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涼音と楽器  作者: 代打の代打
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はじまりのあの日

夏が好きだ。空が高くなる、蝉の声が聞ける、気持ちが明るくなる。通り抜けていく風に、緑の香りを感じることができる。だから夏が好きなんだ。熱くなるとテンション下がる人もいるみたいだけど。ん、夏だから気持ちが上がるのか、気持ちが上がると夏なのか


どっちでもいいな、わたし、鹿嶋涼音にとっては。だって今は、午前中から、地下の楽屋で待機中。蝉の声も聞けなきゃ、空も拝めない。頬をくすぐる風は、エアコンの機械風。暑いから点けてはいるけれど、実はエアコンが苦手だったりする。この人工的な風が苦手。緑の香りでなく、処によってはカビ臭さを感じるし。夏冬仕方なく使うけれど、ごめんね、エアコン様、文句ばっかり言って


「贅沢言ってるな、学生時代に比べて」


まあ、お陰様で『ユニットライブ』なんてものが開ける身分にはさせていただけましたけど。これから会場下見するその『彼』は、わたしを待たせたままで、一体いつ来てくれるやら


『すまない、渋滞にはまった』


彼のガラホから送られてきたメール。絵文字も入らない、彼の文体。絵文字を使わないのは、彼のクセだ『絵文字って、逆に気持ち伝わりづらいじゃない』昔は解らなかった。今は、何となく解る。このブッキラボウな文体から、彼の『申し訳なさ』が滲み出ている


全く、人を待たせるなぁ、あの人は。そう言えばあの日もそうだった。まだヒヨッコの中等部、夏休み目前のあの日。彼がわたしの前にやって来たあの日。そっか、彼が来たのもあの夏の日。それも相まって、益々今、夏が好きなのかな。あの日、か。時間は今、無際限に有り余る。ちょっと思い出してみようかな、あの日の事を。思い出列車の汽笛に乗って、わたしはあの日に降りていく。思い出の空、思い出の蝉の音、わたしはあの日に降りていく―


「涼音~、手~止まってる~。早く干しちゃおうよ~」

「あ、ごめんごめん」


子供だなあ、いや、若いって言った方がイイのかな。弟、夏樹の不満な声が飛んでくる。わたしもあの日はまだ子供だった。14歳のわたしは、当番の洗濯物を干していた。星峰寮の庭先で


人里離れた小高い丘、いや、山の上って言った方が良いかな。竹林に囲まれた広大な学校が有る。原点は、著名な音楽プロデューサー数人で建てた、音楽校。歴史を重ねる内に『総合芸能学校』に発展したという。優秀な後進を育てることで、プロデューサー自身の生活も盤石となる。学校が有名になれば、プロデューサーの収入も確約されるというわけだ。そういう理由で、生徒の選考に妥協は無い。選ぶとか言うんじゃないって言われそうだけど、実際『入学審査』は選ばれるようなものだし


幼稚園、小中高、大学、大学院。一貫校で、入学試験は厳しい。審査は日本各地から選ばれた、業界の著名人が執り行う。音楽、声楽、和楽。アイドル育成に定評ある者、シナリオライター、演出家等。わたしと弟は、中等部編入学の時試験を受けた。生徒募集の公告を、動画サイトで知ったのが切っ掛け。その動画自体、憧れの存在たるアイドルの動画だった。惹かれたのは、その歌声。彼女が通っている学校だったから尚更に通いたいとの思いが強くなった。将来、歌を生業の一つとしたい。目標を立てた時期だった


わたしと弟が試験を受けたのは『声楽科』入学第一条件は『歌うことが好き』であること。第二は『歌唱力が高いこと』第三は『伸び代を(のびしろ)認められること(仮にその時点であまり上手でなくても)』容姿は特に問われない。アイドル養成科は容姿も重要だが、声楽科はそうでもない。実際わたしなんて、秀でた容姿じゃないワケだし。それでも幸い『一流』と呼ばれる人達の琴線に触れたのだろう。選び手の『感覚』による試験だ、運も味方したのかもしれない。合格通知が届いた日、飛び上がって喜んだ


義務教育を受けながら、音楽活動に特化した生活を送るわたし達、生徒。登校前の練習、下校後のトレーニング。音楽の授業や、部活、休日のクラブ活動。音楽漬けの日々を送ったっけ。楽しい日々だった


ただし、強制力は無し。強いることは、音楽の幅、表現の可能性を狭めるというスタンスから。自由闊達な学生生活を送れる、私立校。当然憧れを抱く者も多い。反面、落第する者も居る。目指すべき道を見つけられない者。自分には合わない、という逃げ口実も多いけど、合わないと離れる者。クライアントを失う者、等が最たる理由


学生時代から生徒は、クライアントと契約を交わす。雇い主の依頼に応じて、生徒は様々な役割をこなす。歌、歌劇、舞台公演やライブ活動。ドラマ出演、動画サイト出演、商品紹介、声優、シナリオ作成、作品原作等、多岐にわたる。わたしも弟も、この時点で一つの契約を結んでいた。大手ででは無くとも、地元の果物出荷農場と。生活の糧は、そこからの贈り物。期待に応えなければと思っていた。親兄弟が勤めている農場だ、ミソを付けるわけにはいかない


月に一度、学内で発表会がある。歌唱、演技、創意工夫や演目。試験も兼ねられた公演で、点数は進級に関わってくる。その場には多くのプロフェッショナルが詰めかける。メディア関係者、芸能プロデューサー、グラビア写真家。舞台関係者や、歌劇集団。ドラマや映画制作者等。そこでまた、新たなクライアントに、気に入られるように全力を尽くす。仕事を得られる可能性が有るからだ。故に、生徒は必死だ


学校を卒業し、そのまま音楽教員と成る道もある。大学院にて、音や芸能の研究者と成る者もいる


生徒は、寮生活を送りながら、学生時代を過ごす。寮それぞれ、年長組が統率をとる。それぞれの寮は特色豊かなものとなる。寮での生活は校則による『規則』がある。帰寮時間、清掃当番等。わたしと弟が『星峰寮』を訪れた日、隣の寮は建設途中だった。後に大切なお隣さんなるとは、つゆ知らず。学校は制服が選べるシステム。女の子はブレザー、セーラー、ハイカラさん。男の子はブレザー、学ラン。学ランは、夏服が白、冬服が黒。そして書生。わたし達姉弟はブレザーの制服に身を包み、レトロな作りの星峰寮の敷居を跨いだ。ノスタルジックだなと思った。大正時代から建ってるんじゃ無いか。なんて思ったけど、家具家電はれっきとした最新式の物だった『今日からよろしくお願いします』玄関のモニター付き、インターフォン、二人で叫んだ。返ってきた声は


『お上がんなさ~い。そのまま進むと、4本の柱が見えてくるわ。そしたら、大っきな扉があるから―』


インターフォンから返ってきた、お姉さんの声。何となく魔女の館にでも、入り込んでしまった気分だった。誘われるまま、白黒モザイクの廊下を歩く。中央に、ランタンで装飾された、正方形の大柱。左手に地下へ降りる階段、その奥に見える、二階へ昇る階段。右手に大きな開放式の扉。お金持ちのリビングとか、映画に出でてきそうなデザイン。弟顔を見合わせ、やや躊躇。した後『ままよっ』とか思ったっけ。開いた扉の先は、ダンスホールのようだった


「アラ、可愛らしい子達が来てくれたわぁ。ぅふふ、よろしくね、声楽科高等部三回生の夕邑明日香ゆうむら あすかよ」

「お願いしますわぁ。桃華・リュシーヌ(ももか りゅしーぬ)と申しますの~。声楽科高等部二回生ですわ」


煌びやかなシャンデリア、西洋貴族の館如くのしつらえ、高い天井。その一角、イミテーション暖炉の前、待っていた人達が居た


まず、アイサツしてくれたのは、綺麗とカワイイを併せ持ったお姉さん。白いブレザータイプの制服を着て、ショートの黒髪を、左半上げている。右の髪を耳に掛ける仕草が大人な感じ。力強い瞳、奥二重と、凜とした眉。座ったまま、右手をわたし達に振ってくる


スカートを摘まんで立ち上がったのは、プラチナブロンドのロングヘアー、切れ長だけど優しい碧眼、ばっちり二重。ブレザータイプの制服に、ベストを合わせる。胸が大きく、背も、鼻も高い。明らかに『日本人離れ』したお姉様。暖炉、西洋造りに似合う方々


「可愛い双子ちゃんだあ、よろしくね~。声楽科高等部三回生の次美蓮爾つぐみ れんじって言います。どっちがお兄ちゃん。それともお姉ちゃん~」


そう言って立ち上がり、わたし達に寄ってくる、爽やかなお兄ちゃん。サラサラの茶髪をツーブロックにしている。大きめの瞳で童顔、カワイイと格好いいを併せ持つ。明日香姉と同じ、高等部三回生だけど、少し幼い感じ。制服はこちらもブレザーにネクタイ、下はスラックス。着崩しをしない、正統派スタイルがよく似合ってる


「に~、アイドル養成科中等部二回生の雪だよ~。よろしくね~」

「あ、え、雪ちゃんっ」

「本物、雪っ」


声の主、真っ先に握手されて驚いた。明るい、栗色のミディアムヘアー。やや垂れ目だけどかわいい、大きな瞳と眉。とあるメーカー特注のセーラー服を着た、今をトキメク有名人『一月生まれ、雪国育ち。納豆には青のり派。納豆食べて粘り腰。越乃、越乃、越乃雪~っ。アイドル目指してがんばりま~す』のフレーズでお馴染み。可愛らしさに目を付けた、納豆メーカーのCM出演で人気爆発。CMソングで存在が知れ、動画再生数はうなぎ登り。わたしが、その歌唱力に憧れを抱き、学校編入学の動機になった対象。その越乃雪こしの ゆきが居た。まさか同じ寮になるとは思っていなかった


「うふふ、さすが雪、有名人ねぇ」


嬉しそうに笑う明日香姉ねえほぼ妹を見るお姉ちゃんの顔。実際思い出のなかで、わたしさえ呼んでいるように、寮生は家族同様の仲になる。えにしは本当の親兄弟より、深いくらい。縁か、この単語を教えてくれた人は、まだ此処に居ないけど


「星峰寮のトップアイドルにして、学校期待の星。いやあ、ちょっとカナワナイよねえ」

「ぅふふ、姉として誇らしいですわぁ」

「そ~んなことないよ、明日香姉、蓮爾兄~。リュリュ姉も~」


お手上げ、のポーズを取る蓮爾兄。リュリュ姉、雪姉を見て、うっとり。その方へ向き直る、雪姉


「え~っと、雪ちゃんのお姉さん、お兄さん」


遠慮がちに訊いてみた。本当のお兄さん、お姉さんなら名字が一緒のハズ。親戚か何かかな、と思った。もちろん違って


「ゆきで良いよ~。ゆきね、幼等部の時から明日香姉、蓮爾兄と一緒なの~。星峰でね、ずっと一緒のお姉ちゃん、お兄ちゃんなんだ~。初等部からは、リュリュ姉も、雪のお姉ちゃ~ん」


雪姉から、補足が入る


「オレ達ってさ、ずっと寮は一緒に生活だから。家族みたいになるんだよね。今も『アイドル雪』のお兄ちゃん役でいられるのは光栄なことだよ」

「可愛い雪ちゃんのお姉さん役、喜ばしいですの~」


途中から明日香姉、蓮爾兄の間で話す、楽しげな雪姉。眉を下げ、やや困り顔でいう蓮爾兄


「ふふ、雪じゃないけどね、好きに呼んで良いわよ、アタシ達の事。え~っと、アラ、まだお名前聞いてなかったわぁ」

「うっかりしてたね、あ~ちゃん。二人、どっちがお兄ちゃんか、お姉ちゃんかも教えてね~」


ファーストコンタクトの鮮烈さに、自己紹介を忘れる、お間抜け双子。明日香姉、蓮爾兄に言われて気付く。しかし『お兄ちゃん』が先に来るとは、わたしが『妹』に見られているのか。などと勝手に憤慨


鹿嶋涼音(かじま すずね)今日から声楽科中等部一回生ですっ。よろしくお願いします。えっと、お姉ちゃん」


だから勢いづいて、自分の名前を言う、わたし。お辞儀しての後、手を挙げて、宣誓『お姉ちゃん』


鹿嶋夏樹かじま なつき声楽科中等部一回生。よろしくお願いします―~弟~」

「~」


同じくお辞儀して自己紹介する、弟。不満げなのは、弟扱いが嫌なためだ。事実だからしょうがないだろうに。髪を掻き上げる夏樹に、何となくリュリュ姉が、桃色吐息だったっけ


「よろしくね、えっと、涼音さん、夏樹くん」

「よろしくねぇ、涼音、夏樹」

「仲良くしてね~、すずちゃん、なつく~ん」

「末永くよろしくお願いいたします、わぁ」


蓮爾兄、明日香姉、雪ちゃん、リュリュ姉。四人に迎えて貰って、わたし達の学校生活は始まった。音楽活動、学校生活、契約農場のアピール行動。日々の体力作りも欠かさない


「オーストラリアに短期留学が決まりましたの。半年の間、行って参りますわ」


クライアントの意向で、リュリュ姉が留学して。蓮爾兄の発案で、動画サイトに『星峰家』なんてチームでも出演。音楽活動や、ボイストレーニング風景を投稿。地味に映ったのか、アイディアが今ひとつだったのか、雪姉単体の動画のように再生数は上がらなかったけど。めまぐるしい日常を過ごして、あっという間にあの日になった。思えばそれまでの一年半は、彼と過ごすための、下地造りだったのかもしれない。学校のシステムに慣れる、ペースを掴む。歌の試験対策や、発表会の演目作り。いかに義務教育を『要領よく』こなすかなど、準備期間だった一年半と思えた。なぜなら彼らがやって来たあの日から、わたしの日々は、劇的なまでの変化を遂げるから。そうか、学校に受かったのも、星峰寮に入れたのも、えにしだったのか、彼風に言うなら。今思えばそうだったのだろう


