薬室
薬室長から上司がグラベルだと聞いたシャーリーは俯いていた。
自分では嫌だったのだろうか。グラベルは不安になる。その理由をグラベルは事務室に入ってすぐにシャーリーに聞いてみた。
「上司が私では嫌なら薬室長に代わってもらえるように話をするが……」
「嫌ではないです。ですが、グラベル様の側にいてもいいのでしょうか」
「ずっと部下を持つように言われていたが、状況がなく叶わなかっただけだ。私の側にいていいのかという心配はしなくていい」
その言葉で少し安心したみたいだ。
グラベルはシャーリーを連れて薬草園を改めて案内した。
「薬草園には薬草畑や温室、果樹園があり、それぞれ担当があって管理している」
王城の南側に位置する薬室は王宮と通路で繋がっていて、その周辺に薬草畑や温室がある。更に西側に行くと果樹園がありそこには木々に実がなっていて香りもよかった。
グラベルは薬草畑に行き、今日用意する薬の材料をシャーリーに説明しながら採取する。
「騎士団も、ですか?」
「この前の流行り病で薬剤師や医師が減ってしまった。それで騎士団の薬を薬室が担当することになった」
「薬剤師が足りないのなら試験をして補充すればいいのでは?」
「優秀な人材が集まるとは思えなかった。それに薬室が欲しい人材は薬を作ることが出来る者だ。シャーリーも知っているように、サイモン医師の合格を貰えない場合、薬に触れることすら叶わない。薬剤師の試験に受かるだけではダメなんだ」
シャーリーがサイモン医師から合格を、貰えたのが凄い事だとグラベルは言った。
「私は役にたっている?」
「今、薬室に必要な人材は薬を作ることが出来る者だ」
グラベルは数日前から乾燥させていた薬草を二人ですり潰し薬を作った。
今日は急ぎの薬はないのでシャーリーの体調を見ながら薬作りをした。多分まだ寝不足だろう。目が赤い。今日は早めに帰らせたほうがいい。グラベルがシャーリーを見ていると目が合った。
「昨日、アーリシュ様からグラベル様とそれらしく振る舞えばいいと言われました」
シャーリーが部屋の隅にある、今日届けられたシャーリー用の事務机と本棚を見て言った。
陛下と皇太后からの祝いの品だ。グラベルげ薬剤師になった時にも送られたものと同じ。
それにしても昨日合格がわかって、今日の午後に机と本棚が届けられるとは。お二人はシャーリーが合格すると思われていたのか。
それにアーリシュは……。
それらしくとは恋人ということか?
「シャーリーはどうしたい?」
グラベルはシャーリーの気持ちを確認しておきたかった。シャーリーの父親は多分、自分との婚姻を望んでいるのだろう。それが叶わなかった時、シャーリーはまた誰かと見合いでもさせられるのか。
「私は薬剤師として生きたと思っていますが、父の考えは違います」
シャーリーは口を噤んでしまった。
「私もアーリシュの考えに賛成です。今は陛下にお妃様がいらしゃらないのでそちらに関心が寄っています。しかし、王妃が立たれた後はその関心は私に来ると思います。出来れば避けたいのです」
グラベルは前王妃が健在だった頃、常に縁談に話がきていて辟易していたことを思い出す。シャーリーは妙に納得していた。
シャーリーに好きな男がいれば話は違ってくるが、好きな男はいないと言った。
グラベルは一つ提案してみる。
「それらしく振る舞ってみないか。勿論、ここ以外で」
グラベルは仕事場である薬室や私室では今のままでいいと考えた。問題はそれ以外の場。
グラベルは公爵の地位にある、シャーリーも伯爵令嬢だ。王宮内で行われる数々の行事などは出席する。その時にそれらしく振る舞えば、煩わしさから逃げられると。
シャーリーも笑顔で了承した。
「皆を騙すようで申し訳ないです」
「私は縁談を断る口実に出来る。シャーリーも父から縁談の話をされることもなくなるのではないか?」
それに、陛下と皇太后から机と本棚が送られたことは数日中に広まるだろ。それも周囲が勝手に誤解してくれるとグラベルは言った。
