ケンテル領 前編
カルロの講義がひと段落した時、ケンテル領の視察をすることになった。
薬剤師見習いたちは薬室長が薬作りの講義をすることになったのでその合間にいく。
今回もシャーリーとローレンス、カルロが出かけることになったが、そこにグラベルとソフィーも一緒に行くことになった。
グラベルが管理官として行くことを聞いてソフィーは自分が案内したいと言い張ったらしい。
ヨハンとケリーはまだヴォルクス領にいるようで、アーリシュとハンスが来ていた。
ローレンスは馬車の中で地図を片手にメモを取っていた。薬室長から別件の仕事を言い渡されていたようで、今回の視察のついでに見てくるようにと言われているらしい。王都を出てからずっと難しい顔をしている。
カルロはというと、どうやらソフィーのことがあまり好ましくないようで先程からどうしてくるのだと愚痴っている。
ソフィーが薬草のことを悪く言っているのを聞いたことはないが、カルロの何かに刺さったらしい。
シャーリーはというと、ソフィーが薬室に関わることになぜか抵抗を感じるようになっていた。
イザベラがカルロやソフィーたちと仲良く話しているのを見ても、薬室に来てカルロの仕事を手伝っているのを見てもなんとも思わないのにどうしても嫌だと思う自分がいた。
ケンテル領は王城から片道一日かかる距離なので、今回は四日の行程で視察が行われる。馬車が今回の宿泊に使われる、レヌアイ子爵の別荘につく。
「やっと着いた」
カルロが馬車を降りて、大きく伸びをする。
ローレンスは書類を抱えて馬車を降りると周囲を見渡していた。
シャーリーも同じく馬車を降りると、ローレンスと同じように周囲を見渡す。
聞いていた通り、果樹園だろうか、赤い実が生っているのが見える。風が吹くと暖かい風とともに甘い香りがした。
前の馬車から降りてくるソフィーが見えた。
グラベルに寄りかかりながら馬車を降りるのを複雑な気持ちで見ていると集まった人たちの中から声が聞こえた。
「帰ってきたぞ」
屋敷のそばに集まった人たちを見つけた。領主の娘を見にきたのか。農作業の途中といった出立ちでソフィーを見る領民にシャーリーは違和感を覚えた。
シャーリーたち薬室のメンバーの部屋は二階があてがわれた。同じ階にはグラベルの部屋も用意されていた。
シャーリーは部屋に入ると、荷物を置いて部屋の中を見渡す。テーブルと椅子、クローゼットがあり、そして奥の扉を開けると寝室になっていた。
シャーリーは窓を開けて外の空気を吸った。王都とは違い、暖かい空気が体を包む。
「かなり気候が違うのね」
シャーリーはグラベルの北の領地を思い出した。
あそこは王都よりも気温が低かった。冬は雪深くなるという。同じ王国でもこんなにも気候が違うのかと不思議な感覚を覚えた。
荷解きをして、今回の視察のための資料を持って部屋を出ると丁度、カルロも部屋を出てきて一緒に打ち合わせをする広間に行く。
ローレンスが既に来ていてテーブルに地図を広げて馬車の中でメモしていた手帳を確認するように見ていた。
「ローレンス様、薬室長から何を依頼されていたのですか?」
シャーリーが聞くと驚いた顔をされた。
「ああ、シャーリーとカルロか」
ローレンスは手帳をそっと閉じる。その様子にローレンスが何かを隠しているのが分かった。
「ある薬草を探しているのだけど、それがどこにあるのか分からないらしい」
「どんな薬草ですか?」
シャーリーは薬室で扱っていないものなのかと聞いた。
「それが、よく分からないらしい」
よく分からない薬草を探せとはどうことか?
薬草のことになると異常な関心を持つカルロが何も言わないのは極秘任務なのだろう。シャーリーはそれ以上聞くのをやめた。
夕食後、ソフィーがみんなでお茶でもと言ってきたが、シャーリーは調べ物があるからと早々に部屋に戻った。
今まで調べたケンテル領のことを書いたノートを読み返していると、ドアがノックされた。
シャーリーがドアに近づいて少し開けるとローレンスとカルロがいた。
「ちょっといい?」
ローレンスが小声でシャーリーに言う間、カルロは通路の様子を窺っている。
シャーリーはその行動の異常さから急いでドアを開けて、二人を部屋に招き入れた。
「どうしたのですか」
シャーリーも小声で聞く。
「薬室長からの依頼の話をするためにきた」
ローレンスが言うとカルロは一瞬、鋭い視線をローレンスに投げたが、すぐいつもの表情になった。
「極秘では?」
シャーリーは広間で感じたことを言う。
「極秘には違いないが、それはカルロやシャーリーにも秘密にしなければいけないことではないよ」
「僕たちも知っていいの?」
カルロが聞いている。シャーリーも同じことを思った。
「二人は大丈夫だが、グラベルやソフィー様には秘密なんだ」
グラベルにまで秘密にするとは何か事情があるのだろうか。
「どんな毒草?」
カルロが聞いている。
毒草?探している薬草は、毒草なのか。
ローレンスは苦笑いをした。
「ドクニンジン」
一瞬でカルロの顔が険しくなった。
「若葉はパセリに似ていて、種子はウイキョウに似ている植物でまだらパセリと呼ばれ、呼吸困難で死に至る」
「それが、このケンテル領にあるのですか?」
シャーリーはそんな危険なものがあるのに驚いた。
「最近、国内に出回っているらしい。地方からの報告書にも載っていたが、出所が分からない」
「それは誰かが栽培していて、国内に出回っているということ?」
カルロが聞いていた。
「薬室長はそう考えている。元々国内にはほとんどなかったものだから」
「あれは、臭いが独特だからすぐ分かるんじゃないの」
カルロが不思議そうに聞いている。どんな臭いなのかシャーリーにはさっぱりわからない。
「それが、隠されているようで見つけられないみたいだ。地方にいる薬剤師たちを使って調べているけど、まだ見つかっていない。ケンテル領はまだ調べていなかったからついでに見てくるように言われた」
ローレンスが馬車の中で地図を見ていたのは、その毒草が生息できそうな場所と臭いを誤魔化せそうなところを探していたのだと分かった。
「ソフィー様はご存知ないのですか?」
「この件は、ソフィー様はおろか、ヨハン様、レヌアイ子爵にも内密で調べるようにと言われている」
「調べていることを知られてはいけないと言うことだね」
カルロはローレンスに確認する。
知られてはいけない。もし、その毒草をレヌアイ子爵家の誰かが隠し持っていたとしたら、何に使うのだろうか、そう考えてシャーリーは恐ろしくなった。
「シャーリー、ごめん。驚かせたよね。しかし、これも僕たち薬剤師の仕事だ。毒草を隠れて栽培するのは危険な行為だ。それを調べて毒草を処分するのは薬室の薬剤師の仕事でもある」
ローレンスの言っていることは理解出来た。だが、毒草を使って何をしようとしているのか、それは誰なのかシャーリーは落ち着かなかった。




