52話 そうだ、忙しい人たちの話をしよう。
冬の終わりの気配が強くなってきた。
なんだろ、空気感ってのかな?
寒いは寒いし、見てる景色も変わらないんだけど、なんとなーく刺すような寒さが緩んだ気がする。
とはいえ、例年ならまだ村の外を出歩くのは森組だけの時期だ。
雪解けには程遠いしね。
そんな中、今年は朝っぱらからざっくざくと雪を踏みつけ、森の中に分け入っていく一団が。
コレ最近の日常。つまり毎日だ。
え、彼らが誰かって?
大工連中と木こり連中だね。
一応、護衛なのか狩人もついていくんだけど。
彼らは朝一で森へ出かけ、昼前には一仕事を終えて帰ってくる。
そこから通常の仕事をこなすのだ。
ちなみに彼らが森で何をしてるかと言うと、木に目星をつけている。
ほら、村の拡張計画あるっしょ?
あれに使う木材、どの木を伐採するか今から探し回ってるらしい。
木にも色々あるみたいで、建築計画書を片手にどこそこに生えてる堅めの木を何本、加工しやすい木があそこに密集して生えてるから、うんぬんかんぬん。
別々の計画書を持って、何組かに分かれて毎朝探索に出かけてる。
春になってからスタートしてたんじゃ間に合わない、出来ることはやっとこうってな話しらしい。
勤勉だねえ。働くねえ。
……ちょっと話は変わるけどさ。
村にある家々が、アホみたいに隙間風多い理由って知ってる?
それは越冬のハードルを上げまくってる要因の一つでもある。
正解は家を作る材料である木。
の乾燥工程の話。
冬を越えるために絶対に必要なもの、それは木材。
燃料のことだ。
夏の間に乾かして薪として冬に消費する。
毎年、これがギリギリなわけよ。
ならさ、家を建てるための木はどうなんだって。
そりゃ、乾いてる木の在庫なんてないんだから、お察しだ。
で、建てた後に乾燥が進んで、……歪んでくるわけよ。
崩壊に繋がりそうなヤバ目の歪みは専門家が都度補修するんだけど、壁の反りや割れなんか一々直してらんない。
だって、歪んでるのがデフォだし。キリないし。
だからどの家でも隙間を埋めるためのパテは必需品。
特に冬は材料を絶対に切らさないようにしてたりね。なんなら命に直結するし。
さて、余裕のない村で家一軒建てるのがいかに大変な事か、これで少しはわかっただろう。
……大工連中が今から焦ってるのも道理だ。
ちな、彼らが森から帰ってくる際、大工と木こりで言い合いしながら帰ってくることが多い。
大工連中はただ欲しい材料の木を見つければいいけど、木こりたちはそれを伐って運ばなければならない。
俺にも大工にもわからない基準で伐れない木もあるし、運搬の問題で却下されることもある。
一応、狩人たちにも発言が許されてて、彼らもまた、狩りの視点で伐られては困る木があるとか。
立場が違うと色々難しいね。
……つーか、毎日のように出かけては今日は何本、今日は何本とか、確保した木を数えてる彼らを眺めてると、なんか不安になってくる。
環境問題。大丈夫、っす、かね……?
木、切り過ぎると地滑りとか、大雨災害とか、生態系の変化とか。
――みたいな話をしたら、「は?」という視線を貰った。
全員から。漏れなく。
ああ、うん。
そうなるよね。
だって生まれた時からずっと木々に囲まれて生きてきたからね。
それは当たり前にあるもので、時に道を阻み、時に命を助ける、上手く使えば頼りになる共存相手。
つまり、彼らにとって木なんて無限にあるものなのである。
無くなる事なんて想定外。
そもそも頭にない。
これに関しては俺の方が異端な自覚があった。
だって俺、資源の枯渇が問題になってた地球出身なんでー―っ!
考えざるを得ないっす!
そう、そこにあるものは当たり前ではなく、長い年月により育まれた自然からの贈り物。
今はわかんないかもしれないけど、人間がそれを過剰に消費し始めたらマジで喰い尽くすのなんてあっという間なんだぞ!
ヤベエと気付いた時にはもう遅い。だって、復活させるためには長い年月が必要だから。
ん、ん゛っ!
「よし、植樹しよう」
そうしよう。(キリッ)
伐った場所に木の苗を植えるのだ。
これで最悪、森が死ぬなんてことにはならないハズ。
取りあえず誰かに木の苗育ててもらわないと。
いや待てよ?
