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危機俺!  作者: 一集
第一部 イサークの奇行と愉快な仲間たち
8/55

8話 そうだ、ファンタジー世界に触れてみよう。




テラーさんは職人になった。

レンズ職人である。


現在では俺が最初に作成したレンズがクソに思えるほどの完成度を誇っている。


透明度とか、倍率とか。

上手く処理すると上がるらしーぜ?


「上がるんじゃない! なるべく下がらないようにする、それが『処理』! 使い易くする、それが『加工』!」


あ、すんません。


「だがな、ふふ…」


おっさんがふふとか笑わないで欲しい。


「新たな発見をしたんだ! 聞いて驚け、まだ倍率が上がる方法があったんだ! おい、聞いてるのかイサーク!」


処理をどう変えたとか、加工をこうしたとか、滔々と説明しだすテラーさん。

しまった、隙を作ってしまった。


「なんとな、その方法ってのは『削る』だ! 表面をな! 上手いこと、こう……」


あ~はいはい、削り出しとか研磨ですね。

レンズ作りでは重要な工程ですねー。(白目)


テラーさんが試行錯誤した結果、俺がやった処理がすでに10倍くらいの工程になってる、……らしい。

やれって言われても俺は出来ない、やりたくない。

あと、最早興味を覚えないので頭に入らない。


テラーさんの話を聞き流していた俺に、傍に居たトーマス小父さんの責める視線がバシバシと突き刺さった。

ちょっとした切欠ですぐに語りたがりの職人モードに入ってしまうテラーさんの扱いは慎重さを要するのである。


ちなみに、トーマス小父さんも似たようなものなのだけど、本人はまったく気付いていない。

棚に上げすぎ問題。

これ、あるあるね。


ヤスリに使うとかでゴブリンの皮を引っぺがす必要が出たテラーさんは、ゴブリンの四肢をもぐのが趣味のトーマス小父さんと最近は仲良くやっている。


「ちょっと、テラー! 取りすぎ! 僕の分まで持ってかないで!」


ほら、喧嘩する程仲が良いとか言うじゃん?


トーマス小父さんは肥料になるのは肉と骨、とは言いつつも皮は若干その促進剤になるのではないかという実験をしているとのことでとても迷惑そうだ。

料理でいう、風味系調味料をプラスするみたいなもんか?


皮、肉、骨、通常肥料、の比率を変えながらその成果を強制的に聞かせてくるトーマス小父さん。


「最近はダンの畑を借りて実験中なんだ! 土の状態を見て、栽培に最適な状態に変えていくんだけど、それぞれに合った配合を考えるのが難しくて難しくて!」


の、割に笑顔がすごい。

楽しいんですね?

素直になってもいいんだよ?


とはいえ、彼の楽しさは俺には一生理解できそうにない。


俺から言えるのは一つ。

とりあえず記録つけといてください、今後のために。


「しかも砕く大きさによって土に浸透していく速さが違うみたいなんだよ。わかる? これって色々使える気がしない!?」


うっわ、聞いてない。

な?

これテラーさんと変わらんでしょ?


「おい、トーマスのことなど放っておけ!」

「テラー邪魔しないで! イサーク、僕の話が優先だよ!」


これが美女だったらな、とか意味のない妄想をしてみる。

だが現実は変わらない。

かなしい。

むなしい。

さみしい。


ダンおじさんがいないだけまだマシと思おう。

まあ。彼に関してはすでに捕まり済みで、引く程話を聞かされた後なんだけどね……。


イザベラがイザベラでイザベラなんだってさ。

話の内容を欠片とも覚えてないけど、たぶん合ってる。


「なんにしても血抜きと乾燥が重要な工程になるんだけど。――それにしても、自然乾燥はやっぱり時間がかかるんだよね」


悩まし気なトーマス小父さんの後ろでシャルが布切れ(ハンカチ)噛みながら恨みがましそうな目で見ている。

トーマス小父さん、家帰ってから気を付けた方がいいよ?


「そっちも乾燥が重要、か」

「そっちも、ってことはテラーの方も?」

「うむ、最重要と言っても過言ではない」


ふにょふにょレンズもどきを固めるために乾燥が必要なのは、俺が作ってた頃からあった工程だ。

俺のガッタガタな実験段階では問題にもならなかったけど、ここまで加工に拘り始めると、そうは問屋が卸さないらしい。

どうも乾燥に失敗するとレンズが歪むみたいだ。

あと硬さにも影響するし、そうすると研磨作業の難易度が変化するんだとか。

レンズの倍率が下がることがあるとかなんとかかんとかうんとかすんとかもはやどうでもいいとか思わなくもない。


「火系の魔法でも使えればな」


ない物ねだりしても仕方ないと、ぼそりとテラーさんが呟きながら鼻から空気を吐いた。


ん?

え、ちょ、ちょっと待って!

空耳?

妄想?

俺の願望が見せた夢?


「ふ~む、テラーのスキルは魔法系じゃないんだっけ?」

「火系でもなければ魔法でもないな」


いや、これは確かに現実!!!


「そもそも魔法系スキル持ってる人間なんて――」


魔法って言った!

