39話 そうだ、同居人を増やしてみよう。
深刻な事態だ。
組んだ指の上に顎を乗せ、俺は頭を悩ませる。
ちら。
ちらちらちら。
俺はびくびくしながら床に視線を走らせるが、当の本人(?)は呑気なものだ。
いくら深いため息を吐いたとて、状況は好転したりしない。
ひっひっふー!
落ち着け俺。冷静に、なんてことないフリで。
なにより余裕が大事。
「お、お、おいイム。お前、いつか俺を殺す気、……とか?」
訂正、余裕のあるフリが大事。
聞いても当然、答えはない。
そりゃそうだ、イムはスライムで声帯なんてないんだから。
「ふっ」
思わず小さな笑いが漏れる。
「なんて馬鹿なことを」
自嘲だ。
スライムに話しかけるなんて行動に出た自分がおかしくて。
……いやあ、でも仕方なくね?
ちら。
ちらちらちら。
いくら眺めてもその光景が変わることはない。
「いち、にー、……さん」
そう、何度数えても答えは3。
「って、なんでだよ!!」
ダンッ!と、机を叩く。
い、いたい。強く叩きすぎた。
すぐさま後悔。
グレッグさんみたいに、怒り心頭で机を叩き割るなんてことは俺には死んでも無理そうだ。
「スライムは多頭飼いできないって、あれほど言ったのに!」
イムにだって散々言い聞かせたのに!
現在我が家にはスライムがイムを含めて三匹。
イムが机の足を伝ってよじよじと上ってくるのを横目に俺はがっくりと首を倒す。
ちなみにもう一匹、イムに倣ってよじ登ろうとしていたが、上手く登れずぼてっと床に落ちては懲りずに机登りに挑戦してる。
「……おい、デブ。やめとけ。お前の自重じゃ一生登れないから」
デブ、つまりはローフロースライム。あるいはナティアスライムとも言う。
親切な忠告のつもりだったが、なにが気に入らなかったのか机の足を諦め俺の足に突撃を始めた。
どすどす。そこそこ重い。
……そのうち足が折れるかもぉ。
「どっかに捨ててくるか?」
ぼそっと呟けば、俺の足に突撃していた新参者はぷるぷると揺れた後、力が抜けた様にデロンと床に広がった。
「……どういう感情、コレ?」
いや、感情なんてあるわけないか。スライムだし。
そもそも!
「どうしてこうなった」
俺は頭を抱える。
いや、薄々気付いてはいるんだけど。
認めたくない。
そう、つまり。
風が吹いたら桶屋が儲かった的な?
――早い話、イムがミディアムスライムを生んだ。
当のミディアムスライムはデブと違って部屋の端で実に大人しい。
今や我が家には三匹のスライムが揃い踏みってワケだ。
なにを言っているのかわからないと思うが、実は俺もよくわかってない。
はぁ~、とりあえず順を追って話そうか。
ここ最近、スライム関連で色々なことが我が家で起こった。
決して何の前触れもなく、突然スライムが三匹になったわけではない。
つまり、ここに至るまですでに何段階かを経てるって事だ。
ちなみに俺はその全てを見て見ぬふりでやり過ごした。
…………あれ? これって俺のスルー力が高すぎたのが悪いのか?
――まず、事の発端はナティアスライムだった。
ローザさんの所で増えすぎたらしいソレを、押し付けられたのだ。
「いる?」
そんな感じの軽いノリ。
いらない、という前にポイと家に投げ入れられた。
「持っておいて損はないし。イサークには必要でしょ?」
そりゃ、欲しいは欲しい。
イムとナティアスライムでは用途が違うんだから。
試してみる価値は、……あるかな?
とか、自分の貧弱さを過小評価しちゃうくらいには欲しかった。
だって俺って欲望に弱いタイプだし?
一応自覚はあるんだぜ?
