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王宮の薬剤師

  心地よい風が頬にあたる。

 太陽の光をたっぷりと受けた果実は薄紅色に染まり収穫を待っているかのようだ。


「いい香りだ。今年はうまくいったようだな」

 長身のシルバーグレーの髪を後ろで三つ編みにしたベルファルト国、国王の異母弟グラベルは独り言を言う。

 側には誰もいない。この空間が気持ちがいいと思う自分は変だろうかと一瞬考えたが、いつも周りに人がいるのも休まる時がないと思い直す。


 兄がベルファルト国の王を継ぎ、グラベルはウィルゼン公爵となった。

 周囲の誰もが国王を支える者として政務に関わってくると思っていたようだが、グラベルは以前から興味があった王宮の薬剤師の試験を受け、薬剤師の道を選んだ。十五歳の時だ。それから七年の歳月が経っていた。


 国王の元には優秀な者が多い。政はその者たちに任せればいい。いずれ、王妃が子を産むだろ。その子たちが王位を継ぐのだから。そう思っていた昨年、王妃は流行り病で亡くなってしまった。跡継ぎを残すことなく。


 医師たちがどれだけ手を尽くしても流行り病は猛威を振るい、王妃や多くの民が亡くなった。


 二か月ほど前にやっと落ち着きを取り戻しつつある国内に安堵するも、グラベルは皇太子というあまり関わりたくない地位にいるため、政に駆り出されたり縁談と、そんな状況に辟易する。


 ここ、王宮の薬草園はグラベルの唯一の拠り所であり、癒しの場所でもあった。

 手にしている手帳に経過を記入して、次の薬草畑に向かう。

 王城の敷地内に作られた薬草園は王族や王城で働く者たちの治療の為の薬の材料になる薬草などを作っている場所だ。

 薬の材料になる果樹園や草花を集められた薬草畑、温室もありそこで作られる薬草によって環境も変えられいて、その管理を薬剤師が担当している。

 今、薬室には薬室長とその部下二人とグラベルがいて、主にグラベルと部下の二人が薬草畑と温室の管理を任されている。


 診察や治療は基本、医師がやる。薬剤師はその治療に使う薬を調薬と管理している。

 打ち身や打撲、風邪やそれぞれの身体の不調に合わせて薬を準備するには多岐にわたる薬草と知識が必要になってくる。大変だがやりがいはある。

 時に自分の力が及ばないこともあるがそれが更に自分を駆り立てる。この仕事はグラベルに合っていると思う。


「グラベル」

 大きな籠を抱えて、顎のあたりで切り揃えた薄茶色の髪を揺らしながらローレンスが声をかけてきた。


 相変わらず笑顔がいい。二十五歳になるが少し垂れ目で優しい笑顔なので王宮内ではかなりモテる。

 彼が笑顔を振り撒くと悲鳴が聞こえると言われている。実際、グラベルの前を顔を紅くして走り去って行く侍女を何度か目撃し、侍女がいた先にはローレンスがいた。

 ローレンスは薬室長の部下で年上だが入ったのはグラベルより後の為、後輩になるがグラベルの希望で同僚としての対応をしてくれる貴重な存在だ。


「ローレンス、そっちの薬草はどうだった?」

「なんとか今年は乗り切れそうな量を確保できた」

 ローレンスはそう言いながら、籠の中を見せてくれた。

 大きな籠一杯に薬草が入っている。これなら安心だとグラベルは思う。

「そっちはどうだ?」

「果実は順調だ。来週辺り収穫してもいいと思う。薬草はこれから見に行くけど、こちらも大丈夫そうかな」

 グラベルはローレンスの籠を見て言う。

「今年は……うん。大丈夫だ。信じよう」

 ローレンスは明るく言うがローレンスの親戚の何人かが流行り病で亡くなっていることをグラベルは知っている。本人か言わないのでグラベルも敢えて聞かないが。


「これから、また忙しくなるな」

「今日から数日、これの手入れに勤しむよ」

 ローレンスは籠を抱えて薬室に戻っていく。グラベルは手を振り見送る。

 薬草畑に行くと予想通りの光景を目にする。いい感じに育っている薬草たちを見て微笑む。

 ローレンスの言葉を借りるなら、今年はなんとか乗り切れそうだ。


 昨年は流行り病が広がる前に王宮内の薬草が底をついてしまった。国内の薬もなくなり、医師や薬剤師も病に罹り亡くなる者、逃げ出す者で混乱を極めた。

 不調を訴える者が増え薬を処方したが一向に治る見込みがなく一気に病は広がる。その為、今年は薬草畑を新たに増やし、薬草も多めに収穫出来る様にした。


 グラベルは数種類の薬草の様子を観察して、収穫予定日を手帳に書き込む。

 その次に向かった温室でも同様に薬草の観察をして経過と収穫予定日を手帳に書き込んだ。

 担当する場所の確認を全て終え、薬室に戻ると部屋の中央に置かれたボードに追加の薬剤が書かれていた。

 薬室には壁一面に薬棚があり、王族や王族で働く者たちを治療する為の薬を作っている。

 薬室には続き部屋がいくつもあり、薬室長やグラベルたちに個別に部屋が与えられ、そこでそれぞれ研究や調べ物などをしている。


 金髪の少し小柄なもう一人の同僚、カルロがボードの前にいてメモを取っていてグラベルに気づき話しかけてくる。

「おかえり。ローレンスに聞いたよ。果実は順調そうだね」

「薬草もよかったよ。明日から収穫を始めようと思う。そっちは?」

「順調すぎて怖いくらいだよ。ローレンスじゃないけど、暫く話し相手は薬草になりそうだ」

 グラベルもそうなりそうだと二人で笑う。


 その後、グラベルも担当の薬剤のメモを取ると、奥にあるグラベルの事務室に入る。

 事務室と言っても、部屋の中央に大きな机とその上に調薬に必要な機材が乗っている。部屋の隅に物書き用の机と壁一面に備え付けてある本棚があるくらいだ。


 本棚から一冊の本を取り出し、目的のページを開く。薬草の絵といくつかの薬効が書かれている。先程まで経過を記入していた手帳を開きそこに挟まれた薬草を取り出す。

 本に書かれている薬草と、取ってきた薬草を見比べる。大きさ、色とも遜色ない。本に書かれている物と同じだ。

「うまくいったようだな」

 グラベルは手にした薬草の匂いを嗅いだ。さて、どんな薬が出来るか楽しみになってきた。


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