「涼音~、手~止まってる~。早く干しちゃおうよ~」

「あ、ごめんごめん」


さっきも聞いた、弟の不満声。夏休みまで寸前の七月下旬、編入生が二人、やって来るというのだ。夏を寮で過ごして、恙無く(つつがなく)学校生活に馴染むように、というのが教員側の言い分だという。何故知ってるかって。教員と太いパイプを持っている、明日香姉が言っていたから


「どんな子が来るんだろうね~。仲良く出来ると良いなっ」

「気になる~。一人は大学生でしょ。蓮爾兄達と、同じ学年か~」


5人、不在のリュリュ姉含めれば6人。そこにやって来る編入生。仲良く出来る人だと良い、そう思った。弟、年上の編入生にやや、身構えた声


「けど待たせるよね、到着午前の予定だったもん。今昼過ぎだよ」

「何かトラブルあったのかなぁ」


夏樹、一言。わたし、待ち人に思いを馳せる。日曜日の午前中、制服を着て待機。してはいたけど、編入生のお二人は、正午を過ぎても現われず。手持ちぶさたで、現在星峰組はバラバラに行動中。わたし達は本日の係りである、洗濯物を干していたのだった


「早く来ないかなぁ」

「あ~、あっつぃ。お腹空いた~」


自分としては『後輩』がやって来る事を心待ちにしていた。何故って、寮では初めての後輩、わたしは先輩になれるのだ。相手が年上であっても。その先輩という響きに心トキメカセテいた。弟が気温の高さと空腹をぼやく。考えてみれば、名前だけなら夏樹の方が夏好きっぽいのにな。わたしは涼音だから、秋が好きそうな名前。別に名前で好きな季節は関係ないか


「髪伸びたからじゃないの~、暑く感じるの。にしし、ちょっと女子っぽいよ。だから、わたしに間違えられるんじゃないの~」

「うるさいなぁ、切ろうとしてたけど、期末テストとか発表会重なったの。時間なかったんだよ」


目に掛かる髪を、無理矢理分けている夏樹。後ろ髪は、首の下まで伸びている。もともと双子で、似た顔だ。髪型まで似ていたら、そりゃあ間違えられても仕方ない。もっともわたし、前髪はきちんとお手入れしていたけど


「あ~あ、明日にでも切りに行こっ、はい、干し物終わり~。そう言えばさぁ、隣の寮。アレって今度来る人達が入るんだっけ」


夏樹が訊いてくる。一年前は、まだ土台しか組まれていなかった隣の寮。わたしはあの日、完成したと思っていた。こちらの大正ロマンとは違い、日本家屋風の新しい寮。一階が共同生活の空間で、二階が個々の部屋。そこは星峰と共通だが、あちらの寮は、新しいのに、何故か古風。和風の造りになっている


「解んない~。今日来る人達入るなら、星峰寮には来ないと思うけど。荷物、寮に届いてたし」


わたし、率直な意見を述べる。未だ観ぬその人達は、わたし達の寮に来る、そう言われている


「解んないよ~。お隣だから、入学のアイサツに来るだけかも~」

「そっか、ま、いいや。はやく来ないかな~」


夏樹、隣の寮に入ることを強調。わたし、待ち人の早期到着を願う。待ち人の噂話をする『噂をすれば影』と言うことわざは、往々にして良く当たる。つまり、噂話をすると、当人がやって来る事が、かなりの確立である。本当に良く出来たことわざだ


「星峰寮、凄いな、大正ロマンじゃない。この造りなら、俺達の格好も、あながち狂しく(おかしく)見えないな」

「レトロな建物、素敵カナ~」


寮に撤収しようと、洗濯籠に手を伸ばしかけたとき、声が聞こえた。わたしの知らない、低音の声が響いた。今流行りの高めのチャラボイスではない。この人特有の、美しい低音。次に聞こえたのは、落ち着きのある、かわいい声。その声の方向を観た。寮を囲む生け垣が途切れ、玄関へ続く石畳の途中、彼は立っていた


「じゃあ失礼するか、亜留慧。うん」

「お兄ちゃん、どしたのカナ、あ」


歩を進めようとした男の人、わたし達に気がついた。眼が逢った、男の人と。長身、白の学ラン。白の学生帽には、銀の校章。持っているトランクには、老舗、着物メーカーのロゴが大きめに入っている。カラスの濡れ羽色、クセの無い、さらさらの前髪。後ろはポニーテールに結っている。吸い込まれそうな、綺麗な瞳、奥二重。まるで映画の中から出てきたような人と眼が逢った


「~、はじめまして、で良いかな。本日からよろしくお願いします。編入生、到着が遅れ、申し訳ありません」


左手で帽子を取って、胸に当て、深々と頭を下げた。背の高い男の人が。あの日、わたしにはそう見えた。子供の時分とは違う『男の人』


「よ、よろしくお願いしますっ。遅れてごめんカナっ」


脇に居た、ショートボブの前髪ぱっつん、僅かにふくよか。同じくカラスの濡れ羽色の髪。大きな、黒目がちの綺麗な瞳に奥二重。日傘を閉じていた、可愛らしいハイカラさんの女の子も頭を下げてくれる。さっき噂話をしていた編入生は、TVから飛び出してきたような人達だった


「え、ナニなに、撮影とかぁ。タイショウとか、ショウワ、みたいっ。映画っぽいよ、すご~い」


口をついて出てきた言葉は、そんな陳腐なものだった。そのチンケさが、逆に会話の発端となった。わたし、駆け寄ってした行動は、彼の手を握るという、脈絡のないものだった


「ははは、大正か。確かにそう見えるかも、じゃない。俺と亜留慧、クライアントからの指示もあってこの制服。書生登校もあるかも。よろしく」


どうやらそういう指示らしい。男の人、おかしそうに笑い、握手を返してくれる。大きな手のひらに、わたしの手は包まれた。加減してくれたであろう握力は、それでもやや強めだった。あの日『書生』の文字は思い浮かんでない、ぽんこつ


「キャラ立ってるね~、よろしくお願いします。わ~、その制服着てる女子、初めて見たよ」

「お兄ちゃんがね、刀雑誌のクライアントさんと契約したの。わたしもね、着物屋さんから声かけて貰ったカナ。それなら兄妹けいまいで『和テイスト』路線行こうカナ~って」


弟、寄って来て女の子に話しかける。弟は『天然無自覚』の『たらし』なフシがある。柔らかく微笑む女の子


兄妹けいまいだったんだ。背、高~い。何㎝~」

「197㎝。ちょっと不便じゃない、服選び。サイズ限られて困る」


手を握ったまま会話する、わたし。恥じらいとか慎みに欠ける子か。いや、慎ましかったぞ。だって『貞操』は護り続けた。体が大きいと、服のサイズが限られると言う、彼


「蓮爾兄より背、高いね。髪の毛、伸ばしてるんだ」

「まぁ、それこそコレも、キャラ造りってヤツ。見事に今、成功してるじゃない。お姉ちゃんには『映画みたい』って言って貰えたワケだし」


そう言ってわたしを見る、彼。あの日、自己紹介もしていない時から


「え、よく解ったね、わたしが『お姉ちゃん』って」


彼は出来た、わたしと弟の見分けが


「双子ちゃんだってすぐ解った。背格好でキミがお姉ちゃんだなって。弟くんだよね、妹ちゃんじゃあないはず」


後に弟曰く、瞳の輝きが三倍になっていたという、わたし。彼の手を握ったままで


「すっご~い、蓮爾兄も間違えてたのに、最初の頃」

「お兄ちゃん、いるのカナ。わたしと同じ~」


感嘆する夏樹。小首を傾げて、微笑みの女の子。弟の言葉に、どうやら『お兄ちゃんがいる』と勘違いしているようだ。近くに寄って解ったが、リュリュ姉程ではないが、女の子も背が高い


「あ、違うの。お兄ちゃんて言っても、蓮爾兄はホント(本当)のお兄ちゃんじゃ無くてぇ―」

「じゃあ、その蓮爾さんの所に連れて行ってもらえるかな。遅れてすまない。が、蒸し暑い中、立ち話もなんじゃない。寮生みんなに、自己紹介もしたい。キミ達のことも教えて欲しい」


事情を説明しようとしたわたし。目の前の彼、柔らかく微笑む


「あ、うん、わかった。こっちこっち~」

「おっと、元気良いじゃない」


身を翻し、走り出すわたし、彼の手をひいて。そう、元気が有り余っていた。待ちぼうけ、手持ちぶさただったのも相まって、エネルギーが余ってた。150cmのわたし、約40㎝背の高い彼を引っ張って、玄関ホールの扉を開ける


「ルームシューズ、持ってきてるよねっ」

「ああ、星峰寮で必要って書いてあったから、入学案内に」


わたし、靴を脱いで靴箱へ。玄関に脱ぎっぱなしのルームシューズを履く。彼、トランクを開いて、包みを取り出す。その中から、家用の靴を取り出す


「みんな来たよ~、編入生さんっ。リビングに集合ね~」


彼が靴を履いてる間に、寮内総てに通じるインターフォン。そのスイッチを入れて叫ぶ。この日、気の毒な洗濯籠は、庭に放置される事となる


「涼音~、おれ達いるのも忘れないでよ~。あ、おれ荷物持とうか」

「ありがとう、でも大丈夫~。わたし、見たまんまの力持ちさんカナ」


後ろの夏樹は、そんな会話をしていたけど、ちらりとしか見ていない。だから女の子と、どんな風にやって来たかは知らないな


「みんなでね、待ってたんだよっ。どんな人がくるのかな~って」

「遅くなってすまない。バスの運行時刻が変わっててさ」


一本逃すと、二時間はやって来ないバス。わたし、再び彼の手を引く


「今日はね、歓迎会するんだよ~。新しい生徒さん来ると開いてくれるんだ~」

「それは嬉しいじゃない。仲良く出来ると良いな」

「うんうんっ」


手を取って走りながら会話。するとリビングの前、二階へ通じる階段の前、鉢合わせた


「あら、涼音。な~に、早くも仲良し、してるのねぇ」

「早速懐くなんてね、涼音。はじめまして、いらっしゃい」

「うんっ明日香姉、蓮爾兄。ねえねえ、格好いいよねっ、映画とかで着てた服みたいっ」


艶やかに微笑む明日香姉。愉快そうに頭を下げる蓮爾兄


「ふふふ、映画、か。昔の海軍さんってカンジかな。はじめまして、今日からお世話になります。よろしくお願い申し上げます」

「ね~え、勝手に始めないでよ、もう一人居るんだよ~」


自己紹介が階段の前で始まりそうな展開に、文句を挟む夏樹。たしかにこんな所で自己紹介は勿体ない。わたし達の寮、素敵な場所でしなければ


「はじめまして~、遅くなっちゃいました~」


夏樹の後ろ、女の子が眉をさげる。太めの眉が可愛らしいと、あの日思った


「ソレもそうだね、ナツの言う通り。じゃあスズ、リビングへお連れして~」

「は~い、ココだよ、ど~うぞ~」


蓮爾兄の指示で、彼の手を引いたまま、わたしはリビングの戸を開ける


「凄いな、寮からして豪華な作りじゃない」

「ここでね、ダンスの練習も出来るんだよ~」


イミテーション暖炉の前がくつろぐスペース。奥へ進むと、ダンスも踊れる場所がある。普段はテーブルを出して、寮生全員で食事を取る。装飾施された壁は、開閉式の鏡になっている。天井にはシャンデリア。見た目は本当に、西洋貴族のダンスホール風。トータル30畳のリビングルーム


「んに~、いらっしゃ~い。飲み物だけ運んで来たよ~」


その右手奥、キッチンスペースからやって来た雪姉。数々の飲み物を、キャスターに乗せてやって来る


「越乃雪さん、貴女も此処の寮生だったのか」

「雪ちゃんだ~、か~わい~い」


初めに気付かれた雪姉、さすが有名人だとおもった。驚く彼と女の子


「あ、知っててくれるの~、雪で~す。にっ、納豆には、甘口キムチっ。納豆食べて粘り腰、越乃~、越乃~、越乃雪で~す。わ~い嬉しいな」

「動画も、コマーシャルも観たよ~。かわいいな~って思ってたカナっ」


サービス精神満点『にっ』でピースサイン。この辺りがアイドル気質全開、雪姉。女の子が雪姉の方に寄っていき、早速握手を交わす


「雪は自己紹介の必要、無いみたいねぇ。じゃあ、早速わたしから―」

「―、そうか、初めに気がつくべきだったじゃない『星峰家』の皆さんだ」

「あ、解るの、やった~」


自己紹介を始めようとした明日香姉、彼、思い至ったようで告げる。わたし、それがちょっと愉快。何せ知らない人は全く知らない、その程度のチャンネルだ。振り返って、彼を覗き込む。と


「こんなに特徴有る双子ちゃんを観て思い出さないとは、俺の目も節穴だ。暑さにでも、ヤられたんじゃない」


大笑いして、私の頭を撫でてくる。その初めての感触が、もの凄く心地良かったの、憶えてる


「~っ、申し訳無い、困ったクセだ、許して欲しい」


わたしに向き直って、深々と頭を下げる彼


「えと、ぅん、どうして謝るの~」

「ふふ、エチケット違反ねぇ。涼音が嫌がってないから、ギリギリ許されるけれど」


気付いてないわたし、可笑しげに告げてくる明日香姉。よく知らない女の子の頭を撫でる、あまり褒められた行為ではない。取り敢えず、現代では。親戚の集まり、おじさんでもあるまいし


