9話 そうだ、魔法について学んでみよう。
結論から言おう。
魔法、ムリ!
少なくとも才能系魔法はぜっっっったいに無理!!
ドナにね?
頼んで見せてもらったんだよ、魔法。
俺の目は始終白黒してたと思う。
どういうことかって言うと――。
その一。
なんか、鳥でも鳴いたのかなと思ったら風が吹いた。
そよ風で気持ちよかった。
その二。
なんか、歌のへたくそなウグイスがいるなと思ったら風の小さな固まりががぺしぺし飛んできた。
眼球に入った。
地味に痛い。
そんな感じ。
「えへ、今のところこれくらいしかできないんだけどね?」
恥ずかしそうに笑うドナはプライスレス。
風(微)と風(弱)の二種類だけが持ち技らしい。
確かに威力は微妙だし、何に使えるのかと言ったら頭を傾げるけど。
でも、魔法だ。
本物だ。
「すごい、ドナ! カッコいい! 羨ましい!」
「ほんと!? やった! 実はちょっと練習にげんなりしてたんだ。アランとね、いっつも愚痴ってたの。これなら普通に森に入って剣や弓の練習した方が早いって」
今は使い物にならないかもしれないけど、何事も『ちりつも』だよ!
俺がそんな力持ってたら超練習する。
めっちゃ伸ばす!
「イサークがそう言ってくれるなら、やっぱりもうちょっと頑張ろうかな」
努力はいいね、ドナたちは苦労したら大概報われるだろうし。
でも、一番聞きたいのはそれじゃない。
早速問題点を発見してしまった。
「ところで、――声、どうなってんの?」
声というか喉というか、舌というか。
「え、呪文のこと? さすがイサーク! そうなの、わかってくれる!? 苦労したんだ~」
えへへと笑うドナ。
あざとかわい、――じゃなくて!
いや苦労して無いなんて思ってないけど。
おかしかったですよね!?
今、明らかに。
「そんなこと言っても、呪文だもん。言わなきゃ発動しないでしょ?」
いやいや、そういう意味じゃない。
てかやっぱりあれ、呪文なんだ?
俺、聞き取れすらしなかったんだけど。
なんか、人間の声域逸脱してませんでした?
ドナはきょとんとした。
「古代語だよ? よく聞けばわかるんじゃないかな?」
古代語どころか現代語すらあやしい俺になにを要求してるのかね、きみは。
いま喋ってるのが共通語なのか地方語なのか標準語なのかすら知らんし。
何なら文字すら知らんし……。
なのにお婆は英雄一派に古代語まで教えてるってのか!
ってか古代語なんて知ってたとか意外過ぎんだが?
思った以上の知識人が思わぬ身近にいたもんだな?
だが違う!
そうじゃない!
俺が言いたいのは、これは知識がない以前の話だって事だよ。
耳がそれを言語とすら認識できなかった俺にはわかってしまった。
魔法、無理。
絶対。
ドナの解説によるとそもそもの呪文は古代語で構成されて、そこから余計な音を削ぎ落し、ぎゅっと短縮した後にまとめるそうだ。
ま、纏める……?
へー、言葉って纏められるんだー?(棒)
ちなみに一言にまとめる技術、それを『圧縮言語』というらしい。
魔法の第一関門である。
おっさん二人が言っていた言葉が思い出される。
『魔法とは才能である』
なるほどなるほど……。
え?
――これ、明らかに無理ゲーだろ!?
鳥が鳴いてるようにしか聞こえんかったぞ!?
言語?
あれが言葉?
うそだろ!?
俺にとっては「理解できない、聞き取れない、発音できない」の三重苦。
才能って言葉で思い浮かぶハードルって言ったら魔力量とかさー、操作とかさー、もっと他にあるじゃん?
それがなに?
そもそも呪文を言えない。
――って、身も蓋もねえな!?
音域だけならまだしも、何度も聞かせてもらった末に俺は呪文に音律が二つあることに気付いちゃったからね!
声帯云々の話じゃなかった!
無理です。
普通は舌が二枚ないと別々の発音とかできないから。
おれ、人間だし。
おまえら人間やめる予定の人種だから仕方ないね!(ヤケクソ)
はあ、なんかもう納得したわ。
才能、そこに横たわる果てしない川を前に諦める以外になにができると?