○○○
薬室の壁一面にある薬棚の引き出しを開けて見せる。
「これから毎日、ここの薬を作っていく。勿論、王宮の診療所と騎士団の薬は平行して作るから少し大変だが、ゆっくり覚えていけばいい」
グラベルは敢えてゆっくりという言葉を使った。シャーリーのことだから、覚えるように言うと徹夜してでも覚えようとする。それを避けるためだ。
その後向かった薬草畑でカルロの趣味に遭遇した。シャーリーが顔を痙攣らせながら後退りをしている。
確か、今日はカルロの一番のお気に入りの収穫日だったはず。太陽の光を浴びて金色の髪は輝き、カルロは頬を染め薬草を見つめている。これは慣れるまで時間がかかるだろうとグラベルは笑いを堪えながら薬草の説明をした。
更に薬室に戻る途中、面白いものを見かけた。
「シャーリー、あそこ」
グラベルは少し先に薬草が天日干しされているところを指差した。
「あれは……」
ローレンスの昼寝だ。
薬草を入れる籠を抱えて薬草畑に寝転がっているローレンスを見かけた。
シャーリーはそっとローレンスに近づく。
パチッと目が開く。
「あっ」
ローレンスは気まずそうに声を上げる。
「あの……ここ、赤いです」
シャーリーが自分の鼻を指してローレンスに告げる。
「ええっ! 今日は日差しが弱かったから油断した!!」
薬室長に怒られると挙動不審になるローレンスを見てシャーリーは笑い出す。
ローレンスの昼寝は大丈夫そうだなとグラベルは安心する。問題はカルロか。
カルロの趣味はグラベルも慣れるまでかなり時間がかかった。薬室長に至っては未だに醒めた視線を投げかけるだけ。
シャーリーがカルロの趣味に寛容になってくれるのを気長に待つしかない。それでもシャーリーは楽しそうにしている。それがグラベルも嬉しかった。
朝、薬室に行くと既にシャーリーは来ていてボードに書かれた薬を記入していた。
その隣にはカルロがいる。二人は薬について話をしていた。シャーリーは楽しそうにカルロの話を聞いていた。普通の時なら大丈夫なのかとグラベルは思った。
「グラベル様、おはようございます」
事務室に入ろうとしたグラベルにシャーリーが追いかけてきた。
「おはよう。今日は何の薬が必要だ?」
「はい。傷薬と打撲の塗り薬、それと腹痛、熱冷ましです」
「それでは傷薬と塗り薬を先に作ろうか」
「はい」
シャーリーが薬剤師見習いとしてグラベルの部下になってから一か月たった。
薬室の薬棚にある薬の名前もかなり覚えている。
朝食はグラベルの居住する一画の食堂として使われている部屋で毎日一緒に摂っているが、シャーリーは薬室にグラベルより早く来ていた。その為、毎日必要な薬をメモしてその準備を一人で出来るようにもなっていた。但し、薬作りはまだ一人では不確かなのでグラベルと一緒に作るようにしている。
薬棚を確認する為、薬室に行き今日作る薬の数を調べる。
「塗り薬と腹痛の薬は残り僅かになっているから多めに作ろう」
グラベルが言うとシャーリーは薬草を入れる籠を持つ。二人は薬草畑に行き、傷薬と塗り薬に使う薬草を採取する。その帰りに薬草を保管している倉庫に寄り乾燥した薬草を持って薬室に戻る。
「グラベル様、出来ました」
騎士団が主に使用する傷薬と打撲の塗り薬は一番初めにシャーリーに教え込んだ。こちらは毎日必要になっている為、シャーリーは一人で作れるまでになっていてグラベルは最終確認だけしている。
「大丈夫だ」
グラベルが言うと嬉しそうに籠に出来た薬を入れていく。
腹痛の薬を作る時は側で見ている。そろそろ任せてもいいだろう。
「グラベル様、先程は何を見ていたのですか?」
シャーリーが乾燥した薬草をすり潰しながら聞いてきた。
「薬草畑に次に植える薬草を考えていた。薬草によっては同じ場所では育たない物もあるから、そうも考えて種付けをしないといけない」
「そういえば、薬草畑も殆ど刈り取っていますよね。いつもこんなに早いのですか?」
