5話 そうだ、奇行を観察してみよう。
「ねえ、イサーク。あたし、あなたのこと少しはわかってるつもりよ?」
ちょっとした丘の上、村を眺めながら隣で美少女が呟いた。
二人きりの状況とその台詞に素直にときめきたいが、そうは問屋が卸さない。
「イサークはスゴイ人だもの。やってることにはきっと意味があることなんだと思ってる」
俺は君のその全幅の信頼がどこから来るのかがとても疑問です。
ショートだった髪は少しだけ伸びて、気持ち程度に大人っぽさをプラスしている。
残念ながらトリートメントなんて存在しないので、この長さが髪の美しさを保てる限界なのだけど。
悩まし気なため息は見る人が見れば(例えばテオ辺りの)心臓を打ち抜けそうだが、俺は知ってる。
「でもね!」
そう。
俺が今、説教されているんだということを!
語気が強くなるドナ。
怒れる女性に反論してはいけない、とは亡き父(今世)のありがたい教えである。
「自分のことも少しは考えて!」
「はい!」
「周りの事もよく見て!」
「はい!」
「勘違いされて困るのは自分なのよ!?」
「は、はい!」
はて。
イエスマンになるのは構わないのだが、ここで一つ疑問が。
俺は一体なにを怒られてるんだろう。
「イサークがいま村でなんて言われてるか知ってる!?」
「知りません!」
「イサークに近づくなって! 近づくと病気になるからって!」
「あ?」
テンポよく続くはずだった説教は俺の間抜けな返事のせいでタイミングがずれた。
だって、予想外過ぎる台詞が……。
ビョーキ?
ビョーキってあのウイルスとか、菌とかで感染するあの病?
まさかね。
多分俺の知らない新しい異世界用語だろう。
……でもまあ、一応聞いておこう。
念のため。
あくまで念のためだ。
「ビョーキって?」
「だから! ダンおじさんやトーマス小父さんのことよ!」
????
あの二人が何か?
「二人の奇行の原因はイサークだって言われてるのよ! 信じられる!?」
信じられますねえ!
即答しそうになった。
ひどいわ、言いがかりよ!
とドナが憤った口調で言ったが、俺は口を噤んで汗を流す。
だって、心当りがあり過ぎて。
ドナさんに大変申し訳なく(滝汗)
「ゴブリンが近くで出ると二人が飛んできて、……あ」
状況を説明し始めたドナが不自然に言葉を切ったけど、理由は俺にもすぐに分かった。
ダンおじさんの努力(……と愛)のおかげで、村の外周は徐々にイザベラで覆われはじめた。
その向こう、森の方からふらりと現れた緑色の肌を持った子供の背丈ほどの人型モンスター。
そう、我らが因縁の相手、ゴブリンである。
もはやドナも、俺ですら怯えることはなくなった弱小モンスター。
俺の場合は今でもうっかり殺されないとも限らないけど、日々の彼らの扱いを見てるとね、うん。
ピロン。
>野生のゴブリンが現れた。
>近くにいた村人Aが気付いた。
>村人Aは持っていた鍬を構えて近付いた。
音声ガイド風状況説明は置いておいて、俺は駆除される運命となったイニシャルGに手を合わせた。
なむ~。
隣でドナがちらちらと俺を見ながら真似をする。
とりあえずかわいい。
かわいいは正義。
とてもよいものを見た。
「イサーク、これなに?」
合わせた手をそのままに小首を傾げたドナが俺に聞く。
あざとい!
だがそれがいい!
「ん~お祈り? の作法、の一つ?」
「ふーん? イサークはやっぱり物知りね」
へへ、とドナが嬉しそうに笑った。
なんで君が嬉しそうにするんだね?
最近思うのだけど、ドナは俺への信頼が厚いような気がする。
つまり、俺のバカでただのノリだったりする行動に一生懸命意味を見出そうとしてたり。
今みたいにね。
たまには疑問を覚えような?
悪い人間に騙されるぞ。
和んでいたら例のゴブリンは、……あ~。
例のゴブリンはまだ死んでない。
それどころか、闖入者によって新たな場面を展開していた。
ピロン
>野生のダンが現れた。
>ダンの威嚇!
>村人Aが怯んだ!
なんで村人を威嚇するんだよ!
アホか!
あ、ゴブリンの喉がスパッと切られた。
片腕で器用なものだ。
でも返り血がエグイ。
R18の光景に思わずドナの目を塞ごうかと思ったら、ドナは怯えた様子もなくケロリとしていた。
「イサーク? 大丈夫?」
逆に心配をされる始末。
あ、俺より強いんでしたね、余計な心配でした。
ゴメンナサイ。
と、俺の手動アナウンスが状況の変化を告げる。
ピロン
>野生のトーマスが現れた。
>トーマスの突進!
>村人Aは逃げ出した!
って、おいー!!
なにやってんだ、あの二人は!
>ダンとトーマスが出会った。
>ダンの威嚇!
>トーマスは怯まない!
