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師弟関係

 グラベルは今、薬室長に言われた言葉に戸惑っていた。


 シャーリーは荷物を持って先に部屋へと戻っている。薬室にはグラベルと薬室長、ローレンスとカルロが残っていた。


「いずれ、この王宮を出て領地に行くのなら部下を持つことも必要な経験だと思う」


 確かに領地に行くことは既定路線だ。そこでも自分は薬剤師を続けるつもりでいる。

 実際、領地のは薬剤師は少ない。その為、自分で育てなければいけないことも分かっている。分かっているがシャーリーを部下にしても、王宮にいつまでいるか分からない自分につくよりは薬室長かローレンスの部下になったほうがいいのではないかと考えたいた。


「シャーリーは伯爵令嬢ですよね。私が部下に持つのは気がひけます」


 ローレンスが言うとカルロも自分ははまだ無理だと言ってきた。


「グラベル、貴方しか受け持つ人はいないのだよ。諦めなさい」

 薬室長から再度言い渡される。


 グラベルは自分の部屋に戻り、シャーリーの部屋を訪ねた。


「今いいですか?」


 シャーリーは既に荷物を纏めていて、片付けていた手を止めシャーリーはグラベルについて庭に出る。


「試験合格おめでとう」

「ありがとうございます。グラベル様には大変お世話になりました」

「家に帰るのか?」

 荷物を纏めていたのでもしやと思い聞く。


「はい。試験も終わりましたので」

「これからもここに住めばいい。家から通うのは大変だろう」

「でも、ご迷惑では?」

「王城の薬剤師たちは見習い期間も王城に住むことになっている。シャーリーがここに住むのは問題ない」

 シャーリーの視線からは戸惑いが見られる。


「侍女たちが合格祝いの準備をしているのだが……」

 シャーリーは何度か瞬きをした。今日はご馳走だと告げると嬉しそうに頷いた。


 グラベルが使っている王宮の一画、いつも食事をしている部屋にはグラベルとシャーリー、グラベルの側近のアーリシュとヨハンが集まり、侍女のサラとメアリーは次々と料理を運びテーブルに並べていく。グラベルが作った果実酒も並べられている。


「お酒は飲めるのか?」


 グラベルはシャーリーに聞くと「少しなら」と返ってきた。グラスに果実酒を注ぎ、シャーリーの側に置く。アーリシュとヨハンの分もグラスに注ぎ二人の側に置いてグラベルは自分の分をグラスに注いだ。


「シャーリー殿、試験合格おめでとうございます」


 シャーリーはアーリシュとヨハンからの祝いの言葉を噛み締めている。

 薬室にいたころより明らかに表情に柔らかさが戻っている。緊張が解けたのだろう。シャーリーから笑い声が出てくる。

 途中から侍女たちも入って、食事の時間は楽しく過ぎていった。


 片付けを手伝おうとするシャーリーに侍女たちは早く寝るようにと断っていた。

 グラベルはその様子を眺めてこういう生活も悪くないと思い始めていた。


 お風呂に入って、少し風にあたりたくて庭に出る。昨日まで見ていた建物の明かりはついていない。やはり、あの明かりはシャーリーだったと思う。


「グラベル様、今日はありがとうございました」

「今日の食事は、侍女たちがシャーリーのために数日前から用意していたものです」

「試験に受からなかったらどうなっていたのでしょう」

「侍女たちは絶対に受かると信じていたようだ」


 グラベルが笑いながら言うと、シャーリーは不安だったと口にした。薬室長から合格の言葉を聞くまで、自信がなかったと。

 報告書も薬草の処理も完璧なのにとグラベルは不思議に思う。


「そういえば、どうしてあの薬草を選んだのか?」

 グラベルはずっと気になっていたことを聞いてみる。

「あの薬草はグラベル様が一番初めに教えてくださった薬草でした。難しいのでと何度か練習もしていたのですぐにあの薬草だと分かりました」


 確かにグラベルは薬室長からもらった薬草一覧の中で一番紛らわしく、処理が難しいあの薬草の練習をシャーリーに何度かさせていた。

 グラベルはあれで良かったのかと少しだけ安心する。


 明日、薬室長からシャーリーに告げられるのはグラベルの部下になることだ。シャーリーはどう思うのだろう。心配ではある。

 シャーリーはもう少し庭にいるというのでグラベルは先に部屋に戻った。


 シャーリーは庭から薬室の奥に建つ建物を見た。

 昨日まであの建物にいたことが信じられない。やはり、ここからあの建物が見えていた。


 シャーリーは夜、不安になって眠れない毎日を過ごしていた。そんな時、あの建物の窓から見えるこの一画を眺めていた。そうすると落ち着き、眠ることが出来た。


「受からないはずがない」

 そう言ってくれたグラベルのためにもなんとしても受かりたかった。


 これで、父を説得する材料にもなる。取り敢えず、暫くは家の都合で振り回されることもなくなるだろう。少しの安堵感と高揚感がシャーリーの心を占めていた。


 足音がして振り向くとアーリシュが立っていた。

「グラベル様はご一緒ではないのですか?」

 シャーリーの側を見ながらアーリシュは近づいてくる。

「グラベル様はお部屋に戻られました」

 シャーリーが言うと、部屋に戻らないのかと聞いてくる。風邪を引きますよと。ここの人は皆、心配症で温かい。


「アーリシュ様、グラベル様はこのままこちらに住んでもいいと仰ってくださいましたがご迷惑ではありませんか」


 シャーリーはグラベルの側近のアーリシュの意見を聞いてみた。迷惑だと言われたらここを出よう。 グラベル様がどんなに進めてくださっても側近が反対するのを無視することは出来ない。


「迷惑だと思っておられませんよ。今、グラベル様に一番近しい女性はシャーリー殿です。この先、グラベル様への縁談も増えると思います。その時、シャーリー殿が巻き込まれないとは限らないのです」


 アーリシュは遠回しないい方をしたが、要はシャーリーの命が狙われることもあると言いたいようだ。


「グラベル様と私はそんな関係ではないのに」

 思わず呟いてしまった。


「グラベル様は幼い頃に両親を亡くされています。後ろ盾のない王族がどうなるか分かりますか?」


 シャーリーは怖くなった。

 皇太后が引き取るまでグラベルは命を狙われ続けたと言う。皇太后と陛下の後ろ盾を得た後も暫くは命を狙われ、グラベルを担ぎ出そうとする者もいたと言う。


「グラベル様は陛下を脅かす存在になりたくないから、一生独身でいると仰っています」

 グラベルが抱えるものが途方もなく大変なものだと理解して、もし父がこのことを知ったら、まだ誰かとの縁談を用意されるのかと気持ちが塞いだ。


「グラベル様の側にいることで、私達が貴方を守ることが出来ます。それに、貴方もグラベル様の側にいることでカーネル伯爵から逃れることが出来るのではないですか?」


 父の考えはお見通しと言うことだろう。シャーリーは一息つき、父の考えていることを話す。

「父はグラベル様の側に私がいれば、いずれ妃に出来ると考えているようです。それではグラベル様にご迷惑をお掛けしてしまいます」

「それらしく振る舞えばいいのです。グラベル様に来る縁談を断る口実にもなりますから」


 それとも誰か好きな人はいますか?と聞かれた。シャーリーは好きな人はいませんとはっきり告げる。アーリシュは少し笑って、それなら問題ないですねと笑った。


 結局アーリシュにも説得されるような形でシャーリーは引き続き、ここに住むことを決めた。


 翌日、グラベルと薬室に行くと薬室長から上司はグラベルだと告げられた。

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