シャーリーが疑問に思うのももっともだ。本来ならもう少し収穫が遅い物もある。今年は全てにおいて早めに種付けをしていた。その為収穫も早まったのだ。
「昨年は薬草が足りなくなってしまったので、今年は薬草畑を増やした。その為種付けも早目にしたので収穫も早まった。出来れば、早目に芽吹く薬草をこの間に植えたいと考えている。やってみるか?」
シャーリーが目を輝かせて首を振っている。
「では、今日の薬作りが終わったら考えよう」
「はい」
全てに薬を作り終えて、グラベルはシャーリーに仕事を一つ増やした。
「今度から腹痛の薬は一人でやってみるといい」
シャーリーは毎日、目を輝かせて薬草の世話から薬作りをしている。楽しそうだ。
自分も薬剤師になりたての頃はこんなだったのだろうか。薬室長にかなりしごかれた記憶が蘇ってきた。
薬室長は厳しい。今でこそ、ローレンスやカルロもそれなりに仕事をこなしているが見習いの頃は毎日扱かれていたのを思い出す。
もっと厳しくしたほうがいいのか? 自問するが答えは分からない。シャーリーと目が合って不思議そうな顔をされた。
グラベルは誤魔化す為、急いで自分の机から薬草畑の図面を持って部屋の中央にある机に広げる。
その図面の上に小さく切った紙を乗せた。その紙今まで植えていた薬草名が書かれていた。
「これが今現在の状況で、これを元に次の薬草を植える場所を考える」
グラベルは薬草の詳細が書かれた本をシャーリーの側に置き、収穫時期も含めて薬草の配置を考えるよう言った。
シャーリーは薬草の収穫時期や環境を本で確認しながら薬草畑の図面に薬草名が書かれた紙を並べていく。その様子をグラベルは見守る。
「その薬草をそこに植えると、隣の薬草が日陰になるけどいいのか?」
「あっ!」
シャーリーは気づいたようだ。
背の高くなる薬草の隣に背の低い薬草を植えると太陽の光を遮る恐れがある。それで生育に差が出てはいけない。
そんなことを何度か繰り返しシャーリーは薬草畑の種付けの場所を決めた。
「いいと思う。これでいこう」
シャーリーは手帳に記入している。
「残りの薬草の収穫した後、種付けをしよう。果樹園の冬ごもりの準備もしないといけない。暫く忙しくなるから体調管理に気をつけるように」
「冬ごもり?」
「冬が来る前に追肥や根元に草を敷いたりするのだ。これをするのとしないとでは翌年の果実の実りが大きく違ってくる」
シャーリーは驚きながら手帳に記入している。
○○○
「また、ここにいたのか」
「知らない事が多くて」
そう言ったシャーリーは椅子に座って本を読んでいた。侍女のサラとメアリーに椅子に座るように散々言われて座るようになった。シャーリーのためにクッションや膝掛けなどが常備されている。
夕食を摂り風呂に入った後、部屋に戻ろうとして図書室の扉が開いているのが見えた。相変わらず、時間さえあればここに籠もって本を読んでいる。
グラベルも側の椅子に座る。
「楽しいか?」
「楽しいです」
シャーリーの答えはすぐ返ってくる。グラベルは安心した。
薬室長のように厳しくするのは自分には無理だ。それなら自分ができる範囲でシャーリーに薬室の仕事を覚えてもらえればいいと思った。
シャーリーは既に薬室の薬棚に入っている薬の名前は覚えている。後は順番に作り方を覚えていけばいい。
グラベルは楽しそうに本が読むシャーリーを眺めていた。
どんな薬剤師になるだろうか。未だにカルロの趣味には慣れていない様子だが、ローレンスの昼寝は興味があるようで時々見かけては近寄り観察している。
あの二人似ているかもしれない。そう思うとシャーリーはローレンスのようになるのかと考えた。昼寝ではないが、ローレンスが薬草籠を抱えているのと、シャーリーが今、本を読んでいる表情はよく似ている。
そのうち、本を抱えて眠るのではないかと思う。
グラベルは幸せだと思った。この時間が永く続けばいいと。




