49話 そうだ、面倒をかけてみよう。
相変わらずの雪景色。
積もり過ぎて骨喰樹の生垣が半分以上埋まってる。
おかげで冬が始まった頃に比べるとその機能もだいぶ削がれてしまっていた。
魔物に分類される(であろう)骨喰樹も、やはり冬の間は成長度合いも著しく落ちるらしい。
夏の間は恐ろしい速度で成長していた生垣はまったくと言っていいほど伸びてない。
それでも獣や魔獣の襲来方向を絞れた功績は大きいんだけど。
冬も終盤に差し掛かった今日この頃。そんな骨喰樹の生垣が雪に埋まり、相対的に低くなってしまったせいで、跳躍力に優れた角兎や三つ目鼠が村にちょこちょこと入り込むようになった。
幸い女性でも気をつければ対処できる程度の弱い害獣や魔物だ。
なんとかは、なってる。
女性陣がフライパン片手に出歩くシュールな光景を良しとするならば。
とは言え、さすがに怪我人は増えた。
消毒なんて概念がないここでは、その怪我が命取りになることもある。
化膿するかしないかは正直、運みたいなところあるし?
……まあ、俺の事だよね。
いやあ、この前うっかり例の角兎に遭遇しちゃってさぁ。
「女性でも対処できる」は言い換えれば「俺には脅威」よ?
角兎唯一の攻撃である突進を慌てて避けたら、普通に脇腹ザックリやられたし。
焦ってたせいで派手にすっころんで額をぱっくり切るし。
もちろん村の中だから、俺がぎゃあぎゃあやってるうちにすぐに村人たちが駆けつけてきた。
そう、魔物に勝てない子どもでもほんの一二分逃げ回れば助けは来るのである。
ちなみにそんな時の対処法も幼少期からみっちり教えられてたり……。
角兎の場合攻撃は直線の跳躍による突進しかないし、予備動作も大きいし長いからそう苦労もしない。
ここまでの惨状になるのは、たぶん俺くらいなもんだろう。
白い雪に血の赤は必要以上に目立つ。
駆け付けてくれた皆は脅威を排除した後、その光景を見てもちろん絶句してた。ハハ。
……あれはねー、いわゆる「困惑」ってヤツだ。
わかる。わかるよ?
でも仕方なくね?
だってスライムにも殺される自信のある俺だよ?
大人たちは天を仰いで「どうすんだコイツ」みたいになってたけど、後からやってきたシャルとリンが大絶叫のち大号泣して俺に縋りついたものだから、早々に対処せざるを得なかったらしい。
担ぎ込まれたのは安定のお婆宅。
「なんでお前はいつもそうなんだい!」
ぐるぐると俺に薬草包帯を巻きながらババアが唾を飛ばしてくる。
でも「いつも」と「そう」に納得いかないっス。
「しかも角兎だって? お前さんじゃなけりゃ何の冗談だと笑うところだよ!」
角兎なんて出現したらちょっと嬉しいまである魔物だ。
肉的なアレで。処理は結構面倒だけど、食べられるし。
ちな、鼠の方はダメ。昔の人が命がけで色々試してくれたらしいけど、どうやっても処理方法が確立されず今に至ってる。
食べられないということを証明してくれた彼らには感謝しないとな。合掌。
「ふ~む、頭の方は出血のわりに大したことないね。脇腹は……こんなことは言いたくもないが、お前さんにしてはよく避けた」
でっしょー!?
最近お婆の俺への理解度が高い!
そう、そうなんだよ。串刺しの可能性の方が高いもん、俺!
「それでも! 自慢できることじゃあないね!」
いッ。痛い、痛いって!
もうちょっと優しく!
あ、ちょっと! 薬ぬる前にもうちょっと患部清潔にしてよ!
精製水どこ置いた? あーもー、この際雪解け水でもいっか?
「角兎……で、死にかける?」
これは珍しく、というか記憶にある限り初めてお婆宅に上がった村長の台詞。
理解できないとばかりにさっきから隣で頭を抱えてた。
いや、俺ピンピンしてんじゃん!?