「邪魔するな! これは俺の獲物だ!」
「まあまあ、そんなこと言わずに!」
トーマス小父さんはあの柔和な顔のまま強引に割り込んで、死んだゴブリンの足を掴んだ。
あ!と声が聞こえてきそうなリアクションでダンおじさんも慌ててゴブリンの腕を掴む。
取られてたまるかってところだろう。
どうなったかというと、大岡越前の逸話みたいになった。
息子を取りあう二人の母親の話ね。
が、ゴブリンはすでに死んでるから痛いとは言わないし、二人は言っても聞く耳持たずだっただろう。
ってか、なんであの二人がゴブリン取りあうんだ?
それぞれ必要なモノは違うんだし、互いに争うことはないはず。
片や魔石が欲しくて、片や骨肉内臓系だろう?
「骨肉だってイザベラが好きかもしれないだろ!? いつも同じ食事だと栄養が偏るかもしれないしな!」
「こっちも魔石、試してみたいんだよ! だって、成長促進作用あるんだろう? 証明されてるんだろう? やらない理由が、ない!!」
俺の心の声でも聞こえたかのようなタイミングで答えが出た。
それにしても、ゴブリンを取りあうおっさん二人。
マジで何やってんだ、こいつら……。
互いに一歩も譲らないまま、このままじゃ埒が明かないと判断したダンおじさんが妥協案を提示する。
「ここは一つ運任せとしよう」
「……いいだろう」
ダンおじさんがゴブリンの喉を切り裂いた剣を振り上げた。
スパンと、ゴブリンはきれいに両断。
……上半身と下半身がバイバイした。
R18どころかR20指定受けますよ、これ。
フンスと鼻息を荒く吐いて、上半身を脇に抱えたダンおじさんは踵を返す。
にこにこと機嫌よさそうに、トーマス小父さんは下半身だけになったゴブリンの足を持って引き摺って帰った。
……と、とても猟奇的な光景を見た気がする。
確かにこれは奇行以外のなにものでもない。
しばらく無言になった俺たち。
先に口を開いたのはドナだった。
「ねえ、イザベラって誰だと思う?」
そこかよっ!!
「も、妄想の恋人では?」
「ん~、それでも別にいいんだけど」
いいんだ!?
ドナは時々驚くほど懐が広い。
男の人はそういうもんだってお母さんが言ってた、と答えたドナに大人の業の深さを見た気がする。
ドナはそんなこと知らなくてもいいと思います、ドナのお母さん。
「妄想の恋人って理想の恋人ってことでしょ?」
「まあ、普通はそうなるな」
妄想の恋人を嫌いな相手にする理由がない。
「ダンおじさんの思い描く理想の恋人はゴブリンを食べるみたいだけど……大丈夫かしら、こう、健康的に?」
大丈夫。
ソレ、木だから。
「まあいいわ! 本題はそこじゃないんだから」
気を取り直したドナが俺に向き直る。
「どう? わかった? あれがイサークのせいだって噂されてるのよ?」
はあ、まあ。
「そりゃ、もちろん噂する方が悪いけど! でも誤解される方にも問題はあると思うわ。イサークだってもうちょっと周りの目に気を配ってくれれば、こんなこと言われなくて済むかもしれないじゃない?」
ドナさんや、いつか嫁に来てくれませんかね。
マジ女神過ぎん?
思わず拝んだらドナが真似をした。
「お祈り? でしょ?」
知ってるとばかりににっこり得意気な顔だ。
俺を殺す気か!
萌え苦しんでいるとドナが村の一画を指して言った。
「あ、テラーさん」
そりゃ彼は村人の一人だからどこに居てもおかしくはないけど、俺はドナの指の先に視線を飛ばして、ドナがわざわざ言葉にした理由を悟った。
木の陰から顔だけを出して、コソコソとどこぞを覗いているのである。
本人は隠れているつもりかもしれないけど、逆に目立つ。
アヤしい。
アヤしすぎる。
視線の先を辿ってみると、絶賛奇行中のトーマス小父さんに行きついた。
すれ違う村人たちがゴブリンの下半身を引き摺る姿にドン引きしてる中、熱い視線がビシビシとトーマス小父さんに突き刺さっている。
あれかな? いわゆるストーカーかな?
