33話 そうだ、工房を訪問してみよう。
我が村には細工師、という職がある。
どういった内容の仕事なのかと言えば、いわゆるモノづくりの何でも屋だ。
この細工師、ほんとになんでも作る。
鍋や斧といった金物から、木べらや井戸桶なんてものまでなんでもござれ。
そもそもうちの村程度の規模だと、鍛冶専門の職人なんて必要ない。
毎日炉に火を入れるほどの加工需要も材料もない。
なら兼業だ!
ってことで、金属を叩くこともあれば、木を削ることも、皮をなめすこともある。
弓矢だって作るし、靴だって作っちゃんうんだから、その仕事は幅広い。
斧とか剣を扱うのに細工師って、もう名前がおかしいような気がするけど。そんな経緯だから仕方がない。
かわりと言ってはなんだが、地位はそこそこ高かったり。
村では多数を占める農業や畜産に関わる人々に比べたら断然優遇されてる。
なんたって自分の作業場があるからな。
炉を使うのは細工師だけだし、炉は無駄に場所を取る。
故に炉を設置してある工房は細工師のものだ。
しかし、だ。
炉を使うのは主に夏。
炉を動かすには冬には貴重品となる燃料を大量に必要とするのがその理由だ。
冬に火を入れるのは獣や魔物との攻防が激しくなり、武器の消耗が限界を迎える頃に一度あるかないか。
じゃあ冬に工房はどうなるかというと、細工師の作業場を占拠するのは木を主に扱う大工たちになる。
なんなら工房自体、冬の必需品である薪や木枝、丸太の物置と化すし。
うちの村じゃ、大工が薪だって作っちゃうんだからな。
貧乏暇なしってやつだ。
ぶっとい腕と厳つい顔の力自慢のおっさん集団。それが大工。
もちろんこちらも村組においてはかなりの地位を擁する。
家を建てるのも、修復するのも、木材の保管を一手に担い、村長の許可が必要とは言え薪を配るのも彼ら。
俺は加工後の薪しか貰ったことないから、よく知らないけど。家で薪割りが出来るトコロはその労働分、少し多めに薪割り前の木材が貰えるらしいぜ。
ちな、釘や矢尻と言った小さな材料を作る細工師とは協力関係にあるが、冬の細工師は自分の工房の端で、大工たちに部屋を占拠されながらちまちまと作業するのが常だった。
まあ、大工連中が大きな顔をしているのも、今の細工師がそううるさい人物ではないことに起因するんだろう。
「ヒュー爺、ちょっと工房使わせて~」
俺は細工師の工房にコソコソと入り込んで、白い髪と白い髭の老人に話しかけた。
彼こそが工房の主である細工師。
この工房、色々な道具が揃ってるからなにかを作る時には便利なんだよね。
今日も今日とて黙々と作業していたヒュー爺の返事を待たず、近くの椅子にどかりと座る。
積みあがった丸太の影になるように陣取ったのは、大工連中に絡まれるとめんどくさいからであって、本気で隠れてるわけじゃない。
木材の山を隔てると、薪を割ったり纏めたり騒がしい向こうの喧騒が途端小さくなる。
こちら側は実に穏やかなものだ。
「……ううむ」
唸るような声がしたが、了承の意だろう。
基本家族単位で職が決められる村だから、細工師はヒュー爺とその一家と言った方が正確なんだけど。彼らの仕事が多くないこんな冬時期には彼の後継である息子は村の力仕事に駆り出されている。
つまりは村の見回りと警備。村に近づく獣たちと切り合ったり、公共の場所の雪かきをしたりと忙しいハズだ。
「今日は……?」
言葉少なにヒュー爺が聞いてくる。
「なんか色々!」
そもそもヒュー爺は口数が少ない。というかはっきり言えば喋り下手だ。
長い眉毛は目を隠してるし口元も髭が覆ってるから表情も見えない。
