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サイレント・アイ ~言葉なき探偵~  作者: 深井陽介
第一章 遺志の行方
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1‐3 潜入調査

お金持ちのお屋敷など見たことがないので、外観や細かい内装は想像にお任せします。

第3話です。


 さて、こうして大物実業家の愛人(仮)の捜索依頼を引き受けたわけだが、藍はまず哲邦の家族に話を聞きたいと考えている。実際のところ、どうやって怪しまれずに出雲家の邸宅に入るか、そこは悩み所だった。

 というのも、広岡に言わせると、


「あの方々は、自分のテリトリーに踏み込まれるのを非常に嫌がりますからね。たまに邸宅でパーティーを開くことがありますが、それでもリビングと食堂広間以外の部屋に、許可なく招待者が入ることは認めません。まあ、許可が下りることも滅多にありませんが」


 大物実業家が自宅でたまに催すパーティーとは、どんなものだろう……なんていう想像は横に置くとして、そんな状況では探偵として接触するのも難しい。なにしろ、探偵はまさに、他人のテリトリーに土足で踏み込む職業なのだ。そもそも敷居をまたぐことさえ許されないかもしれない。

 さあ困った、という局面で晃がこんな提案をしてきた。


「哲邦氏とその愛人の間の子ども、ってことにすれば?」


 ここまで非常識とは思わなかった、門前払いを食らう確率が上がるだけだ、という反論はもっともだと思う。しかし晃には何か考えがあるらしい。


「だって、遺族たちは哲邦氏に愛人がいると考えていて、弁護士に捜索を命令するほど、その所在を気にしているんでしょう? だったら、愛人の子どもには是が非でも話を聞きたいはずだし、遺産を手に入れるためなら何だって情報を欲しがると思うわよ」


 確かにその理屈で言えば、探偵と名乗るよりは、家の中に入れてもらえる可能性は高いけれど、愛人の子どもと分かればどんな仕打ちをしてくるか分からない。


「そこは、遺族たちのこだわりポイントを外せばいいのよ。遺産はいらない、四つの英数字を受け取った事はない、せめて線香だけでも……このくらい言えば、無用ないさかいの八割方は避けられるわ。あとは、広岡弁護士の説得で乗り切れる」


 結局最後は人任せか……しかし、そんな上手くいくだろうか。


 と、不安ばかりを抱えて出雲家の邸宅を訪れてわずか十分後、わたしと藍は、気が付いたら邸内の仏壇の前で手を合わせていた。香炉の中に立てられた線香から、細い煙がくゆる。


「こんな阿呆な思いつきでも上手くいくんだなぁ……」


 さすが交渉と取引のエキスパート、といったところか。もっとも、玄関で哲邦の妻の宏子(ひろこ)と対面した時は、すぐさま怒号を飛ばされてしまったが、晃の筋書き通りに話したら、不満げながらも「勝手にすれば」と言って入れてくれたのだ。今は広岡が宏子を説得している。

 ちなみに、わたしと藍では顔立ちが違いすぎて姉妹に見えないので、わたしが愛人の娘を演じ、無口の藍が興味本位で同伴したただの友人ということになった。もちろん晃が一方的に決めたことで、これ以上の案が出なかったため了承したが、藍は「ずいぶんな扱いをしてくれる」とでも言いたそうに顔を歪めていた。

 まあ、そんな事は言わなかったが。そもそも何も言わないので。


 線香を立てて合掌を済ませ、一息ついてから仏壇の遺影を見る。額の中の出雲哲邦は、柔和そうな顔立ちながら仏頂面になっていた。


 一応、宏子の前で「物心つく前に生き別れたから哲邦のことはよく知らない」と説明していたため、こちらから話せる事は特にない。本当に線香をあげる以外の用事はないという設定なので、哲邦のことを知らなくても、ボロを出す心配はなかった。それは同時に、一方的に出雲家の情報を入手できる絶好の状況である事を意味していた。

 宏子はわたし達が残る四文字を受け取っていない事に関して、まだ疑っている様子だった。でも、半信半疑になればこそ、わたし達を無下に追い返すことはないから、好都合である事に変わりはない。第一、わたし達は本当に残る四文字のことなど知らないから、どれほど問い詰められても耐えきれる。それゆえ、向こうは情報の入手に手間取り、逆にボロを出しやすくなる。ここまでは晃の狙いどおりだ。

