10話 そうだ、スキルについて学んでみよう。
魔法にちょっと触れてみたが、俺には使える気がしない。
かなしい。
せっかくファンタジー世界にいるんだから、不思議な力代表『魔法』を使ってみたかった。
まさか発音とかいう才能の壁が立ちはだかるとは夢にも思わなんだ……。
でも!
夢は絶たれたかに見えたが、世界はそこまで厳しくはなかった。
救いの手、希望の星が登場!
その名はスキル!
魔法は発動方法こそちょっと変わっているが、普通に魔法だった。
が、スキルはどうなんだ?
そういうわけで、突撃隣のダンおじさん!(隣家ではない)
「あ゛?」
めっちゃ凄まれたけど、これはイザベラとの二人きりの時間を邪魔されたせい。
俺じゃなくても自動発動するから気にしなくておけ。
段々とダンおじさんへの理解が深まってきてるのマジでイヤ。
あのさー、ほんとに大丈夫?
ちゃんと生身の女の人と恋愛できる?
それとも、
「イザベラ、燃やす?」
「やややっやめてくれぇぇええ゛!!」
絞められた鶏みたいな声でダンおじさんが悲鳴を上げた。
ムンクの叫びにそっくり。
「冗談だよ?」
や、冗談よ。
ホントにやるわけないでしょ?
「生みの親のお前に言われると冗談にならんだろ!!」
うん?
生みの親とな?
たしかに、言われてみればそうなる、のか?
育ての親の保護者感がすごいので忘れてた。
イザベラはもうとうに俺の手を離れたよ。
あと俺は子殺しはしない主義。
ってか、村の周りを囲む予定のイザベラの優秀さは、最早ダンおじさんの普通の恋愛道を犠牲にして余りある成果を見せている。
そりゃ、村全部を囲むには先は長いだろうけど。
どこか一か所だけでも敵が侵入できない場所があるってのはそれだけでだいぶ楽。
多分俺以上に大人たちは実感してる事だろう。
だからもうイザベラをなかったことには出来ないんよな、普通に。
ちなみにゴブリンが採れるので、イサーク病患者ととても相性がよかったりする。
ん、この言い方はおかしいか?
そもそもゴブリンの侵入を防ぐために自衛策として育て始めたのがイザベラだもんな。
主目的は変わってないし、優秀なイザベラはきちんと期待されただけの仕事を果たしている。
我が子はえらい。
勝手に甲斐甲斐しい婿を捕まえて、親が思うよりずっと立派に育ってくれた。
持つべきものは優秀な子である。
あとは明らかに自衛策ではない理由でイザベラ拡張を急かすおじさんが二人ほどいるのもデカい。
彼らはイザベラの副次的効果に夢中だ。
イザベラでゴブリンが採れる。
欲しい素材をゲットする。
イザベラの主食を献上する。
イザベラ育つ。
ゴブリンもっと採れる。
欲しい素材もっと手に入る。
そんなわけでトーマス小父さんとテラーさんはイザベラたちに大変協力的。
主に得意分野での協力を惜しんでいない。
テラーさんが経験と件のレンズモドキを使って伸びつつにあるイザベラの足元の土を観察分析。
なにせ場所によって結構土壌環境が違う。
それを元にトーマス小父さんは適切な肥料を勘と経験則と渾身の配合力で、そりゃあもう手ずから丁寧に作り上げ、ダンおじさんを加えた三人でイザベラの成長に余念がない。
こういうのがwin-winな関係、というのかも?
「まったく、突然声をかけるから驚くじゃないか。ちゃんと名乗れ? な? お前なら邪険にしたりしないから」
……俺以外なら邪険にするんですかね、この人。
「ほらイザベラもお前と話せるのを喜んでるし」
「イザベラに感情はないから多分喜んではいないと思うよ?」
「なに言ってんだ、よく見ればわかるだろう? ほら、こんなに棘が艶めいて……」
うっとりとダンおじさんがイザベラを撫でる。
彼はもうダメかもしれない。
俺は生暖かい目でおじさんを見守った。
これからはもっと遠くから眺めることにしよう。
こんなダメダメなおじさんだけど、昔と違って村の人たちの目は大分軟化してたりする。
村を助けるイザベラの世話を一手に引き受けている、ということもあるし。
そもそも村人に、いわゆるイサーク病に若干理解を示す人たちがぱらぱらと現れ始めた、というのもある。
奇妙な目で見られているはずのイサーク病罹患者が理解?と疑問にお思いだろう。
どういうことかと言えば、最近では隆盛を誇るイサーク病患者三人の畑を見た他の村人たちがおずおずと彼らに相談に来たことに由来する。
その畑はどうなってるんだ。
自分の畑はどうだろうか。
少しでも良くするために何かアドバイスをくれないか。
長い物には巻かれ、利益実益には手もみで近付き、権力には阿る。
それが世の常、人の常。
俺はいつでも顔色を窺う側だが、おじさんたちは窺われる側になったのだ。
そして助けを求める声に彼らはもちろん顔を見合わせて頷いた。
同じ村の住人で、ここは社会主義の村だ。
助けない理由がない。
実はここに当のダンおじさんはあまり関係ない。
重要なのはイザベラの世話でタッグを組んで以来、互いの能力と相性の良さに気付いたトーマス小父さんとテラーさん。
観察分析、配合調合のコンボは俺からしても強力だと思う。
なんのかんのと言い合い、意見を戦わせつつ肥料の分量を決めていく二人は熟練の相棒のようだ。
言ったらソッコーで怒鳴られるから言わないけどな!
