20話 そうだ、一歩進んで二歩下がってみよう。
さて、ナイフに振り回されてひいひい言ってるうちに本格的な冬が到来しようとしていた。
雪の気配が空に色濃い。
時間経過が俺の無能振りをよく示している。
天才と呼ばれるヤツはきっとこんなの片手間なんだろう。
もしくは都会に生まれてたら学校で教えてもらえたりもするのかしら?
「お前の頭ん中って時々花畑だよな?」
とはダンおじさんの言。
どういう意味だろう。
「都会に夢を見すぎって事だよ。あとは、……まあ、自分のことは自分で見えないものだなあ、と」
ビシッといい音のデコピンがとんできたが、手加減されたのかあまり痛くない。
なに、鏡でも欲しい?
どうにか魔法陣で作ってみる?
う~ん、でもやりたいことが山積みで取り掛かれるのは大分後になりそうだよ。
「いや、いらんわ」
なんだよー。
じゃあ何の話だよ。
「お前はそのままやりたいようにやってればいいって話」
ニヒルに笑うダンおじさんはやっぱり山賊みたいだけど、見慣れてくるとちょっといい男に見えてくるのが悔しい。
「やりたいように、ねぇ……まあ、俺はそれでいいんだけど」
「なんだよ、含んだ言い方しやがって」
それにしては最近バアさんと村長が「イサークが!」とか「いい加減にしろ!」とか、いつも喧々囂々とやってるのをよく見かける。
痴話喧嘩かよ。
爆発しろ。
と、言いたいところだけど、喧嘩が勃発すると村人からの俺への視線も厳しくなる。
その関係や如何に?
「あ~あれな。そりゃ村長も気に食わないだろうさ。最近お前、放し飼いに近いからな」
放し飼いって、またスゴイ言い回しをされたものだ。
そう、俺の最近の評価は『臆病者』改め、バアさんを後ろ盾にやりたい放題やってる『道楽人』に変わった。
……らしい。
個人的には「え、なんでそうなるの?」だ。
マジで馬鹿ですか、と。
まずはババアの人使いの荒さを知ってから言って欲しいんだけど。
ババアの家を訪れて開口一番、唾と共に吐き出される炊事洗濯掃除の課題ラッシュはいまだに容赦ない。
おかげとは言いたくないが、幼い頃に両親を失ってやさぐれてた俺に懇切丁寧に家事のやり方なんて教えてくれる人もいなかった故に、適当だった家事仕事がかなり有能になった気がする。
時短ってこうやってするんだね。
先人の知恵は貴重だわ。
「知ってるさ。知ってるから、お前を敬遠してる連中にとっては現状は面白くないんだろ」
ん、どゆこと?
「もっと困ってる姿がみたかったんじゃねーの?」
「はあ!? 十分大変なんですけど! そいつら、どこに目つけてんの!?」
いや、むしろ目が見えてないかもしれない。
これは由々しき問題だ。
村には隠れ盲目がいるぞ!
「ま、俺はそもそもこっち側だから。むしろ思った以上に思惑通りになって驚いてるくらいだ」
まって、今度はなんの話!?
「いやはや、天気と作物を気にして終わる人生だと思っていたが、なかなかどうして、波風が立つじゃないか」
そう零すダンおじさんは愚痴に聞こえる台詞を言いながらひどく楽しそうだ。
……そのにやにや笑いはちびたちの前ではよしてね?
