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持ち込まれた病

 三週間、陛下には休養を取ってもらいサイモン医師と薬室長の尽力で体調が良くなり政務に復帰することが出来た。

 グラベルは安堵するとともに別の心配事を抱えていた。


 グラベルは代理をしていたときに気になる報告を見つけた。

 薬室にも同様の報告があり、薬室長とローレンスに確認をしてもらっていた。


「やはり、症例が少なくて判断できないみたいだね」

 薬室長の言葉にグラベルは考え込む。

「あの領地だけなのです」

 何かあるとしか考えられないのだが。

「症例は他の地域に出ていないことを考えると、あの地に何かあると思うのだけど」

 ローレンスが過去の事例を確認している。

「一度見に行ってみようと思います」

「その方が早いね」

 グラベルは急遽、視察に行くことになった。


 ある領地のみに発生する、頭痛と吐き気。何もなければいいのだが。

 急ぎ、アーリシュとケリーに視察の日程を組ませ、ヨハンとハンスはその地域の詳細を調べてもらう。

「シャーリー、来週から視察に行くので準備しておくように」

 事務室に行き、シャーリーに伝える。


 グラベルは陛下宛の報告書と薬室宛の報告書を何度も読み比べていた。

「気になるのだが……」

「何が気になるのですか?」

 シャーリーが薬草を練りながら聞く。

「ある領地だけに頭痛と吐き気の患者が出ている」

「ある領地だけですか?」

「そうだ、気候的な影響なのか、それ以外の関連があるのか分からないが、少しずつ患者は増えているようだ」

 報告書が届いた時は、それほど多くなかった。ただ、薬が効かないと言うだけで。

 グラベルは気になって、ローレンスに頼み詳細を確認してもらったところ、患者の数が増えていた。

 原因不明の病ではないかとの連絡も入ってきている。

 今はその領地だけだが、それが国中に広まれば危険なことになる。

 国内はやっと落ち着きを取り戻したのだ。なんとしても食い止めなければとグラベルは危機感を募らせる。


 グラベルたちは翌週から視察に出かけた。

 今回はかなり大人数での視察だった。兵士も二十人ほど連れている。

 馬車の中でグラベルとシャーリーはヨハンとハンスが集めた資料を読んでいる。

「グラベル様、これだけでは分かりづらいですね」

 今から行く領地の過去に流行った病歴なども調べてみたが、今回の症状に該当するものはなかった。ただ、症状が出ているのは農村に多かった。

「今回視察に訪れる領地は、先の流行り病で農村の打撃が大きかった。その為、食料の輸入を決めたと連絡があった」

「それは領主自らが直接買うのですか?」

「領主が商人から買って、領民に配ったらしい」

「グラベル様、これは黒い穀物ですか?」

 グラベルは報告書を見た時から気になっていたこと。黒い穀物。

 穀物の中には発育の途中で黒く変色するものがある。

 それを治療として使う医師もいるがグラベルたちは使っていない。その理由は、それが別の病気をもたらすことを知っているからだ。

 原因は分からないが、酷くなると手足が腐り落ち死に至る。

「あの領地では黒い穀物はできないはずだ。考えられるのは輸入した物の中に黒い穀物が入っていたのではないかと言うこと」

