ロリババアの里
現代社会、日本の一部の人間と妖怪は共存を果たしていた。
例外は存在するが、基本現世の人間達には存在が秘匿され、拠点を妖怪界とし、彼らは国家を作った。
その国家の現在の名は『日本連邦』。
"日本国"内外の多種多様の妖怪達を受け入れ、巨大な国家として成り立った。
建国当初から国名は変更され現在は日本連邦という名前になったが、元となった国から数えると既に数百年の時が経つ。
その間日本連邦は宇宙や異世界にまで進出し、人口そして領土は現世の"日本国"とは比べ物にならない程強大な国家となっていた。
今回の話は、そんな妖怪界での出来事の話しである。
人間が住みやすいように改良された妖怪界の日本連邦有する広大な土地の一部に、特殊な村が存在する。
その名も『夢幻村』。
広大な村の土地には8千人程住んでいる大きな村である。
様々な種族で構成されており、主に『異世界』から追われた知的生命体が多く住む村である。
日本連邦人は異世界を観測中に保護を目的としてこちら側の世界に連れて来て、異世界の技術を吸収する。異世界人は住む場所を与えられ、よほどの問題行動を起こさなければ一生安寧の時を過ごすことが出来る。そんなWIN-WINの関係だ。
夢幻村は異世界人の中でもかなり限定的な個体が多く存在する。
その多くは異世界にて絶滅の危機に瀕した種族だ。
生き残っている者も数人の場合が多く、多くても30人程度。
その中では異世界の"人間"という種も存在している。
ちなみに百人単位や千人単位で移住する場合はほぼ彼等だけで住む村または町が日本連邦政府から用意される。
さて、そんな村に今回異世界の勇者によって絶滅寸前まで追い詰められた"魔族の王"が移住し、その魔族の王に会うため一人の人間の記者が村へと入った。
彼の名前は『霧鷹 歩』25歳。
日本連邦妖怪界で有名な新聞社の記者である。
「ここか。流石に人口が多いだけあって、商店街みたいなところもあるんだな」
村の中心には商店が立ち並ぶところも存在する。
20件程の商店があり、人間だけではなく獣人やエルフなんかも買い物をしている。
作りは江戸の町のような雰囲気だ。
しかし、科学文明が所々見ることができる。例えば店の中に灯っている電気の光りだ。
移住してきた異世界人以外の人間である日本人も多く見かけることができ、日本人達と異世界人達の中は良好そうであった。
「絶滅の危機に瀕した理由が"人間"という場合も多いのに。よく共存ができるな」
それが最初に歩の口から出た村の人々についての感想であった。
決して馬鹿にしているわけではない。素直に感心して出た言葉であった。
ちなみに歩が言った"人間"は異世界の人間のことであり、地球人由来の人間ではない。
それでもよく見回してみると、所々で話しかけられて困ったような感じで表情が堅い異世界人が見える。
「(彼等はまだこの世界に来たばかりで、この世界に慣れていないのかもしれない。まぁ当然だよな……本当なら今回もこういう面を積極的に取材していかなきゃいけないんだ)」
そんな感想を歩は抱いた。
商店街を抜け、いよいよ話題沸騰の魔王が居るとされる地区に差し掛かる。
関所のような門の横の看板に大きく、
『ロリババアの里』
と書かれている事から間違いではないだろう。
本来の地区名は『ロリババア地区』であり、ロリババアの里は愛称だ。
本来の名も愛称も正直正気を疑うような名前であるが、これはこの里の住民の大多数が賛成して決まった名前だというのだからこれまた信じられない。
似たような地区名で『ショタジジイの里』という地区も存在するが、今回はあくまでロリババアの里の取材がメインであるため歩は迷わずロリババアの里へと入った。
