ホルック領の薬 前編
「シャーリー、来週からのホルック領の視察のメンバー表が出来たから渡しておくよ。薬室長から聞いていると思うけど、今年の冬風邪の薬は基本、ホルック領の薬草を使う事になるからそのこともブランデン殿に伝えてきてほしい」
「分かりました」
ローレンスがメンバー表を渡してくる、さっと目を通す。三回に分けて各二日の日程だ。ホルック領でどのように薬草を栽培しているのかを見てもらうためのものだ。
今後、薬草園を増やしていくうえで、薬剤師見習いにもその管理をお願いすることになると薬室長が言っていたのでその下見にもなる。
「帰ってきたら、見習いたちには試験を受けてもらう、その準備はこちらで進める。シャーリーはホルック領のことに専念していいから」
「ありがとうございます」
あと一ヶ月もすれば冬風邪が流行するだろう、それまでに見習いたちには試験に受かって薬作りが出来るようになってもらわないといけない。
カルロは備蓄用に薬室の薬草管理に余念がない。
ホルック領の薬草が足りなくなった時のためにいつでも薬室から出せるようにしておくつもりだろう。
シャーリーは急いで、自分の部下たちにホルック領の視察日程を告げ、それと共に試験の話をした。
「この試験が受からないとどうなるのですか?」
心配そうに聞いてくるのは慎重すぎるくらいのアランだ。
「試験に受かるまでは薬作りは出来ないので、それまでは薬草園の管理になります」
シャーリーも試験に受からなかったらどうなるのだろうかと不安になりながら答える。
「試験に受からないとその先の薬剤師になれないのですよね?」
どちらかというとのんびりしているマースが聞いてきた。
「薬作りの試験に受かってから二年くらい経つと薬室長から試験の話があります」
シャーリーが説明すると、薬作りの試験に受からないといけないとわかったのかどんな試験内容なのか聞いてくる。シャーリーはあらかじめカルロに聞いていた話を伝えた。
自分の時は特別だったようで、みんなの参考にはならないと思いカルロに聞いておいて正解だった。
薬作りは五種類の中から二つを選んで作ると言うもの。
試験官はサイモン医師、診療所のナイジェル医師、薬室長とローレンスが見ることになっている。
今回、王都での冬風邪の薬はこの薬室で作ることになっている。いずれ、薬の管理も国がおこないたいと考えての準備だと言われている。そのため、見習いたちの薬作りの試験は重要になってくるのだ。
以前、王城と騎士団で使う冬風邪の薬作りをしていたが、今回はもっと広範囲で使用する薬だ。あの時の何倍も必要になってくる。
冬風邪が流行る頃にはグラベルも帰ってくると聞いている。
見習いたちのどれだけが合格するか分からないが、その後、冬風邪の薬作りの練習もしなければいけない。
「試験に合格した人は冬風邪の薬作りの練習を始めますからそのつもりで」
えっー!一斉に声が上がった。
最近、薬草の講義ばかりだったが今度は薬作りが主となる。ひたすら覚えることばかりに少し疲れ気味の見習いたちを見て、自分はこの頃の記憶があまりないことに気がついた。
きっと、目の前のことをこなすだけで必死だったんだろう。なんとなく見習いたちのことを見ていると、グラベルもこんな感じで自分を見ていたのだろうかと思えてきた。
ホルック領での薬草園、国が管理する薬、それを作る人材を育てること。全てが繋がってくる。これから増える薬草園の要となるのはホルック領だ、ブランデンも動きやすくなり、グラベルもこの計画を推し進めやすくなるはずだ。
先日、イザベラにもブランデンの爵位のことを聞いてみた。他の貴族たちが納得するものがないと弱いらしい。
陛下もこの件に関しては賛成ではあるが、反対に慎重になっていると言っていた。もし、強引にブランデンに爵位を与えてしまったら、周囲の反感を買うだけでなく、ブランデンも孤立してしまうのではないかと懸念していると言っていた。
周囲を納得させるための手段として、今回の冬風邪薬が採用されたのだとしたら、ここを成功させれば一歩近づくのではないかと希望が見えてきた。
シャーリーはここ最近、ホルック領の収穫量を見ていた。
ローレンスが算出した必要分は確保できそうで安心した。念のため、もう一つの薬作りに必要な薬草も育てている。