木材生産を視野に、場所を確保して植林してもいいのか?
自分たちで使う分を自分たちで育てる。……アリ?
生産までにかなりの時間が必要だけど、後々を考えれば。うーん。
そんなことをつらつらと考えて、ふと我に返る。
あ。さてはコレ、もう俺の手に負える話じゃねーな?
ババアに、いやここは村長か?
一旦、相談だ。
この問題を理解してくれるのは二人くらいなもんだろ。
起こってもいない問題を問題と捉えるのは案外難しい。
二人なら問題提起と解決案の一つや二つ上げておけば、後は勝手に改善して上手い事やってくれるよな?な?
相手があの二人だと気が楽でいい。
もちろんすぐに紙にまとめて、持っていった。
お婆は唸り、村長は苦虫を嚙み潰したような顔をして、……どうやらこの件は村長が引き受けることになったらしい。
「あ、苗育てるならダンおじさん推薦しとく!」
あの人植物を育てるの好きだし、イザベラのおかげで仕事に余力が出来てきてると思うんだよね。
「ふむ、なるほど。ならば声をかけてみよう」
ふ、ふははは! 一人だけ楽はさせねーぜ?
後でダンおじさんが、すごい形相で俺に迫って来たけどね?
ざまあ見ろと高笑いしてやろうと思ったら、がしっと抱きしめられた。
「イサーク、ありがとな! 好きな事を仕事に出来るように、わざわざ取り計らってくれたんだってな」
予想外の反応をされ、俺はガハガハ笑うダンおじさんに突っ込むことをやめた。
ツマンネッ!
まあいい、そっちはそっちで頑張ってくれ。
俺は俺にしかできないことをやろう。
そう、問題は他にもある。
木々の乾燥だ。
新しい建物をまたガッタガタに作られては困る!
ってのも本音だけど、正直、結構前から課題だと思ってたんだよね。
獲ったゴブリンを肥料にする時もそうなんだけど、乾燥ってけっこう生活の上で必要になることが多い。
とりま、あのゴブリン乾燥部屋を実験に使わせてもらおう。
へへ、やっと魔法陣を試せる機会が!
あかん、どうしてもニヤニヤしてまう。
だって、今まで絶対無理だったことができるかもしれない、それって控えめに言ってワクワクじゃない?じゃない?
「でも乾燥か。……乾燥ね? しかも人工乾燥となると?」
腕を組みながら、指をトントンと叩く。
人工乾燥と言えば、低温除湿か高温乾燥か。
なんか他にもあったような? ……でも思い出せる気がしない。
まあ今はこの二つから考えよう。
とはいえ、高温ねえ?
解析した例の魔法陣的な話をすると、一定以上の温度を保つのは結構難しい。……っぽい。
命令文自体がムズイのよな。
「熱」を「高く」させるのに諸々の条件が付くし、どちらもエネルギー消費がアホみたいに激しい。
さらにこの二つを両立させる手段を俺は知らない。
ついでに「保つ」もかなり消費が激しい。「保つ」がエネルギー不足で一瞬で終わるとか、本末転倒過ぎんぞ。
――これ、なんて三重苦?
例えるなら「熱」の条件を書き出すだけで三桁行必要なレベル。これを他のプログラムと過不足なく繋げるとか、無理ゲー過ぎる。
そもそもその時点で物理魔法陣に書き込める量ではないし、なんなら展開型魔法陣でも半径がキロ単位になるのでは?(怯)
あ、ちなみに展開型魔法陣は物理ではないにも関わらず、障害物があると作動に失敗する仕様だった。
あの時見せてもらった魔法陣は部屋の壁にぶつかってたから、そもそも作動はしなかったワケである。
あの杖の魔法陣をきちんと使うにはもう少し広い場所が必要って事だな。
それを前提として、バカみたいにデカい魔法陣は現実的ではない。
キロ単位で開けた場所があるわけないし。だってここ森よ? 障害物だらけよ?
結論、今の俺がどうにかできる難易度ではない。
と言うわけで、ほい消去法。
『低温除湿式』、君に決めた!
