58話 そうだ、恩人を紹介しよう。
さてはて、イムたちは無事だった。
ギリ間に合った。
……ギリ、かな? でもないか?
ぷるぷると部屋の隅まで追い詰められて震えてるロフとミディ。――の前に立ちふさがったイム。
俺が見たのはイムが剣を構えたヒイロさんの顔に飛び上がってアタックする瞬間だった。
張り付きではなく、体当たりしたあたりにイムの手加減を感じる。……殺意的な意味で。
と同時に、ひっくり返ったヒイロさんにかつてのルパートさんたちの言葉が頭をよぎったね。
ううん、まあ。……あの評価、マジで妥当だったのかも。
スライムごときに反撃を食らう冒険者はたぶん……ゴニョゴニョ。
「てか、仲間意識あったんだな。お前」
イムが他二匹をかばっていた光景への感想である。
イムはみょんみょんと縦に伸び縮みした後に俺に飛び乗ってきた。
俺の頭まで移動したイムは人さまの頭で飛び跳ねる。なに、なんの主張よ。わかんねーって。
「ヒイロさん、大丈夫?」
床に仰向けに倒れたヒイロさんに手を差し伸べながら、イムたちが家スライムであることを説明する。
「スライムを、飼う? テイムってことか? わざわざスライムを? ってかお前のスキルってテイム? レアスキルじゃん。……いやスライム程度しかテイムできないならやっぱダメか」
「テイムじゃない、テイムじゃない。飼ってるだけ。ペットみたいなもんだよ」
「はあ?」
いててと後頭部を打ち付けたのか、手でさすりながら起き上がるヒイロさん。
……ヒイロさん? 受け身って知ってる?
「うぐ、スライムだからって油断した。あ、……いや、ホントだってっ! こんな跳躍力あるスライムとか初めて見たし!!」
あー、はいはい。わかったって。
「いや、お前わかってねーだろ! おいコラ、イサークちょっと俺の目を見ろ」
いい、いい。そんな必死にならなくても。
俺は何があったってヒイロさんの味方だから。ね?
ヒイロさんはまだぶつくさ言ってたけど、大事なことを先に言っておかないといけない。
「ウチの村、スライム飼ってる人めっちゃ多いから気を付けてね? 野良スライムだと思って勝手に殺したらエラいことになるから」
飼い主以外にも厄介なのがいるしね。
コールとかユーレンさんとか……。
「あー? 確かにここに来る途中もめっちゃ見たな。さすがに湧いたスライム放置しすぎじゃないかと思ってたんだが」
「いやあ、それはもしかしたら本物のスライムかも?」
「どっちだよ!?」
突っ込みはごもっとも。
まだそこまで話題には上ってないが、表面化は時間の問題となってるのが実はコレ。
そう村の中には現在、スライムが蔓延っている。
寒さが和らいでわらわらと湧いてきた野良スライムがめっちゃ居る。あの排除すべき畑荒らしのモンスター。その数、雨の後のナメクジ並み。
幸いにもスライム除けの柵のおかげで作物に被害は出ていないが、被害が出てからでは遅い。
なんでこんな状況になってるかって?
野良と家スライムの見分けがつかな過ぎて、野良を殺せないのだ。
色水飲ませて色を付けてる人も多いけど、絶対じゃないってところがミソ。やってない人もいるんだよな。
うちの三匹だって最近は偏食気味で、色水を飲んでくれないから無色透明だし。
これを更にややこしくしてるのが、最近わかってきたスライムと飼い主の関係の話。
実はスライムと飼い主は結構相性があるらしい。――ってことが最近わかってきた。
スライムが飼いたいと思っても、波長が合う個体が居ないとどうにもならない。
合わないまま飼うとどうなるか? 逃げ出すか、食事拒否で衰弱、もしくは原因不明の核自壊。
不思議なもんで、相手探しに全然苦労しない誰とでも合いやすい人もいれば、なかなかマッチせず苦労する人もいる。……恋人探しかよ。
つまり。だからスライムを殺すのは厳禁なのだ。
やっと見つけた一匹の可能性がある。うっかり人さまのスライムを殺すわけにいかない。
結果、野良スライムを放置せざるを得ない状況に陥ってるってワケだ。
「そろそろなにか考えないとなぁ。野良と見分ける方法」
いまんとこ、全然思いつかないけど。
とりま一回大掃除か?
村長に協力してもらって、この日のこの時間に駆除作業するから家スライムは外に出さないようにしてもらうとか。
……あれ? リンに同意するわけじゃないけど、やることが無限に増えていくな?
ええと、そもそも俺が今やってるのって――
時計作り(のんびり進行、材料が獲れた時だけやる)
水耕栽培(実験は人任せ、要望あった時だけ改良)
冒険者カードもどき(材料選定中)
試験制度(カードを先に作りたい)
コンロ(魔法陣ボチボチ構築中)
とりあえずこんなもんか。
でもあれよな。
今みたいなボトルインクじゃなくて、インク中入れのペンとか。そのうちできる図書館には検索機入れたいし、あとコンロ出来たら冷蔵庫も作りたいし、他には……あ、風呂、もしくはシャワー! 欲しい! ……ん? コレ、次の冬に突入する前に作るべきじゃね? わりと急務じゃね?