薬の効果は変わらないのでいかに素早く必要な薬を届けるか、ホルック領の薬草を薬室に届けるようにブランデンには伝えてある。
ブランデンも管理を任せている者がいるので今度合わせてくれると手紙に書いてあった。
ブランデンも爵位のことを聞いているのだろう、今はなし崩し的にルイーザの婚姻を許してもらっているが、子爵家の娘を娶るのに騎士では都合が悪いのだろう。
ルイーザの父はことあるごとにブランデンの身分のことを言ってくるとルイーザから聞いていた。
この国には身分制度が根強く、爵位のない者が貴族の娘との婚姻を望ことは難しい。
ルイーザに至っては父であるローレル子爵が仕方なく認めたが、やはり世間の風向きは強い。
皆が幸せになるためにもブランデンの爵位は欲しい。
グラベルの考えに皆が賛同してくれている今が絶好のチャンスだ。なんとしても叶えるとシャーリーは決意を新たにした。
翌週、見習いたちを連れてホルック領へ向かった。出迎えてくれたのはイダだった。
すっかり大人びて最初わからなかったがブランデンに言われてよくよく見ると確かに面影があった。
「いまはルイーザが動けないので外向きのこともお願いしているのです」
「ルイーザがどうかしたのですか?」
シャーリーは急に心配になった。
「妊娠が分かりまして、来年の春頃、子供が産まれます」
ブランデンが嬉しそうにいう。
「それはおめでとうございます」
新しい命が誕生するのだ、シャーリーは感慨深くなった。
「シャーリー様、お久しぶりです」
「イダ、家に帰ったのではないの?」
親戚に家や財産を取られたが、グラベルが取り返したと聞いていた。てっきり、実家に帰っていたと思っていたのだが違っていた。
イダの笑顔を見ていると涙が出てくる。流行り病で両親を亡くし弟と二人で彷徨っていた。
食べ物がなく、誤って毒空木の実を食べてしまった弟の死に涙を堪えていた少女を思い出す。
「グラベル様に家や財産を取り返してもらいましたが、私一人では実家を切り盛りしていくことは困難ですので、グラベル様にお願いしてこちらで働かせてもらっています」
「そうだったの、もしかして、ブランデン様を手伝っていると言うのはイダのこと?」
「そうです、イダは読み書きも、計算も幼い頃から習っていたようで、実家の商家の手伝いもよくしていたと聞きましたので、薬草の収穫の管理や運搬の手配をやってもらっています」
「これから量が増えるけど、大丈夫かしら?」
シャーリーは冬風邪の薬草運搬が気になって聞いてみた。
「大丈夫です。既に騎士団の方達にもご協力いただき、運搬に必要な馬車も数台増やしています。あとは作物の収穫の終えた農民たちにも協力してもらい、薬草の収穫から運搬までの手伝いをしてもらえるように手配しています」
体勢を整えて準備してくれていることに感謝する。その後、薬草畑に行き、薬草畑の責任者から説明を受けた薬剤師見習いたちは真剣にその話に聞き入っていた。
ホルック領の戻り、今度はブランデンから薬草の乾燥や運搬の説明をうける。その時に、王都の冬風邪の薬を全て薬室で作ることを伝えるとブランデンも薬剤師見習いたちも驚いていた。
「全てですか?」
ブランデンは薬草だけを集めて、それを配るのだと思っていたようだ。
「薬も統一したいとグラベル様の考えなので、今回は試験的に薬室で処理をします」
「ですが、薬室で薬作りとなると」
ブランデンは薬剤師見習いを見る。シャーリーも薬剤師見習いたちを見ると、はっきり伝えた。
「ここにいる人たちにも協力してもらうつもりです。そのための人材確保です」
「シャーリー様、それだと私たちは確実に試験に合格しないといけないんでは?」
薬剤師見習いの一人が聞いてきた。
「そのつもりです。帰ってから特訓します。頑張ってください」
シャーリーは微笑む。ここは踏ん張りどころだ。必ず合格してもらわないといけない。
「王城に勤める者たちの薬は医局で配りますが、城下の分は三箇所ある騎士団に臨時の診療所を作るつもりで現在用意しています。そこへ薬室で作った薬を運びます。診療所では治療に専念してもらうためでもあります」
診療所で薬作りの手間が省ければそれだけ治療に専念できる。少しでも早く抑え込むことが出来ると考えてのことだった。その後、屋敷で薬草の管理を見せてもらい帰路についた。




