11話 そうだ、イベントの話をしてみよう。
「秋といえば。――そういや、今年はお前らが主役じゃないか?」
むむ?
ピンと来てない俺に、ダンおじさんはヒントではなくズバリ答えをくれた。
そういうトコ、わりと好きだぜ?
「生誕祭だよ」
「ああ!」
ぽんと手を打つ。
すっかり忘れてた。
「んな大事なこと忘れるなよ! 村の一大イベントだろ。まあ、お前らしいけど」
「らしい」ってどういう意味だ?
そんなに忘れっぽいか、俺?
「さすがにユリアたちも収穫祭が終わってからスキルを貰いに行くだろうから。……下手すると『下』で一冬越すのかもな」
はあ~、ひと季節を外で過ごす余裕があるとか。今の俺には隔絶した金持ちに見えるね!
例え伝手を頼って節約したとしても「一切金がかからない」なんてことはないだろうし。
実際村人の中でそれが可能なのは今回計画を立ててる連中だけだ。
ま。つまるところ、それだけ冬の雪山に入るのは危険だって話でもある。
雪が遅ければ帰っても来られるだろうけど、それこそ道中で降られたら目も当てられない。
万が一を考えると『下』に残るのがやっぱり正解だろう。
んで、ひと季節を跨ぐ恐れがあるのにきちんと収穫祭に参加するのはなんでかって。
もちろんユリアが村長の孫だから催事には居るべき人物だってことが理由の一つではある。
もう一つは――。
秋は実りの季節。
一年で一番大きな催しが収穫祭だ。
名の通り今年の実りに対する感謝の祭り。
個々の行事を一々開催する余力のない、ウチみたいな貧乏な村は色々な祭事をそこにぶち込むことになる。
ぶち込まれた行事の一つが件の生誕祭。
で、混ぜた行事を代表して『収穫祭』って言ってるワケ。
さて誕生祭の話に戻るが。
生誕祭自体は名前の通り誕生を祝う行事なんだけど、じゃあ誰のだ? といわれれば、村人全員と答えよう。
驚くかもしれないけどな、この村、誰も誕生日なんて覚えてないと思うんだ。
ちなみに俺も知らない。
そもそも季節はあっても、細かい暦がない。
種まきの時期や収穫祭の日程は占者でもあるミイラババアが決めるものだ。
そこに毎回ケチを付けるのが村長だけど、もちろんお婆の意見の方が通る。
通過儀礼やいわゆるお約束のようなもので、今となっては誰も気にしない。
たぶんそれが自分の仕事だと勘違いしてるんじゃないかな、村長は。
とにもかくにも、俺たちは一年に一回、みんなで一斉に年を取る。
昔の日本もそんなだった記憶はあるけど、あれって確か一月一日だったっけ?
ここでは秋だ、収穫祭に吸収された誕生祭が俺たち全員の誕生日。
なんで秋かと言えば、新年ってのはここでも冬なのである……。
つまり、冬にこの村に行事を催せるような体力はない!!(ドドンッ)
断言できるよ。
冬はマジで地獄だからな?
俺も含めてみんな暗く疲れた顔で秋に蓄えた物をちびちびと消費しながら、森に餌が少なくなったことで村に標的を定めた獣や魔獣たちとの攻防に明け暮れ、春を待ちわびる。
こんな感じだから、一番豊かな時期にやろうってのは納得できる理由だっしょ?
そしてダンおじさんが言っていた「主役がうんぬん」ってのは、こっちの風習の話になるんだけど。一言で言ってしまえば、ここでは人生の節目が二度ある。
一つ目は誰もが知ってる成人。
一人前と認められる年のこと。
もう一つが『新成』といわれる幼少期の区切りだ。
死にやすい幼少期を乗り越え、人として認められるという意味を持つ。
俺やアラン、ユリアはちょうどこの年になる。
ドナとシャル、テオは……多分来年だな。
(この世界あるある。――年が曖昧になりがち)
話は少し横道に逸れるけど、この「新成」前だと死んでも葬送の儀式はしない。
墓もない。
心情から簡易葬式くらいはするけど、本来なら土に埋めて終わりである。
実はそれくらい人が死ぬって話なんだな。
異世界こわっ!