そして俺はちらと以前からの同居人を見る。
「……なあ、俺、こいつと一緒に生活できると思う?」
あくまで独り言である。
自問自答である。
誰かに話しかけているわけではない。
「俺が寝てる間、ちょっとコイツ監視しておいて」
イムはみょんと縦にのびた。
これは保険、そう保険。
とは言え、俺は不安を胸にベッドに入った。
そりゃもうびくびくしてたさ。
なんなら不安なあまりめっちゃ眠り浅かったし?
目を覚ますたびに、デブがどこに居るのかランプでその姿を確認までした。
そして夜中に目覚める事三度目。
「……こりゃ無理だな。睡眠が足りる気がしない」
俺は結論した。
「よし、殺そう。そして安心して寝よう」
安眠が脅かされる同居人なんてあってはならない。
そう決意した俺はナティアスライムを殺るべく、今度は殺意を持ってヤツを探した。
そしてランプをかざし、目撃した光景。
「……お、おう」
引きつった声でそれだけを零す。
俺はそれ以上の言葉を持たなかった。
強いて言うなら、ドン引き。
「……寝るか」
取りあえずランプを消し、踵を返して大人しくベッドに引き返す。
ナティアスライムは殺さなかったが、今度は朝まで目覚めなかった。
現実逃避とも言う。
翌朝。
夜中に何度も起きたせいでいつもより遅く目覚めた俺は、明るくなった部屋の中で改めてナティアスライムを探す。
俺は起きて早々がっくりと肩を落とす羽目になった。
だって、
「……夢じゃなった」
ワンチャン、悪夢かもって希望を持ってたもので……。
ちなみにナティアスライムはまだ消化されてなかった。
そう。俺が夜中に見たのは、イムが自分より大きなナティアスライムを丸飲みしてる姿。
「てかお前、生きたスライムまで食べんの?」
それは単純な疑問だった。
スライムの生態は「雑食」という事くらいで他はあまり知られていない。
同族同士ですら弱肉強食関係だとスライム界も中々世知辛いと思ったまで。
「通称「悪食」って位だからあり得なくはないか」
魔石まで食べるイムの事だから余計だ。
――が、力なく聞いた俺に対して、イムはなぜかナティアスライムをべっと吐き出した。
ん?
「え。なに、お前、捕食したんじゃないの?」
イムはイエスともノーとも言えない、微妙な反応をした。
吐き出されたナティアスライムは体積が減るどころかまるで変化がない。
「もしかしてデブの足止めしてくれてただけ? 俺が眠れるように?」
なんだー。お前、実は良い奴じゃーん。
見た目が大分恐怖映像だったけど、それなら納得だ。
ん? ……それだと毎夜あの光景が繰り広げられるわけか?
ま、まあ、自分の安全には変えられないし。仕方ない。受け入れよう。
と、全ては解決したつもりだったけど。
――そうは問屋が卸さない。
イムは以後、ナティアスライムを飲み込むことはなかった。
そして俺の安眠が脅かされることもなかった。
なぜかヤツに『寝ている俺から一定の距離を取る習性』ができたからだ。
「???」
はて。
なんでこうなった?
しばらくして賢い俺は気付いちゃったね。
原因はイムだ。
我が家のナティアスライムは主導権が明らかにイムにある。
いや、イムの支配下にあると言った方が正確だろうか。
「イムってテイマー能力あったの?」
首を傾げてもイムは言葉を持たないから、答えはない。
それともあれか? 単純な上下関係なんだろうか。あの丸飲みは「わからせ」?
スライムと意志疎通ができない以上、真実が知れる日は来ないだろう。
ただ、まるで褒めてくれとばかりに体当たりしてくるイムから逃げるのは面倒だった。
どうやらスライムの魔石(加工済)が欲しかったらしい。
最近与えるのを控えてたから、こんな強硬手段に出たんだろうか。
「……ま、いっか。結果良ければ全て良し。助かったのは事実だし?」
成果にはそれなりの報酬があってしかるべきである。
魔石(加工済)を渡したらそりゃもう大喜びよ。
イムはそのおやつをすぐには消化せず、長いこと大事そうに味わっていた。
正味三日ほど。
おい、待て。
「スライムって捕食とか消化とか、任意で出来るもんなん?」
イムはぷるぷると揺れる。
イエスか、ノーか、どっちだ!?