高温は難しいけど、低温ならどことなくイケるっぽいんだよな。
状態を一定に保つってのはやっぱ厳しいんだけど、そこはほら言葉のロジックよ。
けっこう「連続」させるとか、「定期的」に作動させるとか、この辺が通るクサい。
これなら試行こそ必要だけど、十分代替可能だろ。
「除湿は、――行程的には『取り込み』、『冷却』、『結露』、で『水は外』に『空気は中』に戻す。こんな感じか?」
指折り数えてみる。
工程こそ多いものの一つ一つを分離して考えれば、「高温」よりはずっと単純化できる気がした。
少なくとも無理ゲーではなさそうだ。
「工作ってか、ちょっとした装置が必要になりそうか。……ヒュー爺暇あるかな?」
うーん、正直なさそう。
最近工房の方もフル稼働始めてたし。
ゴーグル以外に建築の小物やら道具やらの製作もしてるっぽいんだよな。
そういや、ナティアさんとこは要請を受けて溶解液の量産体制に入ってた。
ただでさえ紙の消費量が上がる一方でてんてこ舞いだったところにこの追い打ち。
家族総出で朝から晩まで働き通しだ。
疲れてうっかり事故らなきゃいいんだけど。……アレ、人殺すのに十分な威力あるし。
忙しい繋がりで、ブリーダーのコールもわりと許容量一杯らしい。
キメラスライムの研究どころじゃないとか。
……ちょっと安心しちゃったな。複雑。
コールが忙しいのは、例の遭難事件から(派閥関係なく)保温靴の需要が一気に村に広がったせいだ。
あれを使おうと思うと絶対にスライムが必要になるからね。
そしてそこに割り込むユーレンさん。
コール曰く、「父の『正しいスライムの飼い方』講座を受けないと、父が他人にスライムを渡すのを許してくれない」らしい。
……悪いことではないと思う。うん。
あと、ユーレンさん。正しい飼い方があるならまずレポート書いてくれ、レポート。
え、字? そーか、そーか……。ニヤリ。
そろそろ森組連中にも覚えて貰おうじゃねーか。
忘れずお婆とジェシカさんに追加授業頼んどいてあげないと!
もちろん大本である靴の魔法陣製作もランタン以上に需要が増した。
ひたすらシャルが靴の下敷きに魔法陣を描き、ランタンは引き続きローザさん。
今じゃ、アンナ小母さんとオルガおばさんがひいひい言いながら導線を作り、他の女性陣が魔法陣に導線を埋める作業をするという流れが出来ている。
仲が悪かったアンナ小母さんとオルガおばさんは、今はいがみ合ってる場合じゃないと気付いたらしく、毎日のように顔を合わせて作成計画を補完し合っていた。
「助け合わないと乗り越えられない」んだってさ。へー。
忙しいのも悪いことばかりじゃないね。仲良きことは美しきことかな。
こんな感じで、拡張計画とは別の軸で忙しい人も多いけど。
それにしても、みんな早くから備えすぎじゃね?
張り切り過ぎじゃね?
でもね!
時間とは自ら作り出すもの。
忙しい? 知らんがな。
無ければ作ってもらえばいいのである。
「うむ」
さ、あとでヒュー爺に仕様書持ってこ♪
どれくらいで出来るもんなのかな?
一週間くらいあれば、さすがに十分か?
ちなみにお願いしてもヒュー爺は特に何も言わなかった。いつも通り無口。
オッケーてことだ。
が、ヒュー爺が快く引き受けてくれた代わりに、グレッグさんが怒鳴り込んできた。
「お前、おやっさんに何無茶な事押し付けてんだ!?」
え、いや。そりゃ杞憂ってもんでしょ。
義息だからって勝手に心配し過ぎ。過保護かよ。
「だって了承したのはヒュー爺だよ?」
「言っとくが、沈黙は了承じゃねぇからな!?」
ぶー。でも否定もされなかったし。
「あれは絶句って言うんだ、絶句って!」
はあ? 一体何に絶句すると言うのかね?
「ぐ、……くう!! コイツ、本気で言ってるから質が悪い! お前はもう少し自覚をだなぁ!」
「よい。もうよい」
後ろからグレッグさんの肩に手を乗せて、ヒュー爺が力なく首を振った。
あ、居たの? いつの間に?
「帰ろう。そして仕事をしよう」
ほら見ろ! 断られてないし! やる気満々だし!
「このっ!」
「グレッグ」
すごむとやっぱり怖いグレッグさんを名前を呼ぶだけで鎮めるとは、さすが猛獣使いヒュー爺。
そんなヒュー爺に促され、グレッグさんは肩を落としとぼとぼと共に帰っていった。
嵐みたいだったな。
……で?
結局、なんだったの?
「俺、暇じゃないんだけどなぁ」
もしかして、暇そうに見えるんだろうか。
悪戯に邪魔すんのやめてくんないかな……。




