陛下の婚儀
朝から王宮内は賑やかだった。
王城の周辺では祝いの酒や食べ物が振る舞われているためか街からも賑わう声が響いている。
今の状況を考えてできるだけ質素にと計画されているのも関わらず、人々は明るい話題に飢えていたのだと知った。
グラベルはいつも使う部屋ではなく、王宮の執務室にいた。既にいくつかの儀式を終え、王妃の戴冠式も先ほど無事終わった。
心配していた陛下の体調もよく、イザベラが王妃になった。
この後は、夕方から始まる夜会のみ。
グラベルは着替えを終えて少しだけ寛ぐ。
サラが紅茶を入れてくれる。
一口飲み、ほっと一息つく。
椅子の背もたれに体を預け目を閉じた。
無事終わった。それが今のグラベルの感想だった。これで陛下と王妃の間に子が生まれてくれたら安泰だ。
安心して領地へ行ける。
これまでグラベルがやっていた仕事の大半を既に新しい担当の者へ引き継いでいる。
今日が終わった後に、残りを引き継ぎ、領地へ向かう。
そして、もう政には極力関わらない。それがグラベルの決めたことだ。
「グラベル様、そろそろ広間へお越しください」
グラベルは椅子から立ち上がり、今日最後の仕事をこなすために部屋を出た。
広間には婚儀に招待した者たちが集まっていた。
陛下が王妃の手をとり広間に出ると招待客から拍手が上がった。
その後ろから、グラベルが皇太后の手をとり陛下の後に続く。
広間では陛下と王妃の周囲に挨拶の列が途切れることなく続いている。
シャーリーは今日、カーネル伯爵と一緒にいるだろう。
今日のために昨日、薬室の仕事が終わった後実家へ帰っていった。
今日はまだ会っていないが、どこかにいるはずだと陛下への列を眺めながらシャーリーを探していると声をかけられた。
「グラベル様、お久しぶりです」
レヌアイ子爵家の令嬢 ソフィーだった。
「お久しぶりです、ソフィー殿」
そこには懐かしい顔があった。
夜会はまだ続いている。日付が変わろうとしていた。
グラベルは早めに部屋に戻っていた。
警備の関係で今日は執務室のある部屋で過ごすことになっている。
着替えを手伝ってくれたサラは既に退出している。
グラベルは普段あまり飲まないワインを飲んでいた。
懐かしい人との会話を思い出していた。
薬剤師になった事を伝えると喜んでくれた。少しだけ気分が良かった。
陛下の婚儀の準備で気を張り詰めていたことに今さならがらに気づく。
会えて良かった。
あの薬室のあった釣書、グラベルは見つけることが出来て本当に良かったと感謝する。
エレナとサラに言われて釣書はそのまま返していた。しかし、私室に届けられたものが返されたことから、今度は薬室に届けられるようになった。
薬室に届けられた釣書の中に見覚えのある紐で結ばれた釣書を見つけた。
グラベルはゆっくりワインを飲み干した。
○○○
グラベルは執務室で書類を見ていた。
釣書ではいない書類。
「この証拠を見せ、捕まえるように」
グラベルは騎士団の一人に伝えた。
グラベルのところに来ていた釣書の中に不穏なものがあって、内々に騎士団に調べさせていた。
その証拠が見つかったのは陛下の婚儀の前日だった。
婚儀に水を差す事を避けるため、容疑者数名を先に捕まえていた。
手に入れた証拠を持ってすれば、疑惑は疑惑でなくなる。
グラベルは以前、自分の命を狙ったデネル侯爵の容疑を明らかにするために動いた。
デネル侯爵は娘を連れて薬草園に来たとき、グラベルに陛下の体調の事を言ってきた。
『私ならグラベル様が王位につかれたとき、必ず力になれます』
陛下の体調不良のことは多くは知らない。それに、グラベルが王位につくという話は、陛下が健在なのに不敬すぎると思った。
以前からのデネル侯爵の行動を知っているグラベルはまた何か企んでいるのかと警戒した。
デネル侯爵がグラベルのところに来ている事をエレナから聞いていた陛下は必ず証拠を掴めと言ってくれた。
証拠集めをして、デネル侯爵の手先達を陛下の婚儀の慌ただしさに紛れて捕まえて自供させた。
その自供と証拠がこちらにある事をデネル侯爵に気づかれていない。
デネル侯爵の屋敷には数日前から張り込ませている。今頃、騎士団がつく頃だろう。
借りはしっかり返させてもらう。グラベルはいつになく鋭い目をしていた。
執務室から出て薬室に行く途中、陛下と王妃に会った。
「陛下、王妃様」
グラベルは二人にお辞儀をする。
「王宮内を案内していたのだ」
陛下は嬉しそうに王妃を見て言う。
「分からない事だらけで不安ですが、こうして陛下自ら王宮を案内してくださりとても心強いです」
王妃も嬉しそうに話す。
「薬室にはシャーリーもいます。お話相手にまりましょう」
グラベルが言うとシャーリーとは薬草の話が出来ないといけないからと陛下がグラベルを見て言い出す。
「あら、剣術のお話もされるのですよね」
王妃が陛下に聞く。
「そうだった、剣術な……、手合わせを頼んだら断られた」
陛下はなぜか寂しそうに言う。
「シャーリー様が強すぎるのでは?」
王妃の言葉に陛下は視線を逸らした。
「多分、私を気遣ってだと思う」
グラベルは書庫で見たのはこの事だろうかと思い出した。
確かにシャーリーの剣術はすごいと思う。
今、若い棋士達と戦わせて一、二を争うアーリシュと互角ではないかと思えるくらいに。それなら陛下も太刀打ちできないだろう。
グラベルは少しだけ心の痛みが解けた。
陛下と王妃の嬉しそうに笑う声にグラベルも一緒に笑う。
この笑いが王宮を明るくしてくれるはずだ。グラベルは無事、王妃を迎えることができて良かったと思った。