娯楽も足りないよなー。なんか遊ぶ施設欲しい。
施設以前に、すぐできるボードゲームとか、知育系はすぐに作ったっていいのか。
……お婆に相談してみようかな。
てか、この際だから村に店が欲しいよ。雑貨屋しかないからさ。
八百屋とか、肉屋とか、飲食店とか。
そうすると経済が回り始めるわけだけど。……金か? この物々交換が主な手段の村に、ついに金銭が必要になるのか?
おい待て、カネってどうやって管理するんだ? 外で流通してるカネはどんなもんなんだ?
つらつらと考えながら、ヒイロさんとスライムのテイムだとかこれはテイムじゃないとかの話をしている間に伝言を聞いたのか、妹のアルネさんも我が家にやってきた。
「やほ、イサーク。久しぶり!」
ノックもなしに登場した彼女。
いや、別にいいんだけどね。隠すものなんてなにもないし。
「こんにちは、お元気そうで安心しました。アルネさん」
「それはこっちの台詞! 聞いたよ、角兎に殺されかけたとか。なんの冗談かと思って笑ってたら、真剣な顔した村長にマジだからって言われてさ~」
「あはは……」
このちょっと軽い口調の女性がアルネさん。
身も軽く索敵に優れた冒険者だそうで、この村ではまず見ないショートカットの髪形も含め、かなりボーイッシュな印象を受ける。ぱっと見少年に見えなくもない。
例にもれず細身で、なにがとは言わないが、肩は凝らなさそうである。
「そうそう。もう聞いたかもしれないけど、村にいる間はここに泊まってってよ。できるだけ歓迎するからさ!」
「……あーね? さっき村で挨拶周りしてきたんだけど、いつの間にか大事にされてるみたいじゃない」
ちょっとだけ声が低くなって、アルネさんは目を細めた。
情報が真実か疑ってるんだろう。彼らが知る俺の状況じゃ、そりゃ信じられないか。
「まあ、随分と生活が楽チンになったことは確かだよね」
継ぎ接ぎだらけの服も卒業してるし、メシなんて自動で提供される。むしろ食べないと怒られる始末。
というか、村全体が富んできているのか一日一食がデフォだったのが、森組だけの特権だった朝食なんぞというものがたまに出るようになった。軽食も軽食だけど、今までの状況を考えるとあること自体がスゴイのよ。
で。そもそもなにがきっかけだったかと問われれば、――ゴブリンに感謝ってカンジ?
とは言え、それを説明するには随分と時間がかかる。後で時間あるときにじっくり話そう。
仕方なしに俺は曖昧な笑顔で返した。
そのせいかアルネさんが一瞬考え込む。
「んー。ま、いいわ。深くは聞かないどく。イサークにとって良い事には違いないし。どんな事情があるにせよ、少しくらい目を瞑ってやってもいいかな」
あ、意味深な意図はまったくなかったのに。めっちゃ深読みされた。
どうぞお気を遣わずに!!
しっかしあれよな、雑な男を支えるのはやっぱ気遣いのできる女性。ってのが定番。
つーかこういう相手がいないと男は生き残れないだけな気もする。
例えばダンおじさんにイザベラがいるように。
「ふーん?」
ぐいと近寄ってきた顔が俺の目を下から覗き込む。
あ、これガチ恋距離っす。アウトっす。
「本当に、マジで! 大丈夫。問題なし!」
頭を必死に引きながら、アルネさんの顔からできるだけ遠ざかろうと努力する。
ヒイロさんが後ろで苦笑してた。ちょっと、笑ってないで助けてよ!
「……そこまで言うなら信用しましょ。あなた自分で助けてって言えるものね。じゃあ、その時まで待ってることにする」
「ううん、待たなくていい。ぜひ聞いて欲しいよ。二人に話せないことなんて俺にはないんだから」
「あ、そう?」
ちょっと驚いた顔をしてから、にっこりとアルネさんが笑う。
あ、あ、そんな簡単に笑っちゃダメだよ。無防備よくない、アルネさん!
「ここに泊まるのは問題ないし、せっかくだから世話になろうよ兄さん」
「そうだな、むしろここの方が安心だ」
くるりとヒイロさんに向き合ったアルネさんの言葉に、二人が顔を見合わせて頷き合う。
この家は幼い俺だけだから、そりゃ安全よ?