喧嘩するほど……、おっとどこからか寒気が。
口は災いの元っているからね、これ以上はよしておこう。
そして手もみしながら彼らに近づいた村人たちは気付いた。
そういや、あいつらいつも猟奇行動してたな。
あ、察し。
というわけよ。
自分たちの畑を改善していく素材が何なのか。
きっと「え、アレか?(ドン引き)」と一度は思ったはずだ。
だが少しだけ考えて。
結論。
よし、黙っとこう!
あるいは目を瞑ろう、気付かなかったことにしよう、知らないふりをしよう。
――となったと推測する。
ま、ぶっちゃけその行動が邪魔にならなきゃ、彼らの結論なんてなんでもいい。
どうせ彼らが自分たちの生活を豊かにするものを糾弾するわけがない。
そして主にそれがどこから供給されているのかもわかったんだろう。
イザベラである。
結果、イザベラの世話係であるダンおじさんに当たりが柔らかになったというわけだ。
証明終わり。
風が吹けば桶屋が儲かる方式ですな。
自分の利益のためというゲンキンな理由でも、結果は結果。
いいことだと俺は思う。
世知辛い世の中だ、ゲンキンであることは悪じゃない。
なんなら見なかった振りをするだけじゃなくて、積極的にこのG計画に関わってくる村人もいないでもないし。
あ、一つ言っておくけど俺はG計画なんて知らんからな。
巻き込まないでほしい。切実に。
破砕作業や混成撹拌などの力仕事が多いトーマス小父さんは、人手が増えることは大歓迎のようだ。
弊害として、引っ込み思案のシャルがたくさんの人が訪れる家にストレスを感じて、頻繁に俺の家にくるようになったので俺は二人の親子関係をとても心配している。
ちなみに口は出さない。
単純に心の中で心配しているだけだ。
全然関係ない話になるけど、「ウチのシャルがいつも悪いねぇ」と言ってシャルのお母さんが、お詫びとばかりに差し入れをくれたりするので俺はとても助かっている。
なんならもっといてくれてもいいのよ?
逆に職人的作業になるテラーさんやイザベラを独り占めしたいダンおじさんは今の所おひとり様のまま。
面倒になったらシャルをあっちに押し付けよう。
「で、何の用なんだ?」
腰を上げたダンおじさんにやっと本題の切り口を見つける。
「実はスキルについて聞きたくて」
「ああ、そういえばお前たち、ちょっと遅いもんな」
え、なにが?
きょとんとした俺に、ダンおじさんはおや?という顔をした。
「スキルの覚醒時期についての話じゃなかったのか?」
なにそれ。
スキルを貰える期間って決まってるの?
え?
まさか、もうもらえないとか!?
うそでしょ!?
俺の希望の星が!