誤解招くようなこと言わないで欲しいんですけどー?
そんなやり取りがフラグになったのかもしれない。
恨むぞ、村長。
幸いにも額の傷は綺麗に治りそうだったんだけど、腹の傷は結構厄介だった。
まずいかな、と思ったのはわりと早い段階で。傷が熱を持ちだしたせい。
指のささくれ無理に取った後の細菌感染症の症状に似てる。規模は全然違うけど。
菌が入ったクサい。
これは腫れるなと思いながら寝て、夜中に悪寒で目が覚めた。
すぐに察したよね。
こうなると後は祈るしかない。
抗生物質がないんだから、何事も感染しないのがマスト。
清潔に保つのは基本の基本だってのに。
「消毒すらできない世界のハードモードよ……」
こんなとこだけゾンビ世界に似なくていいだろ。
で、そのまま熱と倦怠感にやられてこの冬二度目の寝込みをやらかした。
この通り、幸いにも無事に乗り切ったけどね!
人間の自然治癒力を舐めちゃいけない。
「少しは反省して!」
と涙目シャル。
反省も何も、俺なんもしてねーのよ。これ以上、どうしろと?
「やっぱりお兄ちゃんはだれかが見てないと……」
こっちはリン。
お子ちゃまの分際で何の心配してんだか。
こちとらお前よりはしっかりしとるわ!
そして村長からは服を貰った。
「外を歩くときは必ずそれを着るんだ」
と厳命されたのは防御力のそこそこあるマント。
これって見回り班が着てるモノと同じでは? では?
ちょ、貴重品―ッ!!!
「ただの服では、お前に限っては裸と変わらん! 死ぬ隙が多すぎる!」
死ぬ隙ってなに!? ねえちょっと、説明プリーズ!
あ、ちなみにコレきっかけで見回り強化されたらしいよ。
もちろん森組の方々から「仕事増やしやがって」という恨みがましい視線を大いに浴びた。
村長から直々の叱責もあったらしいし、とんだとばっちりだよね!
だって俺以外なら絶対無事だったもん。
すまん、と思う心は(欠片くらいは)ある。
そんな騒がしい日々を過ごしているうちに、雪が長く降り続くことが減ってきた。
うっすらとした春の気配ってヤツだ。
ありがてえ、ありがてえ。マジでこれが一番嬉しい。
雪かきをしてる傍から積もられると感情が虚無ってくるからなー。
閑話休題。
そんな中、俺は久々に村長の家に呼ばれていた。
なぜかって? 察しろ!
そう!
ついに!
約束してたあの杖を見せてもらえるらしい!
触るの禁止だけどね。
でもあの話聞いた後だと……うん、触らなくていいっす。
構造だけ見せてくれればそれで良し。
一応起動準備まではペナルティがないらしいから、それを見せてもらうことになってる。
というか、一年に一回程度、ちゃんと動くかの確認が推奨されてるそうで。
それに付き合うという形で同席が許可されたってワケ。
そーゆー事で目の前には村長に携えられた杖。
思ったよりデカい。
なんなら俺一人だと持てないかも。
見た目はまんま、ファンタジー映画とかで魔法使いの爺さんが持ってそうな、頭の部分が木のこぶのようになってる装飾もない武骨な、いわゆるスタッフと言われる地杖だ。
宝石の一つでも付けてくれればそれらしく見えるものを、なんとも地味な見た目のガッカリ魔道具ってのが今のところの俺の認識。
「よし、では始めよう」
村長がなにやら複雑な手順で起動に取り掛かっていた。
ちらちらと見てるのはカンペか?
……別に堂々と見ればいいのに。
と呟いたら、「これは機密事項だ!」と怒鳴られた。
確かに?
誰でも起動の仕方を知ってたら杖の仕様的にだいぶ不都合だもんな。
で、さっきから村長がそれを触るたびに聞こえる高音の「キン」やら重低音の「ブゥン」やらが部屋の中で舞っている。
……この魔道具、案外うるさい。
機械音に似てるけど、金属的な音とはまた違う。でも独特の音階は嫌いじゃなかった。
どうやら俺が今まで思っていた魔道具とは系統が違うらしい。
俺が描いてきた魔法陣は動かすのにこんな手間も手順も必要ないし、音だってしない。
「よし、できそうだ」
つい考え込んでしまったが、村長の声で視線を戻す。
「展開するぞ」
展開?
