旅行
ネヴェルス領をピエールに託した後、グラベルは帰りに少し寄り道をしていくことにした。
視察ではないがアルノルトの事を考えると他の領地も気になった。
折角来たのだからと見ておこう、そんな軽い気持ちだった。
「旅行ですか?」
シャーリーが不思議そうな顔で聞いてくる。
「視察と言うほどでもないが、中々ここまで来ることもないから見ておこうと思って」
グラベルが言うと、この辺りで薬草畑に出来そうなところも見ておきたいとシャーリーが言い出した。いい案だと思った。
グラベルがホルック領で薬草畑を作り始めたことは殆どの者が知っている。いずれ、薬草畑は増やさないといけないので、その為の下見ということにすれば警戒もされないだろう。
馬車はネヴェルス領から比較的近い、リンゲル領に向かっている。
この領地からの報告は確か……グラベルが思い出している時、急に馬車が止まりグラベルとシャーリーは座っていた椅子から滑り落ちた。
「どうした?」
グラベルが馬車の中から声をかける。
「申し訳ございません。急に人が飛び出してきまして」
ハンスの声がした。
グラベルとシャーリーが気になって馬車から降りた。
飛び出してきたのは子供だった。
まだ幼さが残る少女だ。服がかなり汚れている。親は何処だろうかとグラベルが周囲を見渡すがグラベルが連れている兵士たち以外はあの少女しか見当たらない。
その少女はアーリシュに何か叫んでいるようだった。
グラベルはゆっくり近づき子供の言葉に耳を傾けた。
「たすけて! 死んじゃう」
少女はアーリシュに縋るように訴えている。
「グラベル様、何かあったようですね」
シャーリーも心配になったようでグラベルの側まで来ていた。
「何があった?」
グラベルは少女の元まで行き聞く。シャーリーもついてくる。
「弟が木の実を食べて、急に苦しみだして。助けてください」
その少女はグラベルの服を掴んで連れて行こうとする。
それをアーリシュとハンスが止めようとした。
グラベルはそれを制した。
「いい。様子を見に行こう」
グラベルはアーリシュたちに言って、馬車と数人の兵士を残し少女の弟がいると言う場所に行くことにした。
「こっちです」
少女は走りながらグラベルを案内する。
街道沿いから離れた林の中の奥へ進むと子供が寝転んでいた。
グラベルはその子供に駆け寄る。
青白い顔で首元を掻き毟ったようで引っ掻き傷がいくつもあり、既に息はしていなかった。
「助けて……」
少女がグラベルの腕を掴んで必死に懇願する。
「もう死んでいる」
グラベルは少女に告げる。
「さっきまで元気だったのに、どうして?」
少女は何が起こったのか理解できない様子だ。少年の体を揺すりながら呼びかけている。
グラベルたちはそれを止めることもなく見守り続けた。
「何を食べた?」
グラベルは少女の側にしゃがみ聞く。
少女は涙を堪えながら、近くの木を指さした。
あれは!
シャーリーが息を飲むのが分かった。
グラベルは小さく首を振った。
少女の指の先には赤い実をつけた木があった。
赤い身は一見すると美味しそうな実に見えるが猛毒で食せば死に至る。
「どれだけ食べた?」
グラベルは出来るだけ優しく少女に聞きながら、少年の口の中を無理やり開けてみる。
実が口の中に残っていた。それを取り除き、アーリシュが持っていた筒から水を口に入れ実をすすいだ。
亡くなっているのでそれは無意味だと分かっているが何故かそうしたかった。
「分からない。口にしてすぐ苦しみだしたから」
「親はどうした?」
「父さんも母さんも、お兄ちゃんも流行り病で死んだ」
ここでも流行り病か。グラベルはやるせない気持ちだ。
食べるものがなく、あの実に手をつけたのか。
少女はイダで十歳だと言った。弟はジャンで七つだと。
「家は?」
「家はない。追い出された」
涙を堪えながら話す。多分、思い出すのも辛い記憶だろう。
「何処で寝泊りしていたのだ?」
「軒下や小屋に忍び込んで」
グラベルたちはジャンをあの場に埋葬している間、泣きじゃくるイダをシャーリーが抱きしめていた。
イダは弟が亡くなった事を受け入れることが出来ずにいる。イダの話からするとイダは天涯孤独になったのだ。
イダの両親と兄は春頃亡くなったと言った。秋頃までは家にいた下男や下女たちと暮らしていたが、突然、親戚と名乗る男がやってきて家を追い出されたという。
弟と二人で野宿をしながらここまできたと言っていた。
食べるものもなく、あの木の実を食べた。それが毒だとも知らずに。
イダの家は商家でかなり手広く商売をしていた。
「ヨハン、調べられるか?」
ヨハンが部屋を出ていく。
多分、財産に目がくらんだ者がイダとジャンを追い出したのだろう。出来るのなら取り返してやりたい。それでも子供だけでは生活は出来ない。
