3話 そうだ、死体をバラしてみよう。
さて、あの後の事である。
ダンおじさんに無理矢理押し付けた棘の木成長薬(ゴブリン産)がどうなったかというと。
あれだけぐだぐだ言ってた、……言ってたか?
まあいいや、言ってたダンおじさんだけど、どうやら天職を見つけたらしい。
毎日テンションアゲアゲで棘の木と遊んでる。
村への報告?
いや、たぶん忘れてるよ、そんな話。
こうしたらこうなった!
ああしたらどうなった!
すごいぞー!
と、はしゃぐ様子はチビどもを彷彿とさせる。
好奇心と趣味とが合体して、成長薬を砕いたり、埋める深さを変えたり、場所を変えたり、与える個数を増やしてみたり、考えつく限りのことを色々やってる。
楽しそうで何よりです。好きにして。
イニシャルGはおじさんが自分で調達してるので、俺がすることも特にないしな。
そもそもからしてちょっと村から浮いてたわりに能天気だったおじさんは、つまりあまり周りを気にしない性質だ。
なにが困ったって、人目を気にせずゴブリンを分解する所。
最近はゴブリンを見ると目の色変えて飛びつきに行く。……らしい。
「そいつは俺の獲物だー!」とはねとばされた人もいるとかいないとか。
……ゴブリンに親でも殺されたのかな?
ちなみに予想外だったこともある。
『イサークに近づくとゴブリン解体性質が感染する』という噂が囁かれてたり……なかったり。
いや、囁かれてるけど。
なんだ、その性質。
俺は切り裂きジャックか!
日頃の行いが悪いとこういうところで飛び火するんだな~(遠い目)
村は平和です、安心してください。おとーさん、おかーさん……。
ちなみに、おじさんから検証結果の報告は受けたけど、俺はすでに興味がない。
昨日は、「これなら内側に安全な生垣がつくれるぞ!」
とかなんとか言ってたけど、なにが何やら。
改善はいいことだ。
……たぶん改善だよな?
と、まあ、俺が上の空だったのにはちょっとしたワケがある。
端的に言えば、もう他に興味が移ってた。
そう、目の前にはゴブリンの死体。
さっきおじさんが嬉々として斬り倒して、鼻歌を歌いながら切り裂き、目当ての魔石だけ上機嫌で持ち去っていった残りだ。
……いやぁ、傍から見ると確かに狂気だなぁ。
俺も行動には気を付けよう。
ゴブリンの惨殺体の前にしゃがみ込んで俺はうんうんと唸る。
「なにやってんの、イサーク」
「お、シャルじゃないか」
「……ね、ねえ。また変な噂立てられるよ?」
ちらっとゴブリンの死体を見てシャルがぐいと俺を引っ立てる。
「失礼だな、これやったの俺じゃないぞ?」
「ゴブリンの死体を前に座り込んで唸ってたら十分不審者だから」
呆れた顔するなよ、照れるじゃないか。
「で、何してたの?」
「いや、ちょっと……」
「って言いながらなんで死体に近づくの!?」
「いや、ちょっと」
「って言いながらなんで死体にさわるの!?」
「いや、ほら、ねえ?」
「わかんないから! 全然わかんないから!」
ゴブリンをわし掴む。
うえええ。
血が、血があああああ。
手袋が欲しいでござる。
そんな便利なものないでござる。
とか言いながら実はそこそこ慣れたでござる。
コツは「ゾンビに比べたら」という呪文を唱えることだ。
アレに比べたら断然マシじゃん?という気になるからステキ!
……でも結局、雑菌は多そうなんだよなぁ。
くぅ! 滅菌殺菌除菌したいー!
あ、ちなみにゴブリンの血は赤でも緑でもなく、黄土色っぽい。
なんやねん、土でも食ってんのか?