「もし、輸入した物の中に黒い穀物があったとしたら、その食料は使えませんね」

 シャーリーが国内の食料事情はどうなのかと呟いている。


 確かに王都や王都に近い領地は陛下が食料不足を考えて補助金を出し農村整備を奨励している。

 グラベルも遅れていた領地に出向き対応をした。

ただ、王都からかなり離れた領地になるとそこまで目を向けることはできなくて、状況を聞くに留まっている。

 陛下の意向を受けて派遣隊を送ってはいるが、未だ領主任せになっていることは否めない。

「その代わりとなる物の用意はなんとかなるが、ここ以外の領地にも広がっていた場合、備蓄があまりないので対応が難しくなる」

 シャーリーが秋の収穫までの月数を指折り数えていた。


 取り敢えず、領主に会うことになっているので、そこで詳しく聞くことにした。

 ネヴェルス伯爵邸につき馬車を降りる。

 若い男性が出迎えてくれた。最近、爵位を継いだばかりのアルノルトだ。

「ウィルゼン公爵、お待ちしておりました」

「今日はお話を伺いたくてきました」

 アルノルトはグラベルが言うと屋敷の中へ案内してくれた。

 貴賓室に通されたグラベルとシャーリーの前には紅茶が置かれた。

「そちらの領地で病が流行っていると報告が上がっているのだがご存知ですか?」

 グラベルはまず一番の疑問を投げかけた。病が広まっているのなら何らかの対策はしているのだろう。その報告もヨハンたちが調べたものの中にのその記載がなかった。


「大袈裟ですよ。病と言っても頭痛といった類ですか、よくあることではないですか?」

「頭痛の患者に薬を与えたところ、吐き気の症状が出てきたと言うがそれも知っていますか?」

 グラベルの顔から笑みが消える。シャーリーはアルノルトを見ていた。

「偶然ではないのですか? 薬が体に合わなかったとか」

 アルノルトは表情を変えずに紅茶を飲む。


 ヨハンとハンスが調べた資料の中にはそれほど多くはないが、報告に上がっていない症状の患者もいた。

 異常行動と体に熱を持つ。これはまさしく黒い穀物が原因の病だ。

 そして、他国では頭痛に黒い穀物を使った治療をする者もいると聞く。それは吐き気をとも会う時もあると書物で読んだことがあった。

 シャーリーも同じ書物を読んだのだろう。

 この話を聞いた時からグラベルはずっと気にしていた。


 調べた資料の中には患者は十二人となっていたが、それが全てとは思えない。まだいるはずだ。

「いつまで隠し通すおつもりですか?」

「隠してなんかいませんよ」

 アルノルトは心外だなと微笑う。

 あくまでシラを切るつもりか?

 グラベルは苛立たしさを隠しながら話す。

「この症状がある者のところへ案内していただけますか?」

 アルノルトはそのような症状の者はいないとかわそうとする。

 仕方なくグラベルはヨハンを呼び寄せ、木箱に入った書類を見せて最後通告をする。

「陛下からの命令である。即刻案内しろ」


 やっとことの重大さに気づいたのかワナワナと震えながらグラベルたちを案内する為席を立った。

 グラベルが馬車に乗る時、アルノルトは別の馬車に乗っていたので、一緒でもいいのではないかとアーリシュに聞くと危険だと言われ、更にグラベルとシャーリーには剣を渡された。