はて、と首を傾げる暇なく。耳には届かない、けれど確かに「音」を伴って部屋の中に何かが広がった。
なんとなく直感で思った。
――そうか、あれが起動音か。
耳には聞こえない音。脳には届く音。何とも不思議な感覚だ。
「おぉ」
俺は起動した杖を見る。
なるほど。コレが。
なるほど……。
なる、ほど?
「うええぇぇぇえええ―――――!?」
マジ!?
「マジでか! え、すっげ。ウソだろ、ちょ、ま、え?」
口から出る語彙力が仮死状態になった。
いやでもこれは許して欲しい。
俺は部屋中を見渡す。
「ひょうぉぉおおおおお」
杖の頭部分から水平に広がる魔法陣。
中空に描かれた円形の概念だ。
「デカい!」
それは部屋一杯に広がって、端の部分は壁にぶつかっていた。
あれは壁を貫通して外に出てるんだろうか。それとも途切れてしまってるんだろうか。
にしても、久々にファンタジー世界を満喫してる感がある。
綺麗。すげえ、楽しい。感動。
「おい、長くは持たんぞ」
「ええ――!? 待って、待って! まだ待って、書き写すから消さないで!」
「ぐ、ぬぬぬぬ」
村長が真っ赤な顔をして唸り始めた。
……え、なに。展開の維持って人の何某かを必要とするものなの?
てっきり杖の中に魔石(動力)が入ってて、それで動いてるものだとばかり。
「イサークッ!」
「わあ、はいはいはい。今やるから、急ぐから待って」
俺は必死に魔法陣を紙に書き写した。
いやぁ、紙って神!
ギリ書き写したところで村長が力尽き……、そうになって、気炎万丈「ふんがぁあー!」と踏ん張る。
展開された魔法陣を手順通りにしまう必要があったらしい。
め、めんどくせー!!
燃料切れで消えかけた魔法陣は、消え切る前にきちんと杖に収納され事なきを得た。
村長はふらっふらになって、魔道具が沈黙したのを確認してからガックリと膝を折る。
握力もないのか、杖が村長の手から離れてカランと床に転がった。
こんな必死になるって、……ちゃんと手順踏まずに切ってたらどうなったの?(怯)
村長の喉がひゅうひゅう鳴ってて怖い。
し、死なないよね?
水いる?
コレうっかり、死に水になったりしない?(涙)
ちなみにその後、村長は寝込んだ。
ええ?(ドン引き)
経緯を知ったババアにでっかいため息を吐かれて、そこそこ貴重な素材を使った栄養剤を持たされたくらいだから相当だよね。
お婆はそれでも自分では渡しに行かなかった。うーん、ここの溝は深そうだ。
で、だ!
俺の方はというと、この新たな魔法陣に夢中になった。
魔法陣に描かれた内容の解析と、魔力(推定)で描かれた魔法陣の分析。
久しぶりに時間を忘れてのめり込んだ。
ごりごりと書いて積みあがる紙の山。
へー、ほー、ふ~ん。おもしれー。
この部分が村長の言ってた起動に関わる部分だな。
ってか、これ読み解けば手順もわかっちゃうんじゃ?
どうしよう。……ま、いっか。
黙ってりゃわかんないだろ!
「お兄ちゃん! きいてる!? ねえ、今日はちゃんとねたの? ごはんは?」
「うん、……あー、うん」
んで、こっちが実際の命令文。
難解だー。でも燃えるぜ!
