公爵の研究
グラベルは温室の外、それも日陰に置いてある鉢植えを観察している。
「これは北の領地の薬草園で育てている薬草だ」
シャーリーに見せながら説明する。
以前から育つか試していたもので、そろそろ収穫時期を迎えるはずだ。
鉢植えをいろんな角度から眺めて成長具合を確かめる。
「大丈夫そうだな」
成長度合いを手帳に記入する。
「主に寒い地域で栽培されている薬草だが、王都に近いところでも比較的、気候が寒いところもある。そこで育てられないかと試していた」
所謂、保険だと付け加える。
「ホルック領の薬草畑で今植えている薬草が上手く育たなかったときは、この薬草で試してみるといい」
薬効は風邪の症状全般に効く。その為いつもの薬草が不足した時の代替えにもなる。
「日陰でも育つのですね」
シャーリーも鉢植えを見ながら手帳に記入している。
「日当たりが良いところだとかえって駄目だった。気温が低い方がいい。王都だと日陰で育つのが分かった」
以前から薬草の収穫量を増やしたいと考えていたグラベルはホルック領で薬草畑を作る事になって、この薬草を試したいと思っていた。
ホルック領の薬草畑はシャーリーの担当になったので、この薬草を見せた。グラベルが研究している薬草はまだある。それをグラベルが王都にいる間に教えておこうと思った。
薬草畑の端に目を向ける。
「あそこには先日、他国から取り寄せた薬草の種を植えている」
薬草の種を持ってきた者の話だと薬効は胃腸の働きをよくするものだと言われた。
少し芽が出始めていた。シャーリーがそれを観察している。
「どのように育つのですか」
「蔓が出てくると言っていた。もう暫くしたら支柱を立てた方がいいだろうな」
「支柱ですね」
シャーリーが手帳に書き込んでいる。
今度は温室の中に入る。そこでも一番目立たないところに置いてある鉢植えを見て頷く。こちらもうまくい育っている。
「こちらは主に咳止めに良い」
この薬草は別の薬草の代替えとして考えている。
温室の側にある小さめの薬草畑には通常、薬室で翔していない薬草がいくつかある。全てグラベルの研究対象だ。
自分が王都にいる間に、この研究を終わらせたいと思っている。なんとか間に合いそうだ。
「シャーリーも何か試したい薬草があったらここを使うといい」
「いいのですか?」
「ホルック領の薬草園に試すにも、いきなりは無理だろう。だから、ここでいろいろな条件で育てて試してからの方がいいと思う」
「そうですね。ホルック領の薬草も生育にバラツキがあるるようで心配していたのです。上手くいかないなら植える薬草を変えた方がいいかと」
「確かに、気候の違いはあるから全て同じとはならないだろうな」
今後のことを考えるとあらゆる環境での対応も迫られてくる。予め準備しておくのもいいだろう。
「国中の薬になる材料を作るのですよね」
「そうなったらいいと思っている。ただ、ホルック領だけではできないからいずれ別の領地でも作ることになる」
「気候によって着く薬草を変えると言うことですね」
シャーリーは薬草畑を見つめている。何か試したい物があるのかもしれない。それなら好きなだけやってみた方がいいだろう。
「何か試してみたい物があればいいぞ。協力する」
「はい」
シャーリーの目が輝いている。
きっとこの薬草畑もシャーリーの力になるのだろう。
薬室に戻るとカルロが薬を作っていた。
「おかえり」
カルロが声をかけてきた。
「ただいま、ローレンスは?」
「事務室にいるよ」
「報告書?」
グラベルは聞いてみた。ここ数日徹夜をしているようだ。
薬室長は陛下の体調が良くなくて、サイモン医師と交代で付き添っている。
「そう、薬草を育てる人がいないようだね」
「人か……」
グラベルはここでも流行り病の影響が出ているのかと思った。
先日とうとう、小さいが暴動が起きた。農民たちの暴動だ。
農民たちは流行り病で人手不足に陥った領主たちに高額賃金を要求してきた。しかしそれを認めると領主たちの生活が危うくなる。
領地をしっかり管理してもらわないと国を治めるのも難しくなる。
領主には農民の要求には答えないようにと陛下が命じた。
それでも、農民たちは流行り病の混乱に乗じて領地から逃げ出す者、領主に無謀ともいえる要求を突きつける者と領主を困らせていた。
王都へ逃れてきた者たちをグラベルは騎士団に命じて徹底的に調べ上げ、元の雇主である領主のところへ送り返していた。
領地に残って高額賃金を要求していた者たちが暴動を起こし王都に被害が出た。その報告を聞いて陛下が倒れてしまったのだ。
いくつかの対策を用意していた。
領主の現状を把握する為にいくつかの領地へ視察も行った。
暴動を起こした農民の領地は近いうちに行こうと思っていた場所だった。
暴動は比較的早く治めることは出来たがその領地ではまだ燻り続けている。
このままでは他の領地でも同様のことが起こりかねない。やはり、もう少し視察の日程を多く組まないといけないのかと考えていた。
その時、薬室長が自室から顔を出した。
「グラベル、ちょっと」
呼ばれて薬室長の部屋に行く。
「陛下の体調が良くならない。薬を変えようと思う」
「やはり駄目ですか」
先日の吐血も驚いたが、あれで陛下の体調は皆が思っているよりも悪化しているのが分かった。
少し休んでもらいたが、頑なにそれを拒んでいる。陛下は王妃が死んだのは自分のせいだと責めている。
なんとか休みをとってもらいたいのだが。
「グラベル。サイモン医師も治らない病気ではないと言っている。大丈夫だよ」
グラベルの不安を気遣ってくれているのがわかる。
「なんとか休みを取ってもらえるように説得してみます」
「頼んだよ。私はこれからサイモン医師と皇太后様に薬を変えるお許しをもらいに行く」
「お願いします」
グラベルは薬室長の部屋を出ると事務室には戻らず王宮の執務室に向かう。
「グラベル様」
執務室に行く途中、ベルク侯爵に会った。どこかへ書類を持っていく途中なのだろう。書類が入った木の箱を手にしていた。
ベルク侯爵が何か言いたそうにしていたのでグラベルは執務室に誘う。
「グラベル様、陛下の薬を変えることになりそうです」
「先程、薬室長から聞きました。体調が良くならないと言われて」
「食事を殆ど取られていません。サイモン医師が処方する薬でかろうじて栄養を取れているようですが」
ベルク侯爵も陛下の体調が良くならないことを焦っている様子だ。
「陛下に休んでもらうことは出来ないですか?」
グラベルはベルク侯爵に聞いた。
「仕事が溜まっているのです。私たちも出来るだけやってはいるのですが、追いつきません」
「皇太后様にお話をしてきます。陛下に休んでもらわないと、この先の行事にも障りがあります」
「その間は?」
陛下を説得するにもそこが一番問題だろう。陛下の代理はベルク公爵でも担うことは出来ない。
「私が代わります」
グラベルが陛下を休ませる為に自分が代わりをすると告げる。ベルク侯爵は有り難いと安堵する。
グラベルは一旦着替えて、皇太后の部屋に行く。
丁度、サイモン医師と薬室長が出てくるところだった。
「サイモン医師」
サイモン医師と薬室長は疲れた顔をしていた。薬を変えることを反対されたか?
