陛下の薬
ローレンスがブラン殿に薬草の管理を教えている。
カルロは既に次の薬草の種付けの計画を考えていた。
シャーリーは自分の担当になった薬草畑の手入れに勤しむ。
グラベルはまた何処かへ出かけてしまった。
「おはようございます」
シャーリーが薬室に行くと目の下に隈を作ったローレンスが立っていた。
視線だけを動かしてシャーリーを捉えると「おはよう」とだけ言う。
「ローレンス様、どうされたのですか?」
シャーリーが心配になって聞く、
「地方からの報告書の対処方法を薬室長に見せたけど、ダメ出しされた。もう三回目だ」
ローレンスがフラフラになりながら自分の事務室に戻っていった。
本当に大丈夫なのかと見ていたらカルロから大丈夫だと言われた。
「対処方法は一番効果のあるものを出さないといけないのだけど、違うのを出しているのだと思う。シャーリーも練習していたからわかるよね」
「あっ!」
カルロの言葉で思い出した。
シャーリーはホルック領の事に気を取られすぎて、グラベルから言われていた報告書の回答をまだ出していないことを思い出し慌てて事務室に行く。
「シャーリー、おはよう」
扉を開けるとグラベルがいた。
久しぶりに見る顔に懐かしさと嬉しさで笑みが溢れる。
話したいことがいっぱいあるが、グラベルが手にしているものをみて落ち着かない。シャーリーが提出しなければいけない報告書の回答だ。
「よく出来ている。合格だ」
ほっと息をする。
「グラベル様戻られていたのですね」
「昨夜遅くに戻っていた。今朝は、陛下のところに行っていたから」
報告でもしてきたのだろうか。
「グラベル様、ホルック領の薬草は育つのでしょうか」
シャーリーは不安を口にした。
「種付けは上手くいったのだよな」
「はい。カルロ様が説明をしっかししてくださったおかげで」
「なら、問題ない。予め収穫量が少なくなることを想定して多めに種付けをしているから大丈夫だ」
「少なくなる?」
「最初だけはどれだけ収穫できるか読めないから。それと収穫や運搬時に薬として使えなくなることも考えてローレンスが多めに計算しているから心配しなくてもいい」
「ブランデン様に薬草管理の手順書をお渡ししたのですが、それも大丈夫なのか心配になって」
ずっと、グラベルに見てもらいたいと思っていて出来なかったことを話してみる。
「誰かに見せたか?」
「薬室長に」
「何も言われなかったのだろう。それなら安心していい」
シャーリーはグラベルに見てもらい、直接大丈夫だと言ってもらいたかった。忙しいグラベルにそれを言って迷惑をかけてはいけないと思い直す。
シャーリーは次の種付けの手順書の準備を始めた。
「薬を作ってもらいたいのだが」
グラベルが手順書を書いていたシャーリーに言ってきた。
「どんな薬ですか?」
シャーリーはグラベルの体調でも悪いのかと気になった。
「陛下が飲まれる薬を」
シャーリーは後退りをしながら断る。見習いの自分が手を出していいものでもない。シャーリーは絶対無理だと断る。
「いつも作っている薬と変わらない」
変わらないわけがないとシャーリーは首を横に振る。グラベルは諦めることなく言う。
「無理です。誰か他の人をあたってください」
シャーリーは必死に抵抗する。
「今まで、薬室長と私が作っていたのだが、私がいないことが多くなってきたから代わりにと言われている」
「分かりました」
シャーリーは諦めた。
グラベルの足手まといにならないため、自分に出来ることはグラベルを手伝うことだけだ。
自分が代わりを務まるのか不安もあるがやるしかないのだろう。
「早速作ってみようか」
グラベルは嬉しそうに指示を出す。
シャーリーは言われるまま薬草を粉末にする。
「これはなんお薬ですか」
シャーリーは調合が違うのではっきりとした薬名がわからなかった。