「イサークは『願い事』は決まってるのか?」
にやにやとダンおじさんが聞いてきた。
「それがあったか!!!」
なんとタイムリーな!
俺の顔はあからさまな喜色に染まったことだろう。
願い事といっても、七夕の話じゃないぞ?
暦と同じく、七夕なんて元からないしな!
空の星座も星の配置も全然違うし、神はいやに人間的で、なのに人には無関心なので七夕伝説なんて生まれる余地はナシ。
では何の話かと問われれば誕生祭の、主役たちの話だ。
新成と成人を迎えた者はもちろん祝われるのだけど、その方法は出来る限りの範囲で彼らの「願い事を一つだけ聞く」こと。
例えば、成人だとそれにかこつけてプロポーズしたりな。
……俺もやりたい。
そんな機会でもなければ誰も頷いてくれなさそうだし。
新成だと普通に欲しい物を願うことが多いかな?
オモチャとかご馳走とか、微笑ましいものがほとんどだ。
中にはあのミイラババアのように新成の誕生祭で伝説を残した人物もいる。
やったことは一生の独身を宣言し、現在の道に進むことを願い出ただけだけど。
問題はフラれる羽目になった幼馴染の婚約者(?)の方。
何が面白いって、それが今の村長のことだったり?
わかりやすく言うと、ユリアがアランをフるようなもんだ。(もち反対でもいい)
とにかく言いたい。
どんまい村長!
笑える話をどうもありがとう!
「で、どうなんだ?」
「――まあ、考えてることはある。かな?」
「お、なんだ? 教えてくれないのか?」
俺の願いは決まってる。
そしてそれはダンおじさんには叶えられない願いだ。
ので、俺はダンおじさんを見上げてにっこりと笑った。
したら、なぜかダンおじさんが腰を引く。
おや?
「イ、イザベラはダメだ。いくら新成とは言え、その願い事は聞けないぞ!?」
その台詞ですぐに察してしまえる俺が憎い。
アホか!
いらんわ!
我が子はとうに嫁にやった。
そう、お前にな!(指さし)
「イ、イサーク!」
おじさんが乙女のように指を組んで瞳を潤ませる。
「いえ、お義父さん!」
ええい、鬱陶しい!
抱きつくな!
ダンおじさんは最後まで感動に打ち震えていた。
……本人が幸せならそれでいいか。
幸せにな!
さて、冗談はこれくらいにして。
無理矢理引き剥がしたダンおじさんを放置して、その足でチビたちの遊び場へ向かう。
森近くの、今となっては唯一俺自らが植えたイザベラに守られた遊び場。
その場所が見えるか見えないかくらいの距離で元気な声が聞こえてきた。
「あ、イサーク兄ちゃん!」
「ほんとだー!」
遠くから俺の姿を発見し、脱兎のごとく突進してくるチビども。
気配でも読めるのかよ、あいつらは!
視力といい、体力といい、人間というより野生動物。
人間になる『新成』とはよく言ったものだ。
こいつら明らかにまだ人間じゃねーもんな。
さて、チビたちの突進攻撃はいつものことなので心の準備は万端だ。
おっとお!
ひらりと避ける。
「なんでよけんだよ!」
とは年長の男子。
相変わらず理不尽な怒り方だな!
「当たり前だろ!」
一人なら俺も受け止められるんだけど、こいつら絶対単独行動しないから……。
多勢に無勢。
しまいにはジャングルジムのように体をよじ登られて身動きが取れなくなる。
傍から見たらチビ団子妖怪。
息だけはさせてほしい。
俺を殺す気がなければね。
……え、ないよな?(不安)
「にいちゃん!」
と、思ったところで後ろから衝撃。
華麗に避けたはずが!
うおおお~、両足を掴むんじゃない!
踏ん張れないじゃないか!!
視界外からの攻撃とは卑怯な!
ここにきて新技を出してくるとは、やるな貴様ら!!
結局そのまま別のチビの突進を受けて見事に俺はひっくり返った。
チビたちは俺を引き倒したことに大喜びだ。
新しい遊びだとでも思っているのか、人の腹や足に懐いてくるチビたちの髪を乱暴に掻き回すと、なにがおもしろいのか自分も自分もと頭突きを食らわせてきた。
お前らなあ?
手加減ってのをそろそろ覚えろ?