ロリババアの里というぐらいなので、当然この地区にはロリババアと分類される者達が多く住んでいる。
ロリババアとはなんだ?という疑問は当然あるだろう。
この答えは千差万別であるとこの村の住人は思っている。
ただし、共通の認識としては、通常の人間種よりも多くの寿命を持ち、尚且つ見た目が幼いという点だろう。
「民家は少ないんだな」
歩の目先には家が2件見える程度だ。
おそらく木々に隠れていると思われる。
その風景は以前ここに取材に来たという先輩から話は聞いていた通りであった。
中心地より民家は少なく、畑では無人の耕運機が稼動している状態。
歩の先輩はそう彼に教えてくれた。
「まっすぐか……」
歩は車で来ればよかったな。と早くも後悔する。
都会暮らしであった彼は、村の道を歩くというのは一種の憧れだった。
この道がいつまで続くかわからない。
のんびりとした雰囲気を味わいながら進みたいと、本日泊まる予定であるこの村の宿の駐車場に車を停めてきてしまっていたのだ。
事前に調べた地図では個人宅までは示されていない。
取材の予約を取ったのは人づてであった為、電話番号で住所を検索することもできない状況だ。
しかし、それほど長い距離を歩かず、目的地らしい民家を発見する。
「もしかしてここかな?」
木造二階建ての家であった。
今回目的の魔王の名前は『エステール』。
だが、ここの家の表札には『桃木』と書いてあった。
「そういえば人間の家に居候しているんだっけ?」
歩はここで一つの情報を思い出す。
日本連邦の環境に慣れてもらうべく、日本連邦人と一緒に住んでもらってるという情報を思い出したのだ。
「名前は……あったあった。居候先は『平田』か……。じゃぁ、目的地はここじゃないな。でもまぁ話を聞いてみるのも悪くないか」
メモをしていた手帳を取り出した歩は、魔王エステールについて先住していた村人からも聞き込みをしてみようと桃木邸の敷地に入り、玄関のドアの横にあった呼び鈴を鳴らす。
「御免下さい!『日本妖怪界新聞』の者です!」
彼がそう言ってしばらくすると、
「どうぞぉ~。入って下さい」
透き通った女性の声が聞こえた。
「は、はい。失礼します」
甘い響きのその声に期待を込めつつ、歩は戸を開ける。
「……」
扉を開けると、そこに居た女性は少女であった。
まだ十を少し超えたくらいの将来有望な容姿を持つエルフの少女がそこに居た。
ロングストレートの金髪。
白い肌に白のワンピース。
どこかの国のお姫様と言われても信じてしまう位の美少女だ。
「……」
ただ、問題は少女は一人ではなかったと言うこと。
いや、一人でなかったという点は問題ではない。
問題は"エルフの少女が跨っている男性"であった。
所謂お馬さんごっこ風に四つんばいになった若い白衣を着た男がエルフの少女を背中に跨がせている。
アイマスクと口に猿轡を装着して……。
「(へ、変態だぁぁぁぁぁああああ)」
咄嗟に大声を出さなかったのは彼の経験によるものだろう。
「(このぐらいの窮地に立たされる状況は、取材をしていればいつもの事だ)」
と、歩は大した窮地にも立たされた経験も無いのだが、平常心を保とうと気を落ち着かせる。
「あらぁ、新聞社の方なのですね?博士ぇ、家に上がってもらいますかぁ?」
「ん~」
博士と呼ばれた男は頷いている。
猿轡のせいで言葉にはなっていないが、肯定しているようで頭を縦に振っている。
「あっ、いえ。お、お構いなく……」
「そんなことぉ言わないで?さぁ、上がってきてくださいな」