人さらいみたいに凶悪顔だから。
「お前、さらっとひどいこと言うなぁ」
事実です。
とりあえず、話は逸れた。
それでよし。
バアさんと村長の対立の話なんて、関わり合いになりたくない。
俺に端を発してるとか、本当に勘弁だ。
「で、お前のソレはなんだ?」
「ああ、これ?」
俺は手術前の医者のように手を掲げた。
包帯でグルグル巻きの手を。
なんなら下に敷いている薬草の色が滲み出て、なんとも清潔感のない有様だ。
俺だったら、感染者予備軍かな? と思って近づかない。
前世の記憶は両親の死並みに強い。
テストに出るから覚えておいた方がいい。
ちなみにこの手は以前、採取と魔法陣の暴発で切り傷だらけになったものとは関係がない。
あれは早々に完治した。
異世界の子どもの再生能力と薬草の威力をまざまざと見せつけられた気がする。
ではこの手は何かと問われれば、――当然、話は少々遡る。
そう、あれは錆びたナイフが努力と妥協の元に魔道具となった頃の話だ。
だが、ナイフはそもそも手段でしかない。
その先の目的があった俺はもちろんノンストップで走り出した。
その勢いときたら、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬のごとく。
思い出して頂けただろうか。
俺には大いなる大望があった。
ズバリ、紙作りである。
採取、粉砕の作業に関してはナイフで劇的に楽になった。
作ってよかった魔法具ナイフ。
初めて使った日は喜びで咽び泣いたね!
様子を見てたらしいリンになぜか背中をさすられたけど、あんまり残念なものを見るような目を向けないで欲しい。
おにいちゃんは努力の人だよ! 立派な人間だよ!
材料を細かくしたら、お次はパルプ化の作業である。
繊維化である。
これまた地道な作業だ。
面倒になったのである。
故に俺の手は爛れた。
「まてまてまて! 一体なにがあったんだよ!」
「ほら、人間一度楽を覚えると、真面目にやるのが馬鹿らしくなるじゃん? つまりそれよ」
「どれだよ!」
端的に言うと、なんかもう、うわー! ってなった。
イラってして、もうイヤだって! ってなって、つまり、癇癪を起して、いつもなら取らない突飛な行動を、衝動的な思考でもって実行したのである。
「お前、いつも突飛な行動しかしてな、……ん、ごほん! それで? どうしたんだ?」
「程よく溶かせばいいんじゃないかと思って……」
「思って?」
「ゴブリンの血を混ぜた」
「は?」
「ゴブリンの血を混ぜた」
大事でもないけど、聞き返されたので二度言った。
覚えているだろうか。
ゴブリンの血の作用。
詳しくは調べてなかったけど、草花を溶かしていたのはこの目で確認している。
そんな光景がフラッシュバックして、なんだかあの時ピンときたのだ。
来てしまったのだ。
「お、おま!」
ダンおじさんは言葉にならないようで、口を開閉させた。
ゴブリンから絞り出した新鮮な血をまずは混ぜたけど、あれは溶解作用がなかった。
想定内だ。
なにか条件があるのだろう。
以前は確か、数日して血が黒ずんできた頃から周囲の草花が溶け始めたと記憶している。
ならばちょっと時間を置けばいいのかと思ったら、器ごと溶けてたり。
まあ、それなりに試行錯誤は重ねたさ。
溶かし過ぎるとダメだし、かといって溶かしそびれた欠片があっては書くものも書けない。
加減がなかなか難しかった。
けど、ラクをすることに関しては弛まぬ努力を惜しまない俺。
これで大幅に時間短縮と効率化が進むとあってはやらない理由はない。
俄然やる気になって、結果、上手くいった。
正確には、「たぶん上手くいく」だろう。
「で、完全な成功を収める前に、こうなった」
包帯の巻かれた手を見せる。
草花どころか、木片だって溶かす血。
むしろ器だって溶かした強い溶解作用。
当たり前だけど、皮膚も溶かした。
いや、気を付けてはいたんだよ?
でも世の中に絶対はない。
まして、ゴム手袋もないこんな異世界じゃ、ポイズン。
作業中にどうしたって触れてしまうのだ。
正直、とても痛い。
ババアの杖を脳天に食らったどころじゃない。
なにせ一過性ではなく、ずっと痛い。
俺は泣いたね。
無理だろ、こんなの我慢とか。
駄々っ子のようにべそべそと泣いていたら、「見苦しいものを見せんじゃないよ!」とババアに感染者予備軍のような見た目にされたのである。
外気に晒されないだけ、幾分かマシになった、……気がする。
「↑いまココ」
ダンおじさんがドン引きした顔をしている。
はて、なぜだろう?