「睡眠薬だ」
シャーリーは振り返ってグラベルを見る。どう言うことだろうか。
「寝つきが悪い。もうずっと。それが元で食欲も落ちて痩せてきた」
シャーリーは先日陛下に会った時のことを思い出す。
確かに顔色が悪かった。それに少し痩せたようにも感じていた。
グラベルはあまりこのことを公にしたくないと言って、薬室長かグラベルが陛下の薬を作っていると言った。
「私がそのことを知っても大丈夫なのですか?」
「陛下からお許しを頂いている。大丈夫だ」
陛下の薬は色々取り決めがあり、サイモン医師から直接依頼が来ること、サイモン医師が側近の立ち合いのもと薬を作り陛下の所へ持って行くらしい。
今日はグラベルが側にいるのでサイモン医師も側近もいない。
緊張してきた。手も震える。
サイモン医師や側近の立ち会いは監視だろう。陛下の薬に毒を盛らせないための。おまけに陛下の元まで薬を運ぶとなれば、そこで何かあれば自分が疑われる事になりかねない。
「心配しなくてもいい。シャーリーが作るのは睡眠薬くらいだ。それ以外の薬は薬室長が作ってくれる」
シャーリーの不安に気づいたのか、グラベルはそういうが不安は残る。しかし、これもグラベルのためだと自分に言い聞かせて薬を作った。
出来上がった薬を持ってサイモン医師の所へ行く。グラベルも付いてきてくれる。
「では、行こうか」
サイモン医師の言葉で侍女たちが鞄を持つ。
サイモン医師の後ろにグラベルとシャーリー、その後ろに診療所の侍女二人が付いてきた。
陛下の私室に行くと椅子に座る陛下がいた。
前より顔色が悪い。シャーリーが最初に気がついた事だ。
サイモン医師の診察を間近に見ている。大丈夫なのだろうかと心配になり、グラベルをみると大丈夫だと返ってきた。
サイオン医師が侍女に何かを伝えると、シャーリーのところへきた。
「シャーリー、薬を」
グラベルに促されて侍女に薬を渡す。
侍女はシャーリーの作った薬をサイモン医師に渡す。
サイモン医師はそれを確認してからベルク侯爵に渡し陛下に薬を飲ませる。
陛下はグラベルとベルク侯爵にさせられながらベッドに行き寝かされる。暫くすると静かな寝息が聞こえてきた。
「シャーリー、明日から毎日夜の検診時に先程の薬を作って欲しい」
サイモン医師に言われ、シャーリーはグラベルを見る。
「立ち会いは私がするから安心していい」
グラベルが言う。
ベルク侯爵からもお願いされる。
グラベルがいないときに陛下に何かあったらと考えてのことだと伝えられた。
「分かりました」
シャーリーは静かに頭を下げた。
シャーリーは薬を作っている。それも陛下のだ。
緊張して何度も確認しながら作っているとグラベルに笑われた。
「私が飲む薬と言ったらこんなに緊張しないだろう」
そんなことはない。多分、グラベルが飲むと言われても同じくらい緊張するだろう。
近くにいる為、忘れていたがグラベルは王族なのだと昨日改めて認識した。
「大丈夫なのでしょうか?」
シャーリーの言葉にグラベルは難しい顔をした。
「これ以上、無理はさせられない」
「グラベル様の別件はいいのですか?」
シャーリーの薬作りに付き合わせているような状態になっているグラベルを気遣った。
グラベルがやっているのは今後やってくるかもしれない食糧不足だ。病気もそうだが、食料が足りなければいろいろな問題が出てくる。その為の対処だと言っていた。
「別件は出来ることはやった。後は領主たちに任せたからなんとかなるだろう」
「では、暫く薬室に?」
「やり残したことがあるから、暫くここだ」
シャーリーはやり残したという言葉に反応する。グラベルが薬室を去る日が近づいている。唇をかんで薬を作る。
シャーリーが薬を作り終えるとグラベルと一緒にサイモン医師のところに行く。そしてサイモン医師と共に陛下の私室に行き薬を渡す。
