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伯爵の娘

 グラベルは早朝から刈り取った薬草を乾燥させる為に種類ごとに並べ天日干しにしていた。午後からも薬草を取りに行く予定だ。のんびりしていられない。


「お待ちください!」


 何処からか声がする。ここで声を荒げるとは珍しいと思い顔を上げ辺りを見渡す。

 スカートを持ち、走り寄ってくる者が見えた。グラベルは何事かと身構える。


 走って来たのは若い娘で、グラベルの前に来るとハアハアと肩で息をしながら話しかけてきた。


「薬剤師様でしょうか?」

「確かにそうだが」


 薬草を手にグラベルが答えたと同時に門番が追いつき、両腕を掴まれた娘は門番二人に連れて行かれる。娘は何やら叫んでいたが、その内容は聞き取れなかった。

 なんだろうと思ったが、グラベルには今日中にやらなければいけない事がまだある。それに構っている暇はなかった。長い三つ編みを揺らしながら目的の薬草畑へ急ぐ。



 グラベルは翌日も早朝から薬草を刈り取っていた。

 薬草には薬効が一番効果のある採取する時間帯があり、昨日と今日はその薬草を刈り取る為に日の出前に薬草畑に来ていた。

 陽が昇り辺り一面を照らし出す。静寂に包まれながら動き出すのを待ちかねていたように薬草が輝きを見せる。息をするのも忘れてしまうくらい見入ってしまった。グラベルはこの瞬間が好きだ。


 昨日取った薬草は全て天日干しにした。夜は室内に入れ、朝になったらまた外に出し天日干しにする。それを繰り返して乾燥させたものを粉末にしたり、煮出したりする。薬になるまでの下準備がかなり大変だがその作業すら楽しい。


 午前中に早朝刈り取った薬草を天日干しにして、午後からまた別の薬草を刈り取りに出かけようとして、また昨日と同じ叫び声がした。


「お待ちください!」

 こちらに走って来る娘とそれを追いかける門番。

 今日はグラベルの元に来る前に門番に捕まっている。

 王城の門番は優秀だ。連れて行かれるということは何か理由があるのだろう。

 グラベルは深く考えるまでもなく、そのまま何事もなかったかのように薬草畑へ急いだ。面倒ごとを避けるためでもある。



 グラベルは室内から天日干しにする薬草を運び出していた。昨日と言うより日付けが変わって夜中に採取しなければいけない薬草があった為、今日は殆ど寝ていない。睡魔と戦いながら薬草を運び出し、その薬草を裏返しにしながら乾燥の度合いを確かめていた。


 また聞こえる……。


 声のするほうを見る。最近、毎日のように走って来る娘とそれを追いかける門番。

 走って来る娘はどうやら、伯爵の娘だと門番が教えてくれた。

 伯爵の娘は薬剤師になりたいと言っていつもこの薬室のある一画に入り込むようだ。

 門番が薬剤師になるには試験を受けなければなれないと何度言っても聞かず、入り込むようでいつも門番が追いかけることになっているらしい。


 あの娘のことは門番に任せておけばいいだろう。伯爵令嬢が薬剤師になりたいと言うのは一時的なものだ。そのうち諦めるはずだ。


 グラベルは面倒なので、逃げるように籠を持って薬草畑へ向かう。途中、風に乗っていい香りがした。

 自然とその香りの方へと足が向いていた。薬草園の外れにある金木犀の香り。


「もう一年になるのだな」


 一年前、金木犀が香るこの時期に王妃は亡くなった。

 病の兆候が出たのは金木犀の花が咲き始めた頃。

 薬剤師たちは薬をかき集め、医師は最善の治療をしようとしたが、王妃は民を優先するようにと言って頑なに薬を飲もうとしなかった。

 あの時、薬は底を突きかけていた。王妃はそれを知っていた。だから民を優先するように言ったのだ。

 病はあっと言う間に王妃の身体を蝕み、十日も経たないうちに亡くなってしまった。

 その時、金木犀の花は咲き誇り辺りに甘い香りを撒き散らしていた。

 グラベルは薬草を入れる籠を抱えて金木犀を眺める。


「貴方もここに来ていたのですね」


 グラベルは振り返り頭を下げる。声でその存在は分かった。

「皇太后様」

「顔を上げてちょうだい。義理とはいえ、貴方の母ですよ」

 グラベルはそっと顔を上げる。優しく微笑む皇太后はグラベルにとって、ずっと変わらない育ての母の顔をしている。


 グラベルの産みの母は前国王が亡くなる前年に病で亡くなった。グラベルは母が亡くなり、父である前国王は体が弱っていたため、自分の立場が不安定なものになった。実際、命を狙われたり、政に担ぎ出されそうになった。


 幼いグラベルは母が亡くなっても人前で弱みを見せることも出来ず、この金木犀の木の下で隠れるように泣いていた。兄も一緒に泣いてくれた。大丈夫だからと、自分が側にいるからと言って。兄の母はグラベルを引き取り、兄と同じように扱ってくれた。その兄の母が皇太后だ。


 兄が国王になった時、グラベルは重臣となりこの国を支えてほしいと言われたがグラベルは断った。

 自分が重臣になれば争いが起きるかもしれない。それは避けたかった。それに病で亡くなった母のことをおもい、グラベルは薬剤師の道に進むことを決めていた。

 陛下と皇太后にそのことを話すと二人は快く送り出してくれた。但し、何かあったら必ず助けてほしいと二人から強く言われている。自分もいつも優しく接してくれた兄と義母が困っている時は力になりたいと思っている。


「もう一年経つのね」

 何処寂しそうに話す皇太后は金木犀の枝にそっと触れた。小さな花がいくつかヒラヒラと地面に落ちる。

「グラベル、結婚は考えていないの?」

「何度も申し上げた通り、私は薬剤師として一生を捧げるつもりです」

 皇太后は寂しげに「そう」と言うと、どこか遠くを見ているようだった。


「陛下は王妃を亡くされて一年経つけど、今のところ新しく王妃を迎える様子はないわ。貴方まで妻を娶らないとなったら、跡を継ぐ者がいなくなってしまいます。考え直す気はないかしら」

「陛下はもう暫くしたらお元気になりましょう。そしたら、新しい王妃も迎えることが出来ます。焦らず、ゆっくり待ちませんか」

 陛下はまだ二十七歳で十分若い。

「そうね、貴方は王になるつもりはなかったのよね。ごめんなさい」

「皇太后様、私は王の器ではありません。それ故、薬剤師として王をお支えすることにしたのです」

 そのだったわと言って皇太后は帰っていく。


 グラベルは皇太后の不安を慮る。陛下も今、不安定な立場に置かれている。

 流行り病が起きたのは神が陛下を王と認めていないからだと言い出す者も出始めていた。


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