最初見た時、めっちゃデカい魔法陣だと思ったけど、今では正直、これだけの複雑な動作をあの大きさの魔法陣に収めてるのはスゴイってのが感想だ。
コンパクトに納めるために色々な工夫がされていてそれがまた面白いんだ。
「うそつき! リンが置いてったごはんがそのままじゃない!」
「んー、でも腹減ってない」
更に面白いのはこのロック機能。
さわりだけしか見てないけど、無断複製ができないようになってるくさい。
ってことは、たぶんマジで全部の「杖」が国の管理下に置かれてるんだろうな。
「へってなくてもたべて! それからきゅうけい! もうダメ! 今日はこれにさわっちゃダメ!」
と、目の前から大事な資料がさっと消えた。
「あー、こら! それ大事なノートなんだよ、返せリン」
「だめ―――――ッ!!」
あ、耳が。
死ぬ。音量調整バグってんぞ、お前!
「ねえ、おばあちゃんも、シャル兄もしんぱいしてるんだよ?」
なんか気付いたらリンが母親みたいなことを言ってる。
「いやいや、しねーだろ。特にババアは。シャルも毎日顔合わせてんだし。なにを心配するようなことがあるんだか」
「してるよ!」
と割り込んできたのは当のシャルだった。
ぱちくりと目を瞬いてしまう。
シャルはそうそう声を荒げるヤツじゃないからな。
「顔なんて合わせてないよ! だって話しかけても生返事ばっかりで全然こっち見ないじゃん。ずっと資料とにらめっこして、僕の顔なんて一度も見てない!」
おんやぁ?
そうだったっけ?
「これ、おばあちゃんから。少しでえいよう取れるからって。たべて」
「いや、いらな」
「たべて!」
あ、はい。
迫力に圧されて、マズそうな草団子を口にする。
「はい、お水ものんで」
「おー、サンキュー」
リンの睨むような目に見守られながら、一つを食い終わる辺りでなんか思考がぐにゃりと歪んだのがわかった。
脳みそがパソコンの強制シャットダウンを体験してるみたいなスイッチの切れ方をする。
あれ、もしかして俺、寝てないの一晩どころじゃなかったりする?
「僕、本当にイサークが死んじゃうかと」
鼻を啜る音と共に、シャルの泣きそうな声がした。
なに言ってんだか。ちょっとメシ抜いたくらいで死なねーよ。
毎年俺がどうやって冬を乗り越えてきたのか、みんな忘れてるみたいだ。
この時期、骨と皮になってた事を思えば、今年ほど健康的に過ごした冬はねーってのに。
「リン、お父さんにたのんでくる。イサークお兄ちゃんはそばにだれかいないと!」
そりゃ余計なお世話ってやつだ。
俺は子供。なら、お前はほぼ幼児。なんの役にも立たん!
あっち行ってろ、しっしっ!
「イサークはお婆のところに運んでおくから安心しなさい。子どもがそんな心配しなくても大丈夫」
「でも、でも」
シャルとリン以外の声が聞こえて、俺は暗転しつつある視界を凝らし部屋を見渡す。
端に映り込む俺を覗き込んだリンとシャルの口がへの字になってた。
「……はあ、起きたらイサークにちゃんと言い聞かせないと」
「言い聞かせてなんとかなるタマかねー?」
奥ではローザさんとトーマス小父さんがやれやれとばかりの仕草。
ローザさんはともかくなんでトーマス小父さん? シャルが呼んだんかな?
え、そんなに俺ヤバかった?
は、もしやババアのメシ、作りに帰るのすら忘れてたのでは?
そういや、朝の雪かきもしてないんじゃね?
あー失敗……。
そりゃ、人も来るか。
でもさー、もしこれが全部紐解けたらさ。アレもソレも、夢のまた夢だと思ってたものが実現できるかもしれないじゃん?
興奮するなって方が無理じゃね?
そもそも物理的に描かず完成する魔法陣があるとか、色々なものが根底から覆る。
だから、起きたら次は。
次は、何に――手をつけよう、か。
「……寝たか?」
「寝たね」
「やっと寝てくれたか! さすがお婆の薬はよく効くな」
くそう、まだ聞こえてんだからな。おぼえてろー……。
「前からその気はあったけど。こりゃ、確定だね。放って置くとくだらない理由で死ぬタイプじゃないの、この子?」
この日以降、夕方になるとなぜかリンが俺の家に顔を出し、お婆の家まで強制的に送迎されるようになった。
俺は幼児かッ!