ヒュー爺と話すときは相手の意を汲み取ることが最大限に求められる。
「ううむ……」
見た目は職人気質の頑固おやじなんだけどな。
言いたいことを言えずに黙って棒立ちしているのをしょっちゅう見かける。
「とりあえず定規から作ろうかなと思ってるんだけど」
ヒュー爺が顔を上げたのを気配で感じて、勝手にその意味を解釈。
そして勝手に答える。
「定規は真っすぐな線を引くことと、長さを測ることを目的とした道具、かな?」
彼との会話はごらんの通り、俺の独断と想像で進む。
合ってるかは知らない。
リアクションを待ってるとマジで日が暮れるから、いつからか俺はヒュー爺の返事を待たず勝手に会話(?)をするようになった。
「この板、もらうね」
一声かけて、いつも通り答えを待たずに作業を始める。
手元に来る木は薪として整えられていて板を切り出すには向いてない。
これも俺が工房まで足を運んだ理由の一つ。
定規を作るにはまず真っすぐな板が必要だ。
作り方は前世で見たことがある。
うろ覚えだがイケんだろ。
「そだ、ランプ置いてもいい?」
炉に火が入っていない工房は薄暗い。
持ってきたランプを勝手に点ける。
「おお……」
「ああ、眩しい? 光量落とそうか?」
「ううむ」
「あそ? じゃ、一緒に使おう。手元が明るくなって便利でしょ?」
言いながら、ささっと愛用の超音波ナイフを取り出して、手に取った板を二つに割る。
真っすぐになるように削り、板の断面を互いに合わせる。
ランプの光にかざして、隙間を見る。削る。見る。
この隙間が無くなるまで同じことを繰り返す。
そうすると真っすぐな板が二枚出来上がるってスンポーよ。
「だからと言って、簡単に出来るって意味じゃないけど」
出来上がった暁には、目盛はシャルに書いてもらった方が良さそうだな。
「これが量産できればな」
夢は膨らむ。
ぜひ、みんなに配りたい。
使いはじめたらあっという間に単位なんて統一されるだろうという目論見もあった。
あのクソ単位の根絶の為なら、俺だって頑張っちゃうもんね!
実際、テラーさんなんて最近ギル・アル・杖・靴なんて一切口に出さない。
なんならこの前、普通に聞きに来たし。
「おい、イサーク。ミリの下の単位はあるのか!?」
「……ミクロンだね」
「おお、ありがたい。これで記録が捗るぞ」
――テラーさん、もうミクロン単位のモノを見てんのかねえ?
マジで天才じゃないの。
「ちなみにミクロンの下はナノだから」
先に教えておこう。
と、口にしたら思いっきりぎょっとされた。
さすがのテラーさんもその下があるとは思ってなかったか(苦笑)。
あのね、世界にはいくらでも小さなモノがあるんだよ?
テラーさんの驚愕顔が珍しくて、ははと思わず笑い声をあげてねだってしまった。
「いつか、見せてね?」
テラーさんならいつかやるだろうな、と思ったからさ。
もちろんテラーさんは答えもせず、鼻を鳴らした。
が!
俺はこの程度で追撃の手は緩めないぜ!
「てか、顕微鏡もいいけど、そろそろ望遠鏡もつくって欲しいんだけど」
「……あ?」
「レンズを使って遠くを見る道具だよ。先に言っておくけど、メートルの次はキロね?」
言外にそのくらいは見せてくれと言ってみる。
ほら、言ってみるのはタダだから。
テラーさんが眉間に深い皺を刻んだ。
かわりになぜかにょきっと間に入ってきたのはトーマス小父さん。
「なになに、メートルの先があったの!? え、もう一度。キロ? なるほどこれは便利だ!」
トーマス小父さん、キロ単位で何の長さを測るって言うんです?畑?(困惑)
「あー、そう言えばその件でイサークに頼みたい事あって」
なんですなんです?