「他に親戚はいないのか?」
グラベルが聞くが、イダは首を横に振るだけだった。
「イダのような子供はまだいるのだろうな」
グラベルは宿の窓から外の街を見ながら言う。
ジャンを埋葬した後、イダを連れて近くの宿屋に宿泊することにした。
「私たちが見えていないだけで、いると思います」
シャーリーが答える。
グラベルは流行り病の影響がここまできていることに驚きながらも、今後どうするか考えるがいい案は浮かばない。
グラベルはリンゲル領の内情を探ることにした。
○○○
リンゲル領の領主エリクは父が流行り病で亡くなって領主を継いだ。まだ十九だ。
グラベルは若いと思った。
自分と年があまり違わないが領主という地位をこの年でそれもこの混乱の中、継がなかればいけないことの大変さを思いやった。
シャーリーはイダに付き添ってもらい、ケリーとハンスを護衛につけて宿屋に置いてきた。
エリクに会って改めてその大変さを知った。
屋敷について貴賓室でエリクを待つ間、領主の弟だというアランはどうのような用件かとしきりに聞いてきた。
「空いている農地を見せていただけないかと思いまして」
グラベルが伝えると、それを見てどうするのかと更に聞いてくる。
アーリシュが何度か領主に会わせて欲しいと頼むと、やっとエリクが貴賓室にやって来た。
「申し訳ございません、色々立て込んでいまして」
「立て込んでいるとは?」
グラベルは早く話を済ませたくて率直に聞く。
「流行り病で領民の半分ほどが亡くなりました。前領主の父も亡くなり、領内は混乱を極めています。辛うじて残ったものたちで何とか立て直しを図っていますが、まだ問題が山積みです」
エリクの顔に疲労の色が見える。まるで陛下のようだ。多分、執務に追われて寝ていないのだろう。
「お察しします」
「農地を見たいとか」
エリクは少し砕けた様子になった。
「今、国として薬草畑の拡充を検討しています。その候補地を探しているのですが、こちらの領内で薬草畑として使える農地はないですか」
「薬草畑ですか……」
エリクはアランに何か伝えている。
「その候補地をどうするのですか?」
エリクは心配そうに聞いてくる。
「まず、その候補地をみて薬草畑に出来そうなら、薬草畑として整備し、薬草を育ててもらいます」
「薬草を育てるのは領民ですか?」
「そうです。その薬草は国が一旦買い取ります。それを書く診療所へ売ることになります」
薬草を国が買い取ると聞いたエリクは前向きに検討しているように見えた。
丁度アランも手に書類を持って戻って来た。
「領民は薬草を育てたことはないのですが」
「そこは専門の者を派遣します。人手が足りなければ、その補充もこちらで検討します。如何ですか?」
「実は人手が足りなく農地は荒れたままなのです。この分では次の税が納められなくなります」
「農地の人手が足りない領地は沢山あります。王都に近い領地は対策に動きましたが、こちらまではまだ手が付けられていない状態です」
グラベルの言葉に大変なのは自分の領地だけではないと聞いて少し安心したのかエリクの表情が和らいだ。
「農地を何とか立て直したいのです。そちらが軌道に乗ってからなら余っている農地で薬草畑も考えることが出来ます」
エリクは正直な考えを口にする。
「分かりました。今、農地の立て直しを専門に動いている者たちがいますので、こちらに伺うように伝えます。他に何か困ったことはありますか?」
「領民たちの食料が次の収穫まで持ちません」
エリクは俯きがちに呟くように言う。多分、領主になってこんな言葉を言わなければいけないと思っていなかったのだろう。
「先程も話しましたが、食料が足りない領地もあります。その事を報告するようにと陛下からの依頼書が届いていると思いますが」
グラベルはリンゲル領の報告書を見た記憶がなかったので聞いてみた。
「申し訳ございません。この大変な時に、食料もない、税も納められないとは言えませんでした」
隣にいる弟と一緒に何とかしようと必死だったのだろう。それでもあまりにも大きすぎる問題にどうにも出来なくなっていたのだ。
「どれだけあれば、次の収穫まで持ち堪えることが出来ますか?」
グラベルの言葉に弟のアランは書類を申し訳なさそうに出してきた。
グラベルはそれを見て少し考える。
「ここに書かれている物全て同じとはいきませんが、代わりになるものも含めてでしたらこの量を用意できます」
「構いません。次の収穫まで領民が飢えを凌ぐことができれば」
エルクとアランの必死さが伝わる。
「すぐに手配します。農地の整備が落ち着いた頃に、薬草畑の話をもう一度考えてください」
グラベルは気が変わる可能性を考えて薬草畑の話は再度することにした。