歩は最初拒否をしたが、エルフが見せる妙な色気と声に頭の中がとろけそうになる。
「しかし……」
「お茶位出しますわぁ。この里の取材にいらっしゃったのでしょぉ?うふふ、歓迎しますわぁ」
「……では、ちょっとだけ……」
歩はこれ以上断るのも悪いだろうと思い直し、家に上がる事を決意する。
家に上がった途端後悔の感情が押し寄せてきたが、『どんな困難な場所にも立ち入るのが記者魂である』と、彼は足を前へと進ませた。
家の中に入ると、木で出来たテーブルと椅子がある部屋へと案内された。
基本的に自然を取り入れた作りのようだ。
綺麗に切りそろえられては居ない切り株の形のテーブルだ。
「どうぞ、お茶ですわぁ」
そうエルフの少女が言うと、四足状態から二本足状態へとモードチェンジした博士が歩の前に紅茶を置く。
「(アイマスクを装着している状態なのに、よくお茶を入れて運んで来ることができたな……)」
と、歩は思う。
そして、博士は再び四足モードとなってエルフの少女のクッションとなるべく、椅子の上に寝る。そしてエルフの少女は男の背中の上に座り直す。
「(とんでもない家に来てしまったのかな?)」
歩はこの状況を理解できなかったが、話をする決心を固める。
「えっと、私は『日本妖怪界新聞』の『霧鷹 歩』と申します。実は今日、この村に新しくやって来たという『エステール』さんという魔王様の取材をする予定でして……」
そうすると、目の前のエルフの少女は、
「これはこれはぁご丁寧に。私の名前は『リーティア』。ここの奴れ……コホン。ここに寝ている方はこの家の主人、『桃木 栗人』です。それにしてもエステールお姉さまの取材ですかぁ」
「(今、『奴隷』と言おうとしただろ)」
と、心の中でツッコミを入れつつ、意外な人物の名前が出たことに驚く。
「桃木 栗人?って、もしかして異世界渡航装置の第一人者の若き天才、『桃木 栗人』博士ですか!?」
歩は目の前の少女の尻に物理的に敷かれている天才青年の存在に驚く。
桃木博士の年は自分と殆ど変わらなかったと歩は記憶していた。
自分とは天と地ほどの差がある能力の持ち主が目の前でこんな状態になっている。
これはビックニュースであるが、これは書いても良い内容なのだろうかと悩む歩。
そもそも歩は一個人の人間の性癖についてゴシップ記事を書くつもりはない。
「えぇ、そうですわぁ。その桃木博士ですぅ」
「(あわわわわ)」
天才のとんでもない姿を見てしまったと慌てる歩。
「(天才となんとかは紙一重というが、もしかしてその類か……)」
歩はエルフのリーティアの尻に敷かれ、息を荒くしながら顔を紅潮させる桃木博士をなるべく視界に入れないように努力する。
憧れではないが、自分と同世代の英雄のこの姿はもう見ていられないのだ。
「エステールお姉さまは立派な方ですよぉ?なにせ自分の世界に取り残された国民を救おうと、日本連邦国政府に掛け合いながら、様々な協力を惜しまないのですから」
「なるほど」
歩は桃木博士の事を無視する事にした。
代わりにリーティアの話を目を鋭くさせながら聞き入る。
「ん~。ハァハァ」
「……」
やはり耐えられないと歩の心はすぐに折れた。
そもそも無理にこの家で情報を聞かなくてもいいのだ。
「ちなみにエステール魔王様のご自宅はどちらで?」
「あら?知らなかったのぉ?この家の隣よぉ」
と、リーティアは魔王エステールが住む家の方角を指差す。
「(ちくしょう!隣だったのかよ!!)」
歩は心の中で己の不運を呪い悔しがる。
「そ、そうだったのですね!では、早速取材に行ってきます」