「おっまえ、本当に何も知らねーのな? リンでももうちょっと知ってると思うぞ?」
がっはっはっはと笑うダンおじさんに俺はちょっと肩を竦めた。
そりゃあんた、それを教えてくれる両親が幼い頃に死んでますから。
それにしてもおんぶに抱っこと、ゴブリン事件のトラウマを乗り越えてもいまだに甘え倒してくるあのチビと比較されるとは……。心外にもほどがある。
反論もしない俺を珍し気にまじまじと見た後、ダンおじさんもあっと思ったのか、気まずそうな顔をみせた。
なんと言うか、感情を隠せない人だ。はは。
こういうところが憎めない。
ごほんと気を取り直すように咳払いをしたダンおじさんは何を聞きたいんだと、やっと教えてくれるつもりになったらしい。
「はいはい! スキルについて。俺の知らないこと教えて?」
「そもそもお前がなにを知らないのか知らねーよ」
かわいく小首を傾げ笑顔満開で聞いてみたつもりだが、生身の人間に興味がない様子のダンおじさんには全然効かなかった。普通に突っ込みで返された。
「じゃ、さっきの覚醒時期について」
「お前、切り替えるのはえーな。冗談からの落差がやべえ。てか、お前の無表情怖いんだよ。なんでもいいから感情を乗せろ、表情に。常時」
なにやらぶつぶつ言いながら人の頬を引っ張る。
あの、痛いっす。
思わずしかめっ面をしたら、満足したのかダンおじさんが離れてくれた。
「だが、それなら俺でも教えられるな」
頷きながら、教えてくれたことを端的にまとめると。
――スキルとは誰でも一つは手にいれられる不思議な力。
たま~に、二つ以上のスキルを持つ者もいるが、そんなものは稀すぎるからお前は考えなくていい、とのこと。
まあ、その通りだろう。
普通は転生者っていえばこういうところで優遇されるはずなんだけど、俺のパターンだと、……うん、ないな。
断言できちゃう我が身に泣けるわぁ~。
そして重要なのは、「スキルは闇ガチャ」である。
大丈夫、薄々察してた。
その種類はいまだに全てが確認されていない程だとか。
近年でも新スキルがバンバン見つかってる。
もちろんクズスキルが主だけど。
意外な情報では、アランたちは生粋魔法よりスキル魔法の方が便利だとか言ってたけど、スキルはスキルで融通が利かないってことだろうか。
「『それ』しか使えないからな」
とはダンおじさんの言。
例えば、火系統の魔法が使える生粋魔法と、ファイヤーボールが使えるスキル魔法。
生粋魔法は発音さえできれば成長の余地ありだが、スキル魔法はファイヤーボール以外使えないって話。
ホント一長一短だわ。
「比較対象として挙げておいてなんだが、火球なんてスキルまず持つことはないからな?」
ガッカリさせないようにだろう。何度も念を押された。
ファイヤーボールなんてファンタジー小説では初級中の初級魔法が「アタリ」扱いなところに闇ガチャの深淵を見た気がする。
それからスキルは天啓のようなものだということ。
これは、好きなものを得られると思うなって事だと理解した。
貰えるだけで感謝しろってか?
へいへい、サンキュー神さま。
スキルは固定。
一度発現したら変わらない。
ただし、熟練度はある。
使えば使うほどいい。
ではいつ顕れるのか。
神官だかなんだかがやる。
これもまたスキル。
『顕現』というスキルらしい。
それって神官であることが重要なんじゃなくて、『顕現』スキルを持ってる者ならなにも神官に限らず可能ってこと?
……もうわけが分からないな、これ。
ちなみに彼らにはスキルを覚醒・発現、あるいは固定させる力はあっても、スキルを与える力がある、というわけではない所がミソだ。
諸説はあるようけど、スキルは誰もが最初から持っているもので、顕現させた時点で固定されるってのが一般的な見解らしい。
熟練度があるんだから早いうちからスキルを顕現させた方がいい、と誰だって考えるだろ?
実際にやったヤツがいたんだって。
「赤ん坊の頃にスキルを覚醒させたんだ」
もちろんできた。
スキルは闇ガチャだからして、クズスキルは多い。
でもサンプル数が揃ってくればいい加減気付く。
「クズスキルしか出なかった」
そもそもスキルってのは他人から見たらゴミみたいなものが多いが、発現してみれば一応役に立つモノなのだ。
確かにトーマス小父さんとテラーさんの話を思い出してみれば、本人たちはそれなりに便利なスキルだと言ってたっけ。
俺にはどうみてもゴミだったけど。
残念ながらほとんどの場合本人にのみ恩恵がある、という微妙なラインを突いてくるのがスキルの困った所だ。
繊細なんだか、意地が悪いんだか。
でも世界のバランス崩壊、なんて強力なスキルはその性質上出ないことになってるのはありがたい。
人々が生活の中で、これがあったらちょっと便利なのに、あるいはこう出来たらいいな、なんて些細な願いがスキルになる、という説が有力になったのはこの赤ん坊たちのおかげだろう。
赤ん坊にあるのは願いじゃなくて本能。
生活や成長、願いが固まっていない人間ではスキルだって曖昧に答える。
本人にのみ役立つはずのスキルが、大人になってもまったく使い物にならなかっただろう彼らに合掌。
君らの尊い犠牲を忘れない。
なむ。
「そういうわけで、ある程度の成長を待ってからスキルは覚醒させる決まりができた」
「へえー」
この話は素直に面白くて聞き入ってしまった。
ダンおじさんは個人的な横道四方山話もついでに聞かせてくれる。
「俺が村を出てからなんとなく感じたことなんだけどな」
上流階級になればなるほど、クズスキルの出現率は低く、また新スキルも出にくいらしい。
「世間では血筋とか遺伝とか言われてたけど、ぶっちゃけ環境が全てな気がしてるぞ俺は」
はっはーん、固定観念と既存価値に囚われてるって事ね?