おれは凡人。
身をもって思い知らされたけど、人間でありたいのでそれでいいっすわ。
そんな感じで諦観に支配されつつ、消えない興味と好奇心でドナに魔法の使い方を聞いていたら珍しく闖入者がやってきた。
「ドナ、こんな所で道草を食ってたの?」
件の人物は柔らかい声で言った後に、俺を見てふんと鼻を鳴らす。
「魔法が使いたいのか? イサーク」
偉そうに割り込んできたのは噂の偏屈親父テラーさんの息子、テオ。
どこから駆けて来たのか、微妙に肩が上下している。
ちょいと遠くに見えるのはアランとユリアだ。
ドナと約束でもあったのかもしれん、探してたのだとしたら悪いことをしたな。
アランの眼光がとても鋭いのが遠目からでもよく見える。
ユリアの方は心底イヤそうな顔だ。
美人が台無しだな。
俺に近寄りたくないって顔に書いてある。
目の前のテオは荒い息を押し殺して余裕そうな表情で顎を上げているのだが、言ってはなんだが俺は同年代の中ではとても背が高い。
頭一つ分テオの方が低いので、どうしても上目遣いになって迫力が減退していることに彼は気付いているだろうか。
ちょうどいい位置の頭を撫でたくなるのはいつも周りにチビどもがいるせいだ。
が。テオだって仮にも少年、プライドに障るだろうからとぐっと我慢した。
変わりにテオの質問に答える。
「ん? ああ、実は昔から魔法を使うのが夢だったんだ。ドナが魔法を使えるって小耳にはさんだから、」
「それで頼み込んだって訳か。――ドナ、お婆に魔法は無暗に見せるなって言われただろう?」
「む、無暗じゃないもん! イサークに見せてただけだし!」
「それを無暗って言うんだ! 魔法は選ばれた者しか使えない、持たざる者に見せびらかすことで起きた悲劇の話は君だってお婆に聞かされただろう?」
「イサークはそんな人じゃないんだから、何の問題もないでしょ!?」
「現にイサークは魔法が使いたいって言ってるじゃないか。羨望や嫉妬は人を簡単に変える」
当人無視で話が進む。
テオの話はごもっともだ。
確かに魔法を使えるのは羨ましい。
が、ドナを別にどうこうとは思わない。
だって、かわいいし?
だって、いい子だし?
俺にすら優しい女神だし。
そもそも何したって勝てっこないし。
この前、狼仕留めてたの知ってるよ。
俺、大人になっても無理って自信ある。
俺は言い合ってる二人を見学するためにちょうどいい岩に座る。
当事者なのに傍観者、これいかに。
「そもそもお婆に教わってることも、魔法が使えることも秘密だったはずだ!」
どうしてイサークが知ってるんだと、ドナを疑ってるのが丸わかりな台詞をテオが零した。
これは「きみのお父さんが原因だよ」と真実を教えるべきだろうか。
「――なにをやってるんだ、テオ」
「そうよ、ドナを探しにきたんでしょ。なんで喧嘩なんかしてるの?」
二人が喧々囂々、俺がどうとかこうとか言っているのをのんびりと眺めていると、悠々と歩いてきたらしいアランとユリアが登場した。
「イサークに踊らされないでよ」
あ、おい。俺は踊らせてないぞ!
勝手に踊ってるだけだ。
テオが突っかからなければ俺と顔を合わせなくて済んだのに、とばかりのユリア。
相変わらずのツン。
たまにはデレてくれていいのに。
心の声が聞こえたのか、ユリアの柳眉が逆立った。
ひえ、ごめんなさい。
隣のアランが落ち着けとユリアの肩に手を置く。
ユリアの視線が俺から外れて、俺はアランに尊敬の目を向ける。
お前、さては調教師か!
「アラン、ユリア! ケ、ケンカなんてしてないよ、ねえドナ?」
「はあ? してるけど?」
ドナの声が低い。
半眼がテオを冷たく見ていた。
テオはドナの機嫌が急降下していることにやっと気付いたらしい。
途端に慌て出した。
今更である……。
結構早めに地雷踏み抜いてた気がするよ、君。
「悪かったよ、ドナ。ちょっと言い過ぎた。でもドナにだって悪いところはあるでしょ? もう約束の時間は過ぎてるのに。……心配したんだよ?」
「心配させたのはごめんなさい。でもそれはそれ、これはこれ! 今日はもう気分じゃないから、三人で行ってくれる?」
「そんな、ドナ!?」
ドナさんの怒りは治まっていない。
女神を怒らせたんだ、テオ素直に成仏しろ。
「イサークに魔法を教えるんだから、邪魔しないで」
おろおろとドナの機嫌を取りなそうときっかけを探すテオだけど、ドナは箸にも棒にもかかかりそうにない。
最終的にアランに泣きそうな目を向けた。
アランが深いため息を吐く。
つくづくイケメンだ、まだ子供のくせに絵になる。
見慣れているだろうに、幼馴染のユリアがほうと頬を染めた。
チッ、リア充どもめ!