てか、その件ってなに。
「いまって杖の重さで計ってるでしょ?」
知らんがな。
でもまあ、長さの単位も杖だったから、意外ではない。
「使いにくいから、もっと細かい重さの単位、新しく作ってくれない?」
と軽く言われて俺はちょっと頭を抱えたよ。
なんて難題を散歩に誘うかのような気楽さで言うんだ!
いや作ったけどさ。
だってないと不便じゃん。
杖の重さって中途半端過ぎるし。
結局あれって何キロくらいだったんだろう。
村長しか触れもしない、お目見えする機会すら限られたものを基準値にされてもなあ?
一応伝えておくけど、基準はゴブリンの魔石にした。
もうこうなったらとことんゴブリンにこだわってやる、という俺の意地でもある。
ゴブリンの魔石って大きさの違いは多少あれど、実は重さはどれもそう変わらない。
不思議と大人も子供もほぼ同じ。ふしぎー。
動力源の含有量なんかは明らかに違うのに。
あれ? これってつまり魔力に重さはないって証拠なのでは?では?
……まあそれは今後考えるとして。
さすがにゴブリンの魔石の重さを1gとは言えなかったから、これを10gとした。
そこから換算して1kgの石を削り出して渡しておいたら、畑組はいまや勝手に肥料の配分なんかをキロやグラムで書き出して記録してる。
一応重さをはかるための簡易天秤なんかは村にもあったからね。それをそのまま流用してるみたいだ。
こんな感じで基準値ってのはホント大切。
簡単に俺が決めていいもの? と首を捻ることもあるけど。
でもまあ。
「村の中で使う分には構わないだろ」
ってな?
閉じた小さな世界で使われる、生活をちょっとだけ便利にする身近なツールってだけの事。
気楽に考えよう。
つまり!
よくわからん、実用的でもない単位なんて身の回りだけでも早よ滅ぼすに限る。
そんな意欲作の定規、――を作るための真っすぐな板作り。
ヒュー爺が興味深そうに俺の作業を見ている。
「ふむ」
正確な直線なんて、生活ではあまり必要としないから物珍しいんだろう。
ちらとそちらに視線を送ると、ヒュー爺の眉が上がる。
「時間に余裕があるなら、やってくれない?」
「ううむ」
「出来上がったら、片方に傾斜をつけて欲しいんだよね」
なにをやっているのかはわかったと思うし、俺がやるより断然早いはずだ。
あと精確だと思う。
「ついでに、こういうの作りたいんだけど」
「これは……」
「コンパス。円を描くときに使うもの」
立ってるものは、親でも(以下略)っていうじゃん。
なんなら座右の銘にしてもいい。
「できそう?」
「……ああ」
ヒュー爺が作れると言ったからには素晴らしいものが出来上がることだろう。
ならそっちは任せてしまおう。
実は、俺が早めに作りたかったものがもう一つある。
ずばり、ゴーグルだ。
ナティアさんにしろシャルやローザさんにしろ、まあ俺も含めてだが。溶解液を扱う者は多かれ少なかれヒヤリとした経験があると思う。
溶解液って基本混ぜ物をする。
殺人兵器を便利な道具として使う為に濃度の調整は必須だし、粘度の調整は毎回するし、揮発してしまった成分を足すこともある。
でな?
慎重にやってはいるんだけど、跳ねるんだよ。
服ならいいよ? 穴が開くだけだから。
手は手袋があるし。
恐ろしいのは顔に跳ねた時。
最悪皮膚なら再生が利くけど、問題は目よ。目。
いつか誰か失明しそうだな、と。前々から思ってた。
だから事が起きる前に対処しようって話だ。
ガラスはないけど倍率なしのレンズなら腐る程ある。
ちなみにこれはメガネの試作でもあった。
フレームなんて作れないから、まずはゴーグル型で試そうってワケ。
保護用ゴーグルとメガネの違いはレンズの倍率の有無だけだ。
そのうち便利なように特化分岐していくだろうけど、まずは原型だけでも俺がつくらないと。
そもそもの概念が存在しないと発展のしようがない。
面倒だが、種まきくらいはしてやる。
今までみたいにあとは必要な誰かが世話するだろ(他人任せ)。
さて。ここに取り出したのは溶解液。
え? なんで溶解液から守るためのゴーグルを作るのに溶解液使ってんのかって?
