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薬剤師見習い

 グラベルは今、自分の事務室でシャーリーと薬作りをしている。

 シャーリーが試験に合格したことを告げた薬室長からシャーリーが処理したもので薬を作るように言われた。但し、グラベルは教えるだけで手出しは無用。シャーリーだけで作るように言われたのだ。


「茎と葉から作った煮出し汁には穀物から作った粉を混ぜてペースト状にする。硬さは耳朶くらいだ」

 木の器に煮出し汁を注ぎ、粉を少量ずつ入れながらかき混ぜているシャーリーを見ている。ダマになっては使い物にならない。あくまでも滑らかにしっかりと混ぜ合わせなければいけない。

 慎重に粉を入れながら混ぜ合わせている。だんだん滑らかになってきているのが分かる。

「出来ました」

 シャーリーが出来上がったものをグラベルに見せる。

「ひと混ぜしてみてくれ」

 シャーリーは持っていた木ベラでひと混ぜする。

 出来上がったものに弧を描くように線が入る。

「大丈夫だ。それをこちらの入れ物に入れて完成だ」

 シャーリーは一息つく。


「次は花を乾燥させたものを煮出す。こちらは沸騰させてはいけないから火力を注意して見るように」

 グラベルは煮出すための道具を机の上に並べて準備する。シャーリーは鍋に乾燥させて粉末状にした花を入れ、水を注ぎ火にかけてゆっくりと煮出す。

「この薬は沸騰させては薬効がなくなる。絶対に沸騰させてはいけない」

 シャーリーは時々火を弱めながら煮出していく。その顔は真剣そのものだ。

 先程までの試験で疲れているはずなのに大丈夫だろうかとグラベルは心配になる。

 手を貸す事を禁止されているので何か理由があるのは分かる。

 量が半分ほどになったころグラベルは火を消すように指示を出した。鍋の中を見る。

「こちらも完成だ」


 煮出したものを冷ましている間に報告書を書くように言う。グラベルはその間に片付けを始めた。

「片付けは私がします」

 シャーリーが立ち上がり片付けをしようとしたのをグラベルは止めた。

「先に報告書を書きなさい。その間に片付けは終わるから」

 シャーリーはもう一度椅子に座り直して報告書を書き始めた。


「果樹園で取れたものだ」

 グラベルは先日取れた果実で搾り汁を作っていた。

「甘くて美味しいです」

 シャーリーが一口飲んだ。

「この果実は実を酒に漬け込んで薬にするのだが、甘みがあるので搾ってみた。疲れた身体には丁度いいと思って」

 グラベルはシャーリーの試験が終わったら出そうと思って用意したものだ。

 シャーリーが書き終えた報告書に目を通す。問題はないようなので冷ましていた煮出し汁を容器に入れ、薬室長のところへ行く。


「よく出来たね」

 報告書と出来上がった薬を見て薬室長は笑顔で言う。

「グラベル、シャーリーと一緒にこの薬と報告書を持って診療所のサイモン医師のところに行きなさい」

 グラベルは一瞬、眉をひそめた。

 シャーリーはこの後、何が起きるのかと不安そうな顔をしている。


「シャーリー、いきましょう」

 グラベルはシャーリーに作った薬を持たせて診療所へ向かう。シャーリーは何か聞きたそうだが、今は話す時ではないとグラベルは思う。

 診療所に着くと侍女が出てきた。

「サイモン医師にお会いしたい」

「お待ちください」

 侍女が奥の部屋に呼びに行ってくれた。


 暫くすると白衣を着た年配の男性がやって来た。

「サイモン様、薬室長から言われてこちらをお持ちしました」

 グラベルは報告書をシャーリーは薬を差し出した。

「そうか」

 サイモン医師はシャーリーから受け取った薬を観察して、報告書を読んだ後、もう一度薬を手にすると匂いを嗅ぎ、ペースト状の薬は自分の手の甲に塗っている。

「もう少しお待ちください」

 そう言うとサイモン医師は手紙を書き出した。その後、薬は侍女に渡して何か指示を出している。

 グラベルとシャーリーはその様子を静かに見ていた。