スキルって言った!?


ちょ――――――!

ストップ!!!!

キタコレ!

詳しく、今すぐ説明をプリーズ!


「ん、どうしたイサーク?」


どうしたもこうしたも!

ファンタジー要素が唐突に目の前に差し出されたので動揺してるんですけど!?

それがなにか!?


そりゃしますよね!?

魔法って言ったらアレだよ!

どれだよ、コレだよ。

全人類の夢だよロマンだよ、妄想の中の黒歴史とも言うけど!


「ま、ままままっままま、魔法とか、ス、ススススススキスキスキルとか、あんまり知らないから教えて欲しかったり? したりしなかったり?」

「あ? ……つまり、どっちなんだ?」


今すぐ教えてくださいー!!

すいません、誠意を見せます、土下座でもなんでもしますぅー!

だから一生のお願い!


「こういうのは普通お婆から教えてもらうもんなんだがな」


ぽりぽりとテラーさんが頭を掻く。

お婆ってのは薬師兼占者である村の生き字引のババアのことだ。


初めて見た時は干乾びたミイラが鎮座してると思ったものだが……。

なるほど、本来ならあのババアから講義を受けるものなのか。


「うちのテオはもう教わってたから、お前もてっきり知っているものかと……」


偏屈親父テラーさんの息子の名はテオ。

インテリ然とした少年である。

俺より一つばかし年下だったような?


背は俺の方が高いし、テオも体格がいい方ではないけど、俺よりはきっと強い。

確信。


ちなみに英雄一派である。

森にずんずん入っていくタイプのヤツ。

向上心があり過ぎてついていけないタイプのヤツ。


しかも、なんならアランより俺に当たりがキツイ。

不思議なこともあるもんだ。


俺の予想では将来は賢者とか、そんなんになる。

がんばれ。


ちなみにテラーさんがイサーク菌に罹患してから彼の目線はより鋭くなった。

超遠くからでも俺の事見つけて睨んでくるもんね。

血の濃さを感じる。

やってることが父親と超そっくり。


最近はもう逆に俺の事好きなんじゃないの?って思ってる。


「それ本人には言わない方がいいよ」


とはシャルのありがたいアドバイスだ。

俺は友人の言葉をちゃんと守って、困ったときはテラーさんの影に隠れることにしている。

そういえばテラーさんが近くにいなかった時、一度だけドナを盾にしたことがあるけど、睨まれるだけじゃなくてなぜか怒鳴られた。


「逆効果だから! それ、すっごくテオの癇に障ってるから! 今すぐドナから離れて!」


シャルがあわあわしてるのがとても面白かった。


まあそんな話はいい。


「えこひいきだ!」


お婆の話である。

なーんで、俺より年下のテオが講義を受けてて俺が知らんのだ!?


「イサーク、落ち着いて。うちのシャルもまだお婆に呼ばれてないから」

「つまり、ひいきだ!」


宥めようとするトーマス小父さんに噛み付くように叫ぶ。

俺の思わぬ勢いに困ったような顔の大人が二人。


「多分テオは見所があったんだろう」


トーマス小父さんが言いにくそうにそう話す。

そんなこと知ってるぅー!


「お婆が決めたことだ」


ごらんの通り、お婆はミイラの癖に発言権は村長に次ぐ。

……まあ、そういうことである。


いや、わかってるよ?

多分シャルや俺たちの方が普通なんだって。

あいつらが特別なだけ。

だって、末は勇者か英雄かって奴らだもん。


でもひいきには変わりない。

羨ましい!

俺も知りたい!


そんな楽しそうな事先に知らされるなんてズルい!


「う~ん、いいのかなぁ?」


地団太を踏みながら駄々をこねる俺。

まるで子どものようだが、よく考えてみて欲しい。

俺がまだ正真正銘の子どもだということを!!


ちらとテラーさんを見るトーマス小父さん。

テラーさんが頷きながら言った。


「イサークなら知ったとしても滅多なことにはならんだろう」


なになに、普通は知ったら滅多なことになる様な話なの!?

わくわくするんだけど!?

はよはよ!

ロマンをこの手に!


「……いや、やっぱりやめておこう」


テラーさんが鼻息荒く近づく俺を嫌そうな顔で遠ざける。


嘘でしょ、なんで!?

ケチ!

おにー!

人でなし!!!


「そういう所だよ!!?」


トーマス小父さんにまで窘められた。

まあ、冗談はこれくらいにして。マジでさわりだけでもいいから教えて欲しい。


「ったく、遊んでないで最初からそう言え」


思わぬところで千載一遇のチャンスを得たらしい俺。

持つ者べきものは……なんだろう? この場合、友人じゃ絶対にないし、罹患患者? G計画仲間? いや、俺G計画なんて練った覚えないし、どう言ったもんかな。


「そもそもイサークは何が知りたいの?」

「魔法! スキル! それなに!? どうやるの? 俺も使える!?」

「なにって魔法は魔法だろうが」

「スキルもスキルだし?」


なに言ってんだコイツみたいな顔をされた。

いや、わかってるよ、魔法くらい!

不思議な力だろう!?