だって、板から型を切り出すの大変じゃん。
適当に溶かして。あとは超音波ナイフで形を整える。
ほら、こっちのが簡単っしょ?
本末転倒?
はっ、言ってろ。
ラクに勝るものはねえ!
「危ないからヒュー爺は離れてて」
いつも通りスライム手袋と古布で出来たエプロンを掛けて準備万端。
レンズを入れる部分に穴を開けるべく溶解液を落とす。
じゅっと怖い音がして溶解液は黒い焦げ跡のようなものを残しながら木を侵食していく。
知ってる? これで原液じゃないんだぜ?
そこそこの濃さを持ってきたから、待てば木すら貫通してくれるだろう。
これ以上濃い溶解液を使うことがあるなら、ゴーグルじゃなくて顔全体を覆うマスクが必要かもしれない。
そのくらいの危険物。
ちなみに万が一皮膚についた場合の対処だが、これがなかなか見つからない。
なにせ肝心の水に溶解液を洗い流す効果がほとんどないからな。
使うからには効果を打ち消す何某はあってしかるべきだろ?
結構必死に探したけど、一番効果があったのは一周回ってなんとも単純(?)な蒸留水。
正解とは言えないが、及第点くらいの効果はある。
作るのがそこそこ面倒なので、いざという時に使えるようにナティアさんのお店で少量保管してもらってる。
いつか聖水とか手に入れば試してみたい。
浄化されるならこれ以上の効果はないからな。
「イサーク、なんだそれは……」
そんなことをつらつらと考えながら溶解液を垂らしていたら、久々にヒュー爺から意味の繋がる声が聞こえて俺は顔を上げた。
「これ? 溶解液って俺らは呼んでるけど。要はゴブリン(の血)を、……ちょっと(かなり)加工したもの?」
首を傾げながら説明する。
だいぶ端折ったけど、要約ならこれで十分だろ。
「かなりの危険物だから、扱うにはコツがいるけど。……興味があるならヒュー爺も使ってみる?」
ヒュー爺にしては珍しくめっちゃ高速で頷かれた。
「コレ渡す前に厚い手袋、――炉用の耐火グローブでいいから着けてくれる?」
これだけ慎重に扱えば、危険性も十分に伝わるだろう。
長い眉からちらりと覗いた目がなんだか輝いている。
……まあ、俺が「加工が楽になる」って思って使ったくらいだから、そりゃ本職はもっとそう思うよな。
ヒュー爺は落ちていた端材を拾い、渡した溶解液を一滴二滴と垂らしては浸食によって開いた穴の深さを覗く。
「頼むから興味本位で指を突っ込んだりしないでよ? 指溶けるからね?」
浸食したあとの待ち時間や無害にする処理方法を教えないまま渡してしまったので、見ているだけで冷や冷やする。
ヒュー爺はそわそわしている俺を見て、ぱっと笑顔を向けてきた。
ヒュー爺の笑顔って貴重だ。
そもそもそれとわかるくらい大きく表情かわんないし。
で、そこそこヒュー爺の意図を読むことが得意な俺はその意味がすぐにわかった。
この危険液がすでにある程度、実用化されているってことに気付いたんだろう。
「こんなものをいつの間に」
ばっと立ち上がったヒュー爺が両手を広げて感動を表現する。
喜んでくれてありがとう。
でも手に持ってる溶解液はいったん置こうか。こわいから。
「これはすごいぞ、イサーク!」
今度は感動が声になったらしい。
あばばば、大声はやめて。大声は。
だって、筋肉連中が同じ部屋にいるからー!!
「おうおう、こんな隅でなにを騒いでるんだ」
にょきりと木材の向こうから頭が生えた。
……お、遅かった(ガックリ)。




