夕日の中
お待たせしました!
楽しんでもらえたら嬉しいです!
3日目。
朝、学校に行く前に薬局に寄った。
理由は、リップを買うため。
いつもは保湿重視の無色無香料のものを使っている。
でも。幸田くんに少しでも可愛く思われたい。ナカムラを触りながら思った。
ナカムラくんはわたしのことをコシヒカリみたいだと言った。
綺麗だと言った。わたしはそうは思わない。でも、そうなりたいとは思っているから。
スカートも、少し短くした。
クラスにいるあの子達みたいに、わたしもなれないかなって。
いつもより早く家を出て、駅前の薬局に寄って、自分に合いそうな色を一生懸命考えた。
結局、薄いピンクの色付きリップにした。
お金を払って、ドキドキしながらパッケージを駅のトイレで開けて、ゴミは設置されているゴミ箱にありがたく捨てさせててもらう。
鏡の前でドキドキしながら塗って…
「よし」
少しは…女の子に見える…よね?
お願いします神様。
幸田くんにとってわたしが、女の子に見えますように。
*
トイレを出て、駅を出る。
ちょうど電車が着いたみたいで、人が多い。
「あ、中村さん!」
「?!?!」
後ろを見ると、幸田くんがこっちを見て手を振っていた。
「なんで駅にいるの?」
隣に並ばれて、自然と一緒に歩く形になる。
「えっと…薬局行ってて」
「薬?どっか悪いの?」
「ううん、違うの」
「あ、」
幸田くんが前を見て立ち止まる。
つられて前を見ると、ネコが道を横切った。
「あ、ネコ」
「かわいいよなぁ」
幸田くんはニコニコして言った。
「ネコ、すきなの?」
「うん、犬もすきだけどね」
「動物がすきなの?」
「そうなんだよ、癒されるよね。うちマンションだから飼えなくてさ」
「そっか〜残念だね」
このままナカムラを見にくる日を決められないかな。
「あれ?!翔太!!」
「翔太じゃんどうしたの〜」
「今日早いね!」
後ろを見ると、クラスの中でいつも幸田くんの周りにいる女の子たちが駆け寄ってきた。
わたしは必然的に後ろの端っこに寄ってしまう。下を向いて歩く。
「あ、ねえねえ金曜さ、放課後!カラオケ行こうよ!」
「あ〜いいよ」
「やった、決まりね!!!隼人とか他の子らも誘っとくね!!」
「うん、あ、てかさ、委員会あるから遅れるわ」
顔を上げると、10メートル先に幸田くんの背中が見えた。
覚えててくれたんだ。
でも、今日はもう一緒には行けないな。
わたしは幸田くんたちからさらに距離を取るために、ゆっくり歩いた。
幸田くんが女の子も含めた人たちもとカラオケに行く。金曜の放課後。
そのことがわたしの胸を重くさせた。
そして思わず呟いた。
「委員会、延びたりしないかな」
幸田くん。今日ね、幸田くんによく思われたくて、女の子らしくなりたいと思ったんだよ。
気がついて。気がつかないで。
*
「今日朝ごめんね」
放課後、委員会で理科室を教室を掃除している時、幸田くんが申し訳なさそうに言った。
普段あまり使われない教室を掃除する取り組みで、わたしたちは理科室になったのだ。
わたしはビーカーを拭いている手を止めて、幸田くんを見た。
「え?」
「いや、気がついたら今日いなくなっててさ、気遣わせたなと思って」
「ううん、いいの、わたしが勝手にいなくなっただけだからさ」
「そう?」
「うん、全然気にしないよ!!」
「そっか…」
なんてことない。ただわたしと幸田くんは、住む世界が違う。
「昨日ね、ナカムラがね、幸田くんに会いたいって言ってた!」
「え、猫と話せるの?」
笑いながら幸田くんがわたしを見る。
「ううん、ナカムラにね、会いたがってくれてる人がいるよって言ったら、少し反応したから」
「実は嫌がってるんじゃないの?」
「嫌がってたら絶対反応しないよ」
幸田くんとわたしの声が、誰もいない教室に響く。
ぽんぽんと言葉のキャッチボールができているのが嬉しい。
みんながいる教室では、わたしたちは話さない。
あくまでクラスメイト。
休み時間、ざわつく教室で、目が合う。
わたしたちは、目をそらす。
また相手を見るのはわたしだけ。
幸田くんは、もうわたしを見ない。
わたしは読んでいた本に視線を戻す。
わたしは、変われない。
幸田くんがいるあのグループには入れない。
見えない壁が、わたしを拒む。
壁は壊せない。
リップを塗っても、スカートを短くしても、わたしはわたしで、変わらない。
わたし自身の中身が変わらなきゃ、変われない。
放課後になるまでに、短くしたスカートはまた折り目を戻した。
リップは、お昼の後は塗らなかった。
理科室の窓に、夕日が差し込む。
わたしと幸田くんは、床のゴミを掃除する。
幸田くんがほうき。わたしがちりとり。
ちりとりをやるという幸田くんを説得して、わたしはちりとりを取った。
ちりとりの方が、下を向いていられる。
教室の中の色がオレンジ色に染まって、それは床を見ていてもわかる。
夕日は、人を切なくさせる。
でも。
「綺麗」
「綺麗だなー」
幸田くんが言った。
思わず顔を上げて幸田くんを見ると、幸田くんもこっちを見ていた。
2人で顔を見合わせて笑う。
教室にいるときとは違って、目はそらさない。
「ははっ、ハモった」
同じ時に、同じことを思ってる。
「綺麗だなって思ったんだもん…」
「うん、綺麗」
そう言って、また犬みたいに笑った幸田くんの笑顔が、夕日に眩しい。
世界はこんなに輝いて見える。
すきな人が笑いかけてくれただけで。
眩しい。夕日が。幸田くんが。
「もう、帰ろう」
わたしは言った。
「ん、そうだな、もう綺麗だよね」
幸田くんがほうきを掃除ロッカーに戻す。わたしはちりとりの中のゴミをゴミ箱に捨てる。
「日誌、さっき授業中に書いといた」
「え、ずるい」
「たまにはずるも必要」
「そんなことないよ」
「いいじゃん。帰ろう」
理科室のドアを閉めると、理科室から廊下に漏れていたオレンジ色が、理科室に閉じ込められる。
廊下の前を歩く幸田くん。
委員会はあと2日。
わたしは変われない。
幸田くんも変わらない。
わたしたちはずっと平行線?
廊下を曲がって、また横から夕日が差し込む。今度はオレンジ色に、少し紫色。
「いつも後ろ歩くね」
幸田くんが振り向く。
「え」
「横、歩けばいいのに」
「でも」
「でも?」
幸田くんは本気でわからないという顔をした。
「後ろばっかりじゃなくて、隣にこればいいのに」
「…」
眩しい。
眩しいのは、夕日?幸田くん?
「ずっと、こっちにこればいいのにって、思ってた」
「…」
熱い。
熱いのは、夕日?わたしのほっぺた?
誰もいない廊下。
静かに響く幸田くんの声。
「行こ」
わたしはそこでハッと気づいて、幸田くんの隣に並んだ。
帰り道も、幸田くんの隣を歩いた。
空はもう、オレンジ色じゃなくなって、紫色と群青色になっていた。
なかなか更新できず…
昨日の夕日の変化がすごく綺麗で、見ていて、この景色を幸田くんと雅ちゃんに見せたいなと思って書きました。