「――ドナ、なんできみがイサークに魔法を教えるなんて話になってるんだ?」
「頼まれたから」
即答したドナの言葉を受けて、アランが俺を見るので俺は首肯した。
「……きみは、魔法に興味があったのか?」
縦に首をぶんぶん振った。
100%肯定です!
「意外だな」
どして?
ほんとに、なんでそういう謎思考に?
「きみは、……そういう降って湧いた様な力に頼ることをしないヤツかと」
たなぼたは素直に喜ぶタイプですが?
むしろ幸運を喜ばない奴は相当な変態だと思う。
少なくとも俺はまったく親近感ないね!
「だってカッコいいじゃん、魔法」
「かっこ、いいか?」
「すごいじゃん、魔法」
「すごい、か?」
え、カッコよくない?
すごくね?
なんでお前は疑問形で首を傾げてるんだ。
俺も同じく首を傾げると、アランが少し眉尻を下げる。
「魔法を使うのはすごく難しいんだ。会得するのに時間もかかる。しかもそうやって苦労して手に入れたとしても剣の方がずっと強い」
このように根がね、素直なんですよ。アランって。
好きでもない俺の理解を助けようとするんだから大概っしょ?
悪い大人に騙されないか心配になるレベル。
俺はアランの言葉に既視感を覚える。
ドナもおんなじことさっき言ってたな。
でも違うんだよ、そうじゃないんだよ!
魔法ってのはロマンだ。
威力とか二の次だから!
お前にもわかるだろ、男なら!
「使えるってだけでスゴイんだよ!」
「そ、そうか?」
戸惑ってるアランは無視。
俺は思いのたけをぶつける。
胸を張れ。
心で感じろ!
俺なら自慢しまくる!
それに、
「力ってのは使い方次第だと思わないか?」
そう。
なんで戦闘で使う限定なんだ、てめーらはよ!
温風出せるならトーマス小父さんとテラーさん大喜びよ?
土とか操れたら狂喜乱舞すると思う。
「使い方、次第? ……そうか、そうだな」
俺は雷の魔法とか欲しいな~。
ドナやアランの話を聞くに、使えてもたぶん静電気程度だと思うけど。
それでもいい!
電気に変換して電化製品、とか夢よな。
ビリビリグッズとか?
驚いて醜態をさらす姿を指差して笑いたい。
娯楽が少なすぎるんだよ、この世界!
「俺は……誇っても、使っても、いいのか? 偶然手に入れただけの力だとしても」
そもそも、だ。
魔法って何種類くらいあるの?
四属性しかないなら俺の夢は夢で終わる。
「そういえば、アランはどんな魔法が使えるん?」
「あ、イサーク、こら! なんでアランに聞くの!? あたしだけじゃ満足できないって言いたいの!?」
あれ?
なぜかドナが怒った。
「そうじゃないけど、ほら、どんな種類があるのか知りたいし」
「魔法は大別して7つ! 火水土風! それに光と闇、と無属性! イサーク満足でしょ? もうアランたちは行っていいよ!」
ドナが早口で回答をくれた上で、追い払うジェスチャー付きでアランたちを消しにかかる。
「いいや。イサークは魔法が見たいのだろう? お婆の言う通り、見せびらかすものではないが。イサーク、お前ならばお婆も許してくれるだろう」
「アラン! コイツは人に取り入るのがうまいんだから気を許しちゃダメよ!」
「く、僕をのけ者にしてそんなに楽しいか? 魔法なら僕だって使えるんだ! 見てろよ!?」
…………ええと?
なんかしっちゃかめっちゃかだが、俺が戸惑ってる間に、結局全員が競うように魔法を披露してくれた。
俺、いま結構貴重なもん見てるのでは?
にしても使える属性が限定されてるのは個人的資質の問題なのか、圧縮言語的な話なのか。
う~ん、気になる。
魔法は使えそうにないけど、ババアに頼んだら教えてくれないかな?
……無理だな、やめておこう。
「はいはい! あたし風属性! 弓が得意だからラッキーってかんじ!」
さっき見たから知ってるよ?
