冬の流行
シャーリーが煮出した薬草汁が入った鍋をかき混ぜている。いつもの如く真剣な眼差しで、丁寧な仕事ぶりだ。
鍋の中を時々確認しながらグラベルは果実の実をすり下ろした。
木の器には既にかなりの量がすり下ろされていて、すり下ろした搾り汁だけを使う。
鍋の中にグラベルが作った果実の搾り汁と予め作っておいた薬草の粉末を入れ混ぜ合わせた。暫くすると鍋の中身が固くなってくる。
「おろしていい」
グラベルが言うとシャーリーは鍋を火からおろして器に移し替える。
「この後は冷まして固まったら粉末にするのですね」
「もうすぐ冬風邪が流行る。その時は薬剤師全員で薬作りをすることになるからしっかり覚えてほしい。あと、体調管理はしっかりしておくように」
睡眠不足はダメだからと付け加えておく。
「はい」
「本当に分かっているのか?」
疑い深くなる。シャーリーは毎日夜遅く図書室で本を読んでいるのを知っていた。
「気をつけます」
シャーリーは肩をすぼめて返事をする。
「もう一種類練習しておこうか」
グラベルは別の薬作りを始める。
シャーリーが新しい鍋に果実をすり下ろしたものを入れ火にかける。そこに三種類の薬草の粉末を入れ煮詰めていく。
火からおろし、器に移し替える。冷めると結晶化するのでそれを粉末にする。
シャーリーは器の中のものが本当に固まるのかと気になっているようで何度も器の中を突いている。
「始めに作った薬も次に作った薬も追加で入れるタイミングが重要になってくる。間違えたら薬にならない」
最初に作った薬は本来の風邪薬で、次に作った物はその代替え品だ。薬草が足りなくなったときに使用する。
どちらも覚えておく必要があるもので、多分もうすぐ流行り出すだろうと予想している。それまでにシャーリーに覚えてもらいたくて、ここ毎日必要な薬草の管理と処理を教えていた。ある程度、材料が揃ったので、今日始めて薬作りを試してみたが、上手くいったようだ。
先程からシャーリーがヘラで固まったかを確かめている。
「こちらの器に移し替えて粉末にするといい」
グラベルはすり鉢を渡した。
シャーリーはすり鉢に移し替えながら固まっていることに関心して嬉しそうに固まった薬を粉末にした。
「楽しそうだな」
思わず漏れた。
「楽しいです」
笑顔で返ってきた。
グラベルは笑いながら湿布を用意していると不思議そうな顔をされた。
「今日一日、ずっと腕を使っていただろう。多分、明日は筋肉痛だ」
シャーリーは自分の腕を曲げたり伸ばしたりしている。既に疲れは出ているのではないか?
今日は早く寝るようにと言うとそうしますと珍しく素直に言った。
○○○
「流行り病の報告が纏まった。薬室にも一冊渡されたので順番に目を通しておくように」
薬室長に呼ばれ、薬室の四人が呼ばれ告げられた。
ローレンスが薬室長から冊子を受け取り自分の部屋に入っていく。シャーリーがグラベルを見ている。
「シャーリー」
グラベルはシャーリーを呼んで事務室に入る。
「この間、午後から抜けたことがあっただろ。その時、報告があった。あの冊子は三冊あって診療所のサイモン医師と薬室長に一冊ずつ渡した物だ。もう一冊は私の私室にあるからそれを読めばいい」
「私が読んでもいいのでしょうか」
「ローレンスの後はカルロが読む。それに薬室の者はその事を知っておいたほうがいいと判断して薬室長に渡した。今後必要になってくることもある、出来れば読んでおいてほしい」
シャーリーは頷いた。
そういえば、婚約者を流行り病で亡くしたのだったな。まだ、忘れられないのか。無理もない。陛下もまだ心に傷を負っているのだから。配慮を忘れていたとグラベルは反省する。
○○○
夕食の時、シャーリーに例の冊子を渡しながら聞く。
「辛い事を思い出すのなら、無理に読まなくていい」
グラベルが言うとシャーリーは驚いた顔をした。
「忘れていました」
何を? と聞こうとしたらシャーリーから話し始めた。
「婚約者が亡くなったことを」
えっ? グラベルは何を言い出すのかとびっくりした。婚約者という関係を持った事がないのでよく分からないが、そんなに簡単に忘れるものだろうかと不思議に思っていたら。シャーリーから薬剤師になる事に必死で忘れていたと言う。
「では、どうしてあの時悩んでいる様子だったのだ?」
薬室でシャーリーはグラベルと距離を感じたと言う。
あの時のグラベルは薬剤師ではなく、ウィルゼン公爵だったと。その時、自分の接し方は良かったのかと不安になってきたそうだ。
「薬剤師グラベルの部下で、ウィルゼン公爵とカーネル伯爵令嬢は恋人のふりをするのではなかったか? そう考えれば今までの行動は何の問題もないと思うが」
シャーリーは本当にいいのかと更に迷い出している。そういえば、それらしく振る舞うと言っていたが、そんな時間も機会もなかったことを思い出す。
「年明けに王宮で夜会が開かれることになっている。シャーリーにも招待状が届くから、それらしく振る舞ってみないか?」
「それらしくって?」
シャーリーは瞬きを繰り返していた。
「恋人のふりだ。そろそろ、それらしものを見せておかないとカーネル伯爵はまたどこからか縁談を持ってくるだろう」
シャーリーをダシに使ったが、実はグラベルにもいくつか縁談がきていた。断る口実が欲しかった。
「グラベル様にも縁談がきているとお聞きしましたが」