「わりとコレ、亜留慧にせがまれることでさ。いつものクセが出たじゃない。申し訳無い、気をつける」

「何だか解んないケド、わたし今の嫌じゃなかった。別に気にしなくていいよ。もっかい(もう一回)して~」


驚く彼、目を剥く。含み笑いは姉兄


「本当に、~ええと、スズネさん」


かがんで聞いてくる彼。明日香姉が涼音と呼んだのを聞いていたようだ。わたし、反応が面白くて


「っぷ、スズネサン、なんて何か変~。え~っと本当だよ、撫で撫でしてっ。え~っと、お名前」


ちょっと背伸びして返してみる


「あっはぁ、スズネサン、っははオッカシイ~」


夏樹が茶々を入れてくる。なんだコノ、先生方からはそう呼ばれてるんだぞ平素。何か文句あるのかと、あの日弟に毒づいた


「はいは~い。自己紹介カナっ」


女の子、振り袖を揺らして手を挙げる。飲み物をテーブルへ移していた蓮爾兄も、近間に。わたし、撫でていただくことに失敗する


「アイドル養成科高等部二回生、に編入しますっ。朝日亜留慧あさひ あるとですっ。お相撲女子です、お相撲系アイドル目指してるカナ~」


眩しい笑顔の亜留慧姉、相撲女子初告白のシーンだった


「昔はお相撲さんだったカナっ、わんぱく力士~。おかげで食欲おちなくて~」

「んに~っ、凄い、アルトちゃん、お相撲してたんだ。雪もね、お相撲観るの好きだよ~」

「ほんとっ、わ~嬉しい、仲良くしてね、雪ちゃん」


さっそく意気投合する、後の星峰トップアイドル二人。アルト姉はその『ほんのりぽちゃ』がとてもかわいい


「技が多くてイイ力士だったじゃない。今の焔関みたいに。さて―」


今、注目の関取の名を呟く彼。一度わたしの側を離れ、アルト姉と同じ位置へ、皆の前へ向かう彼


朝日楽器あさひ がっき亜留慧の兄です。音大部一回生、編入です。歌うことが好きです。鍵盤と管楽器が得意です。特技は料理と総合格闘技、居合道も嗜みます。これからよろしく、先輩方」


帽子を取って、深々と腰を折る彼。がっきという名前、わたしの印象が、口をついて出る


「がっき。がっき、ってあの―」

「そう、楽しいたのしいうつわって書く、あの楽器。ほら、名札」


名札を示す彼。近付いてみると、確かにそう記されている。学校支給の名札に


「~、ほんとうだ~」

「変わった名前、って思ったんじゃない」

「うん。あ、違っ、そうじゃなくて~。―そうだけど」


短く嘆息、ただし『馬鹿にされた』とか『嫌』とかいう感情は交じっていなかった。その目は優しく微笑んでる。変わった名前だと思うことを、自白するわたし。誤魔化しきれない


「ちょっと涼音、失礼よ~」

「~っはは、正直でイイじゃない。気にしてない、明日香さん、涼音さんも」


窘めに掛かった明日香姉を制し、豪快に笑う彼


「自分でも変わった名前だと思ってるよ。オヤジが管楽家でさ、俺も楽器で生活していけるようにって付けたらしい。あとはさっき言った―」


やや遠い目をする彼


「人を楽しませるたのしませるうつわになれ、とか願いを込めたらしい。残念ながら折り合い悪いけど、オヤジと。殆ど勘当されてる状態、あの××オヤジ」

「それを聞くと、イイお父さんだと思うんだけどなぁ。どして、朝日さん」


興味深そうに話を聞いていた、蓮爾兄。確かにそれだけ聞くと良いお父さんを想像する、が


「声は楽器じゃあない、オヤジは言い切った。俺と、俺達兄妹と、オヤジは解り合えなかった『声』や『歌』の道を目指した俺達と。俺達は、今、学費や生活の糧を、クライアントから『だけ』支援して貰ってるわけ。因みに、俺達母親居ない。もう、おふくろは『高い処』に逝ってる。追々話すかも、だけど、今はこんな所で」

「声は楽器、じゃないかぁ。なんだか不満~、アカペラとかあるのに」

「その辺りの価値観が折り合わない。それは仕方ない」


天井を見上げて話す彼。その話を聞いて、彼の父への印象は一変する。声は楽器じゃない。それは定義する人間の価値観だと思う。もちろん14のわたしに、そんな智慧はまだなかった。だから思った不満は、声となってすぐに溢れ出た。その声で、彼は目線をわたし達にもどす


「亜留慧って名前も音楽用語から。あは、声楽だって、同じアルトがあるのにね。お父さん、どして解ってくれないカナぁ」

「貯めてた資金、全部入学金に変えた。もう後には引けない、やるしかない」


ちょっと気落ちして呟くアルト姉。不敵に微笑む彼


「いや~、へび~だねぇ。ごめんねぇ、何か聞きづらいこと~」

「涼音だよ、この流れ作ったの。あやまんなよ~」


雰囲気を明るくしようと、雪姉、あえてピエロを演じる。実際そうなのだが、言ってくれるな、弟よ


「目標にもなってるじゃない、この名前。なら認めなかった『声』という『楽器』で、俺は人を『楽しませる器』に成ろうじゃないって」


もう彼の顔に、悲壮感は無くなっていた。声という楽器で、自分の目標を見据えていた


「じゃあわたし『がっくん』て呼ぶことにする」

「がっくん」


浅知恵でも、頭を回転させ、案を出す。楽器という名前が変わってるなら、障りないニックネームで呼べば良い。真っ先に思い浮かんだのが、その名前だった。目を丸くする、彼


「楽器くんの名前、がっくん、て呼ぶ。声が楽器じゃないとか、器がどうだとか、かんけ~な~し。わたし達の前で、がっくんは、がっくんだ」


夏樹への当てつけもある『謝れ』などと言われたから。訊きづらい事を訊いてしまった、申し訳なさもある。彼の父の価値観、ムカツイタというのもある。アルト姉『同じアルト』に感応したのもある。共感、反感、謝罪感。その感情、混ざり合って、わたしはあの日、彼の名前を勝手に変えた『さん』付けさえ知らなかった、あの日のわたし。それでも『くん』付けは、精一杯の敬称だった『楽器さん』ではなく『楽器くん』だから縮めて『がっくん』


「がっくん―っははははは、初めてそんな風に呼ばれたよ。ありがとう、涼音さん、良い名前だね。俺の名前、星峰では『がっくん』だ」


額に手を当て、心底楽しそうに笑う彼


「がっくんは良いわね、涼音の呼び方。ふふ、一応自己紹介するわ。朝日君、亜留慧ちゃんはじめまして、声楽科音大部一回生の夕邑明日香よ。よろしくね」

「よろしく、朝日さん。同じく声楽科音大部一回生、次美蓮爾です。仲良くしようね~」


握手を交わす、星峰の姉弟と、朝日の兄妹。名札で漢字を確認し合っている


「よろしく。まだ右も左も解らない。いろいろと教えてくれると助かる」

「おねがいしま~す」


その、除け者感が嫌だったわたし。遅ればせながら年長団子に近付いて、宣誓開始


「声楽科中等部二回生、鹿嶋涼音ですっ。よろしくお願いしまっす。わたしとも仲良くしてね、がっくん。アルト姉もっ」

「いま~、お姉ちゃんにしてくれたのカナ」


確認し合っていた亜留慧姉、跳ねるように振り返ってくる。多少気押されて


「あ、ごめんなさい、明日香姉呼んでるクセ。嫌かな―」

「嬉しいよ、すずちゃんっ。あ、わたしこそ、スズちゃん呼びはダメかなぁ」


目を輝かせて訊いてくる、アルト姉。嫌がってるようには見えず、むしろ喜んでる感じ。だけど一応訊いてみたところ、抱きしめられて尋ね返された。自分にはない柔らかさ、弾力だったことを覚えている


「ゎう、う、ううん、アルト姉、スズでイイ。スズって呼んで」

「やった~。お兄ちゃん、可愛い妹、出来たかな~」

「良かったじゃない、亜留慧。涼音さん、妹共々よろしく。皆さんもよろしくお願いします」


今度はわたしの手を取って、飛び跳ねる亜留慧姉、彼の方を観る。彼、優しく微笑む。その優しい瞳に、初めて射抜かれた。鼓動が跳ねた。何故かはあの日、知らなかった


「そ、そう言えばアルト姉、漢字カンジ。どんな字書くのか教えて~」


跳ねた鼓動を誤魔化すため、あの日わたしは、話を逸らした


「これっ、アジアの亜、とどめるの留、智慧の慧ってかいて『アルト』って読むの。画数多くて、テストでは不便カナっ」


ブーツも含めると、約20cm背の低いわたしに、名札を近づけてくる。香水の、甘く良い香りが漂う。その優しい香りが、跳ねた鼓動を静めてくれた


「良かった~、取っつきづらそうな人じゃなくて~。おれ声楽科中等部二回生、鹿嶋夏樹。よろしくね~」

「逢う前って緊張するよねぇ」


夏樹が安堵して、肩の力を抜く。蓮爾兄も緊張がほぐれた様子で、頬を掻く


「うふふ、チームの名前で迎えるわぁ。ようこそ、星峰家へ。朝日君、亜留慧ちゃん」


明日香姉も立ち上がって、彼らと握手


「これからよろしく。学校のこと、教えてくれると助かるよ。一月の間、星峰家に居候させてほしいじゃない」

「ヒトツキ~」


何故一ヶ月間なのか、不思議だった。彼は大学生、順調にいってもあと三年半は学生生活があるはずだ。一ヶ月の間とは


「ああ、やっぱり。朝日さん、初の彗星組になるのね」

「夏休み中に最終点検が済むらしい。入寮の手続きなんかもあって、遅くなった。バスの時刻が変わってたのもあってさ」

「一本逃すと、二時間待ちだもんね~」


夏樹が言っていたことが、正解だった。隣の寮、一月後に完成するらしい。そこへ彼らは、初の入寮生となる。明日香姉は知っていたようで、彼の一言に頷いている。わたし、バスの少なさを告げる


「そっか、朝日さん達は『彗星組』かぁ」

「ね、言ったとおりでしょ、涼音~」


納得の蓮爾兄、してやったり顔の夏樹


「ええ~、何か今から寂しいかも~。るとちゃんと仲良くしたいのに~」


雪姉、身体をよじらせ、不満顔


「『るとちゃん』て、わたしのこと、かなぁ」


その雪姉を、眼を輝かせて覗き込む、亜留慧姉


「にっ、そうだよ~。ゆき『るとちゃん』って呼ぶ~。同じアイドル養成科だね~」

「やったぁ、かわいい~。お名前、ありがとう~」


抱き合う、アイドル二人


「早速仲良しで安心だわぁ。さ、みんな、友好のお印。歓迎会始めましょう。朝日君達も手伝って、キッチンの場所を憶えていただくためにも」

「喜んで、明日香さん」


作ってある食べ物を運ぶため、率先して動きにかかる明日香姉。手伝おうと彼。その呼びかけに、一度姉が止まる


「堅いわよ、朝日君『さん』は要らないわ。貴男も年長組の一人よ、みんなの事は好きに呼んで」


人差し指を立ててウインクする明日香姉。初対面で呼び捨ては無礼だけど、打ち解けたなら敬称付きは逆に失礼だ


「良いのかな、好きに呼んでも」


年上の彼、でも、わたし達を『子供扱い』したことがない


「雪が『るとちゃん』って呼んでるみたいにね、思うままで良いわぁ」

「承った、女王陛下。ふふ、この星峰では、明日香、貴女が女王らしい」


可笑しげに拳を胸に当てる、彼。寮の関係を見抜いた反応だった


「それなら明日香、俺にも『くん』付けは要らない。タメ語で構わないし、呼びやすいように呼んでほしい」


優しい眼差しで、言う彼。これに明日香姉、やや照れ笑いで


「良いのかしら。なんだか先輩ぶって仕切っちゃたけど」


年上の彼に、年長者じみていた事を、恥じたようだった。しかし彼は


「先輩だって事に、変わりはないじゃない。此処に居るみんな、この道では先輩だ。呼び方は、好きにしてほしい。でないと、俺の方がむず痒い感じ」

「解ったわ、でも、アタシの『くん』付けは、その方が呼びやすいだけよ。許してくれるかしら」


明日香姉、彼と出会った時から、敬称を忘れない。追々話すが、それは彼を『兄』として認めたからかもしれない。照れ笑いしながら、舌を出す明日香姉。珍しいリアクション


「そういうことなら」


彼、明日香姉の『くん』付けを、可笑しげに肯定


「さ~ぁ、歓迎会始めるよ、がっくん、こっちこっち~」


彼の手を引いて、わたしはキッチンに走り出す。さっきのやり取りに、何一つ遠慮を知らない、ぽんこつ


「ははは、本当に元気良しじゃない、スズ。どうやら俺にも、妹が増えたらしい」


手を引かれる彼、年下のわたし(妹)に状況を任せることにしたらしい。リビング、テーブルの横を走り抜け、キッチンの扉を開け放つ


「ここがキッチン。ご飯当番は心配しなくていいよっ」

「そうなのか、専属の作り手さんでも居るの。本格的な台所じゃない、冷蔵庫も二台あるんだ」


そう、食事当番は心配要らない。たまに食費は心許ない時もあるけれど、こしらえる心配は無い。扉を開け放って、得意気に告げるわたし。キッチンを見渡し、呟く彼


「コックさんは居ないけどね。オレ料理得意でさ、みんなのご飯作るの好きなんだ、朝日さん」


『星峰のお母さん』たる蓮爾兄、キッチンに入ってくる


「味は保証出来るよ。グルメな女王様のお墨付きだから」

「ぅふふ、蓮爾のごはんは、逸品よぉ、朝日君。アタシこれでも、グルメステージも仰せつかるのよ。味覚には自信あるわぁ」


右でガッツポーズ、左手を添えて、蓮爾兄。そう、姉は大勢さんの前で、食レポをするステージもこなす。舌の肥えた明日香姉が、褒めちぎる兄の料理。実際


「蓮爾兄のごはん食べちゃうと、変なお店には入れないよね~」


わたし、失礼ながら感想が口をつく。だって今でも蓮爾兄のご飯の方が『店』より美味しい事が、結構ある


「それじゃあ、俺、料理の腕は適わない(かなわない)かも、じゃない」

「お兄ちゃんもね、ごはん作るの上手なんだよ~。わたしはお兄ちゃんのごはん、大好きカナっ」


そう言えば言っていた。自己紹介で料理得意だと。眉を下げる、彼。亜留慧姉、彼の料理を褒め称える


「楽しみだなぁ、朝兄もご飯作れるんだぁ」

「今晩か明日の朝になるか。早速披露させて頂こうじゃない、ナツ。口に合えば良いんだけど」

「きっと気に入るカナ、なっちゃん。お兄ちゃんのごはん~」


打ち解ける、星峰家と彗星組。夏樹、あさ兄呼びで懐いたのがわかる。亜留慧姉、弟にニックネームを付けてくれる


「なっちゃん、おれ」

「だめかな~、なっちゃん」

「いや、ん~。~それでいいや」


弟『ちゃん』付けが何か引っかかったようだ、多分。しかし茶化しだとか、年下カラカイとか、その類いで無いのが、素敵な亜留慧姉スマイルで解る。覗き込まれて、一丁前に照れる夏樹、目を逸らす


