪 前編

 カルロが怖いと噂になっている。 


 原因は薬剤師見習いたちの集中力の欠如だ。

 医局から依頼のあった薬を間違えて大量に作り、冬風邪の薬作りでは勝手に工程を変えて薬草を無駄にした。


 パシーン。


 隣の机で薬を作っていた薬剤師見習いの一人がカルロに書類で叩かれていた。


「どうして工程を変える? そんなことしたら効果は得られないよ」


 本日何度目かのカルロの怒鳴り声が響く。

 シャーリーはカルロの怒る声を聞いたことがなかったのでそれだけでカルロが焦っているのがわかる。

 練習してもなかなか思うように結果を出せない薬剤師見習い、進まない薬作りに苛立つカルロ。

 刺々しい雰囲気が薬室を包む。


「シャーリー様、これでいいでしょうか」


 何故かカルロの部下のエレノアがシャーリーに薬の出来具合を聞いてくる始末だ。

 シャーリーは仕方なく、容器に入っている薬を指で叩く。


「大丈夫です。このあとこちらの容器に移し替えて砕いてください」

「はい」


 エレノアは別の器に移し替えて砕き始める。

 十分に固まっていた。シャーリーは例の二人は冷やかしだと思っていたがどうやら違っていた。

 筆記試験は上位で合格したばかりか、実務試験も難なく合格し、更に薬作りの試験はサイモン医師から称賛されていた。

 よほど練習したのだろう。冬風邪の薬作りも比較的早く作れるようになって、今は代替用の薬作りの練習をしている。


 ガチャン。


 シャーリーたちの机では部下のルーカスが器具を落とした。

 器具を拾おうと周囲の薬剤師見習いたちが集まる。みんないつもカルロに叱られているのでビクビクしている。

 シャーリーも手伝おうと近づくとエレノアとアンヌも砕けた器具を拾い集めていた。


「エレノア様、アンヌ様、すみません大丈夫です」


 器具を落としたルーカスはひたすら気を使っている。エレノアが箒で屑ガラスを集めながら言う。


「ルーカス様、気にしないでください」

「ですが、私は平民であなたは貴族です」

「父の肩書がそうであってここにいる私はあなたと同じ薬剤師見習いです」


 エレノアがルーカスに言っている。アンヌも同じ気持ちのようでルーカスを見ていた。

 ルーカスが恥ずかしそうにエレノアとアンヌを見る。多分、貴族だからと立場の違いを感じていたのだろうか。

 シャーリーは自分の父も伯爵なのであまりそのことを考えたことはなかったが、ルーカスの言うようにその立場を気にするものもいるだろう。

 それまでエレノアとアンヌを遠巻きに見ていた薬剤師見習いたちが集まってくる。


 ローレンスが近づいてきた。


「うまく溶け込めるか心配したけど、問題なかったね」

「エレノア様とアンヌ様の見方を変えないといけませんね」


 シャーリーは以前、薬草園でソフィーと言い争っていた二人を少し苦手にしていた。


「休憩にしようか。イザベラ様がお菓子を差し入れしてくれたからお茶にしよう」


 ローレンスが笑顔で手にした籠を見せた。


「イザベラは?」

「邪魔をしてはいけないからと言って帰った」


 そうだろうなと調合室を眺めた。

 冬風邪の薬作りを始めて五日目、代替の薬まで作れるようになったのは四人。

 いまだに要領を掴めていない人たちが溢れていた。

 ローレンスがカルロに声をかけて、休憩を取ることになった。

 その後、流石にこのままではダメだと判断され、薬室長とローレンスが話し合って薬作りのレベルに応じた班分けが行われた。


 三段階に分けられた班は基本の薬作りが出来ない者に薬室長とローレンスがつき、基本の薬作りができるようになった者はカルロが代替用の薬作りを指導する。代替用の薬も作れるようになったものはシャーリーがついて医局の薬作りと薬草園の管理をすることになった。

 シャーリーたちは毎日、医局からの依頼の薬を作った後、薬草園で作っている薬草の収穫と保存、さらにホルック領から毎日のように送られてくる冬風邪の材料の管理をしていた。

 少しずつ、薬を作ることが出来るようになった人たちがシャーリーのところに集まってくる。

 カルロが作っていた冬風邪の薬草もホルック領の分で足りなくなったときに使えるようにと用意していた。その薬草も収穫して乾燥させていく。


「どれくらいの量が必要になってくるのでしょうか」


 収穫した薬草を干しながらアンヌが聞いてくる。

 シャーリーも今回のようなことは初めてなのでどれくらいなのか予想がつかない。


「今までは王宮内の医局だけで、薬室長とグラベル様、ローレンス様とカルロ様で作っていましたが、一日中冬風邪の薬を作る日が一ヶ月以上続いていました」


 シャーリーは昨年のことを思い出して伝えるとそばにいた薬剤師見習いたちが固まった。


「王都全部ですよね」


 アランが顔を引き攣らせながら聞いてくる。


「そうです、王都にある騎士団に臨時で作られる診療所で配られる薬を全てこの薬室で作ります」


 そうだ、薬の運搬のことはローレンスが考えていると言っていたが、聞いておいた方がいいだろう。


「王都の騎士団は三つありますよね」


 エレノアも心配になって聞いてくる。


「その三つと、王宮内にある医局分です」


 シャーリーも言いながら一体どんな量になるのかと考えてみる。そういえば、ホルック領でも薬を作ったことがあったなと過去を思い出す。

 あの時は薬草も足りなくなりそうで心配したが、今回は薬の量がどこまで必要になるのかさえわからない。薬剤師見習いたちを見るとみんな不安そうな顔になっていた。

 こんな時、グラベルはどんな言葉をかけてくれただろうかと思い出していると後ろから声がした。


「そのための薬剤師見習いが大勢いるのだから大丈夫だ」


 グラベルが冬風邪のために帰ってきた。


 ホルック領からの薬草もどんどん増えていく。

 薬草園での収穫が殆ど終わる頃、最後の一人が代替の薬作りが出来るようになった。

 そして、ローレンスの指揮でそれぞれの役割が与えられた。

 ホルック領からの薬草を管理する者、出来た薬を管理する者、それぞれ自分たちの役割を確認し終わった頃最初の患者が医局に運び込まれた。

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