29話 そうだ、出来ない事は誰かにやってもらおう。
そういえばだけど。
一つ残念な事実が発覚した。
俺ずっと冬の寒さとか、靴擦れに悩まされてたわけじゃん?
だからこそ今、こんなに必死なわけだが。
巻き込んだシャルに事の経緯をつらつらと話してた時。
てっきりシャルは俺の慧眼とアイデアに感動してくれるだろうと思っていたのに、返ってきたのは目をぱちくりと瞬いたシャルが首を傾げる仕草。
「そりゃ、もっと良くなるなら最高だけど。そもそも、そんな辛ければ毛糸の靴下履けば? ってか、常々不思議だったんだけど、なんで冬はいつも裸足なの?」
え?
…………ん!?
そして気付いた。
これ、あれだ――!
ひょえ、ってな顔をしていた俺を見て、逆にシャルが疑問符を頭の上に浮かべる。
「どうしたの、イサーク」
そどうもこうも!!
あー、クソ!
考えもしなかったぜ。
そっか、そりゃそうだ。
この村にだって毛を刈るための家畜は居るし、冬の女たちの主な仕事は毛糸づくりや織物編み物。(今年はスライム避けも編んでるけど)
それで何が完成するかって言ったら、もちろん防寒具や小道具。
手袋、靴下、帽子にセーターその他諸々。
問題はあれだ。
それが女たちの仕事ってトコロで……。
原材料はつまり女の手にしか渡らない。
我が家にいるのは俺一人。
女手のない俺の手にはまったく縁のないものだったのだ。
がっでむ!!
俺は独身男ダンおじさんの所に飛んでいったさ。
だって、ダンおじさんも女手ないじゃん。
俺と同じじゃん。
独り身仲間。
どうしてんのかって疑問は当然湧くわけでしょ?
「あん? そりゃ必要なら貰えるし。申請は必要だけど。せいぜい現品持って、村長に頼みに行けばいいだけだから」
もうボロボロだから新しいのください、とか。
そんなんでいい。
何の問題もないだろ?
と、当たり前かのように言われた時の俺の気持ちを百文字以内で述べよ。
「んで村長が認めれば、依頼されたどこぞの家で編まれたものが手渡されるってワケだ」
公共の依頼をこなせば、個人的に毛糸が多めに貰えるらしいしそんなに嫌がられるってこともないみたい。
「お前が交換品貰わないのって。もしかして…………え? まさか、――意地になってたわけじゃないのかっ!?」
呆然とした俺の様子で察したらしいダンおじさんはぴしゃりと自分の額を叩いた。
ええ、知らなかっただけですけど?
何なら、衣服関係はずっと繕って使ってましたけどぉ?
わからなくはないけどさ!
昔の威嚇モードの俺は、家を守ろうと必死だったし。
誰かの手を借りたら家を取られるくらいの思い込みで、全ての救いの手を拒否し続けていた。
その頃の印象が強いだろう俺が、延長で頑ななままだと思われても仕方ない。
ううむ、どーりで……。
ボロボロになっていた俺の服を「見すぼらしい!」と強奪して勝手に袖を繕ってた婆が「意地を張るのもいい加減におし!」とかなんとかぶつぶつ言ってたわけだ。
服?
自分のはもう大きさも合わないしボロボロだから、今はだぶだぶの父さんの服を無理矢理着てる。
自分の幼い頃の服を解体して当て布補強や補修しながら大切にね。
だ、だって貰えると思ってなかったし!
下着や肌着、夏用の靴下なんかみたいに、一定期間ごとに支給されるものもあるから交換性のものがあるってのは盲点だった。
正直、膝から崩れ落ちたね。
「お、俺は、しなくてもいい苦労を、……いままで?」
「おい、イサーク。そんな落ち込むなって」
ダンおじさんが無駄にあわあわしてたけど。
よく考えたら、過ぎた事だし?
一通り落ち込んだら、早々に復活した。
過去は戻らない。
そう、前世をやり直せないように。
俺の両親が生き返らないように。
つーわけで、現状が改善出来ればそれでよし!
頬を引きつらせたダンおじさんを残して、俺は未来へ向かって歩き出した。
そして今に至る。
「よし、シャル。これを見ろ!」
「靴底?」
うむ、と満足げに頷く。
シャルの前に掲げたのは靴底の形をかたどった紙だ。
「かなり大きいけど?」
「そうだ、拡大してある」
なぜなら書き込むことが多すぎるから。
「これは魔法陣」
「あはは、靴の形をした魔法陣? 変なの」
うんうん。
俺はにこにこと頷き続ける。
「へ、へん、……だよね?」
俺があまりにも笑顔から表情を変えないものだから、シャルのやつが見る間に不安そうな顔になっていく。
ま、真面目に答えれば、魔法陣が靴の形してても別に変じゃないだろ。
だってこれは靴に展開する魔法陣なんだから。
むしろこれ以外の形が思いつかないくらい、ごく自然な思考でたどり着いた。
誰だって同じこと考えると思う。
「……イサーク? それで? 僕に何をして欲しいって?」
シャルが耐えきれなくなったのか、自分から聞いてきた。
「お、よくぞ聞いてくれたな!」
我が意を得たりとにんまりした俺に、シャルが「しまった」と顔を歪める。
なんだよ、そんな怯えんなよ~。
別に取って食いやしないし、俺が今までお前に酷いことをした事があったか?