「オレも楽しみだよ、朝日さん、キッチン要員増えるの。学年も一緒だし、友達になってよ」

「是々非々だ、よろしく。友達になって、蓮爾。さん付けは無し、蓮爾も好きに呼んで欲しい」


握手を交わす、兄二人。握力の強さに、蓮爾兄『痛っ』と声上がる


「アラ嬉しそうねぇ、蓮爾。でも、BLはだめよぉ。ふふふ、朝日くん、蓮爾は一応アタシのだからぁ」

「心得た、女王陛下。心配するな、BLの気はあんまり無い」


冗談か軽口か。言い合って大笑いする年長組


「ぅんに~ぃ、イイ構図だったよ~。皆さん星峰家に、お兄ちゃんが増えたよ~」

「動画はまた明日撮ろうよ。星峰家にお隣さんが出来ましたって」


雪姉、どうやらスマホで撮影していたようだ。報告の自撮りも忘れない。兄達のBL風味を堪能。弟は、明日の動画撮影を促す


「そうだねぇ、新メンバー紹介動画は撮りたいな。さて、冗談はさて置き、手洗って歓迎会始めよう」

「コッチが手洗い水盤だよ、がっくん」


手を洗う水盤は、食事の水場とは別れている。健康、衛生面を配慮した、学校側の心遣いはありがたい


「ありがとう、スズ」

「~♪おてて、おてて~♪しゃぼんでぶくぶく、き~れいに~、あらいましょ~♪」

「さすが雪ちゃん、お歌上手カナ~」


彼を先導する、わたし。一同、団子になっておてて洗い。雪姉、即興ソング、鼻歌交じりで上機嫌。亜留慧姉もニッコニコ


「さぁ、まずはお鍋二つ。ビーフシチューとポテトポタージュ、温め直して~」

「雪やる~。明日香姉はバケット、リビングに持って行って~。食器類も~」

「あ、あ~ちゃん、リビング行くならあの用意も」


火を掛けるだけの簡単作業。蓮爾兄の指示、雪姉率先


「了解よぉ、雪、蓮爾。アタシは戦力に成れないものねぇ」

「そうなんですかぁ、明日香ちゃん。あ『ちゃん』て失礼カナぁ」

「ぅふふ大丈夫よ、亜留慧、そう呼んでくれて嬉しいわぁ」


ちょっと困り顔の明日香姉。亜留慧姉『ちゃん』の呼称に慌てるが、姉は気に入ったようだ


「しかし、なんで明日香は戦力外なのかな」

「食レポなんてするクセに、調理は苦手なのよ」


そうなのだ。別段、漫画みたいに爆発させる、とか、モンスターを生み出すとか、そんなことは無い。現実はファンタジーと違う。ただ姉は、包丁作業が危なっかしいとか、麺のゆで時間がズレるとか、ソレ系の作業が明るくない。彼の問いかけに、苦笑いで応える姉


「そういうワケか。他に何か、運ぶ物あるかな。俺は何したらいい」

「冷蔵庫のもの運んで貰おうかな、スズと一緒に。ビスケットとかチーズ、運んでくれるかな」

「了解した、蓮爾。~チーズはスライス、ブロック」


了解で、敬礼のポーズを取る、彼。格好も相まって、かなり似合っている


「っふっはは、似合う似合う。スライスチーズだよ、大佐殿。モッツラレラチーズとかもあるけど。ははは、自分で言っといて、良いあだ名~。オレぇ、大佐って呼ぶことにするよ。先輩権限発動、文句は言わせな~い」

「変なあだ名付けるんじゃない、権力乱用じゃない、それ。はは、モッツレラあるなら、即興ブルスケッタでも作ろうか。冷蔵庫漁るぞ~」

「わたしもケーキ飾り付けたんだよっ。デコデコ~(デコレーション)にしし、大佐って『赤き流星』みたい~」


言って兄を冷蔵庫の面前からどかす、彼。わたし、がんばったアピール。アニメの中で『大佐』と呼ばれていた人を言ってみる


「お、知ってるの、赤い人」

「しってるよ~『ここからはやらせんっ』とか」


どうやら彼も、あのアニメが好きらしい。反応が返ってくる。わたし、知ってるアニメが共通していて、心が弾む


「ははは、声真似だ。俺も出来るよ『たかが隕石一つ、この機体で押し返してやるっ』」

「え、めっちゃ似てる~」

「んに、すご~い。カメラ回しててよかったあ」


わたしの大して似てない声真似と違い、本当に似ている、彼の声真似。普段の声との変貌振りに、わたし、雪姉と共に感動する


「普段の声と、全然違ってたよ。大佐の特技、物真似も有りにしたら~」

「無理無理、このキャラしか真似できない」


蓮爾兄の提案に、苦笑いの彼


「しかし渋いアニメ知ってるじゃない、スズ」

「昔のアニメも、今のアニメも好きで観る~。コスモトレインS53とか、ソラ船ツキカゼとか。プリティーアーは初代しか知らないな」


銀河を渡る列車はロマンを感じるし、伝説の宇宙軍艦は格好いい。魔法少女は途中で飽きた


「さっきのリビングに、戦艦ツキカゼ3021飾ってあるんだけど。あれ、おれが作ったんだ」

「そうだったのか。ナツ、良い仕事するじゃない」


夏樹と趣味は合ったりする、わたし。弟はコスモシップの模型を飾るほど、あのアニメが好きだ。彼、弟を褒める


「話しも合いそうで良かった。オタクってワケじゃないケド、俺も良く観るよ、アニメ。漫画も小説も好き、よく『積み本』しちゃう」

「アニメばっかり観てるのよ~。他のテレビは観ないのに」


彼が『本好き』であることを知る。明日香姉、わたし達姉弟の欠点を指摘する


「だ~って、ニュース観ててもつまんない~」

「ゴールデンの番組、ツマンナイ」


わたし、ニュースは嫌いだった。番組不満の、弟と声がそろう


「ニュースは見ようじゃない。色々なニュース観て、色々な事知らないと。歌い手でも、アイドルでも、知識は大切だから」


彼に初めて諭される


「むぅ、にゅ、ニュースより今は歓迎会~ぃっ。ほら冷蔵庫の中見て見て~」


ごまかして、彼の意識を冷蔵庫に向ける


「本当に凄いな、ケーキワンホール。これ作ったのか、スズ」

「そう、みんなで手分けしてね、下のパスタも~」


パスタはミートソース、クリームソースと二つ用意した。手分けしたが、中核を担ったのは蓮爾兄。例えるなら、エース選手と応援席部員くらい、その働きは違う


「お手伝い嬉しいよ。前はからっきしだったし。夏樹、コレ温め直して。ケーキは第二幕用だから、まだ冷蔵庫にしまってて」


山盛りパスタを、弟に手渡す蓮爾兄。その通り、一年前は食事の手伝いをしていなかった。働かざる者喰うべからず


「わかった、レンジ使うよ、蓮爾兄」

「野菜は隣の冷蔵庫にたくさん入ってるよ、大佐。あとコレ」

「解った。ん、エプロン」


冷蔵庫を開き顎に拳を当て、詮索する彼。に、エプロンを見せる、兄。わんちゃんのイラストに、天使の羽根がロゴ。頼んで作ってもらった、特注エプロン


「制服、汚さないようにね、使って。これ、食卓用エプロンも兼ねてるから。今日に併せて、新調したんだ」

「雪がまだ小さい頃ね、零して、染みつけちゃって~。お兄ちゃんが考えてくれたの、エプロン~」


星峰お揃いのエプロン。サイズは違うが、デザインおそろい。腰に大きめ、レース生地のリボンが付いたエプロン。このエプロンになる前は、学校に頼んで、支給されたエプロンを着けていた。あの日からは、新しいエプロン


「二人が来るって聞いてたから、服飾科の子に頼んでね、作ってもらったのよ。丁度良いから、みんなでデザインお揃いにして。どうかしら、着てくれる」

「『リリアのぉ(おうち)』ってブランド聞いたことないかな。新しくエプロン作ったの、その子なんだ」


チョットだけ自信のなさげな明日香姉。デザインや質については問題なく自慢できる。夏樹が言うように、オリジナルをネット販売している子だ。売れ行きも上々。ただ、デザインが『可愛らしい』から、付けるのに抵抗があるかもしれない。不安だったが、朝日兄妹、視線を合わせ、微笑む


「もちろんだ、女王陛下。嬉しいじゃない、チームのユニフォームだ。生地も仕立ても、上等だ」

「ありがとうございま~す。やった、エプロン可愛いっ。会ってみたいカナぁ、作ってくれた子~」


さっそく身に纏ってくれる、兄妹。わたし達と同じエプロンなのだけれど


「っふふふ、本当に大正のカフェにきたみたいだねぇ」

「今度紹介してあげるわぁ」


エプロンを身につけた兄妹。見るなり感想を言う、蓮爾兄。そう、雰囲気が、良い意味で違う。明日香姉、この先、舞台衣装などでお世話になる子を言う。作ってくれたのは、かわいいデザインに違わぬ、可愛い子