普通にあり得そう。
「時期については教育をしっかり受けている貴族の子供たちなんかは普通より一・二年早くスキルの覚醒をさせてた。大きな町や常時神官がいる村もやっぱり少し早いな」
人格形成や知識の有無もスキル内容に関わりがありそうだから、それらが早そうな上流階級は熟練度を上げるためにギリギリの線を狙っているのだろう。
一番恵まれてるのは神官が常駐している町の子どもということになる。
時期が好きに選べるからだ。
いいな。普通に羨ましい。
「覚醒時期が一番ズレやすいのはこの村みたいな辺境にあって、神官がいないところだな」
そりゃ聞かなくてもわかる。
『顕現スキル』持ちの人物が訪れない限り、スキルを固定発現する手段はない。
そんな村々の救済のために、見習いの神官なんかは辺境を回る修練が課せられてるとか。
こんな山間の村にはたまにしか来ないから、少し早くてもお願いするし、遅くても仕方がない。
そういう意味で、時に貴族より早く覚醒する者もいるんだってさ。
よくないよ、ぜんぜん良くない!
せめて一年に一回は来いよな~?
「俺が覚えてる限りでは前回神官が回ってきたのは四年前か? さすがにそろそろ来るはずだが……」
ダンおじさんが頭を掻いているところを見ると予定外なんだろう。
通常はもっと頻繁に来るものなのかもしれない。
緊急事態か?
人手不足か?
それとも見習いの不正行為か?
なんにしても、どこまでも不遇な村だ。
確かに交通の便はすこぶる悪いけども。
むしろ閉ざされた村だけども!
一応ちゃんと国に帰属した村だよね、ここ?
「いい加減そろそろお前たちもスキルを得ないと、いざスキルを持っても使いこなせないなんてことになりかねない」
苦い顔、ってことは俺らの年だともうスキルを持ってるものなのか。
「ま、まぁ。……遅い方、ではあるな」
歯切れが悪い。
さては、相当に遅いんだな?
え~、ずるーいー!
先延ばしにしてもいいことがないってわかってるだけに、とても悔しいじゃないか!
「ユリアのところは、秋までに来なければ山を下りて神官のいる村を訪ねるといっていたが……」
金があるところはもちろんそういう選択肢がある。
アランも金の工面なら両親がなんとかするだろう。
元冒険者は伊達じゃない。
そうするとスキルを持てないのは俺みたいな貧乏人ばかりか。
いや、世の中ほんとに厳しいな!?
クソが。
あー、ところで村を出てもやっていけるほどだったっていう、ダンおじさんのスキルって内容を聞いてもいいもの?
「ん? まあ、外で吹聴するものではないけど、村ではみんな知ってることだし」
別に構わないというダンおじさんのスキル。
「『迷わぬ者』ってスキルだ。知ってるか?」
なにそれ、カッコいい!
名前からしてわくわくが止まらない!
「自分が通った道を一定時間記憶するってスキルだ」
え、有能すぎひん?
マッピング能力かよ。
神かよ。
そりゃ外界に出ていくわ。
「お前、何を勘違いしてるかわからないが、そう万能なスキルじゃないからな? もちろん便利ではあるけど」
記録ではなく記憶。
記憶時間の長さは熟練度由来。
あくまでも、自分が通った場所が有効範囲。
「子どもの頃に迷子になった経験から得たスキルだろうから。まあ、そんなもんだろう」
この三点の制限はなかなかに厳しかったという。
「スキルを過信して使いどころを誤るとこうなる」
そういっておじさんは曲がらない腕を上げた。
ちなみにねじ切られそうになった腕を見た目だけでもマトモに治したのは、これまたスキルだという。
回復スキルもあるのね。
先生、俺、それが欲しいです!
「欲しいと思ったスキルが簡単に手に入れば、世話はないなあ? え?」
青年時代をスキルに振り回されたダンおじさんにすごまれた。
しかも正論。
うへ、ごめんなさい。
キリが悪いですが、えらい文字数になりそうだったので強制終了。