俺はいつまでもデブと呼ぶわけにもいかず、件のナティアスライムを「ロフ」と呼ぶことにした。
ローフロースライムを略しただけである。
こうして俺は二匹のスライムと同居を始めた。
三匹目が増えたのは。――だからそう、この時の出来事を軽視した俺のせいでもあるんだろう。
諸君は憶えているだろうか。
そもそも冬の初めに俺が目的にしていた事を。
レンズやらランプやら導線やらのせいで後回しになっていた感が否めないが、俺は当然忘れちゃいない。
靴だ。あの足の裏が常時痛い靴!
更に冬には指先が凍え、夏には蒸れて俺の足を年中蝕む憎き原始レベルの履物!
俺はそれを改善するために二つの課題を挙げた。
一つは魔法陣。
一つはスライム。
このうちの一つ、魔法陣は解決の糸口が見えている。
ランプの魔法陣を必死こいて効率化していたおかげで結構なノウハウと経験値が手に入った。
それから新たな境地、導線。
この二つがあれば多少の試行錯誤が必要だろうが、ゴールテープは切れるだろう。
もう一つの問題はちょうどいい粘度のスライム素材。
で、手元にはハイフロースライム(イム)とローフロースライム(ロフ)。
なら、混ぜてちょうどいい粘度の素材が作れるんじゃないか、なんて。
村の人々がランプ作りでわいのわいのやってる間に、俺は一人でぼちぼち作業を進めていた。
あれは、そう――。
イムとロフを千切って捏ねたり、叩いたり、溶かしたり、なんとか混ざらないものかと四苦八苦していたある日。
……朝起きたら、スライムがもう一匹増えていた。
ぞっとする。
俺は震えたよ?
怖すぎんだろ!!
「もう分裂しないって言ったじゃん!! 嘘つき!」
と叫んだのは当然だと思う。
さくっと増えたスライムの魔石を引っこ抜こうとした俺を阻止したのはイムの体当たり。
何度殺そうとしてもどすどすと俺を邪魔してくる。
「なんだ?」
あまりにもしつこい。
普段のイムらしくない行動だ。
――このスライムになにかあるのか?
さすがの俺もイムの行動に意図があるのではないかと、新しいスライムを観察してみることにした。
恐る恐る近づくものの、敵意はなさそうだ。
つんつんと突いてみても威嚇行動も攻撃もナシ。
実に大人しい。
ちらとイムを見てみると、みょんみょんと軽快に上下運動中。
……なんとなく自慢げに見えるのは気のせいか?
「ん? てか、感触が!」
思わず新スライムをがしっと掴んで両手で押しつぶす。
……ぷよぷよだ。
どろどろなイム、ぶにぶになロフ。
比べると真ん中位の感触だろうか。
ごくり。
唾を飲みこんでしまった。
「これはもしや。俺が欲しいと散々愚痴ってたミディアムタイプのスライム?」
なにそれ、こわい。
感動より恐怖を先に感じた俺は弱者として正しい本能の持ち主だと思う。
タイプの違う分裂体生み出せる?
恐ろしすぎるだろ!?
「お、お、おいイム。お前、いつか俺を殺す気、……とか?」
そして冒頭の台詞までたどり着くってワケだ。
イムは怒りを露わに、ぷんすこと上下運動を激しくした。
いや、俺の勝手な解釈だけども。あながち間違ってないような気がするのはなんでかねぇ?