「似合ってるってコトかな、蓮爾」

「そ~いうコト。で、大佐、どんなブルスケッタ作ってくれるの」


楽しげに会話する、彼と蓮爾兄。思案した後、彼


「トマトと玉ねぎ、バジルのスタンダードで行こう。明日香、バケット一本分けてほしい」

「は~い、朝日君。ふふ、バケットが美味しく成っていくわぁ」

「女王陛下のお口に合えば良いけどな」


バケットを、受け取る彼。大きめのタッパ、パン籠をキャスターに乗せる、明日香姉


「さて、俺も取りかかるか」

「あ、がっくん、きき手」


自然な動作で、包丁を左手に握る、彼


「大佐サウスポーかぁ。益々似合う感じ」

「左利き、からの両利きになったじゃない。むしろ今、使い分けてる感じ。箸は右でしか『持たなく』なったし」

「すご~い」


羨望の眼差し、兄。左利きを観ると、コンプレックスを感じるか、羨望するか。日本人の反応ってコレだ。しかしまさかの『両利き』に、雪姉びっくり


「コレもオヤジの影響だ、箸は右で持てって。左右で色々試してるうちに、気がついたら両方使えるようになった」

「しなくて良い苦労な気がする~」


左手に包丁を持ち、右手で菜箸を、器用に使って見せる彼。苦笑いの、弟の応えに


「そうでもないよ、ナツ。コレはこれで便利。格闘技なんかやってたから、両方から技が出せる」


箸を置き、笑い返す彼


「話しながらなのに大佐、手際良いなぁ、パン屑ほとんど出ないって凄いよ」

「まあ、自分の包丁持ち込むくらいの、下手の横好きだからな」

「謙遜しないでよ~。包丁まで持ってきたんだ」


彼の肩に、手を置く蓮爾兄。きゃっきゃうふふ、してる気がしたぞ、男子二人よ。此処に乙女が居るのを差し置いて、ケシカラン。そう思ってわたしは


「がっくん、なに手伝おうか」


二人の間に、割って入った。しかし乙女、自惚れてるな、わたし


「ありがとう、スズ。じゃあバケットにバターのせて貰おうじゃない」

「おっけ~」


彼から手渡しでパンを貰う。それにバターを載せていく、わたし


「バターは載っけるだけでイイから、スズ。このあと炙って溶かすから。蓮爾、オーブン―ああ、そっちか」

「あるよ、大佐。使い方解る~」

「わたしオーブン、やっておくよ、がっくん、蓮爾兄」


トマトを切りながら、彼。オーブンの使用法を問う、兄。わたし、積極的お手伝いを申し出る


「へ~、珍しいね、涼音が食事の手伝いするの。いつもはそんなに動かないのに」

「うるさいなぁ、別にイイでしょ」


レンジのタイマーを見つめていた夏樹、茶化してくる。昨日までの恥部を開かすなと心の中で文句を言いながら、口では別の抗議を垂れる


「さっき蓮爾も言ってたじゃない『からっきし』だったって」

「スズだけじゃなく、ナツもね。料理はオレ単独で作る事が多かった」


オーブンに向かうわたしに、兄二人が話しかけてくる。からっきし手伝わなかった事は、やや後ろめたい


「まぁ、寮で提供してくれてたもんね、初等部の頃は。それでこのキッチンなわけ。専門のシェフが居たの」

「それじゃあ、なんで蓮爾が料理担当になったんだ」


ごもっともな疑問を口にする、彼


「中等部からは、身の回りのこと。全部こなさなきゃいけないの知ってるよね、大佐」

「学則第三条か。一に清掃、二に学問、三に身の回り。それをしっかりこなしてから、課外活動」


学則で定められている。寮の当番は、その寮ごとに振り分けて良い。炊事洗濯当番。わたしだってしている、当番。だから先程、記憶の中でも、洗濯物を干していたわけだし


「掃除当番、洗濯当番。そっちはみんなでこなしてるんだけどさ」

「アタシが苦手なのもあってね、率先して努めてくれるようになったのよ」


戻って来た明日香姉、事情の説明に加わる


「家庭科の授業で興味湧いてね。中等部上がったら、料理しなくちゃってのもあってね。オレ料理長に弟子入りしてね、料理教えて貰ったんだ」

「にぃ~、雪達のお母さんなんだよ~、蓮爾兄は。シチューとスープ温まったよ~。おいしそうで~す」

「そ、星峰のお母さんなんて言われるし」


良い香りがキッチンに充満。星峰のお母さんこと、蓮爾兄の料理。雪姉が宣誓、蓮爾兄、眉を下げる。雪姉、動画に、鍋料理を収める


「お母さんか、確かに年下多いじゃない。みんなは蓮爾のごはんで大きくなった、か。本当に美味しい香りじゃない」

「おいしいよ、蓮爾兄のごはんっ。食べたら解るよ~」


彼がトマトを適量サイズにする頃、オーブンのパンも良い塩梅になる。機嫌の良い夏樹が、兄の食事の事を自慢する


「スズ『そろっと』パン、いいよ。持ってきてほしいじゃない」


水にさらした玉ねぎを、ザルに空ける彼。聞き慣れない言葉を言う


「そろっと」

「そ・ろっと、ナニナニ~」


聞き返すわたし。雪姉、初めての言葉に、眼が輝く


「「「「「ん」」」」」

「「ん」」


沈黙、お見合いする、星峰家と朝日家


「そろっと」

「そろっと~」


もう一度聞き慣れない言葉を口にする、彼。わたし、疑問符を付けて言葉を返す。と、亜留慧姉とお見合いして彼


「もしかして『そろっと』って言わないのか、こっちは」

「『そろっと』って言うのはね『そろそろ』って意味なの。わたし達の住んでた処では、常用しちゃう言葉カナっ」


彼、やや驚いて顔をあげる。気がついた亜留慧姉、微笑みながら解説してくれる


「そっかあ、方言なんだ。大佐どこの出身。俺とあ~ちゃんは北海道さ~」

「雪は青森~。けんどココでの生活長いからぁ、おぐになまりさぁ、忘れたんだぁ。あだらしい言葉、覚えました。みなさん、そろっと、んだべ~」

「わたしと夏樹は栃木だぜや~。お猿の軍団が有名なところっ」


さ~、を、あえて北海道なまりでいう、蓮爾兄。雪姉は方言を忘れたらしいが、わざと知ってるお国ナマリをつぶやく。わたし達は曲がりくねった坂と、軍団が特色の県を告げる


「お、雪と出身『は』同じじゃない」

「んに、ほんと、きいちゃん、青森生まれなの~」


同郷なのかと、目が輝く雪姉。一つ一つにコロコロ表情が変わる、その総てが『イヤミ』にならない、生まれ持ったアイドル気質


「生まれは、ね。でも一歳の時、オヤジの都合で越後に引っ越し。それからず~っと越後で過ごしてた。だからほぼ、越後中越の人が~てぇ。そろっとが方言なのも今知ったこてぇ。ところで雪『きいちゃん』って、俺の事」

「んに~、でも青森同じ嬉しいな~。そう、楽器の『き』と『お兄ちゃん』くっつけたの~。ゆきの二番目お兄ちゃんは、きいちゃ~ん」


くるりと回って、指を『キラッ』とさせる雪姉


「ありがとう雪、良い呼び方。俺には似合わない可愛らしさじゃない」

「わ~いわ~い」

「あ、おれも『き~兄』って呼んで良い」


微笑む彼をみて、少しだけ鼓動が跳ねたのを憶えている。喜ぶ雪姉。弟、雪姉のあだ名に便乗する


「もちろんじゃない、ナツ。そう呼んでくれてかまわない」


微笑んで肯定する、彼。そこでレンジのベルが鳴る


「パスタ温まったのなら、運んじゃうわぁ」

「あ、明日香ちゃん、わたしもお手伝いカナ~」


明日香姉、亜留慧姉と共に、パスタを運びにかかる


「よし、スープ温まったみたいだから、ナツ、一緒に運んで」

「おれ~」


寸胴二つのスープ。運ぶ指名にチョット不満、弟。その理由は


「女の子に重いの運ばせたらアブナイよ。力仕事だよ、お・と・こ・の・こっ。雪とスズは、大佐の手伝いしてて」

「は~い」


給食当番で重い物は、最後まで運ぶのを敬遠される。ごはんや汁物などが最たる食べ物。そのババを引かされた感じの夏樹。兄の正当な理由、ぐうの音も出なくなる。不満ながら『男の子』を強調され、運びにかかるしかなくなる


「俺運ぶか、蓮爾。力仕事なら―」

「だめダメ、がっくんは今日お客さんなんだよっ」


包丁を置き、提案する彼。一瞬喜びの顔、弟。わたし、すかさず止めに入る、彼と居たかったから。それにお客さんは本当だ。初日から力仕事など、失礼に当たる


「その通り~。それに大佐はブルスケッタ作ってくれてるんだから。お客さんに料理までさせてるわけだし。ほら、ナツ行くよ」

「~は~ぃ」


兄の指示に、観念する夏樹。寸胴を手にする


「にぃ、楽しみだな~、きいちゃんのごはん~」

「あ、がっくんパン~」

「雪の期待に応えられるかな。ありがとう、スズ、良い感じの焼け方」


雪姉、彼の作業を覗き込む。わたし、焼けたパンを、オーブンのプレートごと渡す。受け取る彼の眼が優しくて嬉しい


「あ、大佐ゴメン。ブルスケッタ、ガーリック使わないで。この後星峰式歓迎会でさ、歌披露してもらうから」


キッチンを出る前、すこし慌てて告げる、蓮爾兄。そう、強制ではないが、彼、そして亜留慧姉。二人とも『声楽』『アイドル』歌に関わりがある。その生徒には歌って貰おうと言うのが『星峰家』のしきたりなのだ


「わかった。と言うか初めから使わないつもり。みんな『息』には気を使う間柄。ニンニク臭はマズいじゃない。嫌いな子が居るかもしれないし」

「明日香姉はたまに、ニンニクパンチ凄いときあるけどね~」


パンにトマトを載せながら、彼は気遣いできる人だと知る。グルメステージで提供される物を、拒むのは御法度だ。故に明日香姉はたまに、激烈なニンニクのニオイを纏うこととなる。告げ口するわたし


「んに、クサイ食べ物って、何故か美味しいもんねぇ」

「雪は通だな、さすが納豆好き。他に好きな食べ物はある」


てへぺろ、眉を下げながら言う、雪姉。彼、チーズを散らし、オリーブオイルを掛ける。好きな食べ物の話になる


「に~、ご飯のおかずは何でも好き~。ニラ玉とかキムチとか。お漬け物もたまご料理も何でも好き。お魚も好きだなぁ、煮鯖とか、クサヤも~。餃子もシウマイも捨てがたいし~」

「卵料理、美味しいよね。わたしはお魚苦手かなぁ。骨が恐いし、上手に食べられない。苦いとこあるし」


思い浮かべながら、指をおる雪姉。味その物より、食べにくさが嫌だった、魚。苦いところとは、血合いの部分や、ハラワタのこと


「良い趣味してるじゃない、雪、ごはんの鉄板おかずだ。魚嫌いなのか、スズ」

「食べなさ~いって言われるけどねぇ。わたし魚の日は、ごはんの量も減っちゃう」


悪戯っぽく笑う彼。わたし、苦笑い


「骨よけてる間に、お腹膨らんじゃうの。でも夜中、お腹すいちゃって」

「満腹中枢だけ刺激されるからじゃない。それなら今度、骨のないお魚作ってあげようか」

「「骨のない~」」


魚に日には、夜中空腹になっていたあの頃。ナイショで買ってある、お菓子に手を伸ばすのは秘密だ。彼の言葉に、わたし、雪姉、言葉が重なる


「ほんと、がっくん。骨がないお魚って」

「♪ほねほね~、お魚さんのほね~♪」

「楽しみにしてて。よし、完成」


骨なしお魚を聞き返すわたし。雪姉、身体を左右に揺らす。彼は最後、何か調味料を振りかける


「朝日君、お料理出来たかしら」

「今完成した、明日香。他に料理あるかな」


タイミング良く、キッチンに帰ってきた姉


「朝日君のブルスケッタで完成よ、歓迎会のご馳走。今ピッツア(ピザ)も届いたわぁ」

「そっか、待たせてすまない。待たせてばっかりだな、今日は」

「気にしないでよ、がっくん。ごはんまで作って貰っちゃったもん」


ウインクの明日香姉。オーブンのプレートを、そのままお皿の代わりにする彼。偉そうなわたし


「さあ始めましょう」

「わ~い歓迎か~い」


明日香姉に促され、全員でキッチンを出る。楽しげにスキップ、雪姉


「お兄ちゃん、すっごいカナ。みんながご馳走用意してくれてた~」


手招きの亜留慧姉、ご馳走を前にテンション沸騰


「これは凄いな。いつの間に角煮卵まで」

「昨日から仕込んでおいたんだ。さっきあ~ちゃんに、ホットプレートで、温めてもらったの」


彼の一言に、蓮爾兄微笑む。テーブルの上には、前日から用意していた豚の角煮と味卵。先程届いたピザ二種。ビーフシチューとポテトのポタージュ。トッピングの温泉卵も忘れずに。電子ジャーには、炊きたてごはん。そこに加わった、彼のブルスケッタ。ココには無いが、デザートは、レアチーズケーキが冷蔵庫に眠っている


「ちょっとした、貴族のお昼ご飯ねぇ」

「ご馳走だ~。お腹が、減った。ぽん・ぽん・ぽ~ん」


頬に右手を当て、微笑む明日香姉。突如直立不動、素敵な叔父様がご飯を食べる、美味しそうなドラマの真似をする、雪姉


「さぁ始めましょう。飲み物注いで~」

「果汁系ジュースはオレンジ、リンゴ。炭酸は透明サイダーと、赤色サイダー。ミルク、バナナミルク。コーヒーと紅茶、日本茶もあるから」


明日香姉の御発声に、蓮爾兄飲み物解説。リビングのテーブル、思い思い席に着く


「がっくん何がいい、今日はお客さんだよ、注いであげる」

「すまない、じゃあお言葉に甘えようじゃない。玄米茶お願い」

「キャラ裏切らない、日本茶好きだね、大佐は~」


わたし、お酒じゃないケド酌をする。やや恐縮しながら、さかずきを受ける彼。蓮爾兄の言う通り、このルックスでバナナミルクとかは似合わない。と、思うが、これは人権の侵害か。いつもなら夏樹とセットで座るわたし。あの日は無意識に、彼の隣りに腰掛ける


「ありがとうスズ。返杯だ、何、飲みたい」

「ありがと、わたし、ミルクがいいな」

「砂糖は入れる子、入れない子」

「一杯だけ~」


好きなミルクを選択。彼にそそいで頂く。砂糖を入れる人、入れない人まで、気遣いできる、彼


「行き渡ったかしらぁ」

「全員おっけ~だよ、お姉ちゃ~ん」


明日香姉の指示に、応えるのは雪姉


「じゃあ乾杯前のご挨拶。朝日君、亜留慧ちゃん。何か一言ずつ欲しいわ」

「一言か、来賓の身分じゃあるまいし」

「今日はお客さんだよ、がっくん」


明日香姉促す、乾杯前のアイサツに、恐縮する彼。だけど今日は来賓だ。わたしは彼の手を取って、再度『お客さん』を促す


「亜留慧姉もだよっ。何か一言聞きたいな、おれ」

「わわっ、わたしもご挨拶なのカナ」


夏樹が、格好つけながら、亜留慧姉に挨拶を促す。突如振られて、慌てる亜留慧姉


「挨拶しないと、乾杯に移れないじゃない。待たせてばっかりだし、今日。このご馳走観ただけで、みんなの優しさが解るよ。本当にありがとう」


話し出す彼


「すごく嬉しい。憧れの学校に入学できただけで嬉しいのにさ。こんな風に温かく迎えてくれて、とても嬉しい」


みんなを見渡す彼


「今日からしばらくお世話になる、よろしくたのむ。俺を、俺達を、家族にしてくれれば嬉しい。俺からは、以上。亜留慧、ご挨拶~」


蓮爾兄も言った『家族のようになる』と。彼にとって、家族は亜留慧姉だけだ。天涯孤独よりはずっと良いかもしれない。でも『本当の父』が居る上で、勘当されて、頼るべき人が居ない。それは過酷な身の上だと、今は思う。あの日、しっかりは考えなかったけど


「まずはありがとう、カナ~」


亜留慧姉、微笑みながらお辞儀。照れ笑いなのが可愛い


「お兄ちゃんとも、わたしとも、仲良ししてくれると、うれしいカナ。わたし達、他にお家も無いから、優しいお迎え嬉しいな」


照れ笑いが曇る亜留慧姉。兄上の彼、頭を撫でる。励ましている感じが伝わってくる


「今日から仲良し、してくれると嬉しいな。よろしくお願いします」


深々頭を下げる亜留慧姉


「にっ、るとちゃん、雪もう、るとちゃんのお友達だよ~。きいちゃん、ってお兄ちゃんまで来てくれたの~。雪すっごく嬉しい」

「オレも嬉しいよ。星峰だと同級生男子いなくってさ」

「ぅふふ、今日からよろしくね。ご挨拶ありがとう、さぁ、乾杯しましょう」


雪姉、得意の『キラッ』のポーズ。蓮爾兄、頼りがいのある友達を見つけたようだ。乾杯を促す明日香姉、コップを掲げる


「発声は朝日兄妹、おやんなさ~い」


姉の掛け声に、一度見つめあう、朝日兄妹


「二番煎じの挨拶だけど、これからよろしく」

「おねがいします。仲良しさんでいてほしいカナ」


杯を掲げる兄妹、わたし達ソレに習う


「「せ~の、かんぱ~い」」

「「「「「かんぱ~い」」」」」


彼ら兄妹の発声に、星峰家も応じる。所々グラスを併せる


「がっくん、かんぱ~い」

「乾杯、よろしくたのむ、スズ」


あの日、真っ先にグラスを併せたのは、彼。優しく微笑んでくれた覚えがある


「好きなもの取って食べてね、ごはんも用意してあるよ」

「お兄ちゃん、雪、シチューごはん食べた~い。温泉たまごもいれてね~」

「はいはい、用意してあげるよ、ゆ~き」


雪姉、両手を挙げて宣言。立ち上がり、電子ジャーを開ける兄。勢い良く湯気が立つ


「雪はビーフシチュー、オン・ザ・ごはん派か」

「雪、ごはんだ~いすき~」

「蓮爾兄、わたしポタージュ頂戴っ。フランスパンも~」


カラカラ笑う彼、ホクホクの雪姉。わたしスープを所望する


「おれはまだ見慣れないよ、シチューごはん」

「んに、おいしいのにな~、シチューごはん~」


やや顔が引きつる夏樹。雪姉、温玉ものった、ビーフシチューライスを受け取る。眉が下がるのは、シチューごはんに、理解が得られないことが残念だからか


「アタシ、早速ブルスケッタ頂くわ、朝日君。うふふ『コレ』と良く合いそうねぇ」

「おいしいよ、明日香ちゃん、お兄ちゃんのお料理~」


ワイングラスを掲げる明日香姉、深紅の液体を回す。亜留慧姉、さっそくそのパン料理に手を伸ばす


「まさかソレ、酒じゃあないだろうな、明日香」

「違うわよぉ。ま、赤ワインと同じ葡萄はつかってるけどねえ、アルコールは入ってないわぁ。お酒に合わせる料理もあるでしょう、ステージに必要なのよ、このジュース。白のスパークリングもあるわぁ、有名洋酒と同じ、白葡萄をつかったジュース」