 グラベルは腑に落ちなかったが、シャーリーは疑問に思うことなく剣を受け取り馬車に乗り込む。

 馬車の中でシャーリーが無言で外を見ていた。

 グラベルはどれだけの患者がいるのか心配になっている。

 報告書では病らしき症状が出てしばらくするとその患者は姿を消したとあった。

 詳しいことが分からなかったはずだ。

 多分、これから向かう先に病の者たちが集められているのだろう。


 景色が畑一面に変わってきたところで馬車は止まる。

「つきました」

 アーリシュの声でグラベルとシャーリーは馬車から降りる。

「この先です」

 アルノルトが先頭で集落のある場所へと歩き出す。

 集落の一番手前の家に行くと、やつれた表情の男が寝ていた。息が上がっている。手足は黒ずんでいた。

 シャーリーが目を逸らす。

 病は想像していたものだった。間違いない。そして、目の前で眠る男の命はもうすぐ尽きるだろうと予想できた。

「他は?」

 アルノルトは渋々、次の家に案内する。

 そこでもやはり、肌の色が悪く、呼吸も苦しそうだ。


 この村は周囲から隠すように病を発症した者たちが集められた場所だ。

 小さな家には二人から三人のかんじゃがいいて、大きめの家には十人近くの患者が寝かされていた。

 驚くことに全ての家に、病の症状を持つものがいた。大人も子供も関係なく。

 もっと早く気づいていれば、グラベルは憤りを感じる。

 一旦戻ろうと家を出た時、奇声が聞こえた。人影が突然現れる。


 家の周囲には鍬や鎌を手にした者たちが襲いかかってきた。

 兵士たちがグラベルたちを囲って守ってくれているが、村人はどんどん増えていく。

 これも病の症状だろうか。

 グラベルは先程渡された剣で応戦するがどんどん押され気味になる。


「グラベル様、馬車に戻ってください」

 シャーリーが言う。グラベルの前に立ち村人が近づかないように剣を構える。

「早く!」

 シャーリーが怒鳴る。

 側にいたケリーに腕を引っ張られて馬車に押し込められた。

 バタンと扉を閉められると兵士が馬車を取り囲むのが見えた。

 いや、シャーリーも馬車に残ったほうがいいと思ったが、シャーリーは鮮やかな剣さばきだ。それも、今回は鞘を抜いていない。気絶させるだけだと分かる。アーリシュやヨハン、連れてきた兵士たち全てが。

 誰一人として鞘を抜いておらず、倒れた村人たちからは血も出ていない。まるで最初から打ち合わせていたかのように。


 村人たちを押さえ込むことに成功したシャーリーたちは村人を集めていた。


「グラベル様、どうぞ」

 ヨハンが迎えに来てくれる。


 アルノルトは自分が輸入した食料を食べた者が異常行動を起こし始めたのに気づいた時には既に遅く、死人も出始めたいた。

 自分が配布した食料で死者が出たと知られたくなくて症状の出た者を一箇所に集めて隠していたと言う。

 食料は既にかなりの量を購入していた為、その食料を村人たちに食べさせていた。その為、症状がどんどん悪化していた。

 あの村にいた者がどれだけ助かるかは分からない状態だ。


 アルノルトには購入した食料を全て破棄することを伝え、連れてきた兵士たちによって運び出されていく。

「この食料がなければ領内の者は食べるものがありません」

 アルノルトは領主らしいことを言ってくる。

 もっと早く行っていればこのようなことにはならなかっただろう。

「代わりの食料は、新しい領主と共にやってくる」

 グラベルは先程、連絡しておいた騎士団にアルノルトを引き渡した。


 シャーリーはアーリシュたちと騎士団を見送っている。

「グラベル様」

 振り返ると予定よりも早く到着した者がいた。


「ピエール殿、申し訳ない。大変な時にこのようなお願いをして」

 ネヴィルス領は隣の領主、セルキュロ諸侯、ピエールに託すことになった。

 ヨハンとハンスが調べた資料の中にはアルノルトが買った商人を割り出し、その商人を取り調べたところアルノルトには黒い穀物が混入している可能性を話たと言った。その為、アルノルトには領地管理は無理だと判断された。

 ピエールは四十後半の温厚で実直な性格の為、白羽の矢が当たった。


「いいのです。グラベル様がご尽力くださっているのは皆が知っていますから」

「食料が足りない時は言ってください。出来るだけ手配します」

「王都も大変でしょう。領内にはまだ蓄えがありますので、今回いただいた食料と合わせれば次の収穫まで持ちこたえることが出来ます」

 流石だと感心する。

 陛下がピエールなら何とか出来るだろうと言っていた。

「助かります」

 グラベルは感謝した。


「処で、面白い方がいらっしゃいますね」

 ピエールはシャーリーを見て言う。

「シャーリーをご存知で?」

「あのトマスの教え子です」

「国一番の剣士、トマス殿ですか?」

「確か、グラベル様は薬剤師になるからと稽古を途中で辞められましたね」

ピエールは笑っていた。


 そうだ、薬剤師の試験勉強をする時間を捻出するにはほかの稽古をいくつか辞めた。

 剣術の稽古もその一つで、薬剤師になるのに剣術は必要ないと思ったのだが、グラベルは少しだけ後悔する。


 剣士トマスは国一番の剣の達人で元騎士団、団長だ。

 五十後半で今は、騎士団や騎士団の入団希望者たちに剣術を教える生業をしている。

 その剣士にシャーリーは婚約が決まるまで稽古に通っていたと言う。

 どおりで剣さばきが上手いはずだ。

 グラベルは一生、剣ではシャーリーに勝てる気がしない。

 情けないが、その場面に遭遇したら大人しくシャーリーの言うことを聞こうと心に誓った。


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