きゃらきゃらと子どもたちの高い声は森の闇を払って初秋の高い空に響く。
うーむ、これだけ乗られるとさすがに重くて起きれない。
仕方がない、大人しくしてよう。
投げ飛ばしてもどうせ喜ぶだけだしな。
諦めてチビたちが飽きるのを待っていると、仰向けの顔を上から覗き込んできた影がある。
「イサークお兄ちゃん、だいじょうぶ?」
「お、リンか」
ひらひらと自由な右手を振って無事をアピールする。
「みんなイサークお兄ちゃんがこまってるよ?」
「そんなこといって、リンがひとり占めするつもりだろ。こういうのは、はやいものがちだから!」
おい、俺はいつから景品になったんだ?
「ごめんね、お兄ちゃん。わたしじゃとめられないみたい」
「お~、大丈夫。サンキュなー」
しゅんとしたリンに手を伸ばして、指を通り抜ける柔らかな髪をわしゃわしゃと混ぜる。
秋の澄んだ空と同じ髪色だから、見上げる空に溶けてなんだか輪郭が曖昧だ。
リンが甘える犬のように目を細めた。
なんなら猫みたいに喉を鳴らしそうな雰囲気に、思わず口元がほころぶ。
か~わいいーなあ!
リンは目を開けている時はそうでもないけど、閉じると目尻が少し垂れてきつめの印象が和らぐ。
その表情が母さん(故人)を思い出させて、ちょっとだけ感傷的になるのは俺だけの秘密。
けど、自制自制!
小さな村だから、遡ればどこかで母さんと同じ血筋に行きつくのかも。
意図的に目を閉じて、俺は面影を追いやる。
他のチビたちには言えないが、平等であるべき「子守り係」の俺は、――実はこのリンを一等気にしていた。
母さんと似ているからではない。
リンとは他よりちょっとばかり関わりが深いのだ。
俺の両親の話は少しだけ関係している。
本当に少しだけ。
村から割り振られていた俺の両親の仕事は商人モドキ。
村で作ったものを外に売りに行き、村に必要なものを買い込んでくる。
閉ざされた村では珍しく、定期的に外と関わりを持つ、村で唯一の職だったりする。
彼らが死んだのはその道中。
それは少し大きくなった俺を連れて、初めて『外』へ出る旅の最中の出来事だった。
もちろん彼らが死んだからといって外との交流を断つわけにはいかない。
ほとんど自給自足とはいえ、どうにもならないものもやはりある。
そんな事情でうちの両親のあとを継いだのがリンの両親だ。
当時の俺は今のチビたち以上に野生動物のようで、両親を目の前で殺され、自分の前世を強制的に思い出させられ、悪夢にうなされて本能が剥き出しだった。
両親が通っていた交易ルートを知るために、家に踏み込まざるを得なかったリンの両親には悪いことをしたと思ってる。
あの頃は両親との思い出に溢れた俺の家を荒らす強盗のように見えていたんだ。
本当の黒歴史とはこういうのを言うんだぞ?
リンの両親はとてもいい人で、所かまわず噛み付く俺を寛大な心で許してくれた。
感謝している。
さて、暗い話はここまでにして、リンの話に戻そう。
昔の俺と同じく、リンは大きくなるまでは両親の仕事にはついていけない。
交易に出かける両親の背中を見つめる姿はかつての俺を彷彿とさせた。
放っておけないのはそのせいだろう。
両親が出かけている間はずっと親戚の家に預けられているのだが、能天気だった俺と違って、人の感情に聡いリンは肩身が狭そうだ。
俺がもう少し大人なら預かってやれたんだけど、すまんなリン。
なんなら冬の間はいまだに俺も預かられる立場だし。
お互いに、はやく大人になりたいものだな?
それでもって、まだ子供盛りのリンは最近また少し大人びた。
実はリンのお母さんが交易に着いていかなくなった。
もちろんリンは母がいつもそばにいてくれることに喜んでいたけど、それで甘えられるわけではない。
リンのお母さんのお腹には妹だか弟がいるからだ。
本人が我慢ばかりしているので、俺は極力リンを甘やかす。
「やれやれ、やっとどいたか」
俺の上に重なっていたチビが離れ始めたので、俺は空から視線を外す。
立ち上がった時には、野生動物たちはもう別の遊びに夢中になっている。
おいおい、飽きるのが早すぎないか?