それこそクライアントの食品会社から提供される、明日香姉の飲み物。子供ジュースと違って、大人の味わいがする代物


「そうか。なら、それ、俺にも頂けるか、明日香。新しい味覚の境地を開いてみたい」

「喜んでよ、朝日君。ぅふふ、飲める歳に成ったら、お酒楽しみましょうね」

「順調にいけば、来年の今頃飲めるねぇ、お酒」


年長組が、お酒を話題に挙げる。来年になれば年長組は『成年組』となるのだ。明日香姉、ワイングラスを取って、深紅の液体を注ぐ


「そうか、明日香と蓮爾は、もう19歳か」

「朝日君、まだ18歳なのぉ」


グラスをわたしながら、尋ねる、明日香姉。姉と兄は


「オレとあ~ちゃんは、誕生日5月でさ。もう19歳迎えてるわけ。はい、スズ~」

「そうか、今の所まだ俺のが年下じゃない。あと20日すれば同い年に成るけど」

「ありがと~」


立ち上がって、煮卵を銘々皿に取る、彼。わたし、蓮爾兄から、ポタージュを受け取る


「ってことは、朝日君お盆の初日ねぇ、お誕生日」

「その通り。還ってきたご先祖様にも、祝福される感じ」


席に戻る彼。と、手を合わせ、食べ物を真摯な表情で見詰めた後


「いただきます」


美しい発声で告げた


「いただきますっ。ふふ、朝日君、解ってるわねぇ」

「蓮爾、作ってくれた人全員。これから食べちゃう『命』達に感謝して。いただきます、じゃない」


明日香姉、同様に手を合わせて言う。姉はグルメステージでも、これを欠かさない。その理由は、彼と同様だ


「そう言って貰えると、作ったかいあるねぇ」

「に~、いっただっきま~す、蓮爾兄」


朗らかに笑う、蓮爾兄。元気いっぱいに雪姉も、いただきます、をする


「~っ、いただきますっ」


わたし、さっさとスープを含んでしまった気恥ずかしさ。慌てて、手を合わせ頂きますを言う


「ふふふっ」


明日香姉、わたしを見て、可笑しげに笑う。益々恥ずかしい、わたし


「いただきます、朝日君」

「召し上がれ~」


一度ブルスケッタを掲げる明日香姉。彼の召し上がれという一言と同時に、囓る、充分に舌の上で吟味する明日香姉。曰く一口食べて『ん~』とか言って頭を振るような『似非エセリアクション』をしないと言語道断


「本当~に、おいしいわぁ、朝日君。甘めのオリーブオイル、黒胡椒のアクセント。ジンジャーね、決め手は」


明日香姉、さすが貫禄のリアクション


「さすが女王陛下、見事に全部当ててくるじゃない。さっき台所で、粉末生姜見つけたからさ、使ったじゃない。このジュースも深みがあるな、タダの葡萄じゃこうはいかない」

「玉ねぎが甘みを引き立てるわねぇ。辛み抜きの仕事が完璧だわぁ。ナッツかしら、いい食感ねぇ。ふふ、美味しいジュースでしょう」


グラスを掲げる明日香姉


「ああ、美味い飲み物だな。チーズも辛さを消してくれるじゃない。みんなの好みがまだ解らないから、辛さとか出さない方がいいかなって」


明日香姉の食レポに、彼、したり顔へと変化。この二人のやり取りに、星峰家も感応。早速四人手を伸ばす、ブルスケッタ


「ビーフシチューに漬けパンしても美味しいと思う。ポタージュにも合うんじゃない」

「確かねぇ、その組み合わせ」


彼が素敵な提案をしてくれる。言うが早いか、明日香姉さっそく漬けパン開始。ビーフシチューに、オン・ザ・ブルスケッタ。雪姉ちょっとお行儀悪いが、我慢が出来なかったようで


「~お~いしいぃ、何コレ~。今まで食べたことない~」


さっそく囓って、眼を輝かせる。わたしも座り直すなり、かぶりつく


「おいしいい~、ほんとだっ。玉ねぎあま~い」

「大佐、滅茶苦茶美味しいよ。いや~すごいなぁ」


この時まで、わたしは玉ねぎがあまり得意ではなかった。彼のおかげで、大好物に早変わり。蓮爾兄もご満悦


「みんなの反応、嬉しい。でも褒めすぎじゃない」

「そんなことないよ、き~兄。おれ、生玉ねぎって、好きじゃないのにさ。これ、ほんと美味しいよ」


弟とわたし、食べ物好みは、ほとんど同じ『こんなに美味しい玉ねぎはじめて』興奮気味に告げる夏樹


「嬉しいな、お兄ちゃんのお料理、気に入ってもらえて。み~んな喜んでくれたカナ~」

「るとちゃん、きいちゃんのお料理、美味しいね~。蓮爾兄、シチューもおいし~」


微笑んで隣の彼を見る、亜留慧。今度は席に座って、漬けパンを楽しむ雪姉


「その温玉つぶして漬けパンしても、美味しいんじゃない、雪」

「あ、それやるうっ」

「あ、わたしもする~。蓮爾兄、シチュー頂戴っ」


さっきから一切れのブルスケッタを、七変化の料理に変えてくれる彼。雪姉、わたし、温玉ビーフシチュー懇願


「わたし気になってるかなぁ。雪ちゃん、シチューご飯、どんな感じ~」

「るとちゃん、コッチコッチ。一口あげる、美味しいよ~」


手招きして、対面の亜留慧姉を呼ぶ、雪姉。寄っていく亜留慧姉


「味卵美味しいじゃない、蓮爾。半熟加減も、浸かり具合も完璧。さすが星峰のお母さんだ」

「よかった~、角煮のタレで漬け込んでるんだ。良かったらお肉の方も食べてみて」


箸で卵を割って、一口食べた彼の感想。美味しさに、再び飲み物で乾杯を交わす、兄二人


「ふ~、ふ~、はい、るとちゃん、あ~ん」


冷ましてあげて、シチューライスを乗せたスプーンを差し出す雪姉


「ありがとう~、あむっ」


食べて数回、もぐもぐする。雪姉があげたところは半熟の卵黄がからみ、肉の塊が入った『美味しい』ところ。雪姉なりのおもてなし


「お、おいしい。ごはんに合うねっ、わ、はじめてだ~。ぷるぷるが美味しい~」

「俺が作らなかったからじゃない。オヤジの方針だコレも。古い概念だと思うカナ」


『シチューはごはんにかけるものじゃない』シチューライスの不毛な議論だ。かけて美味しいように作るのだって『腕の差』だとおもう


「オレのビーフシチュー、ごはんに合うように作ってるんだ。たくさんの野菜とトマトからうま味が出るよ。隠し味は牛の骨髄。ぷるぷる食感がいいよね」


ほらね、腕がある人はアレンジが出来る。蓮爾兄の骨髄ビーフシチュー


「蓮爾、持ってるじゃない、料理の腕。俺も食べさせてもらおうかな、ビーフシチューライス。小盛りで頂きま~す」

「きいちゃんも、あ~ん」

「雪、大丈夫、俺は鍋から貰う。雪のご飯が減っちゃうじゃない」


立ち上がる彼に、雪姉が食べさせてあげようとする。それを辞して、鍋の蓋を取る、彼


「オレ、ポタージュもらう~。き~兄、パンもう一個もらって良い、漬けパンしたいっ」

「ああ、沢山食べてイイじゃない」

「あ、夏樹ずるい、わたしももう一個~」

「はいはい、二人とも、落ち着こうね~」


好評のブルスケッタ、あっという間に消費されていく。弟に遅れはとれない。二人をなだめにかかる蓮爾兄


「んに~、素敵な歓迎会になって良かった~」


微笑みながら、雪姉が安堵のため息。やっぱりみんな、心の何処かしらで緊張していたようだ


「とっても楽しいな。雪ちゃん、ありがとう~」

「良かったじゃない、亜留慧、イイお友達ができて」

「お兄ちゃんもだよ~」「きいちゃんもだよ~」


はやくも息ピッタリの二人。亜留慧姉の頭を撫でた彼に、言葉がかさんなる。一瞬呆気に取られる彼だが


「そうだ、俺にも出来たじゃない、イイ友達が。ありがとう、みんな。

俺達を仲間に、星峰家に迎えてくれて」

「がっくん、亜留慧姉、ようこそ~」

「今日からは、オレ達友達だよ~」


ビーフシチューの小丼で乾杯ポーズ、彼。わたしもバケットを掲げ、応じる。わたしと弟の前に、スープを届けてくれる、蓮爾兄


「蓮爾、ビーフシチュー美味いよ。ごはんとこんなに合うんだ。コレは俺も、作り方教えて欲しい」

「今度教えるよ。合わないと思われるモノも、案外合ったりするんだよ。食事も、歌も同じ。見た目全然違う、オレと大佐も同じかもね」

「確かに、見た目全然違うな、俺達。同学年、同学部には思えない。以外と声も合うかも、じゃない」


亜留慧姉の頭に手を置いたまま、彼。明日香姉のお酌を終え、顔を上げる兄。確かに茶髪のツーブロックに、着崩してないとはいえブレザー。どちらかと言えば高め、軽い声の蓮爾兄。対してカラスの濡れ羽色、白の学ラン、低音のおちついた彼の声。見た目だけは全く違うタイプの二人が『料理』という共通点を持って、打ち解けている。ごはんとビーフシチューが合っているように


「んにっ、合うって言葉で思い出した~。お歌お歌~、今お兄ちゃん達がお歌あわせって言った~」

「そ~だ、歌披露しよ~よ。お腹いっぱいになりすぎると、歌い辛いモン」


雪姉、蓮爾兄の『歌』と言う言葉に反応する。夏樹、歌披露の流れへと、話しを向ける


「そうねぇ、宴たけなわの今がイイ頃合いかもねぇ。お腹がくちくならない内が、イイかもしれないわ」


女王のお言葉で、完全に流れは歌披露へ。軽めに一通り、料理も頂いた頃合い。確かに良いタイミングかもしれない


「じゃあ始めようか、歌披露。順番どうしようか、やっぱりココは新しく来た、大佐達から―」

「わたし歌う。わたしの歌、がっくんに聞いて貰う」


提案をする蓮爾兄に、わたしはあの日、手を挙げて宣言した。わたしは確実に言った、確かに想った『がっくんに聞いて貰いたい』と


「あら、涼音、積極的ねえ」

「今日、星峰で、初めにがっくんが逢ったのって、わたしだもんっ。歌も初めに聴いて貰わなきゃ」


有無を言わせない。わたし、跳ね上がって、駆け出す。皆の前、キッチンの扉が正面から見える位置。つまり、キッチンの反対正面に立つわたし


「一番、声楽科中等部二年、鹿子嶋涼音」

「オーディションじゃ無いんだぞ~涼音~」

「肩の力抜いてね、スズ」


まさにオーディションのように、スカートの裾をつまむ、おすましポーズ。それを茶化してくる、夏樹。手を叩き、有難い助言、蓮爾兄。少し緊張していたようだ。肩に力を、上下に振って抜く。すると彼、立ち上がって拍手をプレゼントしてくれる


「たのしみカナ~。スズちゃ~ん、かわいいな~」


満遍の笑みが眩しい、亜留慧姉。可愛さでは適わない気がしてならなかった。あの日でさえ


「曲目は―」


選んだのは、有名アニメの挿入歌。夜空、月の下を一筋の風がゆく。そんな歌を選んだ


「あ~、あ、あ~~~」


アカペラで歌う。音程を自分で調律。一瞬に、自分の意識を磨ぎ凄ます


「っ♪~」


自分の世界に入り込む。もちろん、聞き手のみんな『想い』よ伝われと、気持ちを込める。その伝わって欲しい『想い』を、歌に溢れさせる。雲一つ無い、月下。でも頭上は木の陰間から星空を覗く、鬱蒼茂った、森の下。黄色い光に照らされた、青色の世界。虫の声しかしない、静かな世界。一筋の風が、わたしの頬を撫でていく。その先に待っている、わたしの大切な人の処へ、わたしを誘ってくれる、風