って言ったらほっぺたが膨れた。
それ、突いてもいいやつ?
「おい、イサーク! ドナに近付くな! おまえは僕の魔法を見てればいいんだ!」
テオは水属性らしい。
ドナは鳥みたいな鳴き声だったけど、水属性は……猿、に似たなにかだな。
テオよ、ご愁傷様。
ちなみにアランはなんと火と光の二属性持ちだそうだ。
圧縮言語は、あえて例えるならオットセイと肉食獣の遠吠えでした。
ちらとユリアをみたらギロリと睨まれたけど、使ってみせてくれた。
……控えめに言って断末魔。
効果はまったくわからなかったけど、成長させたら無属性である治癒魔法になるらしい。
え、悲鳴上げながら人を治すんですか?
治されてる奴、絶対ドン引きだろ。
俺にも使えたら両親は死なずに済んだかな、なんて妄想が一瞬頭をよぎったけど過去は過去だ。
目を閉じて感情の波をやり過ごす。
俺の胸中などいざ知らず、本人たちはとても真面目だった。
「発音が滑らかになったな、練習の成果が出てる」
「これ以上の効果を求めるともっと複雑になるんだよね~? つらいなぁ」
いくら将来人外予定でも、どうしても言語的に発動できない魔法はあるらしい。
ふうん、そういうもん?
ドナがいま練習してるという指向性の風魔法を見せてくれた。
「これで弓の飛距離と威力を伸ばすの!」
と、大変やる気だ。
俺なら風で服を乾かす。
水属性だったら水流作って簡易洗濯機だな。
すごく、……欲しいです。
ドナの魔法は練習中とのことで、やはり発動はしなかった。
けど、その呪文は高音過ぎて聞き取れないのか、そもそもそういう発音なのかすらよくわからない、空気を吐く音だけが耳に残る。
高度魔法になると通常の人の耳では聞き取れなくなるらしい。
まさしく空気を「圧縮」したような音だ。
ちょっと安心した。
なんなら魔法が発動するたびに笑っちゃうところだった。
控えめに言ってカオス動物園だったもんな。
「スキルの方の魔法だと熟練者は呪文すら必要ないらしいんだ」
それに対抗しようとするとこれくらいの速度で発動できなければ勝負にならない。
そのために作られたのが『圧縮言語』と。
よく出来てるな~。
だいぶ本気で使用者をふるい落としにかかってるけども。
「ん? あれ、まてよ? もしかしてお前たちって、スキルでもう一つ魔法増える可能性あるのか?」
「まあ、そうだな」
別に何とも思ってなさそうな顔でアランが頷いた。
これ以上いらないけど。とでも言いたそうな顔だ。
おお、ジーザス!!
この幸運過多野郎に天罰を!
具体的に言うと、スキルガチャでゴミスキルを引きますように!
コイツのことだからたぶん有能スキル引くだろうけど!
呪うくらいはいいだろう!?
「今回だけは礼を言う。きみを認めることはまだできないけど、考えを改めさせられたのは確かなことだ。この力を降って湧いた幸運とは思わず精進する事にするよ」
アランは何かを確かめるように自分の拳を握ってから、ふっと俺にニヒルに笑う。
……男に流し目されても嬉しくねぇよ。
後ろでそんなやつに礼なんて必要ないとユリアが手を振り上げていたけど、テオに羽交い絞めにされ抑えられていた。
ドナに命じられたらしい。
あの、ドナさん。テオよりユリアの方が体格いいからね?
押さえきれなくてテオ泣きそうだから。
男の子のプライドは繊細なんで、もうちょっと取り扱いを慎重に頼むよ。
「……きみに言わせれば、力に意味を与えるのは自分自身らしいからね」
アランが決意の眼差しで遠い空を見上げる。
リアル中二病?
それでも様になるのが腹が立つ。
仕方ないよな、未来の英雄だもんな!
言っておくけど、嫉妬じゃないからな!
ユリアが振り上げていた手を下ろして、ほうっとアランに見惚れた。
いつも通りでなによりです。
大人しくなったユリアに一番ほっとしたのはテオだろう。
任務完了とばかりに笑顔でドナを振り返ったが、今度はドナが別の意味で拳を振り上げていた。
アランに同意してやる気に満ち満ちている。
こちらもまあ、いつも通り。
それにしても、アランよ。
俺は空気を読んで口には出さなかったけど、おまえにめっちゃ聞きたいことがある。
――俺、いつそんなカッコイイこと言った?