俺が手にしているのは小さなナイフだ。
ゴブリンの魔石を取り出したときから使ってる年季の入ったボロボロの刃こぼれナイフ。
自分の手を切らないように気を付ければ、使え……なくもない。
おじさんが腹を引き裂いていったゴブリンを丁寧に分解する。
そう、分解だ。
べりっと皮を剥がして、手、足、頭。
あれ? 思ったより全然面倒じゃん、コレ。
……ふむ、そんなに細かくなくていいか。
血に濡れた地面はそのままに、ざっくざくと切り刻んだゴブリンを、等間隔を心掛けて草むらに部位ごとにぽいぽいと放り投げていく。
「イ、イサーク?」
「ちょっとお前も手伝えよ。内臓も器官ごとに分解してくんねえ? 大雑把でいいからさ」
答えがない。
後ろを向いた。
……ただの屍のようだ。
害はないので続けることにする。
内臓も取り出して、場所を離して別々に放置する。
うむ、我ながらいい仕事ができた。
「おい、シャル、帰るぞ。いつまで寝てんだ」
シャルは唸りながら目を開けたが、俺の後ろに広がるゴブリンのバラバラ死体を見てそっと目を閉じた。
「僕はイサークを信じてるよ!」
じゃあ目を開けろよ。
さて、そんなことがあってから俺は毎日バラバラ死体を見に行った。
「また変なことはじめたな!」
がははははと俺の肩を叩きながら笑ったのはダンおじさんくらいだ。
手加減してください。骨が折れる。
村人の俺を見る目は最早冷たいを通り越して、不気味なものを見るような目になった。
視線を感じて振り返るとさっと見てないフリをされる、あの反応。
ああ、気持ちイイ!
いや、良くないよ、冗談だよ。俺は変態じゃない。
実はせっかく分解したゴブリンだけど、一度は片付けられた。
なにやってんだ!と憤慨しながら処分していく村人たち。
俺は黙って見てただけ。
だって力じゃどうせ敵わないからね。俺は無駄なことはしないのよ。
懲りずに二度目を決行したら、もちろん大人たちが飛んできた。
また片付けられるのかな?と思ってじっと見てたら、何も言わず去っていった。
……あと三回くらいは根比べが続くと思ったんだけどな?
根性ねーな。
ちなみにゴブリンの中身は人間と比べたら色々と足りなかった。
ま、魔物だし、そんなこともあるだろう。
そもそもこの世界の人間と俺の知識にある人間の臓器とが一致するとは限んねーし。あんまり深く考えてもしょうがない気もする。
魔法とか魔法とか、魔法とかあるんだし。
内臓器官の一つや二つ増えてたって驚かん。
え、魔法、あるよな?
魔道具とか魔石とかあるんだし。
魔法もあるよな?
四属性があったり、場合によっては上位属性があったり、それを杖や手から飛ばしたり、カッコイイ詠唱で発動させたりするアレ。
見た事ないけど。
……異世界に夢は見たいじゃん。
そんで、できたら俺も使いたい。
そんなことを考えながら、俺は毎日ゴブリンの部位を経過観察してる。
俺ってマジメ! 根気強い!(自画自賛)
イサークすてき!と、言ってくれるかなと思っていたドナは俺の奇行に狼狽えたアランたちに強制連行されて以後見ていない。
監禁でもされてるのかな? 助けに行くべき?
辿り着く前にやられると断言できるので実行しないけど。
口だけのパフォーマンスも時には必要よ?(悪知恵)
あ゛~! しっかし、もどかしい!
誰か俺に紙と鉛筆をくれー!
文字は読めないが日本語は書ける!はず!
脳内メモは忘却に弱い。
日々、試行錯誤を積み重ねてなお内容を忘れないダンおじさんとか、ちょっと異常じゃないか?
あれそれこれはいつどこそこで同じ結果だったとか、細かすぎんぜ。
それとも記録手段がないせいでここの人たち全般、飛躍的にその能力が発達してるとか?
俺だって生まれはココなんだから、その便利能力備わっててくれてもよくない?
ない物ねだりだってことはわかってるから、毎回俺は肩を落として諦めるだけだけど。
さて、それでも俺のゴブリン分解実験からわかったことがある。
俺はそれで満足だ。
目的は達した。
あとは! そう、試行あるのみ!
効果が出たのは、血に濡れた地面と、肝臓……らしきもの。
なんで肝臓って断定しないのかって?
だって脾臓も腎臓もないんだもの、これが肝臓かどうかも怪しい。
ので、とりあえず俺が勝手に便宜上肝臓と呼ぶことにしただけだ。
そろそろこの狂気的に見える「実験目的は何なのか?」についての話をしよう。
ほら、前に説明したじゃん?