これ幸いと出されたお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「あらぁ。ふふっ、お仕事じゃしょうがないわねぇ。また寄ってくださいね?」
「え、えぇ。機会があれば……」
歩は逃げるように桃木邸から出て行った。
「こっちだ!こっちに行けば!あった!」
歩は次なる目標を直ぐに発見できた。
100m離れた場所に家があり、表札には『平田』という文字が見える。
「すみませーん!すみませーん!ご連絡していた『日本妖怪界新聞』の霧鷹 歩です!」
別に追われているわけではないが、歩は早く逃げ込みたかった。
「はいは~い、ちょっと待っておくれ」
女性の声だ。
若そうな声であるが、話し方がどこか時代がかっている。
そんな事を思っていると玄関の引き戸が開かれた。
「あっ」
一瞬歩は身構えたがそんな必要も無く、出てきたのは幼い少女であった。しかし人間ではない。銀髪、褐色の肌、頭に二本の角を生やした魔族であった。
そう、魔王エステール本人だ。
ただ、着ているTシャツが漢字で『元魔王』と書かれていてクソダサい。
自虐ネタなのだろうか……。
「遠いところからよく来たの。ささっ、入ってくれ」
「はい」
よかった。普通だ。
と、歩は安堵する。
ただ、少し気になるのは魔王エステールが若干目が死んでいる事と、疲れているような表情だ。
「(きっと、昨日の事件で警察の事情聴取や取材の問い合わせが多くきたのかもしれない)」
と、予想を立てる歩。
「こっちじゃ」
案内された場所は小さなちゃぶ台がある部屋であった。
「(おや?)」
部屋に入ると一人の男性が歩に背を向けて眠っていた。
「(この家の家主の平田さんかな?)」
と、思いどうしようという目を魔王エステールへと向けた。
「あぁ、そ奴の事は構わん。さぁ、座ってくれ」
「は、はい」
エステールに促されて座布団に座る歩。
しばらくするとエステールが茶を持って歩むの前に置き、自身も座った。
そしていざ取材をしようとした時、信じられないことが起きる。
「マ、ママァ……」
平田と思われる男性の方から寝言のようなものが聞こえた。
歩は最初寝言かな?と思ったが、男性はのそのそとエステールの方へと這っていき、なんと正座をするエステールの膝を枕にして再び眠りに付いたのだ。顔をエステールのお腹に向けて。
「(えぇぇ……。マ、ママだって??赤ちゃんプレイかよ……)」
歩はもう言葉が出ない。
エステールは確か一人でこの世界に来たと事前の情報で掴んでいる。
つまり、目の前のどう見ても人間である男はエステールの息子ではない。
「こ、これ、仁。今客人が来ておるのだぞ」
仁と呼ばれた男はそれでも寝るのをやめない。
「(これはきっと寝ぼけているだけ。これはきっと寝ぼけているだけ)」
歩は必死に頭の中でそう唱えながら平常心を保とうとする。
「全く仕方が無い奴だなぁ」
エステールはそう言うと仁の頭を撫でていた。
諦めの表情を見せている。
「そ、それで取材の方なのですが……」
「おぉ、そうじゃったそうじゃった。して、どのような事を聞きたいのかの?」
こうしてようやく歩は取材に成功した。
「つまり、突如商店街に開いた異空間から現れた謎の敵を撃退したと……」
「うむ、そういうことじゃ」
取材は順調に終わりへと向かっていた。
「異世界の魔王が地球を守る。いやぁ、実にいいですねぇ。しかし、危険に身を晒されたという事で、日本連邦政府に対して何か思うことはありますか?」
「いや、生活の面倒を見てくれるし、我が国民も移住を前向きに検討してもらっておる。感謝の気持ちはあっても、非難する感情などないぞ」
「そうですか、そうですか」
歩は順調な取材に安心しきっていた。
