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試用期間

 伯爵の娘はあれから毎日来ていた。


 既に三週間だ。


 ローレンスとカルロからは可哀想だと言われ、薬室長からは迷惑だから何とかしろと言われる始末だ。

 グラベルはどうして自分のところに来るのかと疑問に感じていた。薬剤師になりたいのなら、薬室長のところへ行けばいいのに……。

 そんなグラベルの気持ちに構うことなく今日もあの娘はやって来ていた。

 何とかしなければ……。


 深々と頭を下げ、名を述べる姿を見ると伯爵の娘というだけあり、それなりに礼儀はわきまえているのかもしれない。しかし、薬剤師になるには二年に一度ある試験に合格しなければなれないことくらい知っているはずだ。それを直談判しに来ることをどう思っているのか。

 


「薬剤師になりたいそうだが」


 グラベルは栗色のウェーブがかかった髪を飾り紐一つで結び、服装も華美ではないが上品な物を着ているシャーリーと名乗った娘に話しかける。

 門番に来たら連れて来るように告げていたその日、早速やって来た。薬室のグラベル専用の事務室で話を聞く。

「はい。本当は医師になりたかったのですが父に反対されまして、薬剤師の道を選びました。国のため、民のため薬剤師として尽くしたいのです」

 普通、伯爵令嬢は医師になりたいとは言わないだろ? 半ば呆れるがその理由を聞いてみた。

「医師になりたかったとはどういうことですか?」「婚約者が先の流行り病で亡くなりました。また、王妃様も流行り病で亡くなったとお聞きし、私に出来ることを考え薬剤師となり、陛下と民のために働こうと思いました」


 シャーリーは真っ直ぐグラベルの目を見てはっきりと言う。ただの戯言ではないようだ。しかし、伯爵令嬢が薬剤師とはいいのだろうかとグラベルは自分のことを棚に上げて疑問に思う。

 グラベルは陛下か自分の妃になるために来たのではないかと疑っていた。今までもそのようなことはよくあったからだ。


 グラベルは少し考えてシャーリーに威厳を持って話す。自分はこんなこと苦手なんだけど薬室長に言われているので仕方なくやっている。面倒臭い。

「本来、薬剤師は試験を受け、それに受かった者だけがなることが出来るのだが。このように突然来てなれるものではない」

「それは重々承知しております。しかし、二年ごとに行われていた試験は当分ないと、次の試験があるまで待てません」


 薬剤師の試験は本来であれば、今年執り行われる予定だった。しかし、流行り病の後で国内が混乱していてとても試験を行える状態ではなく、国内が落ち着くまで中止となっていた。

「薬剤師として使いものになるかどうかの判断をしたい。その為の試用期間を設けるがいいだろうか? 但し、その試用期間で使いものにならないと判断した場合、薬剤師の道は無くなりここを去ってもらうが」

 シャーリーは満面の笑みを浮かべ頭を下げる。グラベルは少し心が痛んだが、使いものにならなければ、その時は諦めてもらうしかない。


 薬室長からなんとかしろと言われているグラベルは伯爵令嬢がどちらかというと地味な薬剤師が務まるとも思えず時期が来たら辞めてもらうつもりで出した考えだった。


 試用期間中は実家から通うと言うシャーリーに王城の出入りできる手形を渡し、幾つかの注意事項を伝える。

 聞くところによると、シャーリーは毎日、父親の伯爵に連れてきてもらっていたらしい。

 それなら薬剤師になることを父親である伯爵は許しているのだろう。引き取ってもらうのは無理か。

 シャーリーは早速、明日から来ると言って帰っていく。


 グラベルはその後、薬室長のところへ行きシャーリーの事を報告するとしっかり面倒を見るようにと言われ、同僚二人からは頑張れと励まされる。グラベルは溜め息をついた。どうしてこうなった?

 自分の事務室に戻り、シャーリーがどこまでの知識があるのか分からないので、取り敢えず自分の持っている本の中で比較的易しい基本的な薬草の本を数冊用意した。


 翌日、シャーリーは伝えた通り汚れてもいい質素な服装でやってきた。


「薬剤師になりたいと言っていたが、薬草のことをどの程度知っているか知りたい」

 グラベルの問いにシャーリーは持ってきた本を見せた。

「こちらを読んでいました」

 シャーリーが手にしているのは薬剤師の試験を受験する者が読む本だ。それなりに勉強したのか。ではグラベルが用意した本では易しすぎるかと思った。

 グラベルは本棚から新たに数冊の本を取り出す。

「これを読むといい。実際にこの薬室で使われている薬草が多く載っている」

「ありがとうございます」

 シャーリーは目を輝かせながらその本を眺めている。グラベルは自分も初めてその本を手にしたときはあんな感じだったと思った。


「あの……」

「なんですか?」

「あそこにある本は?」

 シャーリーの視線の先には机の上に置かれた、グラベルがシャーリーに最初に渡そうと用意していた本だ。

「あゝ、あれか。貴方には易しすぎるようだ」

「あちらもお借りできますか?」

「貸すのは構わないが、あれは基本的なことしか乗っていないですよ」


 グラベルが言うと、それでもいいと、シャーリーは言った。

 その日から、グラベルは薬剤師の試験に受かった者が最初に学ぶ内容をシャーリーに教え込んだ。

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