体が空いたので足元でじっと俺を見上げるリンに手を伸ばす。
リンは期待のまなざしを満面の笑みに変えて全身で抱き着いてきた。
それをよいしょと腕に抱える。
「おまえ、少し重くなったか?」
小さくても女の子。
リンが無言でふくれた。
「はは」
リンは掴んだ俺の服を離さないし、俺の声は明るい。
もう妹のようなものだろう。
俺は周囲に人がいないことを確認してからそっとリンに聞いた。
「……なあ、リンこれ何本に見える?」
指を立てて、腕の分だけ伸ばした先。
「ふたつ!」
リンが元気よく答え、俺は正解にほっと息を吐く。
まだ問題はないみたいだ。
実はリンは大人しい性格ではない。
俺はリンに好かれている自信がある。
なのにリンは絶対に他のチビたちに先んじて俺に飛び込んできたりはしないのだ。
両親が迎えに来た時だって、他のチビたちと同じように我先にと駆けたりしない。
ウミガメのスープみたいな話だけど、この答えは質問なしに答えられる至極簡単な問題だ。
たぶん、リンはあまり目がよくない。
見えてはいる。
でも、俺や他のチビたちが見ている景色とは明らかに違うもの。
俺の腕に収まっているリンの小さな頭に自分の頭を押し付ける。
「なあに、イサークお兄ちゃん。かみのけがくすぐったいよ」
きゃはははと笑うリンからは不幸の色は見当たらない。
その通り、本人は全然自覚がないんだからそんなもんだ。
視覚なんてものはもっとも主観的なものだから、他人との違いなんて自分ではわからない。
リンの場合は乱視も入ってるのかもな。
数の数え方は教えてあるし、リンはちゃんとマスターしているはずなのだが、たまに遠くの物の数を聞くと間違える。
これ以上悪くならないといいんだけど……。
リンのお父さんには昔、相談したことがある。
「あはは、面白い冗談だねイサーク」
とまあ、そうなるよな。
盲目という概念はある。
生まれつき目が見えない者のことだ。
年老いて盲いる、というのも経験則から知っている。
でも「目がいい」という表現はあっても「目が悪い」という表現はない。
村の人にとっては、怪我でもなく生まれつきでもなく、年でもないなら目は悪くなるようなものではないのだ。
自分の意見が通らず頑として食い下がる、まだ今より幼かった俺の肩に手を置いて、リンのお父さんは言い聞かせるように言ったっけ。
「きみは僕の娘を不幸にしたいのかい?」
難しい表現だ。
でも転生者である俺には理解できた。
この小さな村では欠陥があるなんて噂ですら命とり。
嫁の貰い手がいなくなるどころか厄介者扱いだ。
飢饉の際はまっさきに切り捨てられる対象になる。
「冗談でも口にするものではない」
俺としてはそんな大層な話をしたつもりではなかったのに、視力の矯正なんてできないここでは『欠陥』に相当してしまう事実がショックだった。
「いいね、イサーク? リンは普通の娘だ」
リンのお父さんは首を横に振って、俺に念を押した。
それくらい知っている。
あんたの言う欠陥があったって、俺にとっては「普通」だ。
そう言ってやりたかった。
でも、彼にとっては冗談以外のなにものでもない。
万が一真実であったなら、彼は知らないふりをするだろう。
娘のために。
今のように。
間違っちゃいない。
解決できない問題が愛娘に降りかかろうというなら、直面して嘆くよりはまだ建設的だ。
でも、もし解決できるなら?
「――リン、いつか同じ景色を見ような」
俺の言葉にリンはきょとんと首を傾げた。
俺はリンの髪に鼻を埋めて、子供特有の甘い匂いを吸い込む。
くすぐったそうに笑うリンの声が頭の中に直接響いた。
いつか俺にとっての普通を、この村でも普通にするのだ。
そんな小さな夢しか見れない俺は、英雄にはどうしたってなれない。
なれなくたって構わない。
ただ手の届く範囲の人が、笑えればそれでいいと思ってる。
――こういうのを、たぶん自己中っていうんだろう。
俺は口元だけで小さく笑った。
説明回になってしまいました。