「~♪っ、~♫~」


そんな思いを曲に乗せ、精一杯歌い上げる。一番届いて欲しい人へ届け。何故かもうそんなこと、想いながら


「~っ」


最後のメロディを歌い上げたとき、惜しみない拍手が鳴り響いた。わたしは、森の中から星峰の、リビングへと還ってくる


「凄かった、スズ、聞き惚れた。言葉が見つからない、引き込まれたよ。月明かりの森の中に居るみたいだった」


少年のように瞳を輝かせ、拍手をくれる、彼がそこにいた。わたし、彼の言葉に、立ち所に上機嫌で


「がっくん、ちゃんと伝わったんだぁ」


駆け出して、一目散に彼の元へ。飛びついて、彼の腕をがっしり掴み


「スズぅ、森の中からお月様眺めてるって籠めたんだよ、気持ちっ。伝わったてんだ、がっくん」

「ああ、流れ込んできた、そんな想いが。何処か神秘的でさ、虫の声と風の音。歌詞だけじゃあ伝わらない。風景や音まで『そこにある』カンジでさ」


捲し立てる。しっかり想いが伝わっていた。その嬉しさで、かれの腕を振り回わす。されるがまま、伝えてくれる彼、高揚した様子。嬉しさと興奮で、一人称が『スズ』に戻っているのに気付いてないわたし。幼い頃、自分の事を『スズ』と呼んでいた。彼とわたしの瞳の輝き(いろ)おなじものだったと、周りのメンバーは話す


「いや、急に上手くなった気がする、涼音。え、え、どうしたの。イヤ、今までだって上手だったけど、急に雰囲気変わった」

「本当ねぇ、涼音。歌や歌詞に引っ張られていた感じが無いわぁ。今日はすっごく『伝わって』来たもの」


周りを差し置いて、悦びを爆発させる、わたしと彼。悦びの正体が、歌なのか、伝わったことなのか。通じ合ったことなのか、には気付かないで。その二人に、驚きと興奮を、珍しいほど顔に出して尋ねてくる、明日香姉、蓮爾兄


「すご~い、キラキラしてた~、すずちゃんっ。ゆきもね、お月様見えたんだよ~」

「~、わああ、良かったよ~すずちゃ~ん。綺麗なお歌、すごいね、こんな風に歌えるの素敵かな~」


テーブルを廻って、わたしと彼へダイブしてくる、雪姉。その場で感激、両手で口元を覆い、眼を潤ませる、亜留慧姉


「~え~、そんなに変わったかなぁ。~おれも負けらんない」


弟は対抗心に火が付いたようだ。と、言うことは認めたと言うこと、わたしの歌の変化に


「俺の歌―」

「なになに、がっくんっ」


今だ興奮冷めやらぬわたしと彼。しかし、彼の瞳に別の色が浮かんだ


「みんなすまないっ。俺の歌聞いてくれ、何か掴めそうじゃない。今までと違う何かがっ」


言ってその場で歌い出す彼。調律も無しの、メロディは、これまでに聞いたことの無い旋律。彼の初めての歌声


「~♪゛~」


面前で歌う、彼の声が流れ込んでくる。わたしは思わず、掴んでいた、彼の腕を放す。聞いたことのない旋律に乗って、わたしは又、お月様の下に立っていた。今度は綺麗な白い月、大きな大きな白い月。目の前には湖の湖面。遠くに見える西洋のお城から、何やら声が聞こえている。大理石の橋を、歩いて行く人が居る。濡れ羽色の髪を結んで、白のマントを翻す。わたしは追いかける、衝動的に彼だと気付いたから。このまま彼が行ってしまわないように、そのマントを掴む。振り返る彼、舞踏会の仮面を被って、マントを払おうとする。わたしは仮面に手を伸ばす。涙の下の、瞳をみせて。わたしの前では素顔でいて。素顔のまま、この月の下、わたしと踊って、と


「~♪」


彼の歌が終わることを自覚する。酔っていた世界から還ってくる。彼が胸に手を当て、深々と腰を折る。さっき迷い込んでいた世界の、彼と重ね合う。白い学ランも相まって、とても似合っている


「~すごい」

「―、スズ、何」


みんな静まり返っていたこともあって、わたしのつぶやきが、彼の耳に這入った(はいった)もっとも『何か言った』のは伝わったが『何を言った』かは伝わっていなかった


「すっご~い、がっくんっ」


わたし、再び彼の前腕を掴む


「すごい、すごいよっ、伝わったよっ。お月様の歌、歌ってくれたのっ」

「ああ、スズが月のことも歌ったから。同じ月で、違う物語歌った。伝わって良かったじゃない」


わたし、彼との距離をさらに詰め


「知らない言葉もあったけど、全部伝わってきたっ。この歌、仮面舞踏会の歌なんだね」

「そこまで解ったんだ。そう、最後はマスクを―」

「『素顔で踊りたい。あなたと』だよねっ。悲しい王子様に寄り添ってあげるお話しに聞こえた~」


わたしの暴走は止まらない。彼の言葉を遮って続ける


「月が出る夜だけ会える、王子様とお嬢様、みたい~。お互い顔を隠してね、隠れて逢うの。二人でいることが、一番おちつく時なの。二人だけの時が、王子様は素顔になれるの~」

「『落ち着く』ねぇ、理解はしきれてないわねぇ、涼音。ふふふ、まだまだ経験が必要かしら」


はしゃぐわたしに、明日香姉の妖艶ボイスが割って入る


「ええ~っ、ドウイウコト、明日香姉っ。わたし伝わってるよっ。二人で一緒にいようって事でしょっ『大切な人』と」

「その通りだけどさ、スズ。その辺りはまだ、焦る必要無いかな。~大切な人か~」


蓮爾兄までも、何か可笑しげに言ってくる


「そうか、二人とも。充分に伝わってると思うじゃない。単語が分からなくても、仮面舞踏会まで伝わってる。さっきのスズの歌だってさ」


わたしの抗議に、頼もしく彼が加わってくれる


「森を抜けて、大切な人に会いに行く、って歌じゃない。一人歩く大切なひとに会いに行く。俺はそう受け止めた」

「うんっ、うんっ、伝わってる~」


想いを込めた、伝わるように、込めた想い、伝わってる


「涼音、ふふふっ。朝日君、よろしくねぇ」


今思うと姉の言葉は、何処までも先を見通した声だった。あの日は何も解らなかったけど。明日香姉、やっぱり『魔女』じゃなかろうか


「きいちゃんのお歌もきれ~い。凄い」


引き戻したのは、雪姉の声。深読みの姉兄、脱線しかかる流れは、純真アイドルによって戻される。歌の感想に


「王子様とお嬢様って解るなぁ、憧れちゃう~『お城の仮面舞踏会』雪、行ってみた~い」


あの日の雪姉、わたしに近い感想だった


「わたしも知ってるの、このお歌。でもね、わたしが歌うと、違う曲に聞こえちゃうんだ~。わたしは明るく歌い過ぎちゃって、伝えきれない。お兄ちゃんすごいかな~」

「そうなの、亜留慧姉。でも確かに、き~兄凄かった。わ~、おれもそんな風に歌えるかなぁ」


明るく歌う、それはイケナイ事ではない。ただし、明るく歌うだけが詩でもない。わたしがそれを知るには、もう少し時間が必要だったようだった。弟は蓮爾兄とは別の、頼れる兄貴分を見る眼差し


「ふふふ、亜留慧が歌うと『キュートポップ』になって可愛いじゃない。ナツ、俺風に歌うことなんかない。ナツの個性はまた、別の処にあるんじゃない。後で歌、聞かせて欲しい」


わたしの腕を抜け、夏樹に向き直る彼、頭を撫でる。くしゃくしゃ撫でられ、抵抗しながらも、どこか嬉しげな顔でわかる。ムムっ


「どこか物悲しいメロディなのに、寄り添って添い遂げる。繊細な曲調なのに力強い。大佐の声も相まって。すごい、見事に歌い上げるね」

「初めて聞く曲調ねぇ、ポップ、ロック、オペラ。どれも当てはまるようで違う。朝日君が『歌い上げてる』わねぇ」


兄と姉、確かな実力者の見解。しかし明日香姉の顔に浮かぶ『思わせぶり』な生暖かい笑みは不可思議だった。蓮爾兄の困り顔も


「確かに今日、お兄ちゃんのお歌、いつもと違って聞こえたカナ~、カナカナ~っ」


亜留慧姉、どうやら自慢のお兄ちゃんのご様子。彼が褒められている事が嬉しそうだ


「え、そうなの、亜留慧姉」

「いつもはどんな感じなの、亜留慧ちゃん」

「いつもよりね、上手だったカナ~っ」


夏樹が悪戯っぽく聴く。蓮爾兄、興味深そうに訊く。亜留慧姉、胸の前で手を一度叩く。あまりにハッキリとの一言に、静まり返る、一同


「そう聞こえた、そう聞こえたんだ、亜留慧っ」


大きく目を見開く、亜留慧姉のお兄様。今度は『まずいっ』という空気が漂うメンバー『いつもと違う』『いつもより上手』亜留慧姉は言った。場合によったら、いつもは『上手でない』とも取れる文言。さっきの蓮爾兄は『いつも上手だけど』とフォローを忘れていなかった。それに、かつての彼の歌を知っているのは、亜留慧姉だけだ。てっきり彼が怒り出すのかと身構えた


「うんっ、いつもよりね、もっともっと上手だったカナ、お兄ちゃん。わたしあんな風に、絶対歌えないっ。すっごいな~」


それは杞憂だった。手を合わせ、前屈みになって興奮気味に応える、亜留慧姉


「そうか、そうか。俺の歌、変わったんだな。ありがとうスズ、キミのおかげっ」


自分の『歌』への変化に、彼は心底喜んでいた。わたしは呆気に取られていた。が、彼、わたしの肩に手を置く。意識が覚醒するわたし。彼に目の高さを併せられ


「おまえの歌には『何か』が足りないって、言われ続けていた。未だにソレが何かは解らない。でも、スズの歌を聴いて、俺はその何かを受け取った気がする」

「~、にししっ」


すごく照れくさかった、彼の言葉が。でも同じくらい嬉しかった。わたしの歌で、目の前の『大人の人』を変えられたことが


「そうだ、がっくん一緒に歌おうよっ。そしたらもっと変わるかもしれないよ。決めた、歌おう。ねぇ、がっくん」


肩に手を乗せられているので、身動きは取れない。でも照れくささから、手を後ろで組んで、背伸びをした。褒められて、得意だった


「~、歌う、一緒に、俺と」

「そ」


驚く彼。わたしはあの日、衝動に身をまかせて言った。彼と歌いたい、その気持ちが、心の奥底から湧き上がった


「これから歌おうよっ」

「これから―」


何かに『はっ』とする彼。と、僅かに肩の手に、力が籠もる


「歌ってみたい、俺も、スズと。ああ、歌ってみたい」


覗き込んでくる彼の瞳は、少年のように輝いていた。込められた、期待と希望。不意に、彼の上半身が起こされる。視線の先に


「明日香、良いかな。今からスズと歌いたい。みんなの歌披露遅らせちゃうけど、頼む。スズと歌わせて欲しい」


最高権力者の女王陛下へ許しを願う。わたしも姉に目配せ、歌いたいとおねだり。明日香姉、聴く間でもないほど、楽しげな笑顔で


「いいわよ、おやりなさい。ふふふ、こんな事があるから、歌の世界は奥が深いわぁ」


二人で歌うこと、背中を押してくれる


「涼音とき~兄、声合うのかなぁ」

「わあ~、楽しみ~。後で雪とも歌ってね~」


手を頭の後ろで組む夏樹、先を越されたのがつまらないようだ。雪姉は楽しみを増やすのが上手


「何歌おうか、がっくん。わたしも知ってる歌が良いなぁ」


彼と歌えることが嬉しくて、興奮しっぱなしのわたし


「知ってる歌じゃなきゃ歌えるわけないよ、涼音」

「も~、うるさいなぁ」


に、茶々を入れる夏樹。別に姉弟仲が悪いわけではない、むしろ仲が良いから張り合う事もある。姉弟間の競争になると、わたしも弟も退くことをしない


「そうだな、スズが初めに歌った曲でも良いけど―」

「それじゃあ『面白みがない』ってカンジでしょ、大佐」


顎に手を当てて思案する彼。それを見て、蓮爾兄一言、やや悪戯ッコの笑顔


「解ってるじゃない、蓮爾。併せるなら二人とも、今歌った曲じゃない歌が良い。その方が、もっと面白い。何か凄いことが起こるかもしれない」


顔を上げ、不敵な笑みをする彼。大変お似合い


「―ならアレが良いかもね、課題曲、入学試験で歌う。丁度男女パート分けも出来るし」

「さすがに難しくないかしら、蓮爾。二人の歌唱力は認めるけど、さすがに、ぶっつけじゃぁ」


恐らくは敢えて難しい曲を選択したであろう、蓮爾兄。歌に関わりある学科の入学試験で歌う曲。高音から低音まで、まんべんなく音程を織り交ぜ、滑舌も試される。男女でパート分けもされている、それなりに技術が必要な歌。もし、この曲を練習無しで併せられたら、それは結構凄いことだ。だから明日香姉の疑問も最もだ


「だ~からこそっ、だよ、あ~ちゃん。それにあの歌って『人を試す歌』だし『歌って見ろ』的なところ、あるし」

「確かにうってつけ、じゃない。この歌で併せられたら、また何かが掴めそうで。スズはどう」


彼の眼差しが『歌う決意』を固めたことを伝えてくる。わたしも自信を持って


「同じ、がっくん。わたしも歌いたい、この曲で」


彼に告げた


「併せてみるか」

「あわせてみたいっ」


彼とわたし、見つめあってから出した答えは、同じ。彼と打ち合わせも無しでこの曲を併せたら、どんな風になるだろう。好奇心と興奮、楽しみな感情が溢れ出る


「良いとおもうな~、雪は聴いてみた~い」

「できるの~、涼音、難しいよ~」


雪姉の好奇心まで刺激したらしい、わたしと彼の歌声。夏樹の一言は、わたしの決意を揺るぎないものにする『やってやる』と


「わたしは合うと思うカナ。一つ目のお歌だけで、あんなに通じ合った二人なら」


信じる眼差し、というのがある。と、わたしは思っている。あの日から亜留慧姉、たまに、わたしと彼に向けてくれるようになった眼差しだ。その眼差しで、頷くように言う


「がっくん、歌おうっ」

「ああ、歌おう」


わたし、亜留慧姉の言葉と眼差しに、激励されて彼に言う。彼はもう、決めていたことを反芻したかのようだった


「―」

「―っ」


目を閉じて、深呼吸する彼。わたし、その動作を見て、一瞬息を呑む


「~♪」


メロディーを口ずさむ彼、これは彼による『調律』自らの『楽器こえ』を調整する、音叉の代わり


「♪~」


わたし、その『がっき』に、自らの声を重ねる。低音の美しい彼の声、あの日はまだかん高い、わたしの声。全く違う質の声が、同じ音程を紡ぎ出す


「「~っ」」


二人の声が、音のずれ無く重なったとき、二人して息を継いだ


「「♪」」


何一つのズレが無い。幾度練習を重ねても、合わないときはあるものだけど。彼と初めて歌った日、何一つズレる事は無かった。歌い出して、わたしの中で、はじめてこの歌が意味を持った瞬間だった。彼と歌って、初めて解った。この歌は『歌って見ろ』ではない『歌って来い。歌って生まれてこい』という曲だ。歌うことで、歌い手の玉子として、生まれてこい。右も左も解らないヒヨコ、歌って『親』の前に来い。これからの『人生』を教えてやる『親(教師)』の処にやって来い。彼に飲み込まれるように、声を重ねて、わたしは初めて、詩に籠められたメッセージに気付いた