もう邪魔をするような要素は無い。そう思っていたからだ。
「んっ……」
と、ここで仁が起きだした。
「(こちらに気付けば赤面ものだろうなぁ)」
歩はそう思っていると、
「おしっこ~」
そう仁から不穏な言葉が聞こえてきた。
「(まだ寝ぼけているのかよ……)」
歩がそう呆れていると、
「これこれ。一人で行けるじゃろ?」
「一緒にいくー」
「(あぁ。これはヤベェな)」
歩は一瞬で理解した。
この家も変態が巣食っているいると。
「仕方が無いのぉ。すまんのぉ霧鷹殿。ちょっとこの場を離れるぞ」
「い、いえ。大丈夫です。と、いいますか取材も終わりましたので、お暇させて頂きます!」
「そうかそうか。では、帰りは気をつけてのぉ」
「はいっ!」
「ママァーおしっこ」
「はいはいなのじゃ」
「(ひぃぃぃぃ)」
歩は再び逃げるように家を出て行った。
「……厄払いをしていこう」
平田邸を出た後、ふとそんな事を思い至る歩。
「確か先輩がこの地区にとても力の強い神様代行がいるって言っていたなぁ」
先輩曰く、ロリババア地区どころか夢幻村の見所と言えば、この地区の神社なのだそうだ。
妖怪狐が神の代行として働いているという珍しい神社で、土日であれば参拝者もかなり多いそうだ。
この村の収入源の一つらしい。
「(先輩も気に入っているみたいで月に一度は必ず来ているみたいだからなぁ。そういえば先輩がこの村に来てから雰囲気が変わったよな)」
本当は毎週、いや、毎日でも来たいと言っていた事を思い出し、歩は先輩に描いてもらった地図を頼りに進んでいく。
「(それに先輩も、もし神社に寄ることができたら売店で買って来てほしいものがあるって言っていたし)」
時間もまだあるため、歩は神社に行くことにした。
「(こっちの道か)」
進んでいくと、車が片車線ずつ通れる大通りに出る。
「(この先か)」
綺麗に舗装された道を進むと、幾つも幟が立っている階段が見えてくる。
赤い鳥居や屋根付きの案内所も見える。
案内所のようなところまで行くと、狐面を被った巫女さんが居た。
人間かどうかは判らない。
「ご参拝の方ですか?どうぞお上がり下さい」
そう言われて示された階段を上る歩。
それほど長くも無く短くも無い小山の階段を上りきると、そこには大きな神社があった。
「ほほ~、これほどまでとは……」
村の規模には似使わないほど大きな神社であった。
境内は掃除が行き届いているようで、とても美しかった。
ここで参拝をすれば今日起こった珍事を含めて嫌なことを忘れられそうだと歩は思った。
「(あそこが売店かな?)」
境内には大きい売店が存在し、お守りなどを売っているようだった。
歩は売店に近付いて中の様子を見る。
「すみません。ちょっとお伺いしたいのですが、『子狐の耳の毛』と『子狐の尻尾の毛』を売っているのはここですか?」
「はい。そうですよー」
売店の巫女服を着た女の子がそう答えてくれる。バイトの子だろうか。
「種類はそれぞれ松・竹・梅があります。どれにします?」
「えっと、松で1つづつ」
「ありがとうございます」
正直なんの商品かは分からないが、歩は先輩からもらったメモを見ながら注文をする。
すると、巫女が出してきたのは、小さなビニール袋に入った小麦色の毛であった。
各袋に一本づつ入っているようだ。
「???」
歩は実物を見てもそれがなんだか理解できない。
松。というぐらいだからどんな高級品が出てくるのだろうと歩は思っていたが、肩透かしを食らってしまった。
「耳の毛は2,000円。尻尾の毛も2,000円。合計4,000円となります」
意外と高い。厄除けのお守りなのだろうか?