――というのも。
この村の人はあんまり気づいてないと思うけど、実はアルネさん結構な美人なのだ。
それと念頭に改めて見てみると、アルネさんの薄汚れた格好も切りっぱなしの髪形も中々にわざとらしい。
ヒイロさんがそれとなく男性を警戒してるのも、そのせいだったりするんじゃないかな。
二人とも俺が気づいてないと思ってるけど、たまに聞く冒険話で出てくる仲間の話は絶対女性か、女性がメンバーにいるチームだけなんだよねー。
ここまで組む相手を選んでたら、そりゃ出世も遅くなる。
都市部を拠点にせず田舎のどさまわりばかりしてるのも理由があるのかも。
決して彼らがお人好しなだけで冒険者として足踏みしてるわけではないのだ。
「イサーク? おい」
「あ、ごめんごめん。そうだ、二人のことだった。こっちが先か」
「ん? ん?」
そうだよ、村に居るうちになんか恩返ししないと。
やっぱ渡すなら現物がかたいよな。何か二人の役に立つもの。俺なにか持ってるか?
「んー、すぐに渡せるものっていうと、ランプ? ……はさすがに持ってるか? そうだ、ライト作ろう! ヒイロさんは指向性の高いライトって持ってる?」
「ライト? ってかそもそもランプなんてコストの高いもの、持ち歩いたりしないから買ってないぞ。というか、買えない。いや、それ買うくらいなら他を買うってだけだけど」
唐突な話に半分ついて行ってないのか、ヒイロさんが目を白黒させながら、それでもちゃんと答えてくれる。
「え、待って。ランプ持ってない? 光源ってそんなに優先順位低いの?」
だって旅してんでしょ? 野宿とか野営とかあるっしょ?
必須じゃないの?
「そりゃ便利だとは思うけどなぁ。持ってるチームと一緒に旅すると楽だし」
「でも、突然魔物に遭遇して置いていかざるを得ないとか、衝撃で壊れるとか、交換用の魔石が高いとかも見てるわけだし。やっぱ『割に合わない』が先に来るよね」
なんの話?と顔に困惑を張り付けたままの二人。
律儀にランプを買わない理由を教えてくれるところに人の良さが滲んでる。
「でもさ! 小型化して、なんならリュックにぶら下げられるくらいなら、置いてくとかないっしょ。あと『衝撃で壊れる』って、どれくらいの衝撃? 現時点で結構丈夫だと思うんだけど。そもそもペンライト型にすれば形状的に『頑丈』までイケるくね? で、エネルギー源の交換用魔石はあれよ、ゴブリンよ。ゴブリンってどこにでもいるんだから現地調達できるし」
「イ、イサーク?」
万事解決じゃんね?
他には、ええとー。
「靴は? 足の疲れ軽減できる靴あるよ。足裏の感覚鈍くなるのが欠点っちゃ欠点だけど、長旅なら結構いいかも。冬や山越時は特におススメ。スライム飼わないといけないから、そこは考えどころだけど。そうだ、村にいる間にお試しで使ってみたら? 利点の方が多いってなったら、飼えばいいんだし。悪食の名に恥じない雑食だから餌には困らない上に、連れてても重量あんまないし。うん、旅のお供には案外向いてるかも?」
「おーい、俺たちの声聞こえてる?」
あとはなんだ?
「大したものじゃないけど、超音波ナイフとか。冒険者の人って武器のほかにナイフ持ち歩いてるんだよね? 他よりちょぉっと燃費悪いんだけど、力入れないで切れるから便利、……だと思ってるのはもしかして俺だけか? いいや、とりあえずあとで俺の渡すからさ、これも使ってみてよ。いらないものあげても仕方ないし」
「お、おん……」
「兄さん、多分聞こえてないわよ、これ」
ヒイロさんにはびみょいかもしれないけど、アルネさんにはぴったりじゃない?
護身用に重宝すると思うんだよね。
「ちょっと待ってて、用意できるものすぐ持ってきちゃうから!」
ヒイロさん達も長く留まっていられないだろうから、一から何かを作るには時間が足りない。
調整できそうなら今やって、明日からさっそく使ってもらおう。
「あのね兄さん、わたしさっき挨拶回りしてきたでしょ? その時言われたことがあって」
「なにを?」
「……イサーク病ってのが蔓延してるらしいんだよね、この村」
「はあ!?」
「イサークに近づくとうつるから気をつけろって忠告されて。なんのことかと思ってたんだけど」
「……コレか?」
「聞いた症状とほぼ一致」
「うつるのか」
「らしいわよ」
「ねーだろ」
「ないと思いたいけど、すでに何人かこんな村人に会ってるから。絶対とも言い切れないのがなんとも」
「え、こんなんがたくさんいるの? この村」
ちょうどナイフとランプと足の型取り用セットを抱えて戻ってきた俺を、二人が揃って窺うように見てくる。
視線の強さに思わずたじろいでしまった。
……な、なに?
「い、いやー、俺たちなるべく早めに村を出ようかなって相談をしてて」
「そう! 依頼達成のノルマがね。けっこう期限近くて。あはは」
はへえ、冒険者ってやっぱ忙しいんだなぁ。
一二週間とか思ってたけど、もしや数日しか猶予ないのか?
まあ、理由もあることだし?
今日から久々に徹夜するか~。(ハリキリ)