「つ、続ける気か?」
紙作り?
「ゴブリン素材の活用だよ!」
そりゃ、もちろん。
「そんなになってもか?」
手は治るけど、紙は作らないと手に入らない。
それなりに消費するだろう紙を作るのに、毎回馬鹿みたいな時間を使ってたらそれこそ本末転倒ってヤツだ。
うむ、天秤にかけるまでもなかった。
「なに、ダンおじさんだったら、イザベラに」
「うむ、天秤にかけるまでもないな!」
まだ何も言ってないよ、ダンおじさん。
イザベラの名前しか言ってないよ、ダンおじさん。
俺は残念な人をみる目で、精一杯ダンおじさんを憐れんだ。
「ならどうすんだよ。毎回手を犠牲にするわけにはいかんだろ」
「それだよ、ダンおじさん」
手伝ってもらおうと声をかけた理由は。
「え、手伝い!? 俺が!?」
……イヤそうだ。
あからさまにイヤそうだ。
「イザベ」
「さあ、共に行こうじゃないか!」
何も言ってないよ、ダンおじさん。
今回はイザベラの名前すら言い切れなかったよ、ダンおじさん。
ちなみに肝心のイザベラの方は、「新鮮なゴブリンが取れたら教えて」と言づけておいたら、生垣の近くを通る時に枝で肩を叩かれるようになった。
はい、有能!
「で、作戦は? お前の事だから考えがあるんだろ? 聞かせてみろよ」
ころっと立ち位置を変えたダンおじさんは真面目な顔で俺に耳を寄せる。
俺は嘆息して切り替えた。
じゃじゃん!
さて、ここで問題です。
「ゴブリンの天敵と言えば?」
「ん? ゴブリンの天敵? ってーと、オークじゃなくて……お前の事だから『悪食』の方か?」
「ピンポーン」
ゴブリンは『繁殖者』なんて呼ばれることもある。
種族の特徴を端的に表していて、とても分かりやすい。
では『悪食』とは?
他でもない、ゴブリンと共に魔物の最底辺を構成する、かの有名な「スライム」の事だ。
今回は件の悪食さんにご登場願おうと思う。
「つまり、ゴブリン狩りならぬ、スライム狩り?」
「できれば生け捕りで」
言いながら、含むところもないので素直に頷くと、果てしなくつまらなさそうな顔をされた。
ダンおじさん、ゴブリン狩りが趣味だもんね。
然もありなん。
「あ! ってか、スライム集めなんてさすがのお前でも一人で出来るだろ? なんでわざわざ俺を?」
最初の「あ」に逃げる糸口を見つけた希望の色が見える。
でも残念! そうは問屋が卸しません~!
「必要があるから呼んだんじゃないか」
「だから、スライム集め程度にどうして…………ま、まさか、お前!?」
驚愕を顔に張り付けているダンおじさん。
そう、そのまさかです。
「すでにスライムの一撃を受けて逃げ帰ってきた後だから、俺」
俺はにっこりと笑いながら自分を指した。
察しが良くて助かるよ!
「うそだろ!? チビどもですら踏みつけて撃退できるような魔物だぞ!」
ホントだよ!
俺は出来なかった、ただそれだけの事だ。
なんなら一緒にスライム狩り行ってくれれば真実がわかるよ?
さあ、いざ往かん!
新素材確保の冒険へ!
「いや、スライム程度に冒険って、おこがまし過ぎだろ。ゴブリン以上にそこら中にいるし」
呆れを強く声色に感じるけど、俺にとっては十分冒険なのだ。
ダンおじさんは呟いた。
「天は二物を与えず……」
訂正させてほしい。
俺は天から一物すら与えられてない!