巫女さんから商品と一緒にA4の紙に書かれた説明書のようなものを渡された。
後で読んでみようと歩は思う。
「おや?若いの。1本づつしか買わないのか?」
一人疑問を感じていると、隣に別の参拝客だろうか。男の老人が一人横に立っていた。
「あっ、いや。その……」
なんて答えたらいいのかと悩んでいると、
「テイスティングならそれで合っておるが……おぉ?"松"を買ったのか。若いのに良い趣味をしておる。確かにそれであれば一本でもいいじゃろうな。どれ、ワシも偶には"松"を買ってみるかのぉ。『子狐の尻尾の産毛』の松を3個頼む」
「ありがとうございます。6,000円になります」
「ふぉっふぉっふぉ。これじゃこれじゃ」
老人は小さい柔らかそうな毛が入った袋を三つ受け取ると、近くのベンチに腰掛ける。
「(どこかで見たことあるな。あのじーさん。あぁ、そうだ確か活動家のじーさんだ。前に取材もさせてもらった気がする)」
1年ほど前に自信が取材した人物との再会であったが、向こうは気がつかなかった。
「(異様に声がデカくて面倒だったなぁ。今日は妙に穏やかな表情だな。よし、このまま気付かないフリしとこう)」
そんな事を思っていると、活動家のじーさんはゴソゴソと動き始める。
「ふぉっふぉっふぉ。産毛はこうやって楽しむのが一番じゃ」
そう言いながら、買ったばかりの産毛が入った袋を開け、鼻の近くにもって行き、
スッ。
と、鼻で空気と一緒に産毛を吸い込んだ。
「(何をしている……?)」
その不思議な光景を見ていると、
「ふぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「!?」
突如老人は奇声を上げた。
体がビクンビクンと跳ね、目が空ろだ。
「こいつだぁ。こいつぁ~堪らんのぉ~」
口元には涎が垂れてしまっている。
「(えっ。これ、なんかヤバイ薬なのか??前からヤバイ奴だとは思っていたけど遂に薬に手を出したのか!。まさかこれも!?)」
慌てて自分の手元の袋に入った毛を見て、狐の面を被った巫女さん達を見る。
「普通はお湯などで薄めて飲むんですよー」
などと、特に問題なさそうな様子で商品の説明を始める。
「あ、ありがとうございました……」
歩は売店を逃げるように離れて社の方まで向かう。
とりあえず参拝だけしてさっさと帰るつもりだ。
財布から小銭を取り出そうとしていると、
「おや?」
社の階段に巫女さんの格好をした子供が寝ていた。
可愛らしい子だ。
他の巫女さんとは違い、狐面は被っていない。
「獣人?」
狐耳の獣人だった。
小麦色の毛並みで、耳と尻尾が付いている。
何の変哲もない獣人の子のようだが、妙に惹かれるものがあった。
これは自分が動物好きだからなのだろうか。
もふもふの尻尾やふわふわの耳に吸い寄せられるようだ。
「こんな所で寝てたら風邪を引くぞ」
歩はその子狐を起こそうとした。
すると、
「おやおや、小春はこんな所にいましたか」
後ろから優しいそうな男の声が聞こえた。
「えっ?」
振り向くと、神主風の人物がそこに居る。
狐獣人の子のように仮面は被っていない。声の印象通り顔も穏やかであった。
「あぁ、失礼をしました。参拝客のお方ですね?私、この神社の神主『神澤 峰貞』と申します」
と、自己紹介をされた。
「おっと。日本妖怪界新聞の霧鷹です。あそこに寝ているのは此方の娘さんで?」
歩は狐獣人の子を見ながら質問をすると、
「はい。と、言いましても異世界から来た子妖怪。こちらの神社で神代行をしている子ですよ。名前は『小春』といいます」
そう紹介された。
「え?こんな小さい子が神代行ですか?妖怪が神の代行をしている珍しい神社と聞きましたが、まさか子妖怪とは思いませんでしたよ」
歩は驚く。寝顔も幼い小さな子が神代行とは思えなかった。
「ふふ、こう見えても我々よりもずっと年上ですよ?」
神主の神澤にそう説明され、あぁ。ここはロリババアの里と名が付く場所であったなと改めて思い出させられた歩。
そんな事を思っていると、神澤はゆっくりと社の階段に寝ている小春に近付き、尻尾を右手に持ち顔を近づける。
次の瞬間、
ススススス~~~~。
物凄い勢いで尻尾の端から端までを鼻で吸い込む。
「(えぇぇぇぇ。何してるんだこいつ!)」