ほら、火とか水とかの超自然現象を操れたりするヤツ!


「いや、間違いじゃないけど……。なんか偏ってる気がするなぁ、イサークの頭の中」


なんで!

どこが!?

それを教えて!

今すぐ!


俺に知識を~!

わくわくの種をくれ!!

ちゃんと育てるからー!


捨て犬を飼いたいとばかりの勢いで、必死に縋りついて教えを請うたところによると――本当にざっくりとしたことしかわからなかった。

トーマス小父さんとテラーさん自身があんまり興味がなかったせいだと思う。


なんで興味ないかな?

こんなトキメくこと他になくない?


「「ある!」」


ふふん、土壌改善とか、レンズ製作でしょ?

わかってるからな!

もう肩透かしなんて食らわないから!


「「ゴブリン狩り」」


……うん。

なんか、ごめん?


俺が言えることは一つ。

イサーク病、おそるべし!


どうやら聞く人間を違えたらしい。


苦労してその二人から聞き出した話を俺がざっと理解したところによると、俺の知るファンタジー世界とは若干の違いがあった。


まとめるとこうだ。


魔法、あるけどあんまり強力じゃない。……ことが多い。

例外あり。

使えない人間多し。


スキル、便利だったりそうじゃなかったり。

種類が多い。

大体一人一つで一生固定。

魔法含む。


魔法とスキルの違いが分かりにくいけど、まったくの別物でもないようだ。

ややこしい。

魔法って大きな括り(カテゴリー)と、スキルって大きな括り(カテゴリー)があって、重複する箇所もある、とそういうことだ。


「魔法が使いたい? はは、イサークには無理だよ」

「あれは才能が全てだしな」


二人の目はお前にそんな才能はねーよ、と語っている。

くそう!

転生補正とかあるかもしれないじゃん!?


「なんでわかるんだよ! 万が一ってこともあるかもしれないだろ!」

「魔法なんてのは一握りの人間が持つもので、使えるやつが特別なんだ。自分とは別物だと思った方がいい。羨むとロクなことにならんぞ」

「そもそも生粋の魔法なんてお目にかかることの方が少ないものだし。目立つほど強力な魔法を使えるのなんてそこから更に一握りだしね。なら、最初からないものとして考えてた方がいいよ?」


あ、やっぱり羨ましく思う人間はいるよね。

俺だけじゃないよね。

よかった、俺の感覚がこの世界とかけ離れてなくて。


それにしても魔法の使い方を教わる前に、嫉妬と別離する方法を教えられた俺って、どんだけ才能ゼロだと思われてるんだ?


まあ、魔法とはこのように「とにかく才能!」とのこと。

そしてほとんどの人が使えない。


二人があんまり魔法に詳しくないのもそのせいかと思うと何とも……。

世界って優しくない。


「詳しく知りたいならテオやドナに聞いた方がいいんじゃないかな? お婆に習ったばかりだと思うし」


そうアドバイスしてくれたトーマス小父さん。

続いて少し挙動不審なテラーさんが、珍しく目線を外して心持ち小さな声で言った。


「あ~……テオもドナも、使えるみたいだしな」

「……なにが?」


俺はいやな予感で胸をいっぱいにしながら笑顔で聞いた。


「……魔法が」


俺は張り付いた笑顔で聞いた。


「特別なんじゃなかったの?」


テラーさんが引きつった顔で答える。


「特別なんじゃないか?」


彼らこそが、と。

俺はピンときた。


「アランとユリアもか!」

「……ま、まあ、そうとも言う」


知ってた。

才能の違い、知ってた!


でもさ、一応言わせて?


「あれれ~? 特別な人間、ちょっと多くない~?」


俺は額に青筋の浮いた笑顔で聞く。

テラーさんはそっと目を閉じた。


「世の中そういうもんだ」


俺は泣いた。


これが現実か!

世知辛い!


くそ、英雄どもめ!

才能の塊かっ!


くやしい!


「ほ、ほら、そんなに落ち込まないで! 今使えなくても、もしかしたらイサークのスキルは魔法かもしれないし? スキルは一人一つはあるんだし! まだチャンスあるから!」


は、そうか!

才能がなくても掴めるチャンス、それがスキル!

一筋の希望を見た。


「ちなみにトーマス小父さんのスキルってなに?」

「……あ~、爪に泥が入りにくい?」

「――テラーさん?」

「目がたまによく見える」


それ、なんて闇ガチャ?


「イサーク、これも何気に便利だから! 役に立つのがスキルだから!」


慰めになってない!

圧倒的絶望感!!!


本当にスキルガチャで魔法なんて出るの?

確率何パーセント?


縋る様な目の俺に、テラーさんがそういえばと呟く。


「スキルのことならダンに聞くといい。あいつのスキルはかなり強力だったはず」


空気読めえええええ、偏屈親父いいい!

今の俺にその情報は、いらねええええええ!


「そうそう、だからダンは一度村を出たんだよねえ」


くそが!

ダンおじさんなんてただの寂しい独身男だと思ってたのに!

希少スキル持ちとか、そんなん解釈違いだから!!


今すぐにイザベラにフラれろ!!











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