「~~~~~♪」


ロングブレス、それ一つとっても、彼の低音の響きが心地良い。オーケストラだと思った。管楽器も弦楽器も打楽器も無い。それでもわたし達は、オーケストラを奏でていると思った。わたしの、そして彼の、声(楽器)で奏でるオーケストラ。わたし達にしか奏でられないオーケストラ


「~」

「っ」


最後のパートに移る、その刹那、眼を逢わせる、わたしと彼。お互いがお互いに、飲み込まれる。その瞳の奥、感じたのは暖かさ。正体不明なのに、何処までも心が温まる、不思議な感情


「「♪~~~」」


そのむず痒さを振り払うように、わたしは最後のメロディを放つ。彼はわたしにタイミングを併せてくれたようだった。彼、左手を歌劇団の歌い手よろしく、ゆっくり挙げていく。曲が終わる合図。最後、指揮者のように、拳を握る。わたしも彼も、メロディを切る。僅かな間と静寂、打ち破ったのは拍手の嵐


「やっぱり音楽は楽しいわぁ。朝日君と涼音、見つけ合ったみたいねぇ、蓮爾」

「スズも大佐も、お互いが最高の音楽パートナーに成れるかな、あ~ちゃん」

「すご~い、雪このお歌、はじめて『良い歌~』っておもった~」

「~、おれも負けてられない。おれもこの歌、歌いこなしたい」

「やっぱり、カナ。お兄ちゃん、スズちゃん、見つけてくれたカナ」


歌い終わったとき、わたしは興奮しながら彼を見上げた。彼もまた、わたしを見つめてくれた。その眼差しは『暖かさ』で満たされていた。皆の声は耳に入っていなかった。雪姉が撮影していた映像を、後から見直して、そう言っていたのを聴いただけ。みんなからの、惜しみない拍手は、良く聞こえていた。わたしは彼を見つめてた。あの日、正体不明の満足、恍惚、興奮。混ざりに混ざった感情を、ただ眼差しに籠めながら


「なになに~、素敵な雰囲気~」

「とってもお似合いカナ~」


雪姉、亜留慧姉の悪戯ッコな声で、意識が引き戻される。そう、彼とわたし、二人だけの世界では無いのだ。いつの間にやら雪姉に、近接撮影されていた。テーブルの前、彼の椅子を後ろに下げ、料理を残したまま歌う。考えてみれば、ロマンチズムもへったくれもない。そのシチュエーションを、雪姉は『素敵』と言ってくれた。お似合いだと、亜留慧姉


「きいちゃん素敵~、大人みたい~。ずずちゃんは、乙女みたいだよ~。お歌もね、すっごく素敵だった」

「オレのほうが、大佐よりも年上なんだけどなぁ、雪~」


トキメイテいる雪姉、自分も『年上のお兄ちゃん』であることを述べる蓮爾兄。やや苦笑気味なのは、自分がそう思われていないからか


「に、だって、蓮爾兄より大人っぽいモン、きいちゃん」

「見た感じも、話した雰囲気もそう感じるわねぇ。雪が付けたニックネーム以外は、朝日君のが大人ね、ふふふ」


蓮爾兄に、追い打ちを掛ける雪姉。明日香姉、胸の前で腕組み。おそらく兄にも『もう一匙』の落ち着きを求めている


「ありがとう、スズ」

「がっくん」


彼の声で、再び目線が彼に行く


「楽しかったよ。俺に欠けていた物、手に入れられた気がする。出来れば今日、このまま何度でもキミと歌いたいくらい」


はじめて屈託無い笑顔を見せる彼。わたしはそれが嬉しかったっけ。初めて彼の『素顔』を引き出せたと感じたから。さっき彼の歌、出てきた歌詞のように。その嬉しさで、自然と言葉が出た


「がっくん、楽しかった」


後ろ手に手を組んで、背伸びして訊いた


「ああ、スズと歌えて楽しかった。ありがとう」


微笑みながら、大きく頷く彼。わたしの問いかけに、心底本音で応えてくれる、彼。わたし、彼のお礼に、心のタガが緩み出す


「にしし、わたしも楽しかったよっ。いっぱい歌いたいくらい。わたしもね、何か変われた気がするっ。課題曲、好きになれたし。がっくんと歌えたおかげ」

「それなら良かった。俺と歌って、スズも良い効果があったなら。俺だけが、勝手に変わったわけじゃなかったんだ」


安堵の顔、彼。笑いながら、左拳を顎に当てる


「変な影響じゃあなくって良かった。俺と歌って『悪い』変化を与えたらダメじゃない」

「そんなこと無いっ。スズだって楽しかったよっ、こんなの初めてっ。発表会でもこんなに歌、合ったことナイもん」


背伸びしたり、踵を、床に付けたりを繰り返す、わたし。満遍の笑みだったはず


「それは言い過ぎじゃない。発表会だったら、何度もお稽古するじゃない。今、俺と、ぶっつけ本番、歌った―」

「ううんっ、初めてっ。初めて歌って、こんなに合ったの初めてっ」


眉を下げ『おおげさ』だと滲ませる。その彼をさえぎって、言葉足らずに力説するわたし。この日言いたかったのは


「たしかに練習しての歌唱とは違うわ。でもねぇ、朝日君、そうじゃないのよ。涼音が言う通りよ。何の準備もなく歌って、こんなに素敵なハーモニー響いたのは初めてよ」

「基本寮ごとで発表会するの知ってるよね、大佐。校則に眼を通してたみたいだから」


わたしの言いたいことを補ってくれる、明日香姉。そう、文字通り『初めて』歌って、あれだけ歌が合ったのは初めてなのだ。寮のみんなは知っている。何故なら月一回の発表会は、寮の皆で行なうのが基本だから、だ。年齢や学年、男女を超えて交流して、生徒で考え、項目を決める。その刺激や経験が成長に繋がる。学校の方針だ。蓮爾兄、彼にその事を問う


「知ってる。俺達はまだ、二人だけだ。来月の発表会は、星峰家と合同にさせていただくと思うじゃない。イヤ、夏明けに転寮生来るんだったか」

「そんなこと言ってた気がするわねぇ。でも、合同発表はアリよ、朝日君」


彗星寮へ入居するのは、朝日兄妹だけでない。彼の発言に、明日香姉が答える。ただこの話題は深まらなかった。まだ年長組でさえ、転寮がどうなるか判らない状態なので、深めてみようがない


「でも、雪ちゃんと歌えるの、楽しみカナ~」


亜留慧姉の声で、完全に転寮の話題が立ち消える


「あ、っそっかぁっ。来月はがっくん達と一緒に歌えるんだっ、っとと」

「わわっ、スズちゃんっ」


基本は寮ごとの発表。ただし報告すれば、合同発表も認められる。まだ彗星寮は、朝日兄妹しか生徒が居ない。もちろん二人だけで発表することも不可能ではない。けれど大人数の方が、出来ることは広がる。来月、彼はわたし達と発表を考えているらしい。それが嬉しくて、前のめりになる、わたし。背伸びしたままだったのを忘れるポンコツ。バランスを崩して、ひっくり返りそうになって、慌てふためく。亜留慧姉も慌て声


「~と、大丈夫、スズ」


瞬時に背を支えてくれる彼、抱き留められた格好。雪姉のスマホが光り輝いた、気がした


「~、ぁ、ありがとうがっくんっ。あぶなかったぁ」

「気を付けようじゃない。ケガは何事においても損するから」


言って、しっかりと立たせてくれる彼


「ん・に~ぃ、素敵だなぁ、きいちゃん、すずちゃん」


雪姉、桃色吐息で言う。どういう心境だったかは、今も伺っていない


「その発表会でさ、何度も練習はしてるんだ、オレ達。でもね、今のスズと大佐は抜きんでてた。技術とかそういうの抜きにして、本当に重なるってこういう事なんだってわかったよ」


真剣顔の蓮爾兄、物言いで伝わってくる。そう、重ねた練習とか、積み重ねた技術とか。そういうの抜きにして、あの日、わたしと彼の重なりは凄かった。凄かったって、語彙が不足してるな、わたし。やっぱり今でもポンコツだ


「出会ったのねぇ、重なり合う人に。ふふふっ」


明日香姉、頬に手を当て、うっとりする。歌を、音を、尊む人間には解るかもしれない。声を重ねる人が現われる時の高揚を


「そう、なのか。俺は来たばかりだから、実感がない。俺自身の歌が変わったのは自覚がある『何』とは言えないけど。さっき亜留慧も言ってくれたじゃない、上手になったって」


一度、兄姉へ向く彼。わたしの肩に、手は回したまま


「そ~かぁ、勿体なかったかも~。がっくんの変わる前の歌、聴いておいたら良かった~」


実際勿体ないかもしれない。彼の歌、変わる前は聴いてないから。わたし、彼の手に自分の右手を重ね、見上げながら言う


「ふふふっ」

「ぅふふ~」


明日香姉が生暖かい視線を送ってくる。雪姉は興味津々で覗き込んでくる


「聴かなくて良かったんじゃない。聴いてたら、俺と歌おうって思わなかったかも。俺、下手くそでさ」


照れ笑いを浮かべる彼。その顔が少し幼く見えて、わたしは嬉しくなる。わたしが、色々な彼の顔を引き出している気がするから


「俺の歌を変えてくれたのは、スズ、キミだ。今日は本当に良かったよ。歓迎会、開いてくれて、ありがとう」


言って撫でてくれる彼『頭を撫でる』という行為は、彼にとって、極自然の事なのだろう。わたしは二度目の彼の手のひらに恍惚とする。が


「っと、すまないっ、またやった」


二度目ですぐに手を離す彼。それがわたしは不満で


「ううん、ナデナデして。そう言えばさっき撫でて貰えなかったし」


身を翻し、両手を握って、彼に向き直る。撫でて宣言に


「本当に」


さっきと同じ、驚く彼、目を剥く


「本当だよっ。がっくんの手のひら、大きくて気持ちいい。撫でて、がっくん」


わたしにきっぱり言われて、眼を瞬く彼。一息ついて、今度は優しく微笑む


「じゃあ、今日のお礼って事で。ありがとう、涼音」


今度はためらいなく撫でてくれる彼


「~、にしし、にしししし」

「何だか嬉しそうじゃない、スズ。そんなにイイ、撫でられるの」

「うん、がっくんに撫でられるの、良い~」


嬉しさが、心の底から込み上げる。わたしはあの日、もう虜になっていたのだ。彼の手のひらに


「アラぁ、涼音、すっかりお熱ねぇ。うふふふふ」

「懐いちゃったね、完全に。~う~ん」


妖艶に笑う明日香姉、未来を見越したその微笑みは、何処までも満足気だった。蓮爾兄は、妹分の『お熱』に何処かしら寂しげな笑み


「カナカナ~、スズちゃん、お兄ちゃん、お気に入りカナ~。お兄ちゃんのナデナデ、わたしも好き~」

「ええ~、そういうモンなの~。へへへ、涼音、子供化してるんじゃないの~」


亜留慧姉、この辺りでブラコンさんだというのが解る発言。満遍の笑みで告げる。ブラコン、なんて軽々しく言ったけど、そんなに軽々しい事情でもない。亜留慧姉にとって、頼れる身内は彼だけだ。それにブラコンであっても『病んでる』わけじゃない。この先、わたしをずっと応援してくれたのは、亜留慧姉が筆頭をおいて他にない。弟は、悪戯笑顔で茶化してくる


「ににに~、良いよ~、良いよ~、良い画だよ~」


撮影を続ける雪姉。動画は選別して上げる雪姉。動画はこの先、メンバー鑑賞用として、永久保存される。そんなことはあの日、思いもよらない


「なんだか知らないけど、みんなヤケに楽しそうに観るじゃない。そんなに珍しい、いいこイイコするの」

「ぅふっ。朝日君、涼音をよろしくねぇ」

「にしし、がっくん、よろしくね。これからスズと歌ってね」


てっぺん、側面、前後ろ。余すところなく、頭を撫でられて、わたしの機嫌はうなぎ登り。明日香姉の言葉に、どんな意味が籠められていたかは、今も推しては知らない。でも、わたしはあの日『よろしく』には、精一杯の想いを籠めた


「ああ、よろしくたのむ、涼音。俺と歌ってほしい」


撫でる手に、僅か力が籠もる、彼。その感触を知ったら、他の人の手のひらなどもっての外。今でもわたし、彼の手で撫でていただくのが大好きだ。今ここに居ない、その人に、今日も撫でて貰いたい。テーブルの上、放り出しておいたスマホ。メッセージが飛んできた音で、わたしの意識は超特急、現実に引き戻される。なんだ、もっと浸っていたかったのに。時間だって、まだ十分くらいしか経ってない。あれだけの思い出に浸っていたのに。仕方ない、コーヒーでも買ってこよう。そう思い、一度楽屋を出る。唸る自販機の前、さてどれを買おう等と思案する。ブラックかミルク入りか、微糖コーヒーか。ブラックという選択肢は、14の頃にはあり得なかった

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