一瞬まともな人かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
この地区には変態しか居ないのではないかと疑いだす歩。
「コツは端から端まで全てを一息で吸い込むことです。土や埃など、フケ以外の汚れがある場合は軽く叩いて落としてからの方が良いでしょう。あまり酷い場合は洗った方がいいですが……。なるべく一度に吸って鼻の粘膜にフケや産毛などを吸着させてください」
「(こいつは何を言っているんだ?突然何を説明しているんだ?)」
理解が出来なかった。
「うん、わがまま子狐の香りだ。……しかし少し脂臭いな。ちょっと汗をかくぐらい遊んだようだな。だが、この程度ならば問題ない。むしろ神性が増す」
「(頭大丈夫か?)」
歩は自然と一歩下がる。
言い知れぬ嫌悪感が体中を襲った。
「こうやって体に情報を取り込むのです。神に認められた子の情報をね」
「!?」
その時歩は理解をした。
これは一種の捕食行為。
神の力を人間の体に取り込むための行為だ。
だから先ほどあの老人は力を取り込んだ影響で気持ちが高ぶったのだと歩は答えを導き出した。
「やってみますか?」
「い、いいのですか!?」
簡単に力を増すことができる儀式。
好奇心に駆られた歩は一歩、また一歩と子狐に近付く。
そして神主から尻尾を手渡された。
「真実を見通す力を得た貴方の未来に幸あらんことを――――」
神澤から優しく声がかかる。
記者として真実を見抜く力は必要だ。
ゴクリ。
甘い誘いに歩は生唾を飲み込み、神澤に言われた通り、端から端まで一気に尻尾を嗅いだ。
ススススス――――――。
――――歩の脳裏には宇宙が広がった。――――――
「気分はどうです?」
「ひゅごい――――。うてゅーが見へる」
「……素晴らしい」
神澤に優しく肩に手を置かれ、そっと小春から離される。
そこから一定時間の記憶が無い。
気付いたのは本日泊まる予定だった村の宿のロビーだった。
どうやってここまで来たか分からない。
受付の女性に聞くと、フラフラとした足取りで帰ってきたらしいが、心配して声をかけてみたところ大丈夫との一点張りで、虚空を見つめていたらしい。
外からは光りが差し込んでいない。
時計を見ると夜だった。
とりあえず歩は鍵を貰って自分の部屋へ入る。
「俺は……いったい」
歩は部屋に入ると状況を整理し始めた。
訳が分からないが、一つだけ分かったことがある。
「あの里……。ロリババアの里を含めて、あの村は素晴らしい……」
歩の目は血走り、口元からは涎が垂れる。
一見思考がまとまっていないように見えるが、歩の頭は現在フル回転で動いていた。
「くっ―――――――」
何かがこみ上げてきた。
とても愉快な感情だ。
「くっ、くはは。くはははは!政府が、日本連邦政府がロリババアを集めて特殊地区なんてものを作るわけだ。これほどの魅力溢れる存在を放っておくわけが無い!正しかったんだ!政府は正しかったんだ!これを非難するだなんてありえない!」
歩は高笑いをしながら自分が考えた正解を口走る。
「あの妖怪子狐様ですらこれ程の魅力があるんだ。魔王エステール様やエルフのリーティア様には一体どれ程の力が……。
あぁああ!そうだ、そうだよ。あれほどの高貴な存在だ。母と崇めたくもなるし、奴隷にだってなりたくなる!これが、これこそがロリババアの真理なのだ」
狂ったように叫びながら部屋の中を歩き回る。
「あの村を、あの地区を!なんとしても守らなくてはなぁ!そうだ、俺は記者だ。あの村の良さを書けばいいのだ!」
歩はパソコンを開き、執筆作業に入る。
目は血走り、鼻息は荒い。
彼の執筆作業は何度も何度も書き直しながら朝まで続いた。
こうして出来上がった記事は新聞のトップを飾ることになる。
それは日本連邦の繁栄が約束された瞬間であった。
この小説をお読みいただきありがとうございました。
作中の里の人間達の性癖はもうちょっと酷く書いてもよかったかなぁ。と思っています。
本当はロリババア達の日常を書きたかったのですが、いろんな種類のロリババア達が集まり人間と暮らせる環境、なぜ集めることに成功したかなど考えた結果、こんな話になりました。
次書く事があれば日常っぽいものを書きたいな。