シャーリーの目は冷たかった。
バレてた。
「断っても、何度もくるのだ。皇太后様からは恋人でもいいから作れとこの間言われて困っている。助けてはくれないだろうか」
グラベルは正直に言う。
「私も父から何度も聞かれます。利害一致ですね」
シャーリーが笑う。グラベルはこの関係は心地良く出来れば手放したくないと思い始めていた。
○○○
一週間後、冬風邪第一号が運び込まれた。
「薬の在庫の確認はできている? 薬草の準備は?」
薬室長から次々と確認と指示が飛ぶ。
「シャーリー、薬草を事務室に運んでおこう」
グラベルはシャーリーを連れて倉庫に行き、乾燥済みの薬草を運び出す。
ローレンスとカルロは果樹園へ薬に使う果実を取りに行った。
一日目が終わる頃、冬風邪の患者は王城で働く者だけで十人になっていた。
薬剤師三人が風邪薬を担当して作っている。
それ以外の薬は薬室長が全て担当してくれて、シャーリーは薬室長の手伝いをしながら、グラベルたちが作った風邪薬を袋詰めにしていた。
日に数回、依頼が来る。それをこなすだけで一日が終わる。
シャーリーにも疲れが見え始める。グラベルは心配になり休むように声をかけるが大丈夫と言って聞かない。
「頑固だね。誰かにそっくりだ」
薬室長は胃腸薬を作りながらグラベルに聞こえるように言う。
シャーリーは軟膏を作っている。サイモン医師が褒めていたのを薬室長は知っていて、軟膏と塗り薬はシャーリーの担当になっていた。
「薬室長、今日は少しだけ余裕があるみたいなので休憩にしませんか?」
気を遣ってローレンスが薬室長に聞いていた。
「そうだね。あまり根をつめると後が続かないから」
薬室長が、言うと薬室の隅にあるテーブルに集まった。
グラベルは果実の搾り汁、カルロはパンを、ローレンスはクッキーとジャムを出してくる。全て薬になる素材が使われている。
シャーリーはグラベルの搾り汁は以前飲んだことがあったが、ローレンスとカルロのは初めてだったので不思議そうに見ていた。
「子供は薬と分かると飲みたがらないから、別のものに入れたらどうかと思って」
ローレンスとカルロが言うと薬室長は何を使ったのかと聞きながらシャーリーに食べるのを止めるように言った。その時、二人は気がついたようだ。
「自分は痛み止めの薬効がある薬草を練り込みました」
カルロが白状するとローレンスも白状した。
「僕は頭痛に……」
「それは健康な者が食べても大丈夫だよね」
薬室長の目が二人を睨みつけている。
シャーリーはローレンスとカルロが出してきた食べ物を凝視していた。
グラベルは面白い光景だと静かに様子を見ていた。
二人はどの薬草を使ったのか薬室長に話した結果、食べても問題ないと判断された。
「あの、この痛み止めは筋肉痛にも効くのでしょうか?」
「効くだろうね。ただ、熱に弱い薬草を使っているから薬効は薄れるけど」
シャーリーは薬室長の言葉を聞いて「そうか」と呟きカルロが作ったパンを口に入れた。
「美味しいです。薬の味は殆どしません」
シャーリーの言葉に被せるように薬室長が薬効も完璧だといいのだけどと付け加えた。
ローレンスがしきりに自分の作ってきたクッキーを勧めていると薬室長は食べてもいいけど、薬効が効きすぎているはずだから本当の病人に食べさせたほうがいいと言うとシャーリーは手にしていたクッキーをそっと皿に戻していた。
グラベルは可笑しくて笑いだす。
休憩はグラベルが作った疲労回復効果のある搾り汁と痛み止めの薬効が薄いパンを食べて薬作りを再開した。
冬風邪は一か月くらいで少し収まったが、また患者が増えてきた。
「シャーリー、もう一つの薬の作り方覚えているか?」
「はい」
「今日からそちらを平行して作っていく」
グラベルはそろそろ常備している薬草がなくなりそうだったので代替え品に切り替えようと思った。
「シャーリー、こちらはいいからグラベルを手伝いなさい」
薬室長がシャーリーに伝える。
「騎士団に渡す薬を代替え品に変えていく」
グラベルは急いで準備を始める。
今日依頼のあった分から薬を作る。グラベルは薬を作りながら、シャーリーの薬作りを見る。
正規の薬もここ数日、シャーリーにも手伝ってもらっていた。大丈夫だと薬室長も判断してのことだ。三人て作るより四人で作ったほうが早くて量もできる。
城下でもかなり広がっていて、騎士団の中には簡易の診療所も用意した。その為、騎士団からの依頼が増えたことと、王宮の診療所からの依頼も増えている。
グラベルとシャーリーは毎日、私室には寝に帰るだけの生活が二か月ほど続いていた。
○○○
「サイモン医師から取り敢えず一旦終息したと連絡があった。皆お疲れさま」
薬室長から年末も押し迫ったある日の午後、四人が集められて告げられた。
「やっと終わった!」
ローレンスとカルロは床に倒れ込んだ。力尽きたそんな様子だ。
グラベルはシャーリーを見るとほっとした表情をしている。
「疲れただろ。今日は早く帰ろう」
「あっという間でした」
シャーリーは今まで気が張っていたのだろう、放心状態だ。グラベルはシャーリーの手を引いて事務室に行く。椅子に座らせると少しだけ表情が和らいだ。
「薬室を片付けてくるからここで座っていなさい」
既に動けないのか今日は素直に座っている。
急いで薬室を片付けて事務室に戻り、シャーリーを連れて帰った。