「薬室長にこの手紙をお渡ししてください」

 グラベルはサイモン医師から手紙と報告書を受け取るとシャーリーを連れて薬室に戻る。


「グラベル様、どういうことでしょうか」

 シャーリーが疑問に思うのは仕方がない。薬剤師でないシャーリーの作った薬を患者に使うとサイモン医師は侍女に指示を出していた。

「この手紙にその理由が書かれていると思う。とにかく急いで戻ろう」

 グラベルは歩く速度を速めた。シャーリーはまだ分かっていないようだがグラベルについて歩みを速めた。

 心が躍る。こんなにも嬉しいものなのかとグラベルは自分の心境の変化に驚きながら薬室を目指した。


「サイモン医師からの手紙を預かってきました」

 薬室に戻ると、薬室長の他にローレンスとカルロまでいた。

 薬室長は手紙を受け取り読む。

 グラベルは薬室長が次の言葉を待つ。

「シャーリー、サイモン殿からも合格を貰えたよ」

 シャーリーは理解できていなかった。

「シャーリー、合格だよ」

 グラベルが教えるがやはり分かっていないようだ。

「シャーリー、今日から薬剤師見習いだ」

 薬室長に言われてやっと理解したようだ。


 薬剤師の試験に合格した者は指定した薬作りをする。その薬と報告書を王宮の主席医師であるサイモンがチェックして合格した者だけが薬剤師見習いとして薬作りを許される。

 サイモンからの合格が貰えるまでは薬に触れることすら許されない。シャーリーはここで薬を作ることを許されたのだ。

 グラベルはここまでは想定していなかった。シャーリーが父親を説得出来る状況があればと思っていたが、薬室長はその先を準備してくれていた。


 ローレンスとカルロがシャーリーに労いの言葉をかけている。シャーリーはカルロから少し距離を取っている。

 カルロの趣味を思い出しているのか?


「久しぶりに明るい話題が出来ましたね」

 薬室長が話しかけてくる。

「ありがとうございます」

 グラベルは頭を下げて礼を言う。

「頑張っていたからね」

 薬室長はどうやらシャーリーが毎晩遅くまで勉強していたことを知っていたようだ。

 グラベルはシャーリーの望む未来を少しだけ手に出来たことを嬉しく思った。そして自分が薬剤師に合格した時、薬室長は同じように嬉しく思ってくれたのかと改めて考える。


「嬉しそうだね」

 薬室長が聞いてきた。

「貴方も、私が試験に受かったとき嬉しかったですか?」

「当たり前です。自分の教え子が何かを成し遂げるのを見るのは嬉しいものです」

 不安定な立場の自分の後ろ盾になってくれた陛下と皇太后に感謝していた。その自分が敵にならないようにするには、出来るだけ政治に関わらないことだけだった。臣下に降りてもいいとさえ思っていた。そんな時、まだ薬室長になる前のアンリエットが誘ってくれた。

 薬剤師になり、やっと自分の居場所を見つけたような感じがした。

 薬室がシャーリーにとってそんな場所になってくれたら嬉しい。


「何かを成し遂げる……」

「人は毎日少しずつ成長するものだよ。時には疲れ果てて何も考えることが出来なくても、動くことか出来なくても。それが経験となり次への成長の糧になる。グラベルも初めてここに来た時より変わったと感じないか?」

 薬室長はシャーリーのところへ行ってしまった。特に答えを求めている訳ではなさそうだ。

「成長か……」

 グラベルはシャーリーを取り囲むように集う薬室長とローレンス、カルロを見た。


 グラベルは以前より、政に関わることに抵抗がなくなっている。しかし、薬剤師を辞めてまで政治に携わりたいとも思っていない。

 それは自分の帰る場所はここだと思っているから。薬室長の言う成長がこのことも指すのなら、自分の頑なな心を解きほぐしてくれた時間だと思う。それはこの薬室で共に働く薬剤師たちがくれたもの。

「グラベル!」

 ローレンスが呼ぶ。グラベルは大切な仲間のところへ向かった。

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