 あとはわたし達でできる限り、哲邦に関する情報を集めなければ……わたしは隣の藍に顔を向ける。


「さてと、これからどうする?」


 わたしの問いかけに、もちろん藍は答えない。その代わり、少し考えてからリビングに戻っていった。極端に無口な藍は、唐突に何か行動に出ることがほとんどだ。


 仏壇がある和室は、襖を隔ててリビングの隣にある。パーティーが開かれると聞いたものだから、洋風の邸宅だと思っていたし、実際そのとおりだったが、まさか和室に仏壇まであるとは思わなかった。節操なさすぎだろう。

 リビングは、南側の壁全体に設えられた窓のおかげでずいぶんと明るく、部屋のいたる所に日光が当たっている。坪単位が通用しそうなほど広いリビングには、90型の巨大テレビの他に、大小様々な応接セットが置かれている。北側の棚には、哲邦らが集めたと思われる、多種にわたるコレクションが陳列されていた。大きさの違う白磁の皿が五枚、ボトルシップが四体、高級そうなヴィンテージワインの瓶も八本ほど立てられていた。見事だとは思うけど、今ひとつ統一感がないのが残念。

 藍は一本のワインボトルを手にとり、日に焼けたラベルを指でなぞった。飲んでみたいと思っているわけではあるまいな……。


「お待たせしました。なんとか説き伏せましたよ」


 広岡が戻ってきたのを見て、藍はすぐにボトルを棚へ戻した。


「わたし達の説明には納得してくれましたか」

「ええ、金庫の番号の手掛かりが得られないのは残念がっていましたけど。そうしたら、今度は哲邦氏の身辺についてもう一度調べるように言われまして」

「なんか、顧問弁護士が召使いみたいになっていますね」

「他に抱えている仕事もあるので、ここだけに時間を割くことはできないんですけどね」


 普通の弁護士なら、複数の案件を同時に抱えることの方が多いはずだ。人探しを専門家である探偵に委ねたくもなるだろう。


「それで、そちらの探偵さんは、この家の人に話を聞きたいそうですが……」


 広岡は藍を見て言った。実際に話を聞くのはわたしの役目だが。

 藍は当然ながら広岡の問いに答えない。代わりにタブレット端末に書き込んで、画面を広岡に見せた。


『このリビングは全員が毎日使っているのですか』


 質問の答えの体裁すら成していない。


「そうですね……ここが生活の中心といって差し支えないと思いますよ。まあ、哲邦氏は二か月前から入院していましたから、それ以降は残りの三人だけですが」

「広岡さんはどうですか?」今度はわたしが尋ねた。「たまにここでパーティーを開くそうですから、何度もここに来てるんですよね」

「そうでもないですよ」

「あまり来てないんですか? 顧問弁護士なのに」

「ここでの用件はほとんど、哲邦氏の仕事部屋で終始しますからね。たいていリビングは素通りですよ。パーティーに招かれても、哲邦氏との仕事の話だけで終わりです」


 饗宴を楽しむ余裕もないほど、いつも仕事に追われているのか……。のんびりと高校生活を送っているわたし達とは、住む世界が違うようだ。


「そもそもここに来ないとならない用件もあまりないので、この家を訪ねること自体が少ないですね。まあ、所用があって二日前に部下を連れて立ち寄りましたけど、奥さんに愛人探しをせっつかれただけで終わりましたし」

「大変ですね……」

「哲邦氏がご健在の時よりも忙しくなった気がしますね。というか、私の話はともかく、早く調査を始められては?」


 そうそう、広岡の苦労を憐れんでいる場合ではなかった。会話のきっかけを作った本人は、もうすでに何か書き込んだタブレットを見せている。


『哲邦氏の仕事部屋を見せてください』


 ……どうやらまだ、家の人に話を聞くつもりはないらしい。


次週は問題の金庫のお披露目、そして暗号解読の最大のカギが登場します。

……まあ、ゆっくりじっくりお楽しみください。

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