「わ、わかった、わかった。とりあえず様子見するから! 少しでも怪しい行動するようなら処分ってことで。いいな?」
イムは満足そうに大人しくなった。
俺はピンと指で魔石(加工済)を弾く。
イムはスライムらしからぬ素早い動きでそれを体内に飲み込んだ。
魔石(加工済)を与えるたびに自分の首を絞めているような気もするんだが、背に腹は代えられない。
こうなったらむしろ餌で手懐ける方が近道だろ。
……とりあえず魔石(加工済)は切らさないようにしておこう。
いざとなったら俺の命綱になるかもしれんし。
そんな経緯で同居スライムが三匹になったわけだが、ミディアムスライムはロフと違って最初から俺から距離を取ってくれていた。
俺の脅威になるような行動の一切を取らない。
俺の脅しが効いたのか。そもそもイムの分裂体だからイムの意志が反映されてるのか。
理由は定かではないが、同居スライムが三匹になったのに俺の身は無事だ。
実質一匹みたいなもんだしな。
自分の安全が保障されたとなると人間欲が湧いてくるもので。
俺はイムに首を傾げながら、話しかけた。
「じゃあこれは手元に置くとして。……繁殖用に一匹もらえん?」
魔石(加工済)を一つ掲げる。
イムは動かない。
二つ見せる。
イムはぴくりと動いた。おし、あと一押しか。
三つ目を取り出す。
イムは俺の指に飛びついた。
「……指は溶かさないでね?」
ちょっと引きつりながら、頼んでおく。
さて、繁殖用のミディアムスライムだが。イムはミディアムスライムを生み出した時と同じ手順は踏まなかった。
つまり、自分を分離したりしなかった。
分裂したのはミディアムくんの方。
ちなみにこいつは便宜上「ミディ」である。
当然ミディアムの略だ。
自分に負担をかけるより、押し付ける相手がいるなら躊躇いなく押し付ける姿勢に既視感を覚える。
「……すっごく、俺(汗)」
ペットは飼い主に似るって言うけど、……ペット? いや、ペットじゃねーし。
ところで、
「この分裂した方はイムの命令を聞くの?」
という単純な疑問。
イムは返事をしなかったが、答えはすぐにわかった。
繁殖スライムは俺を食べ物として認識してやがったので。
「まったくの別物か」
同居はできないタイプのヤツだった。
このミディアムスライムはまたローザさんにでも預けることにしよう。
きっとまた大いに増やしてくれるだろう。
「しっかし、どういう原理なんだ」
まったくもって理解が及ばないが、どうやらイムはそいつを支配下から切り離したらしい。
あくまで繁殖用は繁殖用ってこと?
イムは家に置かないんだから別にいいでしょ、とばかりにふんぞり返ってる。
まあ、その通りである。
俺はぽいと褒賞代わりにスライムの加工魔石をやりながらイムに話しかけた。
「この分だとお前、分身も生み出せるんじゃないの?」
知能らしきものが明らかに見え隠れするイムが、能力を半分に分けた完全なる分身を生み出せるとしたら。種の繁栄こそ生物の目的なら、イムがそうしない理由はないハズなのに。
イムはぷいとそっぽを向いた。
どうやらそうしたくはないらしい。
自分の身を削ってまで何かを成そうという気はない性格のようだ。
「それはなにより」
イムみたいなスイラムが増えたら生態系がぶっ壊れる気がするし、人類の衰退は必死だろう。
「俺が死ぬときには道連れにしないと」
コイツは一代限りの特殊なはぐれ者って位置でいてもらおう。
俺の物騒な呟きを聞いても、イムはどこ吹く風。
頭の上で毛先をもぐもぐと食っていた。
……最近髪の毛が伸びないと思ったら、お前食ってたんか(冷汗)
「ハゲだけは勘弁してくれよ」
お願いだから根元から食べないでね!?
以前イサークがイムによじ登られると恐怖で鳥肌が立つ、みたいなことを言ってましたが実は正しい反応でして……。
よじ登りついででおやつ代わりに産毛をイムに食われてたんですねー。
大人になっても足とか腕とかツルツルです。
本人は毛が薄いんかな?程度でなかなか気付かないですが。