そんな毎日が続いていた。
シャーリーは午前中に薬室の薬草畑を見回り、騎士団から依頼される薬を作る。
午後はホルック領の薬草畑に必要な情報を書き出しブランデンに渡す手順書を作る。
早い薬草だともう少しで収穫できる。
グラベルが言っていた通り、薬草畑では薬草の育ち具合にバラツキがあった、
カルロが次の薬草の対策をいくつか出してくれたのでそれを手順書に加えていく。
ドアのノックする音が聞こえた。
誰だろうと振り返る。
「シャーリー殿、今すぐこの薬を作ってください」
入ってきたのはベルク侯爵だ。
グラベルの字で薬の作り方が書かれた紙を渡された。
「どうされたのですか?」
ベルク侯爵はドアを閉めて、小さな声で言った。
「陛下が倒れられました。薬室長は外出中で、ウィルゼン公爵は今、陛下の側にいます。すぐにこちらに来られるそうですが先に出来るところまで作るようにとウィルゼン公爵からの伝言です」
ベルク侯爵が言い終わる前にシャーリーは席を立って薬作りの準備を始めた。
薬室にいき材料を揃える。ベルク侯爵は薬草一つずつ確認していく。
急いで事務室に戻り薬草をすり潰す。
睡眠薬でない薬だ。
本来シャーリーが作ることはないと言われたものだが、陛下が倒れたと聞いて体が勝手に動いていた。
涙が出そうになるのを必死に堪えて薬を作る。
「シャーリー、すまない。遅くなった」
グラベルがやってきた。
薬作りを代わり、シャーリーは補佐に入る。
急いで薬を作りグラベルはベルク侯爵と部屋を出るとき声をかけられた。
「シャーリーも一緒に」
シャーリーは二人の後ろをついていく。
陛下の部屋につくとサイモン医師が陛下の側にいた。
ベッドに横たわる陛下の顔色は昨日よりさらに青白くなっていた。
「サイモン医師、薬を持ってきました」
グラベルが薬を渡す。
侍女がサイモン医師から薬を受け取り、コップに入れお湯を注ぐ。
グラベルとベルク侯爵が陛下の身体を支えながら薬を飲ませている様子をシャーリーは部屋の隅で見守っていた。
辛そうにしながらも薬を飲も干した陛下を見てシャーリーは少し安堵する。しかし、弱々しく辛そうな姿を見続けることが出来なくて顔を伏せてしまった。
眠れないと聞いた。食欲もないと。自分の作る睡眠薬でゆっくり休んでほしいと願った。睡眠薬を飲んでも眠れない日もあると聞いていた。
「シャーリー、戻ろう」
グラベルに声をかけられてシャーリーは顔を上げる。
陛下は眠ったようだ。
シャーリーは小さく頷くとグラベルの後ろをついて部屋を出た。
グラベルは薬室とは違う方向へ歩いていく。
「グラベル様」
シャーリーが声をかけると「こっちだ」と言ってまた歩き出す。
陛下の部屋からいくつかの角を曲がった先の部屋に入る。
「私の執務室だ」
グラベルが部屋の中央に置かれたテーブルを指し、座るように言う。
椅子に座るとサラが紅茶を持ってきてくれた。
シャーリーが驚いていると、呼ばれてきたと言った。
グラベルは椅子に座るとため息をついた。
「さっき、陛下は吐血された」
「私が聞いても大丈夫なのですかか?」
陛下の病状を側近でもないシャーリーが聞いてもいいのか心配になる。
「陛下の薬を作る者として知っておいてもらいたい」
「はい」
「精神的なものらしい。ゆっくり休む間もない日々がつづいているから疲れも溜まっているのだろう」
グラベルは誰かに聞いてもらいたくて言っているのではないかとシャーリーは思った。
それなら自分はあくまで聞き役だ。静かにグラベルの話に耳を傾けた。
陛下も大変だが、グラベルもきっと大変な思いをしているのだろうと感じた。
「少しでも支えになりたいと思っているのだが、上手くいかないな」
悲しそうに話すグラベルにかける言葉が見つからない。シャーリーはただグラベルの側で話を聞き続けた。