ないだろー?
「ただ、この見本をこれに描き写してほしいだけだよ」
そこそこデカい紙に複雑に描き込んだ魔法陣を指して、続いて俺の実物大靴底型に切り取った紙らしきものを指す。
正体はゴブリンの皮(加工済み)である。
「……う、うん?」
「お前、器用じゃん?」
「――ええと? この五倍はあろうと思われる見本にびっしり描かれた線を? こっちの小さくてぺらぺらでデコボコで描きにくそうな紙に描き写せ、と?」
おお、さすがシャル。
理解が早くて助かるわ。
「……ね、イサークはなんで自分でやんないの?」
「え、出来るわけないじゃん。実物大だと収めきれなかったから大きな紙に描いてるんだし」
シャルの頬がぴくりと動いた。
「なんで君にできないことを僕がやるの?」
はっはー、なんか面白いこと聞くな?
「俺ができないんだから、出来るやつがやるしかないだろ?」
シャルががっくりと項垂れた。
「あ、頭、いた……」と呟いている声が小さく聞こえる。
ん? どした? 大丈夫か?
「イサーク、最後に一つ聞きたいんだけど」
「おう?」
「なんで僕なのさ?」
疲れた顔をしてるのは、頭痛のせいか?
ちょっと休む?
大丈夫と押し止められたので、素直にシャルの質問に答える。
「器用だから」
少なくとも俺よりは。
指細いし。細かい作業に向いてるだろうし。
「それだけ? つまり、出来るだろうって勘?」
素直に頷こうとして、なんとなく行動を止めた。
なるべく正確に表現する気になったのは、単なる気まぐれ。
「出来るだろうって言うか。……できなかったとして、お前ならなんとかするだろうなって」
つまりは丸投げである。
あるいは最後までやり遂げて欲しいという押し付けだ。
いや、やれよ。という俺なりの圧かも?
「ふ、ふぅん……。まあ、君がそこまで言うなら? やってみてもいいけど?」
シャルの小鼻がぴくぴくと動いた。
感情を隠している時のコイツの癖。
たはは、やっぱ嫌だよね。
渋々だとわかっちゃいるけど。
「うしっ! そう来なくちゃ! お前ならそう言ってくれると信じてたぜ」
言質取ったどー!
もう逃げ場はねーぞ!!
「でな? 手順なんだけど」
「え? この大きいのを小さいのに描き写せばいいんでしょ?」
うんうん、間違ってねーな。
が、実は他にもやってもらいたいことがある。
まずこのゴブリンの皮に、下書きして、薄めた溶解液で穴が開かない程度に溝を作り、その溝を希釈液(仮)で埋める。
以上。
「は?」
シャルの間抜けな声が空虚に響いた。
お?
さては全然わかってねーな?
希釈液、覚えてる?
ゴブリンの血が二層に分かれるって話を以前したと思うけど、溶解液が沈殿した血球(黒)なら、上澄みの透明がかった茶色の液体(ドロドロ)の方だ。
あれって多分、人間でいう血漿で。いわゆる俺たちが怪我をしたときに傷を治すために出てくる滲出液と同じようなもの。…………だろう。多分。
つまり、固まる。
液体が固体として固まるのだ。
これ大事。
ご存じの通り、実は線を引くだけで魔法陣は作れる。
実際ランプの魔法陣なんて金属に溝を掘ってるだけだったし。
が!!
弱い! 魔石の衰退がハンパない!!
「そう、伝導率が悪すぎる!」
力説する俺に、シャルが思わずのけ反った。
俺が使えるのはそこに輪をかけてゴミみたいなゴブリン魔石。
元々小さな力が、線を伝うだけで大きな抵抗を受ける。
あるいは空気抵抗もあるかもしれん。
故に魔法陣があんなに小さな反応しか返せない。
「いかに動力を無駄なく発動に繋げるか?」
小さな動力しか使えない以上、それは命題である。
そしてある日、俺はふと思いついた。
そもそもゴブリンの魔石を使うんだから。
なら素材にもゴブリンをつかえばいいじゃない?
という仮説の元。いやあ、色々試したわー。
「実験は済んでるから!」
ぽんとシャルの肩を叩く。
結果、全部をゴブリン由来にすればかなりのロスが防げた。
安心しろ。これが最適解だ。
「――つまり君は? 君がこの大きな紙にしか描けなかったものを? こんな小さくまとめて? 危険物で下地を溶かしながら線を描き? そこにあっという間に固まる液体を正確に流し込めと?」
ザッツライト!!
優秀な生徒にはウインクと指パッチンまで付けちゃる。
1mm以下の作業になると思うけど。
俺にはできないけど。
俺以外の誰かにならできんだろ。
それがお前なら、だいぶ楽。もとい、都合がいい。ゲフン。
「さっすが俺の親友!」
「……イサーク。君、僕がそう言えば何でもやると思ってない?」
え?
……ちがうの?!




