グラベルの過去 前編
グラベルは目の前の少女を見る。
婚約者だと言われた。
養母から言われて婚約したが、自分は恋とか愛というものは分からない。
兄からはそのうち分かると言われた。
そのうち分かるのであれば、それでいいとグラベルは思った。
少女はいつも笑顔でグラベルを見ていた。それがグラベルの心を温かくした。
自分はこの少女に何を与えられるだろうか。いつの間にかグラベルはそんなことを考えるようになっていた。
グラベルはいつも不安だったがグラベルを守るであろう少女に不安の色は見えなかった。それがグラベルには眩しく映った。
どうしたら、目の前の少女のように笑っていられるだろうか。そして、少女をこれからも笑顔でいられるようにできるのか。
グラベルは幸せだった。
この時間がずっと続けばいいと思えるほどに。グラベルはそれを守れる力があるのか疑問だが守りたいと思う。
それしか自分に出来ることはないように思えたからだ。
数日後にはこの婚約が発表される。二人でこれから先の時間を一緒に過ごすのだ。
どんな未来が待っているのかグラベルは少しだけワクワクした。きっと、目の前の少女の笑顔が幸せな未来を作ってくれるのだと思えてならない。
グラベルは少女の手を取った。
「毎日笑顔でいられたらいいですね」
少し堅苦しい言葉になってしまったが、まだ会って数回の二人にはこれが普通の会話なのだ。
少女は優しく微笑んだ。
○○○
「とても素敵なところですね」
少女はグラベルの案内する庭園を眺めながら言った。グラベルはまるで自分が褒められたように嬉しかった。もっと自慢したくて庭園の奥まで来ていた。
グラベルは少女をもっと笑顔にしたかった。それだけだったのに、それしか望んでいなかったのに。
遠くから声が聞こえたと思ったら、目の前の少女が動いたのが目の端に見えた。振り向くと同時に少女の体がグラベルに覆いかぶさった。
グラベルの視界には庭園の木々がゆっくりと向きを変えて空をとらえていた次の瞬間、地面に倒れ込んでいた。起き上がるとグラベルの上に重なるように倒れた少女の肩には矢が二本刺さっていた。
グラベルはそれを見て震えていた。周囲から人が集まっていた。
少女を見た一人は少女を抱えて部屋へと運ぶ。グラベルも別の者に腕を掴まれて引きずられるように部屋に連れて行かれた。
体の震えは止まらなかった。
少女の顔色がどんどん悪くなるのを目の前にして、自分はこんなにも無力なのかと思い知らされた。
医者や薬剤師達が入れ替わりに部屋に入ってきて少女を診ていく。
グラベルは部屋の片隅で立ち尽くしていた。養母と少女の父が来ていた。
医者から治療は終わったと告げられ安心したのも束の間、矢に毒が仕掛けられていたと言っていた。あの時、庭園にいた庭師が突然、グラベルと少女に向かって矢を放った。どちらを狙ったのか分からないが、あの時少女に突き飛ばされなかったらあの矢は自分に向かっていたのだろう。
騎士が少女から抜いた矢を医師から受け取っていた。これからあの庭師を尋問すると言っていた。
少女の父親がグラベルの前にきた。
「ご無事でしたか」
そう言われてグラベルは不思議なかんかくになった。自分の娘よりも他人を気遣うのか。グラベルは頭を下げた。
「私のせいです」
グラベルの行動を誰も止めなかった。誰もがそう思っているのだ、自分に関わメグリアこのようなことは起こると。
「頭をあげてください。私も娘もこうなることは承知しています。娘もそれを理解してあなたのもとへ嫁ぐことを決めました。あなたを守ると決めたと言っていました」
グラベルは頭を開けることが出来なかった。
自分には覚悟が足りなかったのだ。自分は少女の笑顔を守ると決めていたがそれが足りないと今気づいた。グラベルは手を握りしめていた。嗚咽がもれる。
頭を下げたままだったので涙が床に水たまりを作る。少女はグラベルよりも年下だが、何倍も強くて優しいのだ。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。体が麻痺してよく分からなくなってきた頃、少女は目を覚ました。
少女はベッドに寝たまま部屋を見渡しグラベルを見つけると笑顔を見せた。
○○○
「グラベル様……」
アーリシュから声をかけられてグラベルは気がついた。
「一族は陛下から処断が下されました。残るは当主とその妻、娘のです」
グラベルは先日のデネル侯爵の行動を思い出していた。あの者はシャーリーにも刺客を送っていた。幸い、護衛につけたケリーとハンスが仕留めた為難を逃れていた。シャーリーはその事に気付いていない。
陛下からも必ず証拠を掴めと言われ処罰できるだけの証拠を揃えることが出来た。
陛下はグラベルにあの者たちを処罰する権利を与えてくださった。
グラベルは一族の処罰内容を確認した。かなり重いものだった。それだけ陛下の思いがここにあるのだとグラベルは分かった。それならグラベルも遠慮などいらない。自分の気持ちを最優先した。
「あの者たちのいるところへ」
グラベルはアーリシュとヨハンを連れて城の奥まった場所へ移動した。
鉄格子に囲まれた中にデネル元侯爵はいた。その向かい側には妻と娘がそれぞれ個別の鉄格子にの中にいる。グラベルはデネル元公爵の前に立った。
「お久しぶりです、デネル元公爵」
グラベルは笑顔で話しかけた。
「私は何もしていない。誤解だ、ここから出してくれ」
「そうよ、全部でたらめよ」
見覚えのある娘が声を張り上げた。
この娘が陛下との縁談を希望していた上の娘か。この娘のために邪魔なグラベルとソフィーに刺客を送った張本人。それに便乗したデネル元侯爵とその妻、末の娘たちはシャーリーにも刺客を送っている。
「でたらめではありませんよ。証拠も揃っている。あなた方以外の一族は全て陛下から処罰が言い渡されて既に処刑されました。あなた方の処罰は私に託されましたのでこれから言い渡そうとわざわざここまで来ました」
グラベルはデネル元侯爵をもう一度見る。
「あの時、殺しておけばよかった」
「そうですね、あの時あなたを処刑できたらどんなに良かったことか」
グラベルはデネル元侯爵の言葉に答えるようにいう。
「今度はもう逃げられませんよ。あなたにはソフィーやレヌアイ子爵の苦しみを味わってもらいます」
「ど、どういうことだ!」
デネル元侯爵が叫ぶ。
「お解りでしょう。ソフィーが受けた毒をあなたの妻と娘たちの食事に入れました。もうすぐ毒がまわるでしょう。デネル元侯爵、あなたは妻と娘たちが苦しんで死んでいくのを見てもらいます」
グラベルは牢屋を出ていく。後ろでデネル元侯爵が叫んでいるのが聞こえたが無視をした。