テラーさんは俺に対して優しくない類の村人だ。
だが、俺以外にもことごとく優しくないので特に気にはならない。
このテラーさんがどういう人なのかと言えば、年のころはダンおじさんより上で、トーマス小父さんと同年代。
トーマス小父さんと違って最初から畑を耕してきた、年季の入った村組の一人だ。
背はトーマス小父さんよりよほど高く、ダンおじさんよりは低い。
村の男性の中では高い方だろう。
長年畑を耕しているのでそれなりの筋肉はついているが、もちろん森組のような見た目の凶暴さはない。むしろ縦に長い方だ。
彼の特徴は見た目より、何と言ってもその性格だろう。
言葉のチョイスが大変独特で。
まあ何と言うか、……捻くれた物言いをするので敬遠されがちな人物なのである。
なおかつ、少々怒りっぽくもある。
俺は彼の行動を二つしか知らない。
畑を見てるか、文句を言っているか。
ちなみに俺は彼にいまだに名前を呼ばれたことがない。
今よりもっと幼い頃、彼の畑にうっかり踏み入って「俺の畑に金輪際近付くな、クソガキ!」と怒鳴られ尻を蹴飛ばされて以来の大変歴史ある呼び名のままだ。
そんなテラーさんは現実的な理由でさっぱりとした短髪を好む村人の中にあって、少し長めの灰色の髪を持っている。
容姿にとても似合っていると個人的には思っているのだが、声をかける隙がないので言ったことはない。
声をかける前に近付くなオーラで威圧され、睨まれ、そこを突破しても嫌味をひたすら言われるという苦行を耐えられる人だけ頑張ればいいと思うよ。
当然俺にそんな気力はない。
もっと年を取ったら偏屈ジジイと呼ばれるに違いない。
つまり村の厄介者の一人である。
が!
残念ながら、それなりの発言権を有する人物でもある。
何故かといえば、トーマス小父さんの次か、はたまた同じくらいに持っている畑の面積が広い。
村の肉以外の食糧事情を大きく支える二人が、テラーさんとトーマス小父さんということになる。
腕は大変優秀なのだ。
そこは誰もが認めるところ。
そしてテラーさんは畑仕事にとてもプライドを持っている。
そんなわけで何かとトーマス小父さんとぶつかることが多い。
大抵テラーさんが一方的にトーマス小父さんに突っかかっていくのだけども。
俺はもちろん心の中で10:0で汗を拭き拭き謝るトーマス小父さんを応援している。
いつかトーマス小父さんが逆襲に殴りかかる場面でも見られないかと期待を込めて。
ま、俺からしたらどっちも畑馬鹿なのだが、そんなことは言わない。
だって食わせてもらってる身だし?
二人の違いを例えるなら、直感重視の現場派がトーマス小父さん。
物事を計画立てて実験と検証を行う研究肌タイプがテラーさん。
土を舐めちゃう系か、土をひたすら観察する系かの違いである。
正直俺にとってはどうでもいい違いだ。
それなりにある背を丸めて、じぃっと静かに地面を見ているテラーさんは蟻の行進を観察している子供を彷彿とさせるのだが、本人はきっと気付いてない。
問題はそのテラーさんがライバルであるトーマス小父さんを密かに熱心に観察している事である。
「……これは、バレたかな?」
G肥料のことだ。
あの杓子定規の人が素直に黙っててくれるわけがないだろうし、早くもゴブリン活用計画頓挫のお知らせかもしれない。
いつまでも秘密裏に進めていくつもりはなかったのだが、表に出す情報は正確であるべきだと個人的には思っている。
例えば、コレが「危険だ」と知らせるだけではパニックになるが、どの場所がどう危険なのか、対処法までまとめて知らせればいたずらに怖がらせることもない。
便利情報だって同じだ。
使い方を間違って公害にでもなったらたまったもんじゃないから、利用方法を確立しておきたい。
なんて考えはきっと理解されまい。
「どうしたもんかなぁ……」
俺は頭を抱えた。
「どうしたの? 困ってるの? なにか手伝いできる? 誰がイサークにそんな顔をさせてるの? お話してくるよ?」
お話って肉体言語じゃ……んなわけないか!
俺の女神に限って!
あははははは。
「もしかして、テラーさん?」
とても鋭い。
隠す必要はない事なのに、咄嗟に俺は嘘を吐いた。
「いや、全然関係ない。ちょっと思い出したことがあってさ!」
「ふ~ん?」
ああ、そんな目で見ないで!
なぜか、言ってはいけない気がしたんです!
決してドナを信用していないとか、疑ってるとか、そんな理由じゃないのでー!!!
ほ、ほら!
アランたちが呼んでるよ?
いいって、俺の事は全然気にしなくて!
うんうん、大丈夫だから。
ドナの方こそいくら慣れたからって森は油断は禁物だからな。
いざとなったらアランたちを盾にして逃げて来るんだぞ。
じゃあ、またな!
「イサークは相変わらず心配性ね、ふふ。それに比べてアラン達ときたら! せっかく久しぶりにゆっくり話せたのに! 毎日修行とか、訓練とか。ホント信じられない!」
ちょっとドナさん、本音が!
あいつらに聞こえるから、音量下げて!
「って。……はあ、仕方ないか」
肩を落としてため息を吐いたドナが、じいっと俺を見上げた。
「強くなるためだもんね?」
「う、うん、そうだな?」
がんばれ?
「うん!」
ぱっと花が咲くような笑顔が眩しい。
じゃあ行ってくる!と、元気に走り出したドナの後姿に手を振った。
……俺はなにか間違ってやしないか?
不安に駆られたのはなぜだろう。
すでに副題の「そうだ、○○してみよう。」縛りがキツイ…( ;∀;)