ゴブリンの死体って放置すると周囲を枯れさせるって。
気になってたんだよなー。
腐敗と同時に周辺の植物が枯れるから、やばいガスでも出てんのか。
それともゴブリンのどこかにそんな特性があるのか。
俺がゴブリンをバラしたのにはそんな興味本位の理由があった。
結果、周囲の草が枯れたのは二つだけ。
肝臓周辺と血だらけになった解体場所周辺。
血は、なあ。
なんか地面がやべえ。
数日して黒ずんでくると同時に、周囲の草花は枯れたというより『溶けた』。
どろっとしてる。
キモい。
溶解である。
指が溶けそうな気がするから怖くてさわれない。
今回の目的とは相容れないので見なかったことにする。
もう一つ、肝臓の方。
こっちが本命だ。
乾いてぴらっぴらになったゴブリンから剥いだ皮で包んで(!?)、直接触らないように持ち帰る。
ついでに新しい、捌きたてほやほやの肝臓も持ち帰る。こっちは比較用だ。
ん? ちょっと遠くで泣きそうな目をしたシャルが見えたが、いじめられでもしたのだろうか。
そんな目をしても無理だよ?
助けられないよ?
俺、真っ先にやられる自信あるし。
……それにしても、シャルと違って俺は直接いじめられたことがない。
こんなに弱そうなのにな?
自慢だが、殴られたら一発だぜ?
うっぷん晴らしにはいいカモだと思うのに、同年代は絡まれるどころか近付いても来ない。
はて、ドナあたりが止めてくれてるのかな? だとしたらやはり女神。
まあいい。とにかく実験だ。
すでに周囲の草を枯らしていた乾燥気味の肝臓(推定)は少し考えて砕いてしまう。
もう一つは新鮮なので、ナイフで賽の目切りにしておいた。
明日、庭にでも撒こうと思って一晩――。
目が覚めたら新鮮なヤツは溶けてた。
かんぞう、どこ?
「あっちゃ~」
この現象、見たことがあるぞ。
血だ。
血の効果だ。
こちとら溶けるのではなく、枯らす効果が欲しいのだ。
むむ、新鮮なまま切っちゃうとダメなんかな~?
仕方なしに新たな肝臓を確保して家路を急いでいたら噂の同年代にあった。
彼らは無言で道を開けてくれた。
……あ、ども。
背中に刺さる視線が熱い。
なに。不意打ちとか、やめてよね?
俺の心配はいつも通り杞憂に終わったので、さっそく取れたてほやほやの肝臓の処理に移る。
今度のは血抜きしておくことにした。
草むらに放置した肝臓はちゃんと効果を発揮したのだから、乾燥方面は正解。それは判明してる。
それ以外となると、こんな方法くらいしか思いつかない。
まあ実験なのだから失敗してナンボよ。色々やってみるに越したことはない。
結果、血抜きしたナマモノと乾燥の二種類の肝臓は庭の雑草をことごとく枯らしてくれた。
思わずニンマリ。
「やっほー、これで草むしりから解放されるぜ!」
って事。
これだ、これがやりたかったんだ!
俺ってば、圧倒的天才!
草むしりってね、面倒なんだよ。マジで! 時間がかかる癖に中々進まない。のに、やらないと酷い目に合う。
この作業が短縮できれば、どれだけ効率的になるか。
この切実さ、絶対に現代人にはわかるまい!(涙目)
……しかし二種類の肝臓効果(除草結果)には差があった。
うーん、困ったな。
範囲が狭いのと広いの。
弱いのと強いの。
乾燥と血抜き。
砕いたのと切ったの。
死体から取り出した時間の差。
考え得る原因はたくさんある。
正直言うと、めんどくせえ……。
俺は自分の仕事を減らしたかっただけだ。
つまり、効果があればいいのである。
端的に言えば、すでに満足。
……よし、続きは押し付けよう。
誰にって?
もちろんダンおじさんにだ。
「え、枯らす? 育てるのには興味あるが、枯らすのはちょっと……」
おい、選り好みすんなよ!
育成の幅が広がるかもしれないだろ!?
おじさんの愛しい棘の木のためになるかもなんだぞ!
渋々受け取らせることには成功した。ところが、ダンおじさんはあろうことかそれを自分の畑に撒いた。
ん?
………ん!?
まったくの予想外。その行動、俺の頭の中には欠片もなかった。
人間って思考停止するもんなんだね、こういう時。
「畑の管理が楽になったぜ~、やっぱりイサークは頭がいいな!」
ちょ、おま!
食い物に害があったらどうすんだよ!
ソレ、元はゴブリンだぞ!?
この脳筋め!!
副作用とか考えないのかよ!
「いや、食べたけど大丈夫だったぞ」
きゃあああー!
時すでに遅し!
何年後かにぽっくり逝っても俺し~らね!
ぴゅいぴゅいと口笛を吹く俺におじさんの衝撃の一言。
「なに言ってんだよ、食料配給制なんだから、お前も食べてんじゃねーのか?」
オレ、オワタ\(^o^)/
副題が物騒すぎる。