「グラベル、こっちへ」
サイモン医師に言われ、三人は皇太后の部屋から少し離れた場所へ移動する。
「グラベル、薬の変更は認めてもらえなかった」
薬室長が言う。
「これ以上、体の負担になることはしないで欲しいと言われてしまったよ」
負担……。
サイモン医師は別の方法を考えないといけないと言い出した。
「陛下にお休みしていただくため、皇太后様を説得してきます」
「陛下の仕事は?」
サイモン医師が聞いてくる。
「私が暫く代理をします。サイモン医師、陛下はどれ位休めば良くなりますか?」
「そうだな、取り敢えず三週間くらいは完全に休みを取ったほうがいいだろうな」
サイモン医師の答えに、一瞬戸惑うが仕方がない。
「薬室長」
「薬室は大丈夫だ」
薬室のことが気になったが薬室長の言葉でグラベルは安心した。
サイモン医師たちとわかれてから、皇太后の部屋を訪ねた。
「皇太后様、今いいですか・」
青白い顔をした皇太后が椅子に座っている。
「グラベル、陛下はそんなに悪いの?」
不安な表情で視線はグラベルを見ていない。
「はい。食事もあまり摂られていないようです」
「どうしてこんなことに」
「皇太后様。今、陛下に必要なのは休養です。私が代理を勤めますので、こうたいごうさまからも陛下に休むように言ってはもらえませんか?」
皇太后はグラベルをみて驚いていた。多分、自分からこんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。ずっと政に関わらないようにしてきた。
流行り病がおきて人手が足りないからと言う理由から最近は陛下の代理として領地の視察などをしていた。しかし、今グラベルは陛下の仕事の全てを請負うと言っているのだ。
「休めば治るのかしら?」
「どこまで治るかはわかりませんが、三週間ほど休みを取った方がいいとサイモン医師は仰っていました」
「三週間も」
皇太后は余りにも長い期間に更に驚いていた。
「ここで無理をしてこれ以上、体を壊してはなりません。今、休めば元のようにお元気になります」
「そうね。陛下にはまだお元気でいただかなければいけないのよね」
「陛下の説得お願いできますか?」
グラベルは自分も一緒に行きますと言った。
グラベルは重い足取りで薬室に戻る。
「グラベル、その格好」
カルロが声をあげた。シャーリーは薬を作っていた手を止める。
グラベルは公爵の時に着る服装だった。さっき、皇太后と一緒に陛下に会いに行っていた。休みように説得する為に。
「グラベル?」
薬室長が部屋から出てきた。
「薬室長、休みを取ってもらえることになりました」
「本当?」
「はい。但し、三週間だけです」
「三週間……」
薬室長は考え込んでいる。その間に陛下の体調を戻さなければいけない。薬も変えることは許されていない。
「カルロ、シャーリー、明日から三週間、陛下の代理をすることになった」
「陛下、そんなにお悪いの?」
カルロが聞いてくる。
「サイモン医師の見立てでは三週間は休まないといけないそうだ」
「三週間で治る病気?」
「それはサイモン医師と薬室長にかかっている」
「治らなければどうなるのですか?」
シャーリーが恐る恐る聞いてきた。
「治らない病気ではないとサイモン医師の見立てなので大丈夫なのだが、どこまで治るか分からない」
薬室に重い空気が立ち込める。
「グラベル、薬室のことは僕とシャーリーでなんとかするから安心して」
カルロが言ってくれた。有り難いと思う。
「シャーリー、これを。それと、あの薬草畑を頼んでいいか?」
グラベルは今までの研究してきたことをまとめたノートをシャーリーに渡した。
「しっかり管理します」
「シャーリー、陛下の薬は私が全部引き受けるから、カルロと一緒に薬室をお願い」
薬室長に頼まれ、シャーリーの顔が引き締まる。
「あっ! ローレンス様は?」
シャーリーが見渡す。
カルロが急いでローレンスの事務室を覗く。
「寝てた」
戻ってきたカルロが言う。
「カルロ、シャーリー。ローレンスのこともお願い」